鈍さ
公爵はヘタレでした……ゴメンね公爵。そして、鈍いにも程がある回です。
私は屋敷の敷地をウロウロしていた。もちろん薄着のまま外に出るほどバカでは無いし、お金だってない。一応入れそうな場所ーー以前入った窓やら扉やらーーにアタックしてみたんだけど無理でした。身長制限。若しくは鍵がキッチリかけられていたんだ。
どうしようか。考えながら思い当たった先はーー馬舎。当然だけど貴族なんて馬を持ってるのが普通だし。
あ、あそこなら眠れそう。
それを探すのはなんでもない事で、私は落とされた寝具を小脇に抱えながら馬舎に向かった。
うーん。馬はいないけど……獣臭い。
静まり返った広い馬舎。鈍い光が差し込むそこに動くものは何もいなかった。それに一抹の寂しさを感じながら私は藁をかき集める。
一瞬ーー私は子爵令嬢ではなかったっけ?ーーと言う疑問が頭に浮かんだがそんなことを考えても誰かが笑集めをしてくれるわけでもないし、よく考えてたらいつもの事。疑問を振り切って今夜の寝床を作るのに勤しんでいた。
「手伝おうか? お嬢さん?」
「ーーありがたいけど、大丈夫。案外楽しいのよ」
それ、本当。なんか楽しくなってきていた。どれ位束ねれば座れるようになれるとか、どういう置き方をすればーーって?
あれ? 私、誰かと会話した気がする。
ふと声の方向に目を向けたけれど、誰もいない。何だ気のせいかと息をついて持っていた藁を置こうとすればーーそこに一人の青年が腰掛けていた。
ーー!!!!!
手に持つのはカンテラ。淡く赤い光に照らされてニコリと微笑む姿は何となく、なんとなくだけど幽霊を連想させ、私は声にならない声を上げて尻餅をついていた。
「あ、あっ!? え? サイーー様?」
「はい。悪かったね? 驚かせた?」
ええ。まぁ。心臓が止まるかと。
彼は軽く笑うと私の手を取り、そのまま藁の上に座らせた。当然、公爵も私の隣に腰をかける。
なんだろう? 軽く衣服が乱れてるし、少しだけアルコールの匂いもする。飲まないと思ってたものだから少し意外だった。
……。
って。こんな所ベッキーちゃんに見られたら確実に命取られそうなんですが。
『ああ』して追い出したんだから今夜仲直りでもする予定だったと思うんだけど。私から帰るように言えば良いのかな?
いい加減当たられるのも辛いし、仲裁をしてみようか。整った横顔を伺いながら私は口を開いた。
「あの? こんな所で? ベッキーちゃんは?」
「さぁ? 俺はずっと外で飲んでたし。見てないけど? で、誰が歩いているのかと思ったらリアだったわけ」
屋敷中開いているところを探したんですがどこに居たんですかね? 一体。そこから入ればよかった。入ったらどこかの物置にでも引きこもって朝を迎えれば良かったのに。
私は陰鬱にため息一つ吐き出したがそれに気付くこともなく、公爵は上機嫌で続ける。
「それにしても何を? 外で寝るのが好きなの? リア」
そんなわけあるか。なんか楽しくなってきたけど。だいたい、あんたの所の婚約者がーーなんて悪口を言っているみたいで言えるはずもなくーーでも、ふと思いつく。
大体。公爵のせいだと。そう考えると少し苛立たしい。
「ーーそんな事より、サイ様。いい加減仲直りをしてください」
「仲直り?」
誰と? と言いたげに小首をかしげてみせる。しらばっくれているのだろうか? 他人には関係ないと。
私は眉を寄せた。
「嫌だなーーベッキーちゃんとですよ。仲良くしていただかないと、これからの事に支障が出ますし」
いや、出てるし。実際追い出されたし。こんなかっこでどうしろとい言うんだよ! と本当は声を大にして言いたい。
「ベッキー……」
驚いた様子で呟くと彼は少しだけ考えるようにして空を仰いだ。
「そうですよ。不安そうにしてました」
「……欠片もないーーか」
クスクス。自嘲気味な笑顔。お酒が入っている為かゆるりと私を見る視線は何処か色っぽく見えて、私は思わず、見てはいけないものを見たようなそんな気がして目をそらしていた。
咳払い一つ。
「可愛そうですよ? 女の子を待たせておくーー?」
ん? 私いつ天井に目を向けたっけ? 薄暗い天井を見ながら首を傾げた。
……。
……。
ああーー藁の中にいるんだ。何かが刺さるように身体かちくちく痛いと思った。
えへ。
じゃーーな、く、て。
視界一杯に入るのは公爵の顔だった。どこか気持ち悪いのかな? ーー多分倒れようとして私に掴まろうとしたら私ごと倒れた感じだと思う。
お酒どれだけ飲んだんたよ? 痛いから肩を離してくれると起き上がって介護できるんだけどもーー必死で身を支えている感じで退いてはくれない。
吐かないで欲しいな。というのが今の願い。だってーーこの体制だとモロに、ねぇ。
「あのぅ? 大丈夫ですか?」
「ーーあまり大丈夫じゃない」
一大事じゃないか! 私は身じろぎしたがぴくりとも動くことなんてなかった。
ともかく、離せ。
「……。退いてくれたら部屋までお連れして医者をーー」
コテン。首元に頭が落とされた。ふわりと金の髪が私の頬にかかって少しだけくすぐったかった。
ーーええと。
気を失うの? ねぇ? 気を失うの? この体制でどうしろと? 誰か来るのここに?
