幼馴染
ええと。……微シリアス。リアがもう、アホの娘……
その晩私は城を抜け出していた。いや、だってさ経験上頼んだところで出してくれ無さそうだし。出してくれたとしても邪魔な監視と言う名の護衛が付くはずしね。別に変なことするわけじゃ無いけど邪魔。王太子妃(偽)の顔なんてほとんど誰も知らないんだからいいじゃん。って思うんだけどな。
まぁ、とにかく。してやった。この一週間ーーママのこともあって眠れなかったーー調べに調べつくし警備の隙と小さな抜け道を発見して抜け出してやったよ。
なんか、すごい達成感だわ。ストレスも発散できた気がする。私って案外泥棒に向いてるんじゃない?
国家の大泥棒ーー。やだ! なんか私カッコイイ!!
と。思ってたんだけどーー。
なんだろう? 私は今牢獄の中にいます。冷たい地下牢。ポツポツと水の音だけが響いてる。
なんでこんな所にと言うとーー城の近くで道に迷いました。うん。アホです。無駄に広いのと方向感覚がなかったのが運の尽き。
警備兵ではなく、怪しい人達に捕まりました。エヘッ!
流石に王太子妃(偽)とは思われなかったけど、まぁ、よく出入りする奴の愛人の一人と思われたらしいよ? 愛人と言っても城に入れるから身分の高い女だし交渉材料になると思ったのかもしれないけれど。
ーー偽者は誰か気にかけてくれるんですかね?
無視されたら本気で呪い殺してやりたい。イロイロと。
「にしてもーーどうしよ?」
手なんて縄手通りぐるぐる巻き。足も然りで動けない。たとえ手を動かすことができてもこの鉄折をどうにかする事は本物の泥棒ではないので難しいかもしれない。
死ぬかーー売られるか。
コツコツと聞こえる音に私は顔をあげていた。私の処遇が決まったのだろうか?
暗い湿った空間に淡い明かりが点って一人の青年が降りてきた。
金髪と緑の双眸。チリチリと揺れる橙の光は彼の整った顔を静かに照らしていた。薄い唇が微笑むように軽く伸びている。それは間違いなくよく見知った顔だった。
公爵ーー。
「サイ様? サイ様もーー捕まったの?」
ズルズルと身体を鉄格子にもたげると私は彼を見上げる。けれど、かれを捕まえたものの姿はどこにも無かった。
「……アンタは?」
「えーー?」
暗いので分からなかったのだろうか。然しながらそんな雰囲気ではなく、本当に私を知らないようだった。
なんで? 何もかも一緒だ。理解ができない。ーーそう考えた時にああ。と息をついた。
「レンズ?」
軽く瞠目する双眸が肯定する。少しだけ視線を揺らしたあと私に目を向け直した。
楽しそうに目を細め、喉を鳴らしてみせる。
「ーーマテリア=ラム=プレスか? 城の女と言うよりは、正妃じゃねえかーー偽物だけど、なに? なんなの? こんなのがあいつは趣味なの? 地味でブサイクじゃねぇか」
……ええと。誰だっけ? こいつは。何一つ変わらない顔。声。視線なのにそこには知らない人が立っていた。
なめ回すような失礼すぎる視線と言葉に顔が歪む。
少なくとも、あの公爵ではなく、私が知っている子供の頃のレンズではない。
だだのムカつく男だーー。レンズ(仮)だーー!!
夢を返せーー!!!
「はっ! 随分と口が悪いものね? レンズ。見たところ公爵の振りをしているようだけど、何のつもりなの? ーーってか……公爵どこやったのよ!?」
まさか、もうーー。
嫌な予感がして唇がワナワナ震えたが、彼はそんな事気にも止めていないように笑っただけだった。
「ちょっと!」
「あんたバカだろ?」
ーー!!!
いや、確かに馬鹿だけども。財布取られたり、道に迷ったり。捕まったりアホだけども!
悔しい!! 睨んでみたが効果はないようだ。
「いま、アンタどんな状況に立たされてるか分かってる? 捕まって売られそうなんだけど?」
やっぱり売るんですね。
てか、そんなことをされてたまるか。私はぐっと唇を噛むとなけなしの身分を前に出してみる。なけなし過ぎるけど。
「……こんな事をしてただで済むと? 私は仮にも正妃という身分を有しているわ? 何があれば」
「さ、どうなるかなぁ? 正妃は本物いるし……出てきたのは自らだろ? 助けに来るのか? 好かれているわけではないようだしーー」
心をえぐるのは何だろうかーー何かを言おうとしても口から何かが出てくることはない。ただ軽く空気が漏れるだけだった。
それを知ってか知らずかさらにレンズは続ける。心を切り裂くように。どこが嬉しそうに。
「たくさんの女の中であんたけが王子の目に入っていないーーって、どう言う事なんだよ?」
「……」
ずっと伸びる滑らかな手は頬を撫でた。まるで宥めるように。けれどその目はどこも優しくなくて、刺すような光が灯っていた。
「独りだ。あんたはーーそんなあんたを誰かが助けに来るのかな? 国が動くの?」
「……話中に失礼します! サイ様!」
突然声が響き渡る。それは知らない声。手下だろうか。妙にハキハキしたその声は若いのか不安定だった。
「何だ?」
「城近くでまた、女を捕まえました」
そう言うと降りてくるのは二つの影。片方は何処か覇気のない男だった。その顔は背中が曲がり俯き気味になっているためよくわからない。声の主とは違う気がした。
もう一人はーー見たこともない美女だ。スラリとした姿態。メイド服の上からでもわかる大きな胸が歩くたびに揺れる。
えーー。羨ましーーじゃなくて。
彼女は私を見るとワッと泣き出しそうな顔で近づいてきた。纏めた黒い髪がぱらぱらと落ち、何処か妖艶な色を映し出す。
え? 誰ですか?
「リア様!! 探しました! こんなところに捕まっているんて! この下郎! 我が主になんてことを!」
きっと睨みつける女。そんな事などには動揺なんてもちろんしないレンズ。彼は軽く肩を竦めたあと彼女を投げつけるようにして牢獄に投げ入れた。
滑るようにして彼女の身体が私の隣に転がった。けれど、そんな痛みなど感じていないように身を起こし、私の目をのぞき込んだ。
「大丈夫ですか!? リア様!!」
「……え? あ、うんーー」
言うと、安心したようにしてふわりと笑う。華が綻ぶようにして。惹きつけられるようなそれに思わす赤面してしまう。それほど綺麗だった。
それにしても。
なんだか、見覚えのあるような横顔だなぁ。ーー黒い髪の間から銀の髪が見えるのは気のせいだと思いたい。全体的に怒っている気配も出来ればスルーしたいし。
……
いや、独りがいい。
一人希望!
「ーーまぁ、悪くないし。王宮の女なら、まぁ高く売れるだろ? 要件は明日聞く。それまで仲良くしてろよ?」
コツコツと響いて消えていく足音に違う絶望を感じながら、ニコリと私は『彼女』に笑いかける。
「に、にあってますよ? 私よりも女の人みたいーーえへ」
『彼女』は黒髪を手慣れた手つきで纏め、口元を歪めて見せた。
怖い。
「ふふ。そうね。気に入ってるのよ? でも、この償いはきちんとしてもらうからね」
ダークグレーの双眸が闇の中でギラリと光った気がした。