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夏の香りと甘党の神様  作者: うさぎ荘
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第14話 「化け物、現る!」

日が落ちかけてきた。


祭り客はもうすぐ始まる花火と相まって更に人数を増していき、最高潮の賑わいを見せていた。


僕達はこれから始まる花火に心を躍らせながら日が暮れるのを待っていた。


花火はこの神社の隣にある山から打ち上がる。

向こうの山からよりもこちの神社側から見える花火の方が見やすくて迫力があると、地元の人達は皆、この神社からの眺めを楽しみにしていた。


いつも祖父の家の庭で花火を眺めていた僕もこっちから花火を見るのは初めてで、どこの場所から見ればいいのかベンチに座りながら考えていた。


なぜだか僕達の周りは人が少なく美奈ちゃんと良い花火が見れるね、と話していた時だった。


ある一つの影が近付いてきた。


僕らの背中側から近付いてきたその人は声をかけてくるまで誰なのかわからなかった。


「いやぁ、坊ちゃん。こんな所に一人で何かをなさってるんで?」


「あ、写真屋のおじさん。い、いえ、ちょっと花火の写真を撮ろうかと…。」


「あぁ、そうでしたか。でもこの場所じゃあ花火は全然見れないですよ。この目の前にある岩影に隠れちゃって、音しか聞こえないですからね。いやぁ、私もお店を早めに閉めて出てきたんですけど、もう良い場所取りは出来なさそうですねぇ。」


