過去の感謝
淡々と次のシーンに行ってすいません(*_*;
説明回+少し重め……で。
あれから1週間が経っていた。結局、公爵の処分は王子が言っていたように国外へ追放となっていて、私財は没収ーーというか凍結らしいけどーーの上無一文で追い出されるらしい。
上辺だけはね。
実情は公爵自身慕われていたため多大なカンパが集まったし、隣の国なんて皇太后(お祖母様)の実家でそこに行くことが決まってる。でも外国だしどうなるか分からないけれどーー。
ともかく。何日ぶりに見る応接間で私はなぜか上機嫌で紅茶を飲む公爵と対峙いていた。
そう。私の身柄は今日からここ、公爵邸に移されています。それもすぐ終わるけどね。3日後には出発だからさ。
にしてもーーと憂鬱な思いで私はため息一つ吐き出した。
あの日から私の周りは大騒ぎ。リディは『(公爵の)暗殺がしたい』と真顔で言うし。その後でなんで私が王太子妃なんてしなきゃなんないのよ! と叫んでたけど……。いや、アホ王子と結婚したのあなただからね?
ベッキーちゃんはベッキーちゃんで。『殺して良いですか?』とにじり寄ってくるし。いや、いやいや。すでに首を絞めてたからね? 私の首。もう少しでお花畑(二度目)を見るところだったし。
何で? と聞かれても、それは私が知りたいんですが? どうして公爵が私を指名したのか未だに理解ができない。
やっぱり、レンズの事で後ろめたさがあるのかも知れない。一応被害者だしね。被害者全員に保証する事はできないけれど私一人なら何とかなる。そう考えてのかもしれない。
レンズの代わりにーー。
「ーーあの。聞いてもいいですか?」
コツコツ。規則的に動く柱時計の音が静かな邸に響いていた。光を取り込む大きな窓。そこからは前に忍びこんだ小さな庭が広がっている。パタパタと飛び立つ小鳥。それを楽しそうに公爵は見つめている。私の事など気に求めない様子でどこか子供のような横顔だった。
……どうやら間が気になるのは私だけらしい。彼はそれを見つめたままゆっくりと独り言のように口元を紡いだ。
「ーー父上はね。とても厳しい人間だったんだ。王の弟と言う事がそういう人間にさせるのかは分からないけれど、言葉一つ。物一つ。自分の考えからずれていたら嫌がる潔癖な人だったよ」
「?」
なぜそんなことを言い出したのだろうか。良く分からない。けれど、遮るのもどうかと思うので私はそのまま聞くことにした。
それにしても、私の義父様とは正反対の人物像だなぁーーいや、公爵やレンズとは正反対の人物かもしれない。
「すぐ殴る人でね。それに嫌気がさした母上は兄上を連れてこの家を出たんだーーさらに酷くなったよ。使用人たちは恐れて逃げて。残ったのは俺だけ」
ゾッとしたーー。以前虐待を受けていたとは聞いたけれど、聞いていなくてもこの後のことならば私にだって容易にわかる。一人取り残された小さな子供。自分に置き換えても恐怖しか見えなかった。
けれど、彼が表情を変えることはない。ただ一つ。クスリと笑みを落としただけだった。少しだけ困ったような、小さな笑み。その後でまた淡々と言葉を紡ぐ。
「……サイーー様」
「まだ嫡男して登録されてなかったし、されたのはそのぐらいかな? だから母上は死んだことに。兄上はいない事になってるーーだから俺には書類上兄弟はいないんだよ」
「……」
「ある日、父上は兄上を連れて帰ったんだ。兄上だけをねーー君も知っている通り兄上とが市井に居るのが気に食わなかったらしいね。ともかくそこからは地獄だった。どちらかが父上にとって『相応しい』人間になるために色々されたよーーでも、いまさらながら思うよ。あれはただの趣味だなってーー今になって思うんだ」
サラリと消えた母親はどこに行ったかなど聞くことはできなかった。
私の記憶に残るおばさんは明るくて気が強い。おまけに声の大きいーーついでに体もーー優しい人。花が好きで店にはいつも花が飾られていたのを覚えている。おじさんも豪快な人でーー。レンズはとても幸せそうで羨ましかった。
私にはあの時『温かな家族』というものが分からなかったから。
ーー消えてしまった家族。残ったレンズの豹変。
あのおばさんとおじさんはもう居ないのかもしれない。そう考えてしまうとゾクリ悪寒が走る。
「ーーだからね、リア」
ようやく、公爵が私に向けて微笑んだ。あまりにも突然で、思わず頬が赤く染まる。
いや、不意打ちは良くないでしょ?
