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呆気ない結末

 そういえば、一度だけーー昔話したことがあったかなぁ? 王子と。珍しくリディと参加した夜会でーー。キラキラの笑顔。ただ言われたことは一言。



『お連れの方を借りてもよろしいか?』だったと思うーー。



 ……。



 なぜそんな事を後生大事に覚えてるんだーー私は。期待してしまった分、かなり傷付いたのは確かなんだけれど……。



 ともかく相変わらず馬鹿な私の過去は置いておいて、大切なのは今だよね!



 気を失う前は危うく天国に行くかと……。満天の星まで見ちゃったし。



 私は大きくため息を吐き出していた。ガチャリと重い金属音を立てるのは鉄の鎖。その先にあるのは手錠でもちろん私の手と足にダイレクトに繋がれてる。



 痛いです。冷たいです。



 そして、また地下牢ってーーなんの趣味なんだよ! どれだけ地下牢が好きなんだよ! 前いたところよりも快適な気がするけど。粗末だけどベッドもあるし。



 レンズが入ればいいのに!! 私は何もしてないし、こんなところに入れられる道理はーー正妃(偽)だけどーーないのに!



 それに。と私は唇を軽くかんだ。



 サイ様に会わせてくれるって理解したのに!!!



 鉄格子に手をかけ、その先を覗き込む。しかし通路の先に誰がいるようには見えなかった。薄暗くて冷たい世界が広がっている。



 隙間から入る冷たい空気にチリリと淡いろうそくの炎が揺らめく。私は壁にもたれ掛かるように座るとそれを仰いだ。



 あれからどれくらいの時が経っているのかまず分からない。一体どのくらい気を失っていたんだろうか?



 ーーユーリスは大丈夫かな?



 ーーリディ怒ってないかな?



 ーー王子は……いや、心配してないか。別に。なぜそう思う。と聞かれれば勘でしかないけど。



「どうなるんだろ?」



 ポツリと落とした言葉は小さく反響する。



 ともかく、ここから出ないと手がない。閉じ込めているのはレンズだろうけど。出口がわからないな。



 助けを待つーーそう一瞬考えたけどそんなものに期待はできないだろうな。その間に殺されるかもしれないし。



 私は重苦しい手錠と足かせを見つめた。



「ここまでしなくても良くない?」



 痛いし。どう見ても解錠する技術は私にはない。ーーこれでも一応令嬢だし。ま、出来たら確実に泥棒に転職できる気がする。



 ため息一つ。しかし、それに呼応するようにして声が響いた。



「だってあんた、すぐ逃げるし」



「レンズ!!」



 私は弾けるようにして声の方向を睨みつける。いつの間に来たのだろうか? 気付かなかった。それに少しだけ苛立った。



「久しぶり、3日くらい?」



 ニコリと微笑む青年。その横には知らない見たこともない男が立っていた。



 服装から見て異国情緒溢れる中年男性。黒い髪と目を持つ彫りの深いおっさんだった。



 ただ舐めるような目線に本能的な恐怖を覚えるのは気のせいだろうか?



 まさか、とは思うけどーー。私はさらに視線をきつくしてレンズを睨んだ。



「私を売ったの?」



 呻くように言う私にレンズは楽しそうに喉を鳴らす。



 楽しくない! というか、懲りてないのか! こいつは!!



 勝手に売るな!



「嫁が足りないらしいんだよ? なぁ? このまま殺すよりは金になったほうがいいと思って」



 知るかぁ!! だいたい良くないから! 笑えないから!! 嫁は自力で探せよ!?



 何だか頭痛がしてきた。



「……悪いけど、帰っていただきませんか? それに私は既婚者です。この国の王太子妃をしております。リディア=デトルフ=プレスと申します。こんな格好で申し訳ないですわ」



 デトルフは王家の名前ね。因みに王子はウェルバスター=デトルフ。プレスは子爵家。私のラムはママの苗字。昔は大貴族に繋がるとか何とか言ってたけど胡散臭い。



 考えながら私は『客人』に対してニコリと微笑んで見せた。特に楽しくもないけど、嗜みかな?



 ともかく、これで帰ってくれるとありがたいんだけど。プライド捨てて自己紹介ーーリディのーーをしたんだから。



 しかしだ。



「偽物だから気にすんなーー確かに繋がりはあるけど、悪食の王子の手も付いてない女だぜ? わざわざ助けるはずもねぇよ?」



 いらんことを言うな! しかも、極秘情報何故知ってる!! いや、私のところに通うふりをして愛人何号のところがはたまた町に繰り出しているらしいけど?



 悪食ってーー。



 そんなに魅力のか! 私は!!! いや、喰われたいわけではないけどな!



「ーー乙女なのか?」



 ……。



 ……。



 それは、大事なのか? おい、おっさん? 私をなめないで欲しい。壁の花をし続け、気がついたらこんなところに。誰とも出会う機会なんてなくーー。



「当たり前だろ?」



 そして、なぜお前が応えるんだ? 自慢げに。虚勢でもはってやろうか? そう考えてたんですがーー。



 うがぁ!!!!



