距離
修羅場期待してた方。すいませんでしたm(_ _)m。
帰って来ました!
私のホームグラウンド!! 城下町! 懐かしいなぁ。この賑わい。首都だけあって様々なものが売られてるし、いろんな人がいるよ。珍しい民族衣装の人とか、楽器を持った大道芸人とか。
あ、あそこのパン屋さんまだあるじゃない! あ、ママとよく通った洋服屋さんもっ!
お気に入りのカフェまで……あそこのシフォン凄くおいしいの! リディに持って帰ってあげなきゃ!!
あーーあっちには確か。
「少しは落ち着けよ? 田舎者みたいだぞ? お前」
ふと背中から響く通った声に私は現実に呼び戻された。果物を齧って歩いているのはアホ王子だ。その横にはニコニコと笑みを浮かべ、婚約者のレベッカーー愛称ベッキーちゃんと談笑している公爵の姿があった。
お似合いの二人だね。微笑ましいーーいや、羨ましいよ。ホホホ。
……じゃ、なくて。
なんなんだよ。この状況! この人たちがいなければ天国なのに!!
連れ出されたと思ったら気付けば城下町。愛人との楽しいお茶会などどこにも無くて、私たちは町中を散策していた。
それなりの服装で散策を楽しんでますが……うーん。隠しきれないキラキラ感。約3名。道行く誰もが振り向くいていく。本人たちはそれを気にもとめてないみたいだけどね。
……。
因みに私は見事に街に溶け込んでますがなにか? 背景だよ。背景。
いいんだけどさ。自由に動けるし。だからね。
声をかけるな。コノヤロウ。皆が私を不思議な目ーーいや、嫉妬か?ーーで睨んでいく。別に好きで話している訳じゃないし……にしても王子と分かったら私、刺されそうだな。
ち。
何気にこの国のアイドルだから。国王になる器かどうか置いておいてーーこいつは。結婚の時各地でテロが起こったとか起きないとか。私の知ってる範囲では貴族の女どもがリディを殺そうと画策したぐらいだけど。
ともかく、コイツのせいで死ぬのは嫌だ。
私はジロリと余裕なアホ王子を睨んでみせた。なぜかそれを見て楽しそうにコロコロと公爵は笑う。その横で小柄な少女は彼の横顔を眺めている。
可愛いなぁ。青春だなぁ。
おかしいなぁ。私の青春後悔しかないんだけど。あ、涙が。
「ーー久し振りなんだから仕方ないよ。ウェル。ここの所城から出てなかったんだろ?」
「だから、連れ出してあげたんじゃん。ーー立場上公務以外で外に出るのはダメだからなぁ」
そう。身の安全を図るためーーたくさんの護衛をつけなければ行けないし迷惑だからーー酷いーーという理由で城の外には出してもらえない。お忍びでも。と懇願してみたがリディも執事のおっさんにも却下された。
ま、まぁ。其れには感謝してもいい。だけどさ。お礼なんて言いたくない。
大体はお前のせいだからな? 上から目線やめろよ。ドヤ顔もやめろ。
刺すぞ?
「にしても、嘘など付くことなかったでしょう? リディにも、私にも」
そう言えば、後が怖いんですが。お茶会に関してツッコまれるのは必死だし。嘘なんてなぜかすぐバレるし。という事でシフォンをお土産にって思ったんだけど。
それでも嫌な予感しかしない……。あの子は鬼か?
「いや、あいつが呼ばれてたのは本当だ。仕事ぶりに関してじゃ無いか?」
……クックっ。喉を鳴らし、再び果物を齧る。楽しそうだね。
「ーーそれにお忍びなんて、あいつは認めるはずないだろ?」
「あれでも、リアを心配してるんです。昔お忍びで城から出ようとして正妃様色々あったんですよーー幸い大事には至りませんでしたが」
「……リア?」
はっ!!
視線!!
