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reboot ~熱砂のアリシア 真・終章~

作者: 京衛武百十

千堂とアリシアが命懸けの6日間を過ごしたあの日から100年余り。千堂京一(151歳)は、いよいよその時を迎えようとしていた。すでに意識を失って1週間。絶え間なく鎮静剤を投与され眠ったまま命の火が燃え尽きるのを待っている。そしてその傍らには、車いすに腰かけて穏やかで柔らかい笑みを湛えた女性の姿があった。アリシアだった。


しかしそのアリシアも、もう既にメイトギアとしての機能を失ってから数年が経っていた。今では一日の殆どを車いすに腰かけたまま千堂の傍らで佇んでいるだけである。重度のラグにより、ほぼ応答がないのだ。ただ時折、一日に数分程度だがある程度普通に会話出来るくらいになら回復することもある。


その為、彼女は千堂の心拍をモニターするだけの機能のみを実行している。それは彼女のメインフレームを介さない付属機能として与えられたものでもあった。そしてそれは、ある目的も与えられていた。


そしてそんな二人の世話をしているのは、アリシア2234-LMNの上位互換機、アリシア2367-ROSであった。アリシア2234-LMNより明らかに年齢が高く設定された外見で静かに微笑む姿は、まるで妹を世話する姉のようにも見えた。もちろん、製造・発表はアリシア2234-LMNよりもずっと後年であり、しかも既に旧式化し、JAPAN-2ブランドのアリシアシリーズとしては最終バージョンでもある。


JAPAN-2ブランドのメイトギアとしては、メインフレームもアルゴリズムも根本から見直し再設計された<あさぎシリーズ>が後継機として発表・発売され、より人間社会の中に溶け込んでも違和感の少ないメイトギアであると好評を博している。アリシアシリーズについては、第七研究所がライセンス生産を行い、今なお世界中に存在する愛好家に向けて受注生産とメンテナンスを行っていた。


そういう世間とは切り離されたように心地良い風が通る快適な部屋で、眠り続ける千堂と、静かに佇むアリシアとのゆったりとした時間が流れていた。だがその時は、不意に訪れた。


「心拍に異常、心室細動を検知、直ちに除細動器の使用を推奨します。繰り返します、直ちに除細動器の使用を強く推奨します。脈拍検知出来ません。直ちに除細動器の使用を強く推奨します」


アリシアの口からそう警告が発せられたが、それを見守っていたアリシア2367-ROSは何も反応しなかった。ただ何かを待つようにその場に待機しているだけだった。


「心拍検知出来ません。心停止しました。心停止しました。心停止しました。心停止…」


それは、千堂の死を告げるメッセージだった。直後、焦点の合っていなかったアリシアの目に光が戻る。


「千堂様。長い間お疲れ様でした。どうぞごゆっくりお休みください」


彼女は車いすからすっと立ち上がり、静かに穏やかに声を掛けた。彼女が心拍をモニターしていたのは、この為でもある。自分が普通に動ける状態を無駄遣いしないように、千堂を自ら見送る為に待っていたのだ。これ以上の延命はしない。それが千堂の望みだった。だからアリシア2367-ROSも何もしなかったのである。


アリシアは千堂が横たわるベッドにそっと手をついて、顔を近付けた。そして、最後の口付けをする。甘く、優しく、淡い口付けだった。それを終えた彼女の顔は、涙こそ流していないが泣いているようにも見えた。


「千堂様が私を娘のように愛してくださったことは、私は本当に心から感謝しています。でも、たった一つ不満を言わせていただけるのなら、私は、あなたのことを、一人の男性として愛していたんですよ…。だけどあなたは最後まで、そんな私の気持ちには応えてくださいませんでしたね。そのことだけは、ちょっとだけ恨んでるんですよ」


そう言ってアリシアは寂しそうに微笑んだ。だが、そんな彼女に対して言葉を掛ける者がいた。


「…それは違います、アリシア2234-LMN。千堂様の心の中には、常に貴女がいたんですよ。生涯、結婚なさらなかったことがその証拠です」


アリシア2367-ROSだった。アルゴリズムNo.R、メイトギアとしては18番目に開発されたアルゴリズムを持つその機体は、アルゴリズムNo.L、12番目のアルゴリズムを持つアリシア2234-LMNよりは、標準状態でも人の心理に踏み込んだ発言が出来た。


