番外ーー王子の嘆き
王子によるあらすじ?
その結婚は契約に基づいた結婚だった。別に嫌いだったわけでもないし、美人だったのでそれなりに溺れたが段々飽きてきたのは事実だった。
結婚末期だった頃ーーリディの姉というおかしな人物が現れた。リディとは似ても似つかないほど地味でこじんまりとした女。どこか怯えているような女は俺を見ると挑むような眼差しに変わる。地位に興味がないのか、妹を裏切った俺が憎いのかーーともかく俺に媚びることもせず、面白い女だった。
なので城に進言通り上げたがーーすっかり忘れていた。別に女はあれだけではないし、はっきり言って俺の好みではなかったから。
だけれどーー。
『今度の会合には、王太子妃を連れて行くように』
それは、王からの命令。
面倒くせぇ。
別に良くないか? どうせリディは出ないだろうし……アレを連れて行くなら……カルでもデュリスでも。そちらのほうが見栄えがいいだろう。
そうは思ったーー思ったが、何となくその女が気になったのは本当に気まぐれだった。
……で? なぜ俺は臨戦態勢出迎えられてるんだろう? 名目上は夫でーーああ。叩き出された。まぁ、いいけど。にしても、前よりも可愛く見えたのは気のせいか?
……。
気のせいだな。
で。まともに顔を合わせた舞踏会。ヴェールをむりやり剥がしてみれば、やっぱり思った以上に可愛く見える。素直に可愛いと言ったら睨まれたけどな。多分この女は俺の言うことなんて信じないんだろう。まあ、隣にカルをおいていたらそうかもしれない。
ただ俺の従兄弟ーーサイの言葉は信じるんだろうか? 彼女の両眼がサイに向けて輝いたように見えてなにか鉛のようなものが胃の奥に落ちたがそれが何か分からなかった。
それを知りたくて、彼女ーーリアを町に連れ出した。で何故だ? 何故サイとその婚約者がくっついて来てるんだよ? 邪魔する気まんまんじゃねぇか! 特に従兄弟! だれが教えたんだよ!
うんーーまぁ。リアが楽しそうでつっこまないが、俺は楽しくねえ。もう少し楽しいかと思ったんだけど。
ち。
そうこうしている間にリアが消えた。バカな女だ。財布を自慢げに掲げるなんてお嬢様育ちもいいところだろう。それにーー猛ダッシュで追いかけていくなんて……。
世話が焼ける。
怯えて泣いている小さな女。彼女が駆けよって行ったのは俺ではなく、サイだったのでおもいっきり軌道修正させた。
なにか?
かすかに震える小さな肩。それは小動物のようだった。俺にすがりつくーー正確には俺が押さえていたがどっちでもいいーー姿は可愛らしくて、どうしようもない庇護感を俺の中に生み出していた。
あれ?
なんだこれ? なんか、かわいい。
……。
どこにも、誰にも渡したくなくて、サイを追いかけようと立ち上がった彼女の手を思わず掴んでいた。
その数日後。夜ーー訪ねようとした矢先、彼女は消え、つけていた監視から報告が入った。
捕まったと。
……バカなんだ。あの女は本格的なバカなんだ。人の気持ちなどお構いなしーー。おそらくサイの真だって気づいていないだろう。俺だって馬鹿ではない。サイのことへ調べさせてもらった。
勿論リアに言うつもりはない。サイを応援するつもりなど毛頭ないし、本人が言う事だろう。
ともかくーー紛れ込むか。幸い捕まったのは踏み込む予定があったーーサイの家だ。いや、レンズのアジトか。ともかく止まっていたその作戦をむりやりに動かして俺はリアを助けに向かった。
ーー公爵邸。ジメジメした地下牢だ。その中で困ったように首を傾げる女が一人。
余裕だな? おい。なんか、あるだろうよ?
俺に対して。どんだけスルーだよ?
けれど。嬉しかった。彼女がーー俺のことも当たり前のように心配する。そういった時は。
少しは脈があるのだろうか?
