本気と嘘
ええと、全面改稿させてくださーー土下座。m(__)m
はじめと終わりは一緒なので問題はない? ですが、中身をシリアスに変えました。
なので少し説明文中心。
スイマセンがよろしくお願いします。
「可愛い彼女だね? 綺麗な兄さん」
立ち寄った小さなアクセサリーショプ。そこで人の良さそうな亭主に声をかけられた。
なぜか、アクセサリーショプにいるのはもう開き直っちゃったから。だいたいよく考えればこんな機会ないし。もうこの人にも会うこと無いだろうし。
子爵クラスでも雲の上の地位だしね。
そんな理由で楽しむ事は出来なくても記憶に残そうと思うんだ。最後だから。
最後は笑ってサヨナラ。これで全てが終わる。そうしようと思ったんだ。
……。
でも、彼女じゃないよ?
違うからね。違うもん!
「違いまーー」
ちょ!! 気安く肩を引き寄せるな! 心臓が止まるかとーー。抗議しようと見上げると視線がかち合って私は思わず逸らしていた。
だから、逸らした目を追うようにして覗き込むのは本当にヤメロ。
初々しいねぇ。と愉しそうに呟いている亭主を縊り殺してやろうか? まぁほとんどヤツ当たりなんだけど。
肩に回された手を弾くと王子は不満そうに口を尖らせ肩をすくめてみせる。
「だろ? 信じないんだぜ、こいつ。言ってやれよ? 俺が可愛いと何度もーー」
いや、亭主は社交辞令なんだよ? 少し困ったような顔をしてるし。どうして他人まで嘘に巻き込むんだよ? その手には乗らないからな。
王子を一瞥したあとで店の亭主に目を向けた。
「だって嘘だからーーそんな事より私達は恋人でも何でもありません。ただーー。ただの知り合いですから」
「そうは見えないんだけど?」
軽く苦笑を浮かべる亭主。イヤイヤ。どう見ても違うよね? 王子にはこうーーなんか、綺羅びやかでゴージャスな美人か人形のように整った美人がよく似合うんだから。
リディや、カルちゃんみたいなーー。
踏み潰されるように心が小さくなった気がした。どくどくと溢れ出てくるのは羨望と卑屈。こうだったらいいのにとか、羨ましい。とか。考えても詮無いくだらない感情。ゴミ箱にまとめて捨てたいその感情を見ないようにして私は顔を上げた。
思わず浮かぶのは自嘲気味の笑顔。
「とにかくーーそうなんですよ。私はただこうして付き合ってもらっているだけでーー本当に関係ないんです」
「リアーー俺は」
伸ばされる手。けれど私は軽くそれを弾いていた。少しだけ驚いた表情を浮かべる王子を真っ直ぐに見据える。
変わらない表情。だけれど狼狽えたような光がその双眸に浮かんだのは気のせいだろうか。
「触らないで。最後だし買い物に付き合うとも決めた。それ以上何を望むの? 私はウェルと付き合うことはできないって言ってるし」
「……どうして?」
微かに剣呑とした声。ピリッとたるんだ糸が引き締まるようにして空気も緊張の度合いを深めていく。
幸いにも店の客は私達のみで亭主は空気を読んだのかカウンターからいなくなっていた。
店の扉には『休憩中』がご丁寧にかけ直されたのが見える。本来であれば全力で止める場面だけれど私は蛇に睨まれたカエルのごとく一歩も動くことができなかった。
ジワリと背中に汗が滲む。
「どうしてってーー。私は国を出ないといけないし」
言っているそばから手のひらに触れるな! 聞いてた? 人の話。聞いていないよね?
彼から手のひらを引っこ抜こうと試みたが離してはくれない。
ーーって!
内心私は悲鳴をあげていた。だって、手のひらにーー手のひらにキスを落としたんだよ!
なに? なんなのっ!!
手のひらから熱が伝わってくるようで顔が耳まで赤くなるのを感じていた。隠すことなんて無論できないため、更に恥ずかしさで赤みを増していく。
「ちょ!?」
「どうして?」
ゆらりとその視線が今までのものよりどこか艶を帯びるのを感じた。ぞくりと背中に悪寒のようなものが走る。
なんだろう。できれば今すぐに逃げたいんだけども、身体の何もかもが言うことを聞いてはくれなかった。
「ーー違うよな? そんな理由じゃないよな。リア。君は俺が好きだろ?」
「ーー!!!」
これが、本気。世に言う本気か!! 本気で落としにかかってるっ! あの夜はまだマシな方だったんですね!
