強情
あれ? なんか開眼した感……。少なくて申し訳ない(^_^;)
馬舎の中、重苦しい沈黙が漂っていた。いや、なにこれ? 私が悪いわけではないのにーーしかも、何もしていないのになぜか酷い罪悪感なんですけど?
ああーーそう。浮気現場を見られてしまった人のようなーー。
嫌な汗をかきつつ、対峙する二人の青年を藁の上に座ったーー座らさせたという方が正しいけどーーまま見上げていた。
言い訳するのもなんかおかしい気がする。第一何も無いし。
この状況をどう打破すればいいのか分からず私はあからさまに顔を引きつらせていた。
「嫁ーーリア。ウェルの嫁だった?」
怖っ! なんか殺気が感じられるのですが。カンテラに照らされた笑顔が怖い。今までそんな表情見たことないんですけど?
私は思わず首を勢い良く横に振っていた。どう考えても肯定という答は公爵の中にはない気がする。
彼は軽く形の良い口元を歪めるとゆるりと視線を王子に戻した。なんとなく、勝ち誇ったように見えたのは気のせいだろうか?
それと反対に王子は顔を顰めている。こっちはこっちで恨めしそうな視線を私に向けたような気がした。
いや、ほんとに違うからね? 私悪くないし。
「だって? ーー確か振られたとも聞いてたけど? 何しに来たの?」
どこかバツが悪そうに口を尖らせてみせた。
「うるせぇーーリアがどう思おうが関係ねぇんだよ。俺が嫁っったら、嫁なんだ」
……。
……嫁言うな。
子供か? お前はーーじゃ無くて。悪びれずもせずに言い切るな! 頭が痛くなってきたわ。
ほら、公爵も若干引いてるし。
「ーーええと。違うからね? 私は嫁じゃないし」
ちらりと向けられた公爵の視線ーーどこかかわいそうな娘を見るようなーーに私は思わず言い訳をしてしまう。
「言っただろ? リアがどう思おうが関係ないんだけど?」
開き直るな、胸を張るな!
「いや、ダメでしょ? それーーってか、私関わらないてほしいとお願いしましたよね? なぜここにいるのよ?」
そして、なぜに嫁宣言している?
「嫁だから」
「……」
しれっと言うが答えになってないからな? それ。掘り下げても大した答えなど出てこない気がする。
頭を抱えた私に公爵がニコリと微笑んだ。癒し。なんか、癒やしだ。お怒りオーラもどこかに消えてるし。
「ーー馬鹿だって、言っただろ? 俺も、リディも」
「はい」
うん。言ってたね。言ってた。少しでも落ち込んでいると聞いている罪悪感を覚えた私がとても憎いわ。
「そんな事より。お前は俺の質問に答えてないよな? 何してた? こんな暗がりでリアと一緒に。そんな格好で」
「野外プレイ」
……。
……。
……は?
いやいやいや。
何を言ってるんですかーー? そう言う前にサクッと王子の持っていた剣が地面に突き刺さる。
「へぇ?」
あれ? 寒い。いや、睨まないでくれますか? 嘘だから。嘘だし。嘘なんだってば。
何も無いから!! へ、変態でもないしね!
流石に慌てて否定をしようと立ち上がったけれど、刹那ーー肩を抱かれるようにして公爵の胸に引き寄せられた。
わさりと柔らかい声が耳元に心地よく響く。
『ーーここで俺とそういうことにしておけば、こいつから逃れられるかもしれないよ?』
「え?」
顔を上げれば悪戯っぽい笑みを浮かべた公爵。相変わらず綺麗な青年で、これほど近いと長い睫毛の一本一本までよく見える。
……綺麗だな、うらやーー。
感心している場合ではなくて、だいたいそんなことを認めてしまえば私だけではなく、公爵まで変態なのでは?
それはダメでしょう? ーー紳士なんだから。
それに、もうすぐこの国から出るわけだしーー。
一瞬鉛が落ちたように心臓が重くなった気がしたけれど、私は見ないようにして顔を上げた。ニコリと微笑むと公爵は少し眉を潜める。それは何処か不満そうに。どこか呆れたように。
「ありがとうーーでも、大丈夫」
ああーー付きまとわれているように見える私に気を使ってくれたんですね。なんか迷わーー変な使い方だけど。
大丈夫。そんな気を使ってくれなくても良いし。
「リア」
なにかを言いたそうだったが、ぐっと口元を結んで彼は私からゆっくりと離れた。消え行く公爵の体温。少しソレが寒く感じたのはまわりの気温が下がった為だろうか。
ため息一つ。私は怖いくらいに表情を無くしたウェルに目を向けていた。ただ、その暗闇に紛れるような双眸は迷子のように揺れて見える。さっきまでの強気はどこかに吹っ飛んでしまったようだった。
「ウェル」
「サイと行きたいのか?」
「行くわ。ソレが決定事項だから。だいたい国が決めたでしょ?」
私は一歩ずつ彼との間をゆっくり詰めていく。少しだけ驚いた様子を見せていた王子だったけれど内心驚いたのは私だった。そう言えば自ら歩み寄ったことは無かったなと考えながら、真っ直ぐに王子を見つめた。
少したじろぐなんだかいつもと違うようで面白い。立場が変わったようなーーそんな感じ。
ふと手に触れてみれば驚いたようにして軽く肩が震えた。
「それに、私頑張ってみようと思うの」
「?」
何を? そう言いたげに小首をかしげてみせる。不思議そうに。私はクスリと笑みを落とす。それは私自身に対する自嘲でもあったんだけど。
だって、やっぱり未練タラタラで。思いついたことがとてもくだらない事だったから。
「この国を出て、もう一度会えたら言うわ」
頑張るーー。何をか自分でもわからない。仕事なのかなんなのか、ともかく頑張りたかった。自分を自分で誇れるように。そうすればもう一度、きっとそんな事はないだろうけれもう一度会うことができたら、言えるような気がする。
きっと忘れているだろうけれど、それでも。
貴方がーー好きだったんだと、笑い飛ばしながら。
それって、とても幸せな事のような気がする。
「その時はきっとお祖母ちゃんでーー」
ぐっと引き寄せられる身体。温もりが身体の中にじわりと入ってくるようだった。
「ウェル?」
肩に埋める銀髪。表情は分らなかったけれど静に、小さくウェルは呟いていた。
「迎えに行く。それを聞きに。絶対。お前は俺の嫁だからーー」
いや、嫁言うな。
そう思ったけれど、私はただ軽く笑ってみせた。