「え?そうなんですか?ここじゃ見れないって…どうしよう。」


「ご心配なく。私が坊ちゃんのためにちょいと絶景場所を探してきますよ!」


というと、バイトのおじさんは軽やかに花火の見物客の中へ押し分けて姿が見えなくなった。


どれくらいの時間が経っただろう。


おじさんが一向に戻ってくる気配がない。


花火が始まる時間までもう数分となり、僕達の周りには殆ど人がいなくなってしまった。


「お、おじさん遅いね…。どうする?僕達も移動する?」


きっと、おじさんは戻ってくるのにも時間がかかっているのかもしれない。


もしくは花火の事で頭が一杯になり、僕達の事はすっかり忘れてしまったのかもしれない。

移動した方が良いのか、このままここにいた方が良いのか、悩んでしまった。


そんな状態なのに、美菜ちゃんに聞いても悩ませてしまうだけだった。


美菜ちゃんも「うーん…。」


と言いながらどうしようか迷っていた。


「もう始まっちゃうし、ここはおじさんには悪いけど、移動しよう?」


僕はそう決心して美菜ちゃんに提案した。


美菜ちゃんも、申し訳なさそうだったけど、


「そうだね。花火見れなくなっちゃうしね。」


と、ベンチから立ち上がった。


僕達は三歩移動した。


厳密に言えば三歩しか移動が出来なかった。


僕達の周りには人はいない。


でも僕達はそれ以上進む事が出来なかった。


そこには想像した事のない者達がなぜか僕達の方を向いて待ち構えていたからだった。


想像上の動物?…妖怪なのだろうか、ざっと三十体はいるだろうか。


牙のでかい猛獣のような者、体は小さいがとてつもなく柄の長い鎌を持っている者、その他にも日本刀から斧、槍まで様々な姿をし、武器を持った妖怪が集まっている。


もちろん手ぶらの僕達が何とか蹴散らせるような相手ではない。


目つきの悪い、いかにもなその悪人連中はじわりじわりとこちらに近付いてきている。


「な、何なんだ?お前達は!?」


妖怪達はニヤニヤ笑いながらこちらへと少しずつ近付いてきた。


妖怪達の中から誰かが言った。


「迎えに来ましたゾ、お嬢さん、へへへ。」


そう言うと周りの妖怪達達はゲラゲラと笑い始めた。


「美菜ちゃんを迎えに来てくれなんて頼んだ覚えないぞ!」


妖怪達は僕の方へ指を向けて笑っていた。


「お前には言ってねぇけど、そこのお嬢ちゃんとは約束したはずだゾ?」


「お、お前達と約束なんてしてない!」


「いやいや、約束をしてきたのはそっちのお嬢ちゃんだゾ。なぁ、嬢ちゃん?例のやつ見つけて持ってくるって話だったゾなぁ?」


「れ、例のやつって何だよ!?」


「うるせぇなぁ。こっちはそこの嬢ちゃんに聞いてんだゾ。なぁ、持ってきたのかゾ?」


美菜ちゃんは目をつぶりながら首を横に振った。


すると、妖怪達が急に黙り、口元からはニヤニヤも消え、瞬時に重々しい空気へと変わっていった。


「そいつぁマジぃゾぉ。」


その何かと『ゾ』の多い妖怪からは明らかな殺気を感じ始めていた。


僕の全身からは汗が噴き出してきた。


あまりの恐怖で手足も震えてきている。


逃げよう…逃げるしかない…何度もそう考えたけど、足がどうにも思うように動かなかった。


このまま妖怪達にバサリと体を切り刻まれて、美味しい鍋にでもされてしまうんじゃなかろうか。


僕達は少しでも距離を取ろうと、バレないようにこっそり後ずさりしようとした。


でも美菜ちゃんは全く動こうとしなかった。


妖怪達から目を離さず横目で美菜ちゃんを見た。


美菜ちゃんも震えていた。


それも涙を流して。


袖を引いたけど、一歩も動けないようだった。


それを見た僕は、このままじゃ駄目だと頭をフル回転で回した。


するとあの人からの言葉を思い出した。


「知恵」と「勇気」


真帆ちゃんさんは僕にそう教えてくれた。


その教えを実行に移すのは今以外にいつがあるのだろうか。むしろ今動かなければ僕は一生何も出来ずに人生を終えるのではないだろうか。


そう思えてしまうくらい今の状況というのは悪い物なのだ。


僕は全身の力を振り絞り、妖怪達に向かってこれでもかというくらいの大きな声で叫んだ。


「お前達、卑怯じゃないか!こっちは武器も持ってないんだぞ!しかもこっちはたったの二人だ!この卑怯集団!!下劣!お下劣!!このゲテモノ集団!『ゾ』ばっかり言いやがって、このゾゾ野郎共!」


