太陽王と雪の姫
その世界には、こんなおとぎ話がある。
昔昔、太陽の国と呼ばれる大国に、ひとりの王がおりました。王は強大すぎる力のあまり、周りのすべてを焼き尽くしてしまいます。
そこで王の元に嫁いできたのは、雪の国の姫でした。姫には王の力を鎮めることができました。
しかし姫は雪の姫。ひとときの安らぎでしかありません。王の力はだんだんと、姫の身を侵食していったのです。
王は嘆きました。我が身を守るために、この娘が犠牲になるのは間違っていると。
しかし姫は笑って言うのです。わたしはそのために、こちらに参ったのです、と。
そうしている間にも、王の力は溢れ出します。とうとう冬の雪は解け、地は干からび、世界は滅亡へと向かっていたのです。
全ては太陽の国の王のせい。
そう思った周辺国は、王のことを殺すために軍勢を率いてやってきます。
それを知った王は、自身の身を引き裂こうと喉笛に剣を押し当てました。
しかしその剣は、雪の姫によって振り払われます。
姫は言いました。
「あなたに出会えて、わたしはとても幸せでした」と。
そして笑って言ったのです。
「もう苦しまずともよいのですよ」と。
そして姫は、我が身を散らして王の力を抑えました。姫のかけらは王の中に入り込み、王ですら抑えきれないその奔流をせき止めたのです。
しかし代わりに、姫は死にました。王の手元に残されのは、空高く昇っていった姫のかけらと、空から降り注ぐ雪だけでした。
こうして世界は、雪の姫によって救われたのです。
これは、事実をもとにしたおとぎ話だ。
このおとぎ話による風習は今もなお深く地に根差し、世界を覆っていた。
***
そしてその風習により、今代太陽王リヒテルーシュは、雪の姫を娶ることになっていた。
しかしこのおとぎ話は美化されてこそいるものの、内情だけ見るならばただの人身御供である。現にこの婚姻は、強国である太陽の国が弱国である雪の国を保護するための同盟のようなものなのだ。
その上リヒテルーシュはおとぎ話に語り継がれる太陽王同様、かなり強い力を持つ。彼はやってくる雪の姫がおとぎ話のように死んでしまわないか、酷く恐れていた。
「……カルロ。この婚姻は受けなくてはいけないものなのかな」
「リヒテルーシュ様。何をいまさら。向こう方もそれをもう了承済みですぞ。婚姻を蹴られた向こうの姫がどうかるか、分からないあなた様ではありますまい」
仕えてくれている宰相、カルロの言葉に、リヒテルーシュは押し黙った。確かにこの婚姻を蹴れば、向こうの姫は夫を持てずに困ることだろう。さらに一度婚姻を結んだ者は、二度目の婚姻を結べなくなるのだ。つまりリヒテルーシュも雪の姫も、金輪際結婚できないことになる。
そして今回婚姻を交わした姫自身にも、かなりの問題があるのだ。ここで婚姻をとり止めれば、姫は直ぐにでも殺されてしまうだろう。もちろん、病死として。
リヒテルーシュは執務机に頬杖をつき、ため息をこぼした。
「雪の姫が来るまで、あとどれくらいの時間が残されているんだい?」
「ひと月ほどかと」
「そうか」
リヒテルーシュは、机の上に広げられた文献を睨みつけ、頭を抱える。
おとぎ話と同様の悲劇を、二度も起こしてなるものか。
リヒテルーシュの胸には、その気持ちだけが募っていた。
***
雪の国の姫が太陽の国の首都にやってきたのは、それからひと月が経った後だった。
結局根本的な解決策が見つからないまま迎えた日に、リヒテルーシュは曇り顔を浮かべている。
明らかに落胆している王を見て、宰相は眉を八の字にした。
カルロは、王がその強大な力を保持するあまり、雪の姫を殺してしまうことを深く恐れていることを知っていた。そのために、彼が様々な文献を読みあさっていたことも。
しかしそれは大した成果を上げず、今日という日を迎えてしまった。リヒテルーシュの不安は、当事者でないカルロには計り知れないものであろう。
沈痛な面持ちをしたリヒテルーシュはしかし、瞬時に王の顔をする。そして着替えを済ませ、姫の来訪を待った。
雪の国の姫は、酷く静かに城へとやってきた。