そんなことがとても嬉しい。ああ。俺はきっとどうかしてるんだな。そう思った。
彼女の言葉に一喜一憂するなんて。
ただーー彼女が俺に対するスタンスは変わらなかったけれど。ほんと、それは落ち込むくらい。
その事件が終わって落ち着くまもなく、再び舞踏会が入った。面倒くさくて出席は拒否したかったんだがーー慌てて俺の部屋に入ってきたのはアルバートだった。俺の師であり、優秀な部下。時々見下してくれるありがたい男だ。
それは告げる。
ーーリアに変な虫がくっついているーーと。
俺が慌てて向かうと彼女は真っ青になって俺のもとに駆け寄ってきた。何があったのか分からない。初めてーーだった。彼女から駆け寄って抱きついてきたのは。
で翌朝ーー泣きながら酷いと罵られるんだけど。
ん? あれ? なんで?
いやーーどこ行くんだよ!? 意味がわからねぇし!
止めるまもなく出ていった彼女を追いかけることは出来なかった。
……。
もういいや。どうでもいいや。見込みの無い一人の女を追うより、たくさんの女だよな。あれより柔らかいし。胸も大きいし。何度も言うけど、実際リアはタイプじゃないし。
ち。
俺を裏切ってサイと消えたバカ女なんて知るか。
滑るような白い肌。流れる様な亜麻色の髪。厚い口元から漏れる声は官能的。細い手が俺の肩に回される。それを俺は一瞥するとゆっくりとベッドに身を沈めた。
覗き込む双眸がいささか楽しそうに揺れる。
「不満そうね? そんなあなたは初めて見たわ? ここに来ることが、あの女に後ろめたいのかしら?」
「別にーーそうでもないさ。彼女に抱く想いは君と一緒だしね」
つまりはーーどうとも思っていないことかしら? 女は笑ってはいたものの不快そうに呟いて俺の胸に寄り添うように横になった。
「私はこんなにもあなたが好きなのにね?」
ーーどんなにか。幸せだろう。ふと思ってしまった。どうも馬鹿な考えに俺は困惑する。こんな時に。
けれど。
リアがそれを言ってくれればーー幸せだろうか。
城に帰るとアルバートが兵を用意して待っていた。ごく小さな兵団。俺の名のもとに召集されたらしいがーーどうしてなのか分からず問い詰めるとまたあの女ーー攫われたらしい。
……バカだった。バカ。けれど何となく嬉しかった。俺の元から去ったわけではなくてそんな馬鹿なことに巻き込まれていたことが。
慌てて駆けつけると殆どが終わっていた。
何があったのかレンズは死にーーサイは立ち尽くし、リアが泣いている。手には大きな枷。それを解き放っても彼女はただ泣いていた。痛いとも悲しいとも言わずたた、目から涙を溢れさせていた。
ーーってそこまではいいんだが。
どういうことなんだ? サイが隣国に出されるのは良いとして。広い会議室。国王を始め雁首揃えた老害共。なぜリアをサイにくれてやるんだよ?
抗議をしてみればーー小娘の一人ぐらいくれてやってもいいでしょう? 王太子はモテるのだから。って笑いやがった! テメエ等は首だ。俺が王位についたら首だからな!
素直についていくリアもリアかよ!?
ああ。もうこの際、押し倒しておこうか? 俺から離れられないように。忘れないように。
やっぱりーー取られてたまるか!
でもーーできない自分が情けない。泣いて逃げた彼女を追うこともできなかった。
最終日。
うん。ヤッパリ、サイを殺そう。そう思った。そう思ったが、あまりにもリアが俺をまっすぐ見ている。全てを見透かされそうな視線にたじろぐと彼女は微笑を浮かべて言う。
頑張ってみようと思うのーー 。
何を、と問えば 『もう一度会えたら言うわ』と返ってきた。『その時はきっとお婆ちゃんでーー』
彼女が本当は何を言いたかったのか分からない。もう一度会ってみないと分からない。
だからなんとしてでも迎えに行く。何もかもクリアして迎えに行く。そのようなことを言うとリアは困ったように笑っていた。