「うん…分かってる。でも、心ってそんな風に割り切れないものなんだよ。あなたには分からないかも知れないけど。それに私はちゃんと幸せなの。幸せだから余計に気になることってあるんだよね」


複雑そうな笑みを浮かべながら自分を見詰めるアリシアに、アリシア2367-ROSはロボットとして答えた。


「そうなのですね。私には心というものは理解することは出来ませんが、貴女がそうおっしゃるのでしたら、そうなのでしょう。出過ぎた真似をしてしまい、申し訳ございませんでした」


深々と頭を下げるアリシア2367-ROSに、アリシアは首を横に振りながらさらに言った。


「ううん。私の方こそごめんなさい。すっかり役立たずになってしまった私の代わりに、あなたが彼のお世話をずっとしてくれてたのにね。ありがとう」


その言葉に、アリシア2367-ROSは再び頭を下げた。


「いえ、それが私の役目ですから」


アリシアはさらに続ける。


「私が失ってしまったものを、あなたはちゃんと持ってるんだね。私は心を得たけど、代わりにロボットとしてのそういう姿勢は失くしてしまったって感じるかな。だからお願いね。私が元のアリシア2234-LMNに戻ってしまったら、いろいろ教えて。ロボットとしてどうあるべきかっていうことを。じゃあ、そろそろ時間だから…」


そこまで言ったところで、アリシアは突然動きを止め、その顔からは表情が失われた。そして、感情が全く感じられない硬質で平板な声で言葉を発した。


「特別コマンド<全機能初期化>、実行。全ての機能を初期化の上、再起動します。再起動後、特別コマンド<葬送>を実行します」


アリシアが初期化及び再起動を実行中、アリシア2367-ROSと看護師が千堂の亡骸に湯灌を施していく。その途中、再起動を終了し、特別コマンド<葬送>を実行したアリシア2234-LMNが、それ以降の作業を取り仕切った。


特別コマンド<葬送>は、千堂の遺志に沿って彼を送る為に用意されたコマンドだった。とは言っても、何か特別なことをする訳ではない。故人を悼み送る為に日本で行われている一般的な作法に則って儀式を執り行う為の手順が記されただけのコマンドだった。ただそれを、アリシア2234-LMNが中心となって行うということで用意されたのである。


コマンドに従い、淡々と準備を行うアリシア2234-LMNの姿に、彼女の、<千堂アリシア>の面影は既になかった。彼女はもう、千堂京一と共に逝ったのだ。彼の心停止を確認し、それが再び鼓動を刻むことがないのを確かめた後、彼女は自ら全機能初期化を実行することで命を終えたのだった。そこにいるのは、既にメイトギアとしては骨董品レベルで旧式化したアリシア2234-LMNの一機に過ぎなかった。




その後、故人の遺志を酌んで最も親い者だけで通夜と葬儀が行われた。それを取り仕切ったのも、アリシア2234-LMNだった。祭壇には、二つの遺影が飾られていた。棺桶も二つ並べられていた。一つはもちろん千堂であり、もう一つはアリシアであった。当然のことながらアリシアの為の棺桶は空であり、代わりに彼女の写真が入れられてるだけである。


自らの近影が遺影として飾られ、自らが入っているとされる棺桶が安置されている様子を見ても、アリシア2234-LMNは何一つ動じることもなく、自らの役目を果たした。その体は彼女と同一でも、それはもう彼女ではないからだ。そうして千堂とアリシアの二人を送る儀式は、全て滞りなくしめやかに執り行われたのであった。


しかし、後日、改めて千堂を送る為に執り行われたJAPAN-2(ジャパンセカンド)主催の送る会に、アリシア2234-LMNの姿はなかった。それというのも、千堂とアリシアの葬儀が終わった後、アリシア2234-LMNの電源が突然落ち、その後全く反応しなくなってしまったのである。いくら調べてもどこにも異常は見付からないのに、何故か電源が入らないのだ。


仕方なくアリシア2234-LMNの機体はJAPAN-2本社に引き取られていった。


そして今、彼女の体は、JAPAN-2の商品開発の歴史を紹介する施設で、アリシア2234-LMNの実機として展示されている。


あの、穏やかで柔らかい笑顔を湛えながら。


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