刺さるナイフ
お姉様ーー。
ああ。幻聴が聞こえる。そして、幻覚が見える。おかしい。こんな所に素敵な私の妹は居ないはずなのに。
公爵に連れてこられ帰ってきたのはいいけれど、居間で寛いでいたのは華やかな二人の女性だった。
一人は当然だけれど美少女ベッキーちゃん。うんーー笑顔が怖いね。そう言えば道すがら公爵が逃げてきた。となぜか言い切っていたし。
いいカップルだった気が……そう言うプレイか何かかな? まぁいいけど。
そしてもう一人は。
「リディ?」
なぜここにいる?
「ふっーーこのまま逃げ切れると?」
こっちの笑顔も怖いっ! なんで!? 勝手に城を出た私を恨んでるの? いや、それ、私のせいじゃないし!! 国のせいだし。いや、隣で嬉しそうにニコニコしている公爵のせいか?
リディは楽しそうに目を細めると私を迎えるようにゆっくりと立ち上がった。
「ーー嫌だなぁ。お姉様。何を怯えているのかしら? 私だけ最近取り残されてつまらないとか無いんですよ? お姉様の困った顔が見れなくてイライラするとか、ウェルの分まで仕事を押し付けられてテロを起こしたい気分とか。そんな事はないのよ?」
「……」
テロって。怖いよぅ。目が笑ってないし。一歩後ずさると公爵の体にぶち当たり私は肩をもたれる形となってしまう。見上げるとスラリとした顎が見えた。
「あは。お久しぶりですね。リディ様。……楽しそうですね」
「ほほ、ご機嫌麗しく。サイ様。お姉様がお世話になってます。うん。置いていってくださるとありがたいんですが。ーーどうせ眼中に入れてもらってないのでしょう?」
ピキッっと。空気が割れるような音がした。いや、いや。幻聴だよね。これこそ。ともかく、張り付いたような笑顔がここに。なんで皆怖いんだよ! 笑顔がっ。公爵まで!
そろり、そろり。抜け足差し出し。ヨロヨロとフェードアウト。しようと思ったんだけどね!
ぎりりと掴まれた肩を離してくれないんだよなぁ。痛いんですが。私を盾にするのやめてください。
妹怖いのは同意するけど。
「お断りします。俺の念願なんで」
舌打ちがーー気のせいか。
「つまらないわね。ーーそういえば、お姉様。ウェルがボロボロで帰ってきたんですけど?」
何かを答える前に私の身体は一度震えて反応していた。強張る私の表情とは対照的にニヤリと歪むリディの口元。それは新しい遊び道具を見つけたかのような表情で嫌な予感しかしない。
じわりと背中ににじむ汗。私はどう言うべきか迷って言葉に詰まった。
「う……」
意味有りげな視線。
……。
知ってる。
直感だけど。絶対、知ってる。なぜか。この妹は私にーー王子に起こったことを……。
その疑問に答えるようにしてリディが口を開いた。どこかドヤ顔なのが嫌だ。
「ウェルに護衛がいないわけ無いでしょう? ユーリスを紛れ込ませておいたのよ。ーーリハビリついでに。で、お姉様に関わることだけ報告してもらってるのよ」
うわぁ……。ある意味徹底してる。そこに、疑問も何も無い所がすごいよね。この子。こんな娘ではなかったんだけど。
私は軽く頭を抱えていた。
そんな事よりあの男!!! 病み上がりで何してんだよ! ーーてか、退院おめでとう!
馬の糞でも送りつけてあげよう。綺麗にラッピングして。
「ともかく、いい気味だわーーあの男。お姉様いい仕事したと思うの」
「いい仕事ってーー私はただ。そういえば、ボロボロって?」
そんな酷いことは言っていない気がするけど。ただ自分の気持ちを述べただけだし。何となく何も考えてなさそうだし。
でもーー責任の一端をなんとなく感じる。
「そんな顔しなくていいよ。俺にはわからないけど、リアは悪くないと思う」
コツンと頭に額が押し当てられるのが分かった。ふと見上げると緑の目が覗き込んでいる。
頭が重いのかな?
「そうね。気に病む必要はないわ。だって馬鹿だもの。ーー本気出して振られたことなんてなかったから帰ってから寝込んでるだけよ。そのまま永遠に起きるなって話だけどね。明日には治ると思うわよ?」
何気に酷いことを言ったリディは鈴がなるように笑う。まぁ、『確かに』と笑っている公爵も公爵なんだけど。
そういえばさっきからベッキーちゃんが静かなんですがーーって。
ぎゃあ!!!!!
公爵の後に背後霊のように。私を睨んでる。いや、肩をつかんでるのは私が頼んだわけじゃなくてね? 取れないのよ。これ。いや、ほんと。
あーー。手に持っているナイフ。取り敢えず置いておこうか? 危ないから。
リディとは別の怖さを感じて思わず視線をそらす。
「でも、お笑い種よね?」
言うとリディはスカートの裾を翻して再びソファに腰を掛けた。置いてあるのは紅茶。誰が淹れたんだろうかと悩んだんだけれど、やっぱりリディだろうな。そう思った。
私が扱いたしーー。
かなりの後ろめたさは王子の比ではなく思い出すだけで脂汗が吹き出してしまう。うん。本当はリディに殺されても良いくらいだもんね。過去の私は酷すぎる。自分でもそう思うわ。
「何が?」
「だってお姉様が国を経つことが決まる少し前から遊び相手とは手を切り始めてたのよね。ーーまぁ、まだ古参はいるけど」
喉に紅茶を軽く流し込んでからてふうっと息をついた。その視線は宙を見つめていたけれどそんなところなど見ていないだろう。不意に眉間にシワが寄った。
不快そうに。
「でも、信じられなど、しないわよ。どうせまた繰り返すでしょうしーー癖のようなものだから。お姉様は賢明なのかもね。私と違って。そんな事では騙されなんてしないわよね?」
馬鹿みたい。リディは我知らず付け加えて自嘲気味に口を歪めてみせた。
「ーー賢明」
騙されなんてしない。騙されたくない。幸せになりたい。愛されたい。でもーー嫌だ。
嫌だ。
グルグルと言葉が回る。何の答えも見出だせないままに。グルグルと視界も回る気がした。まるで大地そのものが揺れているように。
気持ち悪いーー。
「お姉様?」
「リア?」
ストン。腰がぬけるように座り込んだ私の背に温かな手が乗せられた。心配そうに覗き込む公爵に私は『大丈夫』と笑いかける。相変わらず公爵は優しい。
「ごめんなさいーー少し休んでいいですか? 夕食を作る時間までには起きますから」
考えを切っても頭がグラグラするのは何故だろう。今日は精神を削りすぎたからたろうか。
「分かったーー連れてくよ」
えっと、一人でーーと思った刹那足が浮いた。浮いーー女の子の憧れ、お姫様抱っこ!
実際されると少し不安定で怖い。
「ーーつ!」
いやいやいや! ちょ! 恥ずかしすぎるけど!! ベッキーちゃん。そのナイフをどこにつき立てるつもりなんですか!
私が身じろぎすると『動かないで』と渋くーーやっぱり重いらしいーー言われたので仕方なく腕の中で小さくなる。
リディ。コレジャナイ感を顔で表すのはやめて。何を求めてるか知らないけど。生温かい目が余計に恥ずかしいわ!!
「それじゃ」
パタンとしまったドアの向こう。
サクッと何かにナイフが突き刺さる鈍い音がした。