 首締めたい。殺したい。



 そして、男は感心したように眉をはねてるし。ああ、絶対頭の中で決定されてしまった。



 何処へ行っても嫁(強制)って私の人生……。



 絶対逃げてやる! なにからも、全て。


「いいだろう」



 レンズはニコリと笑う。



「商談成立。細かい話は上で詰めーー」



 それを遮るようにして誰かが慌てて走ってきた。小汚い男で細身。剣は持っているが何だかあれで戦えるのかな? と素人でも不安になるほど輝きが鈍い。



 必死に走ってきた男はレンズの前で崩れるようにして座った。顔が恐怖に張り付いている。



「どうした?」



「ーーそれが」



「俺だよ?」



 コツコツコツ。小さく足音が響く。暗闇に揺らめく金の髪。そんなはずなんてないのに、その緑の目は輝いているようにも見えた。



 レンズの鏡のように立つその人ーー。彼の周りには怒りが渦巻いているような気がする。



「サイ様!!」



「また調子よく出てきたな? 株でも上げるつもりかよ?」



 笑顔ひとつ浮かべない。見たこともない表情で彼は剣をとんと軽くレンズの肩に乗せた。そのまま滑らせればおそらく簡単にレンズは事切れるだろう。けれど、淡く照らされた明かりのもとで表情一つ変えない。



「ただ単にお前が飲ませた薬の副作用と、監視の甘さで今に至っただけだよーー他意はない」



「よく見ておけーーって言ったんだけどなぁ? あいつら」



 ブツブツつぶやく声を無視して公爵はもう一人の男を見つめた。限りなく冷たくーー射殺すような視線に私も息を呑む。



「今なら見逃すこともできます。逃げるか留まるか選んてください」



 とどまることを選べば容赦などしないーー。そう言っているようでもあった。男は悔しげに呻いたが、結局の所闇の向こうに消えていった。その寂しげな背中に内心『嫁は自分で探せ』という言葉を送ってやった。



 まぁ、モテることはないなーー一生。



「ああーーなんて事をすんだよ? 金蔓が!!」



 抗議の声を上げるレンズ。その肩には相変わらず剣がおいてあるのだけれどまるでなにも存在していないかのように振舞っていた。



 ある意味すごい。



「それは、こっちのセリフーーリアをこんなところに。なんてことをする? ウェルのーー正妃様だぞ?」



 言うと呆れた表情を返し肩をすくめる。



「おいおい、何度も言うが偽物じゃねぇ? おい、ラック。外の様子を報告」



 呆然としていた細身の男がビクリと肩を上げる。



「ーーハラの兄貴とビリスの野朗はとっくに逃げた、その他の野朗は残ってるが大半がこいつによって負傷か死亡ーーおまけにこっちに向かってくる一団が……」



 ーー見た目によらず案外強いんだ、この人。何となく感心。って言うかーー一団って?



 私が顔を顰めると同時にレンズが顔を初めて顰めたような気がした。


「分かった。お前も早く逃げたほうがいいーー」



「……お頭は?」



 いいから行けーーそう言うと彼はフンッと鼻を鳴らし、公爵を見据える。



「連絡してからそんなに時間は経っていないんだけど」



「……ち。分かってんだろ? 俺が捕まればお前もただでは」



「知ってるーーだけど。俺にはこっちのほうが大切だよね? お前も知ってる通りに」



 ニッコリ笑う公爵。しかしその目は笑っていない。どこか悲しげな双眸を湛えているようにも見えた。



 肩に喰いこんだ剣からは血がにじむ。それはゆっくりとレンズの衣服を染めていったーー。



 ゾクリと嫌な予感が私の背に走る。



「……サイ様」



「地獄で会おうか? そしたら俺達はやり直せるかもね? ーー兄上」



 言うとレンズが喉を鳴らした。



「残念だ。俺はお前が嫌いだから無理だ」



「知ってた」



 背後からバタバタと足音が聞こえる。それを気にする様子もなく二人は見つめあっていた。鏡のように。



「だけど俺は兄上が好きでしたよ? 」



 その言葉がレンズに聞こえたのかどうかは分からない。彼は崩れるようにしてその場に倒れていたからーー。



 血の海が音もなくじわりと広がる。



「……サイ様」


 はあっと何かを追い出すように軽く息をついた。



「ーー幼い頃。あの家は少し特殊で、俺達はまともに生きてはいけなかったーーお互いをお互いには依存することで自分を保っていたんです」



 涙なんて見せない。けれど誰とも無く発せられた言葉は泣いているように見えた。その目は逸らすことなく動かなくなったレンズを見つめている。



「結論から言えば俺は兄上の行動を知ってた、どこで何をしているのかさえもーー知ってたんだ」



「……何で?」



 クスリと笑みを落として初めてノロノロと私を見た。



「なんでだろうね?」



 意味有りげな視線。けれど、それもすぐに消え、彼は足音が響く方向へと視線をずらしていた。



 走ってくるのは銀の輝きーー。それに公爵は苦々しく笑った気がした。


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