転変
好きに書きすぎた気が……むりやり感が酷い……。
ちなみに死にませんので悪しからず(^_^;)
その青年は、裏に設けられた小さな庭で本を読んでいた。長い脚を組、時々紅茶を口に含む。木々が揺れる音と小鳥がさえずる声を背にとても優雅に見えたーー。
……なんだろう? もっとこう暗い部屋で膝を抱えてるかと思ってたんだけど。
相変わらずそのまま絵の中に入り込みそうな青年ーー公爵は私を見るとすこしだけ驚いたように目を開いたが軽く笑う。
あれ?
何となくだけど……違和感。
それが何かはわからない。肌も白く、柔らかな笑は公爵のものだしーー。レンズでは無いだろうとは思うんだけどーーまぁ、いいか。
「こんにちはーーリア。わざわざ『裏』から来てくれたんだね。ーーそこの護衛くんも。今、使用人を帰していて何もできないけどお茶ぐらいは淹れるよ」
パタン。軽く本を閉じる音とともに、公爵は立つと邸の中に私達を招き入れたので、素直に従う。立ち話もなんだしね。
大きな居間。ーーでも私の部屋と同等くらいか……。こうして見れば私の部屋がいかに無駄なのかを考えさせられるわ。
掃除も大変だし。
近くに飾ってあった壺に目を向けると軽く埃が積もり始めている。使用人が帰っているというのは本当らしかった。
それにしても。
ーー掃除したいんですけど。
もう、これは仕事病? だど思うんだよね。一度見ると気になって仕様が無い。ウズウズした心を抑えつつ、私は進められるままソファに浅く腰を落とした。ユーリスは護衛という事は忘れなかったようで私の背を守る様に立っている。
おお。仕事すると格好よく見えるよーー。さっきまでとは別人。近所のアホガキでは無くて、できる男風に背を伸ばして私達の動向を見守っていた。
「で、何か用かな? ワザワザ忍び込んでくるなんてーー」
私の前に出されたのは紅茶とクッキー。
そういえば朝ごはん食べてないのを思い出してグッとお腹の音が鳴ってしまう。
……。
盛大に……響いた。
ぎゃーーーー!!!!
「ち、ちがーー」
背中から笑いを噛みしめる音がーー。ううっ! さっと頭に血が登り頬が急激に赤くなる。ちらりと公爵を見るとクスクス笑っていた。
「いや、あの。私朝食べてなくて……」
「今これしかないんだ、ごめんーー夕方ぐらいには買い出