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夏の香りと甘党の神様  作者: うさぎ荘
16/22

第15話 「真夏の夜の逃避行」

僕は美菜ちゃんの手を引いて走り続けていた。

「何とかするから!」


とは言ったものの、何をすればいいのか全くわからなかった。


ただ、後ろから追いかけてくる妖怪達から逃げるのに必死だった。


どこに逃げればいいのか、どこまで逃げれば奴らは追ってこなくなるのか。


どうしたら、美菜ちゃんが奴らに連れていかれなくて済むのか。


僕は走りながら必死で考えた。


きっと今の僕はとてつもなく変な顔になっている事だろう。


全力で息が上がっているし、怖くて顔は引きつってるし、涙も鼻水も涎だって垂れ流し状態だ。


でも僕はそんなのは気にしてなんていなかった。


ただ、美菜ちゃんの事だけを考え続けた。


そうだ!

美菜ちゃんが神様と約束をしたという、「恋の形」を見つける事さえ出来れば…きっと助かる。


僕はずっと自分の心に誓い続けた。


「絶対見つけるんだ!『恋の形』を。」


「絶対に探し出す!」


「絶対に今日中に見つけてみせる!」


「絶対に諦めない!美菜ちゃんを…、美菜ちゃんを連れていかせるもんか!」


「絶対に…絶対に…絶対に…。」


「…ありがとう…。」


後ろから小さい声でそう聞こえてきた。


無意識のうちに声が出ていたみたいだった。


妖怪達はまだ追ってきている。


僕達は長い一本道を走り続けた。


突然、僕達の前を突風が吹いた。その直後僕の右手が急に重くなった。


もしかして…、美菜ちゃんが妖怪に捕まったのかと、ヒヤヒヤしながら後ろを振り返る。

僕が右手で掴んでいた美奈ちゃんは無事だった。


でも、美菜ちゃんの履いている下駄の鼻緒が切れてしまった。


「だ、大丈夫!?」


「う、うん。全然平気だから。裸足で走れるから。」


僕は美菜ちゃんの足を見た。


「美菜ちゃん、足の指から血が出てるよ!それじゃあ走れないよ!」


「ほ、本当に大丈夫だから!ちょっと履き慣れてないから擦りむいただけで…。」


僕はすぐさま美菜ちゃんに背を向けた。


「え?」


「乗って。」


「え…でも…。」


「急がないと、奴らに追いつかれちゃう!」


僕は膝を曲げて腰を落としておんぶする体勢を作った。


「早く!!もうすぐそこまで来てる!」


「ご、ごめんね…。」


美菜ちゃんを背中に抱え、再び僕は走り始めた。


美菜ちゃんは思ってた以上に軽かった。


本当に僕の背中にいるのか疑問になってしまうくらいだった。


僕はさっきと変わらない速さで走り出す事が出来た。


そして、僕が走っている途中に僕の右半身が光り出した。


気がつけば花火の打ち上げが始まっていた。


僕はずっと前を向いていた。


美菜ちゃんはずっと僕にしがみついていた。


そして、妖怪達に追いかけられている真っ最中だ。


花火大会を見に来てこんな事になるなんて…全く予想もしていなかった。


大粒の汗が流れ、息も苦しくて肩で呼吸をしていた。


心臓の鼓動もどんどん速くなっていき、僕は何度も立ち止まりそうになった。


でも、僕はそれでも諦めようとは思わなかった。


僕は神様に心の中で約束をした。


絶対に最後まで諦めない事を。


僕は思いつくかぎりの場所へもう一度向かった。


神社から大分離れた所まで来ると、電灯もなく真っ暗だった。


身を隠すにはもってこいだったけど、物を探すには苦労した。


草むらをかき分け、花火の明るさだけを頼りに手探りで探してみる。


でも手がかりなんて、やっぱりどこにもなかった。


次々と打ちあがっていく花火の音だけを聞きながら段々と終わりに近付いている事に気付く。


僕はより一層焦り、手当たり次第に探していった。


浴衣は汗や泥、草の露で汚れていたし、腕でや足も蚊や変な虫に刺されていて、至る所が痒い。


それでも僕は止めようとは思わなかった。


何か、何か一つでもあればいいのに…。


そんな思いが頭の中で何度も繰り返し念じられていた頃、とうとう花火大会の最後を飾る数十発もの連続花火が始まった。


次々と色々な色の花火が打ち上がっていく様は豪華でそれが終わると、最後の一発『特大花火』が打ち上がって終了となる。


そして、今この瞬間にその花火が打ち上がり花火大会が終わりを告げた。


結局、僕は美菜ちゃんとの約束を果たす事が出来なかった。


それでも僕は探し続けた。


あっちでもない、こっちでもない。