馬車は白く、それを引く馬も純白だ。従者の青年は馬を止めると、王に深々と礼をして馬車の扉を開いた。
そこから降りてきたのは、一台の車椅子と侍女だった。
次いで従者は中に入り、姫を抱えておりてくる。小柄な体格に銀髪をした、美しい姫だ。彼女は車椅子に座らされ、侍女に椅子を押されながら王の前にやってきた。
彼の前で止まった姫は紙を差し出す。
そこには、こんな言葉が書かれていた。
『お初にお目にかかります、リヒテルーシュ様。わたくしが雪の国の姫、雪代にございます』
盲目な上に口がきけず、さらには歩けない不自由だらけの姫。
彼女は祖国では、欠陥姫と呼ばれていた。
あらかじめ侍女が用意しておいたのであろう。それを受け取った彼は、ひとつ頷くとそっと声をかける。
「はじめまして、雪代。ようこそ、我が国へ」
俯いていた顔を持た上げた雪代は、その顔に驚きを浮かべている。
しかしそれに構わず、リヒテルーシュは言葉を重ねた。
「つかぬ事お聞きいたしますが……わたしが椅子を引いても構いませんか?」
きょとん、と惚けたように口を開いた雪代は、首をかしげた。その仕草はまるで小動物のようで、とても可愛らしい。リヒテルーシュは思わず笑ってしまいそうになった。
しかし彼女は振り向くと、侍女から紙とペンをもらった。
今度はリヒテルーシュが驚く番だった。
雪代はまるで目が見えているかのように、紙に文字を書き連ねたのだ。
美しく流麗な字を書き終えると、雪代はそれを差し出す。受け取った彼はそれを見て、目を細めた。
『もちろんです。さしてためになることはできない役立たずですが、これから身を粉にして尽くさせていただきます』
リヒテルーシュは、祖国での彼女の扱いを知っていた。
密偵が言うには、城の奥深くに閉じ込められ、ひっそりと過ごしていたのだという。
しかし父親は役立たずで欠陥品の娘に、常々こう言い聞かせていた。
『お前は太陽王のもとに嫁ぐために生まれてきたのだ』と。
この清廉潔白な娘を殺すことなど、リヒテルーシュにはできない。
むしろこの娘を幸せにしてやりたいとすら思った。
それは確かな恋の始まりであったのだろう。
「……それでは雪代。失礼しますね」
武人として鍛錬を重ねてきた王にしては、かなり大きな足音だった。
背後の侍女に代わり車椅子を押し始めたリヒテルーシュは、城の案内を自ら始めた。従者や近衛は下がらせ、自身が好きな場所へと姫を連れ出す。その対応に近衛たちは慌てたが、カルロがそれをいさめた。王の考えを一番深く理解していたのは、彼だったからだ。
宰相は王の後ろ姿を、心配そうに見送った。
その一方でリヒテルーシュは、雪代の負担にならないよう速度に気を配りながら、夏の庭へと向かっていた。車椅子は、芝生に車が噛んでしまうためその手前で止め、彼は姫を横抱きにして庭に連れ出す。庭師による手入れがされたそこは、彼が好きなまま美しく生を放っていた。
その庭の一角に置かれた日除けとベンチがある場所まで歩いたリヒテルーシュは、そこに姫を座らせると自身も隣りに座る。そしてぽつりぽつりと言葉をこぼした。
「突然このようなところに連れ出してしまい、すみません。しかしわたしは嘘を吐くのが苦手なので、初めから打ち明けようと思ったのです」
雪代は、リヒテルーシュの方を見上げた。
「わたしは正直、あなたに嫁いでほしくないと思っていました。わたしの力が溢れてしまうことにより、あなたをおとぎ話のように殺してしまうことが嫌だったからです。しかし、あなたが祖国の城でされてきたことを密偵から聞いたとき、そのままにしておきたくないと思ったのです」
リヒテルーシュの目には、夏の日差しの下で咲き誇る植物たちが映っていた。その中でも彼が見つめていたのは、純白のエリカの花だ。
風に揺られて心地好さそうに揺れる花に、リヒテルーシュは目をつむる。
「わたしは、わたしの力がいつか暴走してしまうことが分かるのです。既にその予兆も出ています。今はなんとか制御できていますが、いつそれが壊れるか分かりません。だから」
リヒテルーシュは息を吸い込んだ。次の言葉を言うのに、少しばかりの勇気が必要だったからだ。
しかしそれも束の間。彼は覚悟を決める。
「だから……もしわたしが暴走したときは、あなたはどこか遠いところに逃げてください。わたしのために犠牲にならなくて良い。だって……あなたひとりを殺して生きている世界など、醜いだけでしょう?」
嘲笑を浮かべ俯いたリヒテルーシュの手に、冷たく心地良い何かが触れた。
それは、雪代の手だった。
思わず顔を上げたリヒテルーシュに、雪代は微笑む。
そして口をゆっくりと動かして、彼に向けて意思を伝えた。
『わたしのことを考えてくださり、ありがとうございます』
不器用な王は姫の優しさに、涙をこぼした。
***
それからふたりは、いく年もの月日を重ねた。それはとても、優しく温かい日々。
美しく儚い姫に密かに恋をした王だが、彼はそれを打ち明けることはしなかった。ただ、姫の幸せだけを願ったのだ。
たとえ世界が壊れても、愛しい人を殺して生き永らえることなど無理だ。
リヒテルーシュはそう思う。
歴代の太陽王はそれほどまでに力が強くなかったが、彼は違った。おとぎ話で語り継がれる太陽王ほどの力を持っていたのだ。
しかし厄介なことに、彼が自害したところでそれは止まらない。むしろ止められる器をなくした力は暴走し、世界をすぐに更地に変えるだろう。そのための雪の姫だ。
膨れ上がる力はやがて、彼の理性までも蝕み始めた。
そして幸せな日々は、唐突に終わりを告げたのだ。
***
深夜の寝室にて。リヒテルーシュは目覚めた。
「……っくぅ……っ!」
彼は、最近頻繁に起こる痛みに唇を噛み締めた。あまりにも強く噛みすぎたためか血がこぼれたが、そんなことを気にする暇などない。力の奔流が、彼の体から出ようと暴れ出したのだ。
最近は特に頻度が増えてきている。つまりそれはもう、力が暴走するまで幾ばくもないとあうことだ。
彼は震える手で呼び鈴を鳴らした。
やってきたのは、カルロだ。
カルロは寝台の上で息を荒げるリヒテルーシュを見て、沈痛な面持ちを深める。
「リヒテルーシュ様、とうとう……」
「ああ、そのようだ……カルロ。首都に住む民を他方に避難させてくれ。例のことを試す」
「リヒテルーシュ様……」
「わたしがどうなろうが、構わない。しかしわたしのために、他の誰かが傷つくのは間違っているだろう? なら、わたしはひとりで滅びよう。なに、首都が犠牲になるのならまだいい方だ……雪代のこと、よろしく頼んだよ」
カルロは何も言わなかった。ただ深々と頭を下げ、その場を後にする。
リヒテルーシュは重たい体を引きずりながら、とある場所へと向かった。それは庭だ。雪代を初めて連れ出した庭。そこに咲いているエリカの花は、今日も美しく咲いている。
「首都に住む民の移動まで……精々、八日といったところか」
彼は乾いた声を漏らした。そしてエリカに触ろうとして、気付く。
エリカの花が燃えたのだ。
「……は、ははは……そうか……ねぇ、雪代。わたしはもう、君に触ることすら叶わないようだよ」
それから八日間。リヒテルーシュは誰とも会わないまま、最期の日を迎えた。
誰もいなくなった城は酷く静かで寂れていた。
リヒテルーシュは、城の最上階にいた。
彼は前々から文献を読み進め、そしてとある方法を考え出したのだ。
それは、リヒテルーシュの自爆による被害軽減だ。
首都を囲うように結界を設置し、リヒテルーシュが自殺することにより、被害を最低限にとどめるというものだ。
力が暴走する前の段階ならば、そこまでの被害は出ないだろう。精々結界内の首都を焼け野原にするくらいだ。
これをするためにリヒテルーシュは、民に頭を下げた。
はじめは反発し、彼を罵っていた民たちだったが、彼の考えを聞くうちに今の世界のあり方がおかしいことに気づいたらしい。そしてそれは、犠牲にしようとしている雪の姫があのような儚く美しい娘だということで、一気に爆発した。
お陰で首都を空っぽにできた。それは良い。しかし。
「死ぬ前にせめて……雪代の顔をもう一度でもいいから見たかったな……」
どんな目の色をしていたのか。どんな声をしていたのか。足が動いていた彼女は、どんなふうに歩いたのか。
知りたいことは山ほどあった。
しかしそれはもう、叶わぬ夢だ。この無様な恋心とともに、地獄へと持っていくのが一番であろう。
首に短剣を押し付けた彼の脳裏に最後に浮かんだのは、雪代の微笑んだ顔だった。
「リヒテルーシュ様」
リヒテルーシュは目を見開いた。
慌てて首を回せば、背後には、
「ゆ、きしろ……?」
美しい銀髪、垂れ下がった紅い瞳。そして何より素足のまま佇む。
雪代がいた。
彼は驚愕のあまり、短剣を落としてしまう。
「なぜ……なぜ、ここに……!」
「リヒテルーシュ様のことを、お守りするために、です」
雪代はそう、言葉を紡いだ。
彼は訳が分からなくなった。
どうして雪代は喋れているのか、視力があるのか、立てているのか。何もかもが分からない。しかし初めて聴いたその声は美しく澄んでいて、彼は不覚にも泣いてしまった。
嬉しかったのだ。見たかったもの、聞きたかった声が聴けて。
純粋に嬉しくて嬉しくて。
仕方なかった。
それだけ。
しかし徐々に状況が分かり始めると、顔色をみるみると変えていく。
「雪代、ここにきてはいけない。今直ぐ逃げるんだ」
「いいえ、逃げません。それが、わたくしの役目ですから」
「死ぬことが役目など、あってはいけないけないんだ。お願いだ、雪代。わたしは君を殺したくなどない……!!」
「リヒテルーシュ様は本当に、お優しい方なのですね」
雪代はいつの間にか、リヒテルーシュの目の前にいた。
彼女は両膝をつくと、座り込む彼に向けて手を伸ばす。そしてそっと、頬に触れた。
その手は燃えることなく、確かな白さを持っている。
「リヒテルーシュ様。わたくしはあなたと過ごしている間、あなたのことを試していました。あなたがどのような人物なのか、興味があったのです。だからこそ目を塞ぎ、口を閉ざし、足が不自由なふりをしていました。そうしたら大抵の人は、わたくしのことを馬鹿にするでしょう? しかしあなたは他の者とは違い、わたくしのことを好いてくださいました。だからこそわたくしは、あなたのことを救います」
「やめてくれ、雪代……っ、わたしは君を殺してまで、この世界で生きられない……っ!」
「いいえ、リヒテルーシュ様。わたくしは死にません。わたくしは、天使ですから」
天使。
聞きなれない言葉にリヒテルーシュは首をかしげる。それを見て、雪代は微笑んだ。それは彼の大好きな笑顔だった。
「わたくしは神に仕える者。故にここでの仕事を終えれば、天に還ります。わたくしは死なないのです」
「しかしそれは、この世界から消えていなくなるのだろう……? 君がいなくなったこの世界で、わたしはどうやって生きていけば良いのだ……!!」
悲嘆に暮れるリヒテルーシュに、雪代は困ったように笑みを浮かべる。そして少し考えた後、そっと彼に口付けを落とした。
刹那、彼のうちを巣食っていたはずの力の濁流が、いとも簡単にかき消される。
リヒテルーシュは驚くほかない。
すると雪代は気恥ずかしそうに、笑みを浮かべた。
「もし、一年後。一年後の冬まで、あなたがわたくしのことを覚えていてくださるのなら……そのときは」
雪代の体が透けてゆく。
光の粒となり空へと昇ってゆく彼女を、彼は必死になってかき集めた。
しかしそれは止まらない。彼女はなおも消えてゆく。
「ゆき、しろっ……! わたしは、君のことが……!!」
好きだ。
その言葉を言い終える前に。
雪代は姿を消した。
***
事件はあっさりと終結した。
その犠牲となった雪の姫、雪代の死に、国の誰もが涙した。雪代はリヒテルーシュとともに遠征を行い、国中の民から愛された姫だったのだ。
そして愛する姫の喪失を一番嘆いたのは、リヒテルーシュだ。傍目から見ても痛ましい王に、誰もが憐憫の眼差しを向けた。
しかしこのまま王位についていたところで、仕事にならないのならば意味がない。
そのためリヒテルーシュは王位を弟に譲り、辺境にある離宮で余生を送っていた。
『一年後の冬』
その約束だけが、リヒテルーシュのことを生かしてくれた。
それだけが、虚ろな彼の生きる糧だった。
気付けば春になり、夏になり、秋を迎えていた。冬は目前に迫っている。
リヒテルーシュはただひたすらに、冬という日を待ち望んでいた。
そしてその日は、辺りが白く染まるほど雪が降っていた。
寒空の下テラスに出ていた彼は、ぼう、と夜空を見つめている。侍女が風邪を引くと何度も言ったが、リヒテルーシュはその場から離れようとはしなかった。
無理強いしようにもできない侍女は仕方なく、彼に厚手のコートを羽織らせた。
静寂が支配する冬の空の下、リヒテルーシュは笑う。壊れたように笑う。
「君に会えないのならわたしはもう……生きている意味などない」
このまま、凍え死ねればそれで良いと思った。これ以上空虚な日々が続くなど、彼には到底耐えられない。
雪降る夜空の下、彼はそっと目を閉じた。
そのときだった。
「リヒテルーシュ様」
何より待ちわびた声を聴いたのは。
見開いた彼の目には、雪代が映り込んでいた。
彼女はテラスの手すりに、そっと佇んでいる。その背には八枚もの翼が生えていた。
彼女は本当に、天使だったのだ。
見たことのない衣装をひらりと揺らし、彼女はリヒテルーシュの元へと近付く。
「リヒテルーシュ様。わたくしのこと、覚えていらしてくださいましたか?」
リヒテルーシュは、雪代を抱き締めた。
目を見開いた彼女はしかし同様に腕を回すと、愛おしそうに頬ずりをする。
「雪代、雪代……! 会いたかった、会いたかったんだ……っ」
「はい、リヒテルーシュ様。お待たせいたしました」
彼の頭についた雪を払い、雪代は室内へと入る。するとリヒテルーシュは、彼女の唇に口付けを落とした。
「雪代、わたしは君のことが好きだ」
「……はい、わたくしもです。リヒテルーシュ様」
「……しかし君は、ここにずっとはいられないのだろう?」
「……はい。しかし、冬の間だけ。冬の間だけならば降りて良いと、主人様から許可を頂いて参りました」
冬の間だけ。
その言葉を聞き、リヒテルーシュの疑問が払拭される。
雪代が去り際に呟いた言葉はつまり、そういうことだったのだ。
一生会えなくなると思っていた彼にとってそれは、救い以外の何物でもなかった。
「リヒテルーシュ様とまた過ごせるなんて、わたくしは嬉しいです」
「それはわたしの台詞だ。……雪代。君にまた会えて、本当に良かった……」
「大袈裟ですね、リヒテルーシュ様」
ふふふ、と笑う雪代に、リヒテルーシュは心外だと苦笑する。彼女に会えないくらいなら死のうと思っていたこの気持ちを、雪代は理解できないであろう。
すると雪代は少しばかり躊躇うように、口を開いた。
「リヒテルーシュ様」
「なんだい? 雪代」
「……大変申し訳ないのですが、わたくしの本当の名前は『雪代』ではないのです」
「ああ、そうか」
確かに、雪代という名前はここの世界で使っていた名前であり、天使としての名ではないのだろう。
ひとつ頷いた彼女は、唇を噛み締めた。
「わたくしの本当の名は……エリカ。エリカと申します」
リヒテルーシュは思わず、口を開けてしまった。
どんな偶然だろうか。まさかリヒテルーシュが一番好きな花と、同じ名前をしているなんて。
しかしそのことにさらに嬉しくなった彼は、エリカを抱き締めながら名前を呟いた。
「エリカ」
「はい」
「エリカ、エリカ……たとえこの身が滅びようとも、わたしは君を愛し続けるよ」
「……はい」
そして毎年冬になると、リヒテルーシュの住む離宮にエリカが舞い降りる。
――雪とともに現れ消える彼女のことを、リヒテルーシュは死んでも愛し続けたと言う。
新年明け短編祭り第二弾。
本当は連載にしようかと思ってたんですが、ただただ暗くなるだけで締まりがないので、短編にした作品のひとつです。
私の力不足により、さほど魅力が出ていない気がします。ツライ。
本当は号泣するような、胸がキュッと締め付けられる作品にしたかったのですが……まだまだ技量不足ですね。設定も結構荒いですしね……。
頭の中ではあれこれあったのです。この妄想を皆さんに伝えたい……!←おい
最後までお読みいただいた方、ありがとうございました!