その5 意気地なしな男
ソアンとカイジが別れた。
「カイジ...」
ヨンファとカイジ。
異なる部署に配属された同期の二人。
性格は正反対だった。
何事にも几帳面でどこか神経質な面もあるヨンファに対し、カイジはよく言えば全体を大きく捉えるものの、悪く言えば大雑把。
それは仕事のやり方にも現れていて、カイジに言わせれば、「ヨンファは仕事中毒」ということらしい。
それでも、入社当時からおかしなぐらいに意気投合し、いい意味で、ライバル的な存在だった。
ただ、一点を除いては。
あれは一年ほど前、
ヨンファが密かに想いを寄せていた女を、カイジは目の前からかっ攫っていったのだ。
そう。
恋愛の上では、ライバルにはなれなかった。
カイジと同じステージに立つことすら叶わなかったのだから。
「別れた?あいつらが?」
そのカイジから二人が別れた、と。そう聞かされ。
カイジが残した言葉の意味を、斜めから受け止めるしかできなかったヨンファも、
時間の経過とともに、少しずつ気持ちが落ち着いた。
「どうしてる?....いや、元気?....こっちかな」
手にしたスマホを相手に一人芝居のように言葉を発する。
「はぁ。何、緊張してんだか、俺」
いつだっただろう。
ソアンの携帯番号を聞き出すのはわりと早かった。けれど、なかなか電話をかけるきっかけもなく。
そのうち、ソアンがカイジと付き合い始めたと知って、ますますそのチャンスはなくなった。
そんなヨンファが一度だけソアンに電話をしたことがあるのだ。
あれはいつだったか。
「そっか.....」
記憶を辿っていけば、
ソアンとカイジが喧嘩をした時だと思い出し、苦く笑う。
「...フッ」
あの時のあいつらの喧嘩は、まさしく痴話喧嘩。取るに足りない原因だったような覚えがある。
ヨンファの脳裏に、またか、とそんな言葉がチラリとよぎった。
損な役回り。
そうはわかっていても、その役をヨンファ自身が買って出たのではなかったか。
こんな考えは馬鹿げていると思うけれど、ソアンが他の誰かの女になるぐらいなら、このままカイジとうまくやってほしい。
あの二人が喧嘩をするたび、そう思って仲介役を引き受けていた。
そうすれば、少なくとも、
「そばに、いられる....か」
そうしてでも、
ソアンのそばにいたかったのではなかったか。
「....ったく」
悪態をついたのは自分自身へ。
今回もまた、同じことを繰り返そうとしている俺がいる。
几帳面に神経質、そこに「意気地なし」という言葉も付け加えるしかない。
--------けれど、
ヨンファは助手席に目をやって、小さくため息をついた。
白いバラの小さな花束と、
ソアンが好きなワインショップのシャンパンのミニボトル。
「何、考えてんだ?俺」
一歩踏み出すことができないままここまで来て、
それでも、今回ばかりはちょっとだけチャンスがあるんじゃないか、なんて。
「マジで、馬鹿かよ、俺」
それを決めるのは、ソアンなのに。
今、大切なのは、ソアンの気持ちなのに。
12月24日 ソアンと出会って初めてのクリスマスイブ。
いや、
ソアンとカイジにとって、特別な夜になるはずだったであろう今年のイブ。
その夜に、ヨンファは一人ソアンのアパートの前にいた。
スマホを握り締めたままハンドルに手をかけ、そっと見上げた先のソアンの部屋。
窓はまだ暗いままだ。
「元気?今、どこにいるんだ?...って。あぁ----無理、ったくソアンどこにいるんだよ」
電話をすることは諦めて、スマホを上着のポケットにしまいこむ。
ソアンにとってヨンファは「恋人の親友」だった。
それが、今では、「元恋人の親友」という立場になって。
なのに、
「俺はなにをしてんだか」
朝から降っていた雪は止んだけれど、あたりが暗くなるにつれて暖房なしでは寒さが身にしみる。
ヨンファは手を伸ばしエンジンをかけると、暖房のスイッチをONにした。
「....残業でもしてるのかな」
一度、カフェの前を通りかかった時、ソアンの姿を目にして、チクリと胸が痛んだ。
チラっと目にしただけだったけれど、
イブの夜、二人で過ごす予定がある男女が、寒さを凌ぐのにおしゃれなカフェに立ち寄ったんだろう。
そんな中を、いつものように笑みを浮かべて動き回るソアンがいた。
二人が別れて二週間ほど経っている。
ソアンのことが心配だった。
急な転勤でソウルを離れたカイジは、ソアンに電話で別れを告げたらしい。
ソアンに会って、慰めてやりたい。
泣いていないだろうか、落ち込んではいないだろうか、と。
しかし、別れた男の親友に会えば、また辛い思いをするんじゃないか。
そう思ったのも事実。
そんな心配も重なって、結局は、何もできないまま時間が過ぎた。
ただ、もうそろそろ気持ちも落ち着く頃かもしれない。
なのに、そんな時期にクリスマスかよ、と。
残酷な時期に別れを言い渡したカイジの行為に再び胸が痛む。
賑わう店内に入る、という選択もあったけれど。
この日、ヨンファはカフェの中には足を踏み入れなかった。
「あと一時間か」
ソアンが店をあがる時刻まで一時間ほど。
花屋とワインショップに立ち寄ると、その足でアパートへ向かった。