べ、べ、ベッキーちゃん?私の愛称に反応しなくてもいいからね。不審そうに見るのやめて。大丈夫だよ? 私、公爵となにもないよ。可愛いお顔が歪んでるよぉ。
見た目によらず、案外嫉妬深いよベッキーちゃん。公爵は気付いてないけどーー気付け。そして爽やか笑顔向けるな。また睨まれるの悪循環だよ。
「……そ、そうですか。でもどうして今更? 今まではこっちに移ってから私には接触されませんでしたよね」
出来れば。そのまま放っておいて欲しかったんだが。興味ないだろ? 別荘では一応手を出そうとしたけどーー地味な女みたい。うーん。やっぱあれか? この間の舞踏会と言った怪しげな集まりのせいか?
行きたくなかった……。
「ーー義務程度には誘いはしてたつもりだけど? いつだって握りつぶすのはリディの方だな。ーーまぁ、今回は暇ができたし、俺が直々に行ったわけ」
ですよね。暇つぶし……。
ーー少しだけ残念に思ったのは気のせいだよ。これ。何を期待したんだろうね。何を。こいつとどうにかなりたいとなんて思ってもないから。
……やっぱり黒歴史をまだ引きずってるのかな? 私。早くお祓いを受けないと。
どうやらブツブツ言っていたらしい。苦笑気味に公爵が肩に手をおいた。
「とにかく、リア。楽しみましょう? せっかく出てきたんですから。奢りますよ? ウェルが」
睨まれてるんですが。ベッキーちゃんを始めいろんな所から……アホ王子も不快そうに見るな。そんなに奢りたくないか? 金は持ってるくせに、ケチだな。
私は慌てて公爵の手を放した。
「大丈夫です。これでも働いたぶんお金は頂いてますので」
一応、僅かばかりお金は頂いてます。ママに送らないといけないんでそれだけは承認させました。ついでに今の状況は内緒。だってお金毟り取られるのが関の山だよ。私、借金作りたくない。
ま、でも少しずつためているので、少しくらいの贅沢はできるんです。
ドヤ顔をしながらほらっと財布を取り出してみせるとあら不思議。
財布が目の前から消えました。手品かなにか?
って、ドロボー!!!
「ちょ!! 待てっ! 私の全財産!!! ふざけないでーーつ!!!」
人々の合間に消えていく小さな影。どうやら子供らしい。それを私は必死に追いかける。背中で静止の声が聞こえたけれど逃したら私の財産が消えてしまうので逃したくなかった。
うわぁあああん!!
全財産なんて持ち歩くんじゃなかった!! 中身は微々たるものだけどそれでも一ヶ月はギリギリ暮らして行ける額は入ってたんだからな!
半ベソで人並みをかき分ける。
邪魔!! 皆今すぐ消えればきっとなんとかなるのに。非常にもどかしい思いで大通りを抜けると小さな道にたどり着いた。
「……あ」
ええと、なんかヤバイフンイキ? 薄暗く、ゴミが散乱する汚らしい道。なんの臭いなのか鼻を付くような臭い。
裏通りだ。
光あるところには影があるっていうよね〜。いうなればこの街の影。一般人は危な過ぎで近づくことなんて出来ないチョットヤバめの人たちが屯するところ。
私だって来るのは初めてだよ。
怖いんですが。いや、マジで。死んだような目でこちらを見つめるホームレスっぽい人や、色んなところに刺青を彫り奇抜なカッコのおニーサン。どう考えても気質の表情をしてない上半身裸のおじ様。過去の栄光だろういろんな傷がステキ。
アハ。
殺られる。今すぐここから立ち去らなければ。いろんな意味でやられる。
金より命だよね。こんなところに逃げ込みやがって。ちくしょう。私は泣く泣く身を翻したがーーもう遅かった。
「……お嬢様。なんの御用かな? 貴族様が来られるところではないんだけどさ?」
ギヤァーー!!! 熊! くま!!
ぬっと現れた巨体に私の視界は遮られる。大きな影だな〜。片手で私なんか軽々持ち上げることがでそうな太い腕。逞しいなぁ。
森ならぬ町のくまさんか?
おっと……思わず現実逃避をしてしまった。
「お嬢? 私はただの娘ですが? 私を捕まえても何もなりません」
あ、私正妃(偽)だったっけ? その場合はどうなるんだろう。ーーうん。無視かな?