私が助けてと言いたい。
「サイ様? 大丈夫ーー」
と、視線があって私は言葉を失った。カンテラに照らされて淡く輝く緑の双眸が揺れる。何処か熱を持っているように私を見つめるそれはすべてを絡みとっていくように見えた。
そんなにーー辛いのかな。
「吐きそう?」
じっと見つめたあとで言うと、くったりと頭を垂れた。薄い口元には自嘲気味の笑みが浮かんでいる。
「ーーまぁ、ね。自分の不甲斐なさに吐きそうなだけだ」
「?」
意味がわからなくて首を傾げると私から離れてゆっくりと座り直した。それにつられるように私も身を起こした。
「知ってたけど。ーー馬鹿みたいに昔から奴しか見てないのに」
独りごちる意味は全くわからない。まぁ、考えるのはやめて私は彼の額に手を置いた。
熱はーー無い。やっぱりただの酔っぱらいのようだ。なぜか覗き込むとかすかに頬が染まった気がした。
「熱はなさそうだけどーー帰ろう? 一応朝まで大人しくしておかないと」
立ち上がりながらすかーとの裾を軽く払った。意味なさそうだけどーー。
「リアは? ーーウェルの処に行くの?」
私は不思議そうに彼を見返した。なぜそんなことを聞くのか分からなかったんだ。ベッキーちゃんと結託しているわけではないだろうし。
肩を竦めたあとで口を開く。
「行けないでしょ? こんな格好でーー行っても痴女みたいじゃない?」
無事にたどり着いても、襲ってくださいと言わんばかりの衣服。薄いーー透き通っているわけじゃないけどーー絹で出来たワンピースだし。
……。
……。
ニコッとした公爵が見える。ようやく気づいたのか。と言わんばかりの視線。
「鉄の理性に感謝して欲しいけど?」
ただ、興味なかった気がする。若しくは気持ち悪くてそれどころじゃないとか。
いや、うん。襲ってほしいわけじゃないけどね。なんとなく、そこはなんとなくだよね。
……なんだろ? 落ち込む。
「そんな事よりーー早く帰らないと。ベッキーちゃんにまた誤解されるし」
「ーー誤解ねぇ? なら、誤解されてみない?」
「……なぜ? そんな危険なーー」
ふと、影が私の前に落ちた。頬に温かいものが触れるーー。それはどこかくすぐったいような軽いキスだった。
「……」
……。
ーーん。えっと。
なんの挨拶だろう? 私もした方がいい? どこの国の挨拶だっけ? 一応習った気もするけど。これから行くところの習慣?
とにかく両頬に……。
考えているとーー耳元で風を切る音がした。サクッと地面に突き刺さるのはーー剣。剣だよね? コレ。
余韻を持って軽く唸って居るそれは紛れも無く治安帯の皆さんや軍人がよく持っているお馴染みのそれだった。
……ひっ!
本気でーー殺しに来た!!!!
血が引いていくのを感じながら私は弾けるようにそれが飛んてくる方向に顔を向けていた。
「ベッキーちゃん! 違うの! これは挨拶で!!!! 挨拶の練習でっ!!!」
ーーって、あれ?
いない。鬼のように仁王立ちをしている美少女を予想してたんですが、影も形も見当たらない。
なんて、そんなわけ無いですよね。
いつの間に移動? 私の眼前には暗闇でもギラリと鈍い光を放つ剣がそこにあった。
ーーっ!!!!
「ゴメンナサイ!!!」
こうなったら土下座だ! 以前した土下座! キングオブ土下座。なんだか知らないけど乗り切れそうな気がーー。
って、え?
「テメェ、俺の嫁に何しやがる」
金と銀の交差。そこにはピリリと張り詰めた空気を放つウェルが公爵を睨みつけながら立っていた。




