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番外ーー執事のある日

今回は話の補完でも何でもなくただの小話です。

 あの人、なんとかして下さい!!



 ああーー懐かしい。これはあの別荘で現奥様が何度か叫ばれた言葉。もちろん、私は旦那様の執事ですのでなんとも出来ませんでしたとも。おまけに当時の奥様は一介の使用人。



 当時の夫婦喧嘩に巻き込まれたくなかったと言えば嘘になりますが、で、人身御供に現奥様を差し出したと言えば否定できませんが。ともかく懐かしいお言葉です。



 私はその言葉を聞きながらズルズルと紅茶を喉に流し込んだ。



 まだ腕は衰えていません。流石私です。



 ーーっと、そんなことより。私は姿勢を正してソファに腰を掛ける女性を見つめた。



 現奥様です。



 小柄でーー言っては悪いけれど、そう、いろんな所の発育がよろしくない女性。かわいいと言えば可愛いですがーーどこをどう旦那様は惚れたのかわかりません。旦那様のことなので酔狂かとも思ったのですが違うようで驚きました。



 って、悪口はここまでに致しましょう。奥様も私にはいい印象を持っていないようですし。これ以上悪化すれば業務に差し障ります。



「聞いてますか?」



「はぁ、聞いていますが……。ここは惚気話をするところでは無いんですが。忙しいですし」


 違う!! と叫んでから悔しそうに奥様はバンっと机を叩いています。顔が真っ赤なんですが……。



 やっぱり惚気では?



「しかし、ストーカのようにベタベタしてなんとかして欲しいってことですよね? 旦那様を。いいじゃないですか。暇なんだし。宰相様が仕事を肩代わりしてけれてますし」



 宰相様ーー前王妃様です。もう私など家臣はあの方が王になればいいのでは? と最近考えたりする程有能な方で、実は前回の輿入れから政務に関わってきた人です。え、でも、旦那様もサボりぐせが無ければ有能な人なんですよ? ーー学校じゃないんだからとは思いますがね。



 あ、そうそう。全王妃様は最近子供も生まれて順風満帆だそうですよ?



 そんなことを考えていると再び奥様は机を叩いた。



「それではダメでしょう! 王なんだから! リディにも負担じゃない!!」



 この人は案外真面目です。ここに来てからずっと勉強してますし、公務もよくこなします。



 ま、国民に嫌われているのは仕方ないですよね。前王妃さまから寝取ったとかいろいろ世間では言われて居るようですが、本人は顔色一つ変えないし、泣き言一つ聞いたことがありません。



 ……まぁ、本人からはですが。



 噂によると酒瓶持って巷で暴れているとかなんとか……。



 ……。




 噂ですけどね。



 ええ。私は何も知りません。奥様が夜な夜な抜け出しているなんて知りません。今や飲み友達らしいユーリスからは何も聞いてません。



「分かりました。ーー確かにリディア様も休みたい頃でしょう。休みを調整して、旦那様の方に割り振っておきます」



 お二人が守るかどうかは別ですが。まぁ、魔法の言葉を言えば言うことを聞いてくれるでしょうがね。旦那様は。



 私が言うと奥様は胸を撫で下ろして笑ってみせた。



「ありがとう」



 お茶でもーーそう進めようと思ったのですが、いきなり扉が物凄い勢いで開きました。全力で押したのでしょう。そこまでしなくても扉は開くのですが、どこの馬鹿だと思えばーー旦那様でした。



「リア! ここにいた」



「ぐっ! ストー……うぐっ!!!」



 ストーカとは言わせてもらえなかった奥様は旦那様の胸に頭を沈められてます。奥様ーー窒息して死ぬんではないでしょうか?



 手がパンパンと旦那様の腕を何度も叩いてますが離す気配がーーあ、離した。



「殺す気か!?」



「アハハ。何してたんだよ? こんな所で」



「ウェルには関係ないでしょう?」



 時々奥様は少女のようですね。口を尖らせて横を向く姿はまさにそれだと思いました。桜色に染まる頬が可愛らしい。



 それにしても。



「アルバート?」



 はい? 私がアルバートですが。 



 全く。ーー私を巻き込まないで欲しいんですが。笑顔のまま私を見る目は少しも笑っていないし。



 しかし私とて昔は軍人。そんなことで怯みはしませんよ。しか私が鍛え上げた若造に。私はニコリと笑ってみせる。



「ああ。旦那様が仕事をしないと言う悩み相談ですよーーどうしたらやる気を出してくれるのかと」



「え? 俺の為に?」



 ……。旦那様。チョロい。なんとなくそう思った瞬間です。ばっと輝いた顔は奥様に向けられ、彼女は若干引きつらせた顔で『まぁ』と言っている。



 旦那様のためとは何か違う気がするのですがま、いいようですね。何でも。



 とりあえずダメ押ししておきましょう。まぁ、奥様が考えるようにリディア様は些か働きすぎですので。



「仕事をすれば『ご褒美』とかもらえるのではないですかね?」



「ちょ!! おっさーー執事様!」



 一人は何を言い出すんだコイツ状態。もう一人はご褒美の中身をすでに妄想しているようです。薄ら笑いが旦那様といえど殴りたくなりますね。



 気持ち悪い。



「あのね? 何を想像しているのよ? 何をっ! ともかく、仕事はしないとーーリディに任せきりでは駄目だし、ってーー聞いてる!?」



 奥様はぬいぐるみか何かですかね? それよりも、私には旦那様がおもちゃを与えられたクソガーー子供に見えるのは気のせいですかね?



 盛大に抱きついているけれど奥様は顔を真っ赤にして怒っているのか恥ずかしいのか何なのかよくわからない表情ですがーー全体的には。



 でていけ。



 の一言につきます。



「失礼ですが、私は忙しいのです。旦那様と奥様方。お二人の睦ごとを見るほど暇では無いのですが? 取り敢えず他でお願いできませんか?」



 私はこの年の始に妻に逃げられ娘からは敵を見るように嫌われーー人の幸せを応援する気分ではないんですが? その事情を旦那様は知っているはずなんですが、相変わらずの空気を読まない人ですね。



 羨ましくなんてないんですよ?



 無性に腹立たしいだけで。



「あ、う? え。ご、ゴメンナサイーーじゃなくて助けてーー!」



「ご冗談をーーさて。出ていってください、他でどうぞ」



「なら、お言葉に甘えて」



「やめろおおおお!」



 ああ。オイタワシヤ。奥様。さて、ここにくるきっかけになったあの日のように逃げ切れるかどうかーーいや、無理ですね。あの二人はああいったプレイがお好きなのでしょう。



 旦那様が奥様を部屋から連れ去って静かになった部屋。私はソファに腰を掛けました。パラパラと郵便物を捲りながらひとつの郵便物に目を留めました。珍しく私宛のものです。



 開くと思わず笑みが溢れてしまいました。



 ーー誕生日おめでとう。心をこめて。



 同封されていたのは万年筆。宛名は書いてありませんでしたが、誰からぐらいわかります。このためだけにおそらく奥様は来たのです。素直ではない方ですから。ついでに旦那様の文句も言いに。



 面白い人たちたちです。



 私もさっきまで忘れていた誕生日を覚えていてくれるとは。



 私は万年筆をポケットに挿すと軽く呟きました。



 ーーありがとう。と。

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