「連れはどう見たって貴族だろ? なら、お前も変わらんわ。お前らは高く売れるしーーまぁ、見た目はどうでもな」
つま先から頭の上まで。値踏みするように見るなよ。どうせ凡人の粋を出ないわ! あ、こいつダメだな。とかいう目で見るなよ。
ともかく。このピンチを乗り切らないと。私は視界を巡らせながらジリジリと後ろに下がる。
うげ。お友達まで増えてらっしゃる? いや、多勢に無勢だよ? せっかくだから皆で頂こうととか、美味しくないから。ね? ね?
後ずさっていくと壁にぶち当たり行き場をなくす私。まずい。本気でーー。
ぎゃあ!! さわんなーーつ!!!
やダァ!!
伸びてくる手。恐怖に思わず滑るようにしゃがみこんで身体を小さくすると、守るようにしてきつく目を閉じていた。代わりに耳に入ってくるのは、『ぐ』とか『てめ』とか小さな悲鳴。それと共に鈍い音だった。
何が起こったのか分からず薄っすらと目を開ける。そこには倒れてる人の中、髪一つ乱すことなく立っている青年がいた。キラキラと銀の髪が太陽に反射して光を放っているようにも見える。
おかしい。なんかーーかっこよく見える? なんかの陰謀か? 策略か? けど今はそれでいい。
あとで考えればいい。
「汚い手で俺の嫁に触んな」
「アホ王子〜」
「アホ?」
あ、しまった。クセって恐ろしい。がそんなことを考えるまもなく身体は殆ど意志とは関係なくアホ王子に抱きついていた。殆ど縋るようにして。
だって心細くて。この際こいつでもいいかなって?
「私も居ますよ〜」
ウワーん!!
手を広げて待ってるのだから行くしかないでしょう。私は公爵に抱きつこうとしたけれどなぜたか王子が離してくれなかった。急速に冷えていく頭。案外たくましい胸に押し付けられて息が若干苦しい事によやうく気付いた。
放せ。この。
「あの? ちょっと?」
「レベッカはどうしたんだよ?」
抗議は無視か! ってか、ンなところで立ち話やめようね? 道に立ち込める暗い影が更に深くなってまいりました〜。
「……カフェに待ってくださいと置いてきましたよ? 治安隊買収して近くにおいておきましたし。大丈夫です。ーー心配ありがとうございます」
買収ってーー公爵家の財力すげぇ。でも、なんか怒ってそうだな? ベッキーちゃん。ま、こんなトコまで連れてくるわけには行かないし、しょうがないかな。
てか、苦しい。
「……人でなしだな。お前は」
「ウェルよりはマシです。ーーさ、離して下さい。そろそろ息してませんよ?」
ようやく私に気づいたか。間抜けな声を出して開放してくれたがーー殺す気か!
「何すんのよ!」
言うとダークグレーの双眸が刺すようにしてのぞき込んだ。
「お前こそ何してる? 元はといえばお前のせいだからな? 襲われたのだって文句は言えねえし、俺たち来なかったらどうなってた?」
ぐぬ。悔しいけど、なにもいえない。そもそもここに来なければと思ったけれどそんな問題じゃ無いんだよね。
しかも、怒ってるし。
「ゴメンナサイ」
そうとしか言えなかった。その横で公爵が軽く笑う。
「リアは本当に子供みたいだね。嬉しそうにあんな財布高く掲げるから」
「面目無い」
私だって財力が少しはあるところ見せたかったんだ。見せたかったんだんだよう。
人のお金より自分のお金のほうが使いやすいし。
「……ま、行こうか?こんなトコで立ち話も何なんで。臭いしねーーベッキーが待ってるし」
彼が一瞥する先には何があるのか分からない。少しだけ本当に少しだけ驚いた顔を浮かべたがすぐに元に戻ると、私の背中を軽く押した。思わずよろめく私の肩を支えるように抱くのはアホ王子。
まぁ、一応心配してくれたし、助けてくれたって事で。
「ありがとう」
私は手を振り払うこともせず呟いていた。