視線まで絡め取られ、それをずらす事も許されないような気がした。ゴクリと喉元に唾を流し込んでから、混乱した頭を必死に動かす。
「ち、近いーーから」
なんとか声を絞り出す私の困惑などお構いなしにずっとまた、間合いを詰められる。
「リア?」
ぎゃあ!! ゴメンナサイっ!!!
耳元で囁くのやめてください!! 全身の毛が総毛立つから!
もう本当に土下座して許してくれるならしちゃう。なんならひれ伏してもいい。
……今すぐにやめてくれるなら。
ーーけれどどうやらそんなことは許してくれるはずもなさそうで、逃げることなど出来はしないと悟るしかなかった。
この地獄(?)を終わらせる方法はーー。
「ーーわ、わかったからっ」
私はなんとかすべての力を総動員して王子の胸を押し返した。弱い力。それでも十分だったようで軽く一、二歩下がってみせた。
離れたことで肺に入り込む空気は少しだけひんやりして頭を次第に冷やしていく。
「リア」
近すぎて気付かなかったのだけれど、王子はどこか苛立っているようにも見えた。怒る要素など無かったはずで私には何故そうなったのかはよく分からない。
考えても意味のないことだよね。
ため息一つ。話して、と促されるまま。とつとつと口を開いていた。
「ーー私の子供の頃の夢は、幸せな家庭を気付く事だったわ。知っての通り、私は庶民上がりでおまけに私生児。母は忙しくていつも一人だったからーーいつか見たレンズの家庭が理想だったのよ」
とてもーーとてもレンズが羨ましかった。父親がいて母親がいて。二人は仲良しで温かい。どうせなら、あの二人の子供に生まれたかったと切に願ったのを覚えている。
もう、あの家族は誰もいないけれどーー。そう思うと落ち込みそうだったが、私はぐっとその感情を噛み殺して顔を上げた。
「それが?」
単に続きを促すようにして王子は言葉を挟む。それを確認してから吐き出すように再び言葉を紡ぐ。
「ーーそれは今も変わらない。母が再婚して、お義父様ができても変わらなかったわ。むしろ、『あんな』風にはなりたくないのよ」
お義父様はとても良い人だった。誰にでも優しくてなんでも許しちゃう人。私達に怒ることなど一つもなくて、母が何をしても文句も言わずに死んでいった。
大好きだった。
けれど、お義父様は幸せだったのかな? 幸せだよと何度聞いてもそんな答えが帰ってきたけれど、私には幸せに見えなかったんだ。
「幸せになりたいのーーだから……」
ポツリと涙が零れた。視界がにじみ声が掠れる。それでも視線は真っ直ぐに自身でも呆れるほど王子を見つめていた。
この時を見逃さない。そう言うように。
「私に関わらないでーー」
グルリ。体を反転させると、私は王子を一人だけ残して店を出ていた。人通りの多い道路。当然だけれど誰も私を気にも止めることはない。友人或いは夫婦。知人。話し込んでいる人々はこちらに一瞥もくれることはなかった。
誰かにすがりつきたいようで、放って欲しいようでーー相反する思いは私の思考を停止させる。たたぼんやりと歩くしか無かった。
「ーーで、これを送りたいんだ」
ふと、耳に届く声。どこかで聞き覚えのあるような、無いような張りのあるよく通る声に私は意識を傾ける。
「あら、こんなに?」
驚いたように言うのは女の声。視線を向けるとそこには色とりどりの花が溢れんばかりにおいてあった。
その奥で花のような笑顔を浮かべるのはーー公爵だ。花を背負っても違和感が全くない彼はこちらに気付く事はなさそうだった。
「餞別だねーーこの国を離れるから。皆にはお世話になったし。どうせなら散財しようと思ってね」
どうしてだろう? なぜ、走っているのか。自分でもよく分からない。
「……リア?」
不思議そうな緑の双眸。
私は彼の脇腹に半ばタックルするようにして抱きついていた。