汗だくになりながら、泥にまみれながらずっと…日付けが変わるまで探し続けようとした。


「…勇人君?」


「…。」


「勇人君?」


「…。」


「ねぇ!勇人君!」


僕はこの時まで美菜ちゃんの呼び掛ける声に気付かなかった。


「えっ?」


「…もう、いいから。」


「何が?」


僕は探しながら美菜ちゃんに尋ねた。


「もう…探さなくていいから。」


「え…でも…今日中に見つからなかったら…。」


「ううん。もう大丈夫だから。もう…大丈夫…だから。」


「で、でも…探さないと…美菜ちゃんが…。」


「本当に大丈夫。…大丈夫だから…。」


僕は草むらから黙って立ち上がった。


本当は…僕だって諦めていた。


今まで、あれだけ探して見つからなかったのに、あと数時間で見つかる訳がない。


いや、本当はなかったのかもしれない。


でも、僕はこのまま黙って日付けが変わるのを待っていられなかった。


だからきっと、諦めていたのに、探してる振りをしたんだ。


自分がその時、とても小さい存在に思えた。


「ご…ごめん。」


「え?勇人君は悪くないよ。一生懸命私のために頑張ってくれたもん。私の方こそ…巻き込んじゃって…。」


美菜ちゃんは、さっきから抑えていた涙をとうとう堪えきれずに流し始めた。


僕はそれに戸惑いながら、すぐに訂正をした。

「ち、違うんだよ。僕、美菜ちゃんといるの凄く楽しかったんだ。それに…、僕…見つけてたかもしれないんだ、美菜ちゃんの探していたもの…。」


「…え?」

美菜ちゃんは、泣きながらも驚いた顔をして、僕の方を見た。






「ぼ、ぼ、僕、真帆ちゃんさんから聞いたんだ。『恋の形』っていうのは、頭の上に水玉みたいのが浮いてるんだって…。」


僕は今の自分の気持ちを全て伝える事にした。


気持ちを伝えるだけなのになぜこんなにも緊張して心が苦しいんだろう。


それでも僕は美菜ちゃんだけには伝えたかった。


「その水玉みたいのが下りてきて、体に包まれると、とても良い気持ちで心も体もふわふわした気持ちになるんだって。たまにその水玉の中に入っちゃって、苦しい思いもするけど、でもそれに包まれてる間はとても心地良い幸せな気分で入られるんだって…だから、僕も…僕は美菜ちゃんと一緒にいる時はずっとそんな気持ちだったんだ!」


美菜ちゃんは何も言わず静かに僕の話を聞いてくれた。


「だから、本当は『恋の形』は最初から僕の心の中にあったんだ。最初に美菜ちゃんに会った時からずっとそれがあったんだ!…でも…僕の中にはちゃんとあるのに…はっきりわかるのに…美菜ちゃんには見せる事も…あげる事も出来ないんだ…本当はあげたいのに…あげられない…これをどうやって美菜ちゃんにあげればいいのかわからないんだ…僕は結局何もあげられないし…何も美菜ちゃんに…して上げれない…。」


僕は心の底にある全ての思いを伝えたかった。


自分の気持ちを伝えるのがこんなに苦しいだなんて思わなかった。


僕は最後まで話を続ける事が出来なかった。


ちゃんと話をして伝えたかった。


ここまでで美菜ちゃんに伝わったのだろうか。


でも、その答えはすぐにわかった。


最初はよくわからなかった。


でも、少しずつわかり始めてきた。


今、僕の周りは何かに包まれていた。


それは温かくて柔らかくて優しかった。


僕の事を美菜ちゃんが抱きしめてくれていた。


「ちゃんと伝わってるよ…。私、もらった。沢山もらったよ。私も同じ気持ちだったから…私も勇人君に…ずっと伝えたかった。私も同じように君と会う度に嬉しくて楽しくて、幸せだったの。もう神様とお約束なんてどうでもよくなってた。私だって『恋の形』…というか恋の事なんてわからない。わからないけど、きっとこれって恋なんだよ。私も勇人君の事が好き。」


美菜ちゃんは僕の事をさっきよりも強く抱き締めてくれた。


僕は、泣きながらもずっと幸せを感じていた。

しばらくの後に美菜ちゃんから驚くような暴露話を聞いた。


「私、勇人君に最初ああいう事言ってたけど、結局理屈なんてある訳がなかったんだよ。実は私も理屈とか理論とかわからなくて…ねぇ、マジカルジェンキンスってどんな人?私も『ロジカル』よりも『マジカル』さんの方が気になるかも。」




「はは。そっか、美菜ちゃんもわからないんじゃ、理屈なんてきっとないんだよ。うん。きっと、あれを見たら美菜ちゃんも『マジカル』の事が絶対好きになるよ!」

そして僕はマジカルについて熱く、熱く語り始めた。

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