「ありがとう」
「?」
何故? 感謝されるのかわからない。なにが、だからなのかも。今までの流れとこれがどう繋がるのだろうか。ざっくり話を(公爵の中で)割愛して結論に飛びつかれてもーー。私は意味が分からず困惑したまま首を傾げるしかなかった。
私としては当然何もした覚えもない。幸せだった頃のレンズと遊んだだけだし。
ーー公爵では無いし。
「あの?」
「分からなくていいんだよ。話す気もないしーー俺が感謝しているだけなんだから」
はぁ。と曖昧に返事をして視るけど、気持ち悪いんですが。それ。
頭の中で公爵に対してしたことがぐるぐると回るがやっぱり何もした覚えもない。
そんな私を見ながら彼はクスクスと笑っている。その笑顔が明るくて少しだけ嬉しかった。
「所で、よく承諾してくれたね?」
「あ! それです! それ! 何てことをーー。なぜだが知りませんが私に感謝していても、追い目を感じていても連れて行くのは私ではなくーー」
「リアだよ。間違いなくーー俺は君が好きだからね」
サラリと述べられた言葉。それが理解できなくて私は固まってしまった。
……。
……。
……は?
「あの」
モテ期到来ーーじゃなくて。私で遊ぶの止めろ。いや、まじで。そこっ! 何事もなかったように平然とお茶をすすらない。
「まさか、あちらも手放すとは思わなかったんだけどーー」
特に会話を長引かせる様子もなく、次の会話に行ったことに安堵しながら私は答えていた。
「ーー代わりならいくらでもいますし。私はその程度ですから」
なぜ公爵がそう思ったのかはわからない。けれど、私の役目なんて別にカルちゃんでも良いわけでーーリディは嫌がるだろうけどーー私でなくてもいいんだよね。
誰でもいいーー。
あの泣いた夜。私はそれを思い知らされた。混乱している私に奴が言った言葉は忘れはしない。
ーーそんなに嬉しいのか?ーーと。
「リアは良かったのか? 俺と行っても?」
言われて我に返っていた。
「私には拒否権なんて無いですから」
気付けば決定事項だったしね。良くないけれど仕方ない。公爵は悪い人でもないし。私は軽く笑う。それに対して公爵は寂しそうに息をついた。
「ーーそんなもんかぁ。やっぱり。俺なんて……心配しなくても、途中で俺とリアは別れるよ。ーーはじめからどうにかしようなんて考えてないし」
え?
私も公爵とどうにかなるなんて、微塵も考えてもおりませんでした。故におかしな方向で心配はしてませんでしたーーまぁ、いいか。何と無く言わないほうがいいと思う。
「あ、でも、ご迷惑でなければ一緒にしばらくいさせて欲しいのですがーーよくよく考えて、突然突き放されても仕事先も見つからないし。出来ればーーああ。料理も掃除もできますので働きますしーー」
公爵は驚いたように目を見開いてみせた。その後で苦々しく私から目を逸らす。何かしたっけ?
「……俺はいいけどーー」
「なら、決まりですね!」
パチン。私は両手を軽く叩いてみせた。
「借金も返さないとだし。頑張りましょう!!」
借金を返して自由になるんだ! 遺恨も残さず。お金全て返し終わって頭から存在を消してやる!!
消してやるんだ!
そして、自分の人生エンジョイ! リディには悪いけどね。
チリリ。胸が軋むのを感じた。それを振り払うようにして公爵を見ると頭を軽く抱えているのはなぜだろう。
「……リア。俺、君が好きだって言ったよね? 確か」
「え? うん。はい」
本気で言ってないだろうし。それが何か? 良く分からない。そんな表情を浮かべてみせると彼は眉を寄せた。
「ーーこのまま行くと、いい人で終わるつもりはなくなるよ?」
もとから、いい人なのだから、いい人でなくなるーーそう公爵が言う真意がつかめない。少しだけ顔をしかめて見せる。
「サイ様は紳士でしょう?」
あ。固まった。何で?
「あ、大丈夫です。この会話はベッキーちゃんには漏らしませんか」
漏らしたら私が死ぬ予感しかしないし。ーー冗談でも告白された。なんて言えない。
でも、別にそんなことを心配してた訳では無いらしい。彼は脱力したようにして大きくため息を吐き出した後で顔を上げた。
あ。キラキラ笑顔になってる。
「……ベッキーはーーま、いいかーー時間はあるし。ともかく、これから頼むよ? 余りお金なんて出せないけれどそのつもりだから。俺だって働き口見つける予定だし」
時間てーーなんの事だろう? まぁ。いいかな。私は『はい』と軽く返事をして目の前にあったババロアを初めて口に含んでいた。




