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散歩

ただデートしてるだけです。イラッ★な感じ

しかも短くてゴメンナサイ。

 ーー騙された……。



 公爵邸から少し離れた町の南側は海に面していて市場が連なっている。各地から行商人が来るので様々な食材が入りここで手に入らない物は殆ど無いと言われてるんだけど。



 そんなことはどうでも良くて、私は市場中央部にあるベンチで途方に暮れていた。



 持つのは一個の林檎。どこからどう見ても普通の真っ赤な林檎。



 ……。



 あの後ベッキーちゃんが『レンルの実』と呼ばれる珍しいリンゴが食べたい。と言い出して私は追い出されーーお使いに来たわけですが……。



「うん、旨いな。この林檎」



 ダブルで騙された。



 隣で小気味いい音を立てながら林檎をかじっているのは『なぜか』ばったりと会ったアホ王子。



 せっかく買った実を取り上げられ『林檎じゃん』と衝撃的な言葉を聞かされた後で今に至ります。



 あのオヤジーー。店潰れろ! 潰れてしまえ!!! いや、摘発されろ!



「おまえ、食わないのか?」



 言えない。騙されたとは言えない。また、一つ爆笑ネタを提供したくない。



 ーーでも返したい!!



 私は手で林檎を転がしながら王子を恨めしそうに見上げた。相変わらずこの下町には似つかわしくない美麗な顔がそこにある。異質なことに気付いて居ないのはこいつだけだろうな。



 ため息一つ。私は恨めしげに王子を見上げたけれど目が合って慌てて逸らしてしまった。



 いや、逸らすよね。逸らしてしまうよね? 昨日の今日ーー記憶が鮮明にーー。



 ぎゃあ!!!!



 一人心の中で悲鳴を上げてしまう。軽く染まった頬。バレてはないかと心配ーー付け込まれそうでーーたったけれど、そんなことどうでもいいように奴の顔が目の前に……。



 ぎゃああ!!!!



 覗き込むな!



「何でこんなところにいるのよ?」



 不満そうに言ってから顔を背け視線だけを渡す。



 王子はカラカラと笑いながらまた林檎を囓った。絶対遊んでるなぁ、私で。



 昨日もどれだけ心の中でせせら笑ってたんだろうな? こいつは。



 ……。



 ーーいろいろ、もげろ。



 悲しくなってきたわ。



「ん。レベッカに押し付けられた」



 押し付けーー可愛い顔してドンドンどこかの誰かに路線が近づいて行くような気がするんですけど。


 ……大丈夫かな? 公爵は。来るって主張したけど断れば萎れた花のようになっていた青年を思い出す。



 その横でベッキーちゃんの勝ち誇った笑顔……。



 いや。うん。ーーともかく。



 ですよね。はあっとため息一つ。やけくそ気味に私も林檎をサクリと囓った。



 なかなか硬い。ーー甘いし美味しい。



 シャリシャリと咀嚼したあと、胃に流し込んでから、私は王子に目を向けた。



「押し付けられてもそこは断わるところだよね?」



 むしろ断れよ。どんだけ暇なんだよ? この人。働け。ブツブツ。呪の様に呟いている横で不思議そうに首を傾げたのは王子だった。



「なんで? どうせ誘うつもりだったんだし、問題ないよな? あ、リディから買ってこいと頼まれごとも受けてるんだわ、なんだっけ?」



 ふただびシャリっと音がする。もごもご言いながら食べる姿は子供でとても王族には見えないだろう。



 ほら、ぼんやり見ていた通りすがりの人も少し幻滅した顔してるし。



「ーー前買ったシフォンでしょう? あの子あれ好きだからーーほら、これで口の周り拭きなさいよ?」



 差し出すハンカチに驚いた顔。私がハンカチを持っていないとでも? あ、アイロンはかけてないけど、持ってるよ? 失礼な。



 考えていると、破綻した笑顔がそこにーー。



「ありがと」


 ……。



 だまされるな、わたし。がんばれ、頑張るんだよ!



「とにかく、私は帰るし。昼食を作らないとだし」



「なら、その店行こうぜ」



 なんでだよ? 嫌だよ。リディに頼まれたのは王子じゃないか……生殺しにされるのはもう嫌だなんですが。



 って、すでに引っ張っている歩いてるし。握られた手は取れないし。



 というか、案外大きく出てゴツゴツと……男の人だなぁ。綺麗でも。見上げる先には広い背中。銀の髪がうごくたびにサラサラ揺れる。



 ときおり楽しそうに振り向くダークグレーの双眸になんだかとても気恥ずかしくって私は視線を逸らしたが、逸らしたことが現実を知ることになった。



 いや、あの。町のみなさんーー特に女性。刺すような視線を向けるの止めてくれませんかね?



 『あんなブサイクな女』ってときおり聞こえるんですが?



 くっ! 整形化粧はしてないし今日。出来ないし。取り敢えずソバカス隠してあるだけだし。



 服だって町娘使用だし!!



 なにが言いたいかっていうと、『それなり』にしてたら『まし』なんだよ!!!



 ……。



 でも、到底釣り合わないよな。どんなに背伸びしようとね。釣り合ったところで、なんでもないんだけどさ。



 そうは思っても考えてしまうのは性なのかもしれない。本当に馬鹿馬鹿しい。



 ふと、浮かんだ美人の妹。なんだか泣きそうになった。



「離して」



 小さく低い。力ない声。だけれど、十分届いたようだった。立ち止まり振り向く顔は少しだけ不満げに見えた。



「ーー嫌だね。逃げるし」



「逃げたいんですけど?」



 隠すこともない。私は今すぐ帰りたかった。こんな所から。この人から。



 繋がれた手はそんな事など許さないと言うように固く掴まれて離れることはない。



「逃げたら戻ってこないじゃん。俺のところに、二度と」



 ニコリと微笑んだ。綺麗でキラキラしていても、その影のように私の顔は曇る。



「……元々居ませんが?」



「細かいことはいい、要はーー」



 視線をぐるりと回した後で王子は私に目を向けて再び笑う。キラキラした笑顔。周りまで明るくなるのを感じた。



「リアはここにいる奴らより美人だって言う事ーー地味でもそう見える」



「……」



 目がーー目が悪いんだろうか? この人。いや、でも地味って言ってくれちゃってるし。



 ……。



 美人はない気がする



「そんな訳はーー」



 ーー!!!!



 避ける間なんて無かったんだ。頬に触れる柔らかなぬくもり。かかる甘い息。伏せがちの長い睫毛。



 ……。



 ……。



 息が止まる。いや、心臓? 思考さえ止まり始め私は反射的に頬を押さえて後退っていた。いや、手を繋いだままだけれど。



 真っ赤な顔はもはや隠しきれない。



「怒らないのか? いつもの様に」



 クスクス笑う。相変わらず、からかっているようだけど、混乱した思考。何も考えることはできなかった。



 ただ、魚のように口をパクパク。開けているだけ。



「……」



「なら、口にーー」



 ふわりと影が落ちる。頬に触れる手は熱っぽくーーちょ! え!?



 か、が、が、頑張れ! 私っ!!! 動けぇ! 指!!



「ち、調子に乗るな! バカぁ!!」



 私は力の限り真っ赤な顔で叫んでいた。


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