妖怪達は一瞬動きを止めたが、その後急に笑い始めた。


妖怪の中には笑い過ぎて武器を放り出しているの奴までいた。


すると、急に一体の狼の顔をした妖怪が上を向いて、まるで遠吠えをするかのように雄叫び始めた。


「お頭ーーーーー!」



辺りの音は一瞬静寂に包まれ、周囲が不気味なくらいの暗い闇に覆われていった。


次の瞬間、大きい地響きが起こった。


暗く、土けむりが上がり、僕には何が起きたのか理解出来なかった。


その後また周りが鎮まり返り、僕は必死で何が起こっているのか目の前の土けむりの奥へと意識を集中した。


煙はまだ周りに大分舞っていた


でも少しずつそれが薄くなってくると僕は目の前の光景に肝を潰される程の衝撃を受けた。


体高は軽くニメートルを超え、体格は大岩のように大きくゴツゴツとしている。


髪の毛を剃り上げ、坊主のような袈裟を身に纏ってはいるが、明らかに殺人犯のような形相をしている。


そして、何より恐ろしいのはこの者が持っている武器だった。


僕の身長よりも長く、僕と美菜ちゃんの胴廻りを合わせたよりも太い片刃の大剣を軽々と肩に置いていた。


こんな恐ろしい狸に出会ったのは初めてだった。


「た、たぬき!?」


つい、うっかり僕はそう叫んでしまった。

確かに体格のでかい、大剣を抱えてはいるのだけど、腰のあたりからぽっこりと狸の尻尾が現れたのを発見した時につい口走ってしまった。


その狸の化け物はみるみる顔が赤くなっていき、目は血管が飛び出してきそうなくらいに炎のように赤く血走っていた。


「おい、小僧、その女をこっちによこせ。」


僕は右手を美菜ちゃんのいる方に伸ばし、絶対に渡さないという意思を見せた。


「おい、餓鬼。俺の言ってる意味がわかんねぇのか?何だその右手は?その女をかばってるつもりなのか?早くこっちに差し出せや。」


僕は更に美菜ちゃんの方へ近付き、体を張って美菜ちゃんを守った。


その大きい狸の怪物は何も言わなかった。


ただ、一度だけ大きく息を吸っただけだった。


大狸は息を止めると、物凄く大きな地鳴りと揺れが起こり、それに非力な僕が力を抜いたら吹き飛ばされてしまうのではないかという程の風圧が僕を襲った。


左を見ると、僕のすぐ横には大きい鉄の塊が地面に食い込んでいた。


それは大狸が振り下ろした大剣だった。


地面に食い込んでいるにも関わらず、剣の胴横が僕の肩の高さまである。


僕には最初、何が起こったのかわからなかったけど、急に恐ろしさが出てきて、身体中の震えが止まらなくなってしまった。


「おい、クソ餓鬼。こっちはお前なんて簡単にぶった斬れんだぞ。いくらそんな庇ったところで無駄なんだよ。俺が暴れないうちにそこを退け。」


大狸は軽々と大剣を持ち上げ、肩に乗せた。


僕はもうどうしていいのかわからなかった。


このまま美菜ちゃんを差し出してしまおうか。


一瞬、そんな事を考えてしまった。


その方が楽になれる。


こんな怖い状況を経験したのは今までにない。

この状況から少しでも早く逃げ出したい。


「おい、どうした?早くそこから離れてどっか失せろ。」


僕はまだここから微動だに出来なかった。


「おい、どうした?腰でも抜けちまったのか?」


妖怪達はそれを聞いて大いに笑っている。


笑い過ぎて刃物が持てなくなっている者もいた。


「おい。そろそろその辺にしとけ小僧。とっくに約束の日没は過ぎてんだ。その女は『こっちの世界』から抜け出し

上、あろうことか神にまで楯ついたんだ。もう

地獄に行くしかねぇんだよ。だから俺達と一緒に…。」


「ま、ま、ま、まだだ!」


「あっ?」


「まだ日付けが変わってないじゃないか!ここは『僕達のいるこっちの世界』に従ってもらうぞ!だからまだ終わってない!まだ終わってない!まだ…。」


僕は何も考えてはいなかった。ただ一つの言葉だけが頭の中を回っていた。


『支え』


真帆ちゃんさんのあの時の言葉がずっと、記憶に、そして心の奥深くにまで刻まれていた。


僕は、美菜ちゃんのために何とかしたい。


美菜ちゃんをここから連れ出し、こいつらのいないところへ行きたい、と願った。


「ざけんなよ、このクソガキがぁ!!!お前ら二人共ぶち殺してやるから覚悟し…。」


「うるさい!この狸野郎!お前に…お前に僕達の何がわかるんだ!?美菜ちゃんがどれだけ苦しんでたか、僕がどんな思いでここにいるのか、知らないくせに!お前みたいな馬鹿に美菜ちゃんは渡すもんか!」


大狸はタコのように顔を赤く腫れ上にがらせて、目も、眉毛も口までも吊り上がらせ大剣を大きく両手で振り上げた。


大狸の怒声と共に剣は凄まじい勢いで地面に突進した。


夥しい程の土けむりが上がり、風圧は花火の見物客の所まで届き、実際に飛ばされる人もいたくらいだった。


妖怪達はこの迫力ある一振りを見れて手を叩いたり、叫んだりとまるでお祭りのように騒がしくしていた。


土けむりが消えて周りが見えるようになってくると妖怪達はぱたっと黙り込み剣の振り下ろされた場所を覗き込んだ。


そして妖怪らは一言も発せずに事の顛末を静かに見守っていた。


その静けさは、誰かの唾を飲み込む音さえ聞こえる程に静かだった。


大狸はこの一撃の余韻に浸り、目を閉じていた。


そして、ゆっくりと目を開け、ばっくりと半分に斬られた僕達の姿を確認した。


そしてゆっくりと口を大きく広げて周囲の妖怪達に叫び始めた。


「野郎共、逃げた二人をブッ殺せぇ!」


そう、僕達は逃げ去っていた。


さっさとずらかったのだった。


大剣が振り下ろされた瞬間、僕は背を向けて美菜ちゃんの手を引っ張り、神社の社まで一気に駆け出した。


社を抜けて全力でこの百段以上ある長い階段を降りていった。


階段を駆け下りて転ぶ心配なんてしていられない。


とにかく奴らから逃げ切る事だけを考えて全速力で走って下りていた。


階段を下り終わる頃に、大狸からの叫び声が聞こえてきた。


それに反応し、他の妖怪達がそれぞれに雄叫び声を上げた。


僕は叫び声を上げたくなるくらい怖かった。


階段を一気に駆け下りたからか、あの化け物達に追われる恐怖からか、心臓がバクバクしっぱなしだった。


でも、僕は決めた。


怖がっている場合ではない。


「大丈夫!僕が何とかするから!」


「何とかするから!」


僕は、自分の恐怖を振り払うために必死で何も考えずに叫び続けた。

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