第13話「お祭りデート」
とうとう十五日の朝が来た。
僕は楽しみと不安な気持ちを半分ずつ抱えながらこの日を迎えた。
町もどこか浮き足立っていて、どこかソワソワする空気に包まれていた。
僕は深呼吸をして早まる呼吸を整えてから意を決して祠へとむかっていった。
神様は今日も祠の外にいて、ボーっとしていた。
いつもより丁寧に挨拶をした後、念入りに祠の掃除をする。
水を優しくかけて洗剤をつけたブラシでこれまた優しく擦り、泡を丁寧に手の平を使って洗い流しながら新品の雑巾で拭き取りつつ、最後にワックスをかけた。
お花を飾った後、神様へ『特別な』お供えをした。
「何だこれ?白い泥に赤い血が付いてんぞぉ?舐めてんのかぁ?お供えというより宣戦布告だぞぉ?人間のガキごときが神に楯突くてのかぁ?」
「いえいえ、匂い嗅いでくださいよ。甘い香りするじゃないですか。これはヨーグルトにいちごジャムを乗せたいちごジャム乗せヨーグルトです。」
「いちご…ジャ、ジャム…乗しゃ…あー舌噛んだぁ。」
「大丈夫ですか?とにかく甘酸っぱい風味と甘味が口の中に優しく広がっていくんで、召し上がってみてください。」
神様は恐る恐るこれを乗せたヨーグルトを口へと運んだ。
神様は何も言わなかった。
どちらかというと何も言えなかった。
目をこれでもかというくらい大きく見開きスプーンを口に入れたまま身体中微動だにさせていない。
そのうち身体が小刻みに震え出した。
「こ…これは…何て食いもんだ。こんなの、今まで食った事もねぇ。美味すぎだろぉ!」
「気に入ってもらえたならよかったです。じゃ、また願掛けをさせてください。」
僕は何も言わず、しばらくその場で目を閉じて手を合わせて願っていた。
美菜ちゃんがずっと…ずっと幸せでありますように。
僕は一心にただそれだけを願った。
今日はうまくいく。絶対にうまくいく。どんな事が起こっても恐れず最後まで美菜ちゃんと…。
僕は顔を上げる事が出来なかった。
これからの一日、どんな事が起こるのか、不安でたまらなかった。
そして、それと同じくらい美菜ちゃんと会えるのもこれが最後なのかと思うと辛くてくたまらなかった。
まだ何も始まってはいないのに不安と緊張が僕の心をどんどん支配していく。
僕は神様に見られないように、そっと涙を拭いた。
「それじゃあ、行ってきます!」
「おぅ!お前最近…。」
「えっ?」
「良い面がまえになったじゃねぇかぁ!よっしゃ、行ってこい!」
僕はぺこり、とおじぎをして祠を後にした。
「今日、お昼頃一旦帰って来るんでしょ?」
「はい、戻ってきたら浴衣着せてください。」
「じゃ、美菜ちゃんも連れてきなさいな。」
「…え?」
「美菜ちゃんでしょ?一緒にお祭り行くの?」
「え、えぇまぁそうですけど…でも…その…。」
「大丈夫よ、まだ薄っすらとだけど、見えるんだから。『あっちの世界』」
「え?そうなんですか?」
「前はハッキリ見えてたんだけどね、今はもう…。神様も元気?」
「え、えぇ、元気ですね…。それにしても神様って、物凄い甘党なんですね…。」
「そうなの?確かに、みかんは大好きだけど…。」
僕は、これまで神様へ、どんなお供えをしたのか教えるとそんなのまで好きなの?と驚きながら笑っていた。
僕は美菜ちゃんを家に連れてくる事を約束して家を出て、美菜ちゃんの元へ向かった。
美菜ちゃんは、今日も笑顔で楽しそうに鼻歌を歌いながら並んで歩いていた。
この、楽しみでもあり不安だらけのお盆最終日はどこに行っても人がいた。
堰の周辺にも、小さい牧場にも子供達が珍しそうにわいわい元気にはしゃいでいた。
川の方へ行ってみてもやっぱり親子で釣りをしている姿がちらほらいた。
僕達はいつもの場所なのに何か雰囲気が違うね、と言いのんびり周辺を歩いていた。
お昼になって、僕は美菜ちゃんを家に呼んだ。
友達を呼ぶのとは訳が違って女の子を家に誘うのがこんなにも緊張するとは思わなかった。
「ハ、ハァハァ…も、も、も、も、もし、良かったぁら、う、う、う、う、家に来ない•かい?ハァ…ハァ。」
僕はあまりの緊張で呼吸が浅くなってしまい、息切れしながらしゃべったので、何だかとっても気持ち悪い気がしたけど、これが僕の精一杯だったので何も考えないでそのまま通す事にした。
美菜ちゃんは嬉しそうに「いいの!?行く!」と元気に答えてくれた。
僕達は家に戻ると真帆ちゃんさんが家の外で迎えてくれた。
真帆ちゃんさんは少し目を細めながら、美菜ちゃんに「いらっしゃい。」と、笑顔で話しかけてくれた。
「は、はじめまして…。」
少し恥ずかしそうに僕の後ろで小さくお辞儀をしながら挨拶をした。
僕は、こんな恥ずかしそうな美菜ちゃんを見るのは初めてで、新たな一面を見れて少し嬉しかった。
でも、真帆ちゃんさんは少し驚いたような顔をしていたけど、気を取り直して家の中に迎え入れてくれた。
僕は、真帆ちゃんさんと美菜ちゃんが以前に会って話をしていたのか疑問に感じたけど、同じ町に住んでいるのならそれくらい一度はあるだろう、とそれ以上は深く考えないでいた。
食卓にはいつも以上にご馳走が並んでいた。
僕の目は輝きを増して、真帆ちゃんさん
礼を言うと美菜ちゃんまでお礼を言い始めた。
ちらと美菜ちゃんを横目で見ると、美菜ちゃんも同じように目をキラキラさせながらワクワクしているのが伝わってきた。
今日のお昼は三人で食べた。
いつも美味しい料理の数々なのに、更にそれらを上回る美味しい料理の数々に舌を打った。
美菜ちゃんもどんどん次から次に料理を口へと運んでいった。
目尻が下がる程で、前に僕のを食べた時はここまでじゃなかったのに…、と複雑な気もしたけど、今はこの目の前のご飯を食べる事だけで精一杯だった。
ご飯を食べ終わり、少しゆったりしようと思っていた時に、真帆ちゃんさんは美菜ちゃんを呼び、僕の方を見ながら「フフフ。」と含み笑いをしながら奥の部屋へと消えていった。
僕は不思議そうに思いながらもテレビを見ていると、急に奥の襖が開いた。
「じゃーん!」
と、真帆ちゃんさんの元気一杯な声がしたので、そちらの方を向いて見た途端、僕は心臓が止まったまましばらくその場で動けなかったような気がした。
それは、浴衣を着て、もじもじと恥ずかしそうにしている美菜ちゃんの姿だった。
白地に朝顔の柄が何とも可愛いらしく、それに赤い帯にいつもは下に垂らしている結い上げた髪が何とも大人っぽくて、さっきまで止まっていたような気がする僕の心臓は一気に鼓動を加速させていった。
「き、き、き、綺麗だ…。」
「わぁ、ちょっと、鼻血出てるじゃない!私の浴衣見ても何の反応もしないのに、失礼しちゃうわ。プイッ。」
僕は近くに置いてあったティッシュで鼻血を拭き、止血するのを待った。
鼻血を出した事で縮こまっていた美菜ちゃんが笑って、少し緊張がほぐれたみたいなので、僕は少しだけ安心した。
その後、僕の浴衣も着せてくれて、お礼を言ってから家を出た。
一番暑い時間帯だたけど、僕達はルンルン気分でお祭りの会場へと向かった。
ただ、僕にとってはこの嬉しさや楽しさが長くは続かない事だけはわかっていた。
あと、もう数時間で美菜ちゃんはいなくなってしまうのだから。
僕達は神社へと続く長い階段の前に到着した。
出店は神社の境内だかでなく神社の前の道にも立ち並んでいた。
僕達はまず、神社にお参りをしてからお店を周る事にした。
百段以上もある長い階段を登り終えて拝殿へと向かう。しかし、さほど広くない境内を出店と人で埋め尽くされ思うように動けず、僕達は拝殿にやっとの思いで辿り着いた。
これだけ人にもまれる事なんて、普段ない事だったので、僕は少し疲れてきた。
美菜ちゃんは大丈夫かと思ったけど、心配するまでもなく、常に楽しそうにはしゃいでいた。
「ねぇ、勇人君、あれなぁに?美味しそうだね!」
「あぁ、これ練り飴だよ。二つの割り箸で練ってから食べるんだよ。歯にくっつくけど美味しいよ。」
「うわぁ!金魚がいっぱい!紙の網で捕まえられるの?やってみたいなぁ。」
当然美菜ちゃんの姿は僕以外には見えていない。
だから金魚すくいも射的も、出来ないので食べ物に意識を向けさせる事に努力した。
お昼ご飯を沢山食べていたので、さほどお腹は空いてはいない。
だからかき氷を食べる事にして何とか美菜ちゃんを落ち着かせる事に成功した。
神社の前は混んでいるけど、裏の方はそんなに混んではいなかったので、僕は近くで座ってかき氷が食べれる所を探した。
運良くベンチが一つ空いていたので、そこで腰掛けて食べる事にした。
「冷たくて美味しいねぇ。ね、勇人君のも一口ちょうだい!」
僕が「いいよ。」と言う前に美菜ちゃんは僕のかき氷を口の中へと運んでいた。
美味しそうに食べる美菜ちゃんを見ながら、僕は次の一口が関節キスである事に気付いた。
何も気にしない振りをしながらも僕の心臓は相当に心臓が飛び跳ねていた。
かき氷を食べ終わると僕達は色々な話をした。
特に大した話題ではない。とりとめもない話を沢山した。
時に笑う事もあったけど、僕の心の中はますます不安で寂しさが募ってきた。
まだ美菜ちゃんと一緒にいたい。
こんなに楽しいと思える人はいない。
まだお別れしたくない。
夏だけじゃなく、秋も冬もこれからもずっと…。
そんな事を考えていると、胸の奥がズキズキと痛みだした。
こんな事は初めてで、何かの病気になったのかと思い、少し胸を押えた。
「勇人君、大丈夫!?」
「う、うん。ちょっと休めば…。」
僕は安心させようと顔を上げて美菜ちゃんの方を見た。
その一瞬だった。美菜ちゃんの後ろに誰かが立っていた。
それは着物を着た髪の長い動物だった。
「動物!?」
僕は一瞬、自分の目を疑った。
一度、メガネを上げて目をこすってからもう一度同じ場所を見てみた。
でもそこにはさっきの奇妙な動物はいなかった。
周りを見回してもいなくて、僕は勘違いだったと思う事にした。
でも、そこら中に流れる不穏な空気がそれをどうしても勘違いだとは思わせなかった。
僕は警戒心を次第に強めていき、あらゆる事態に備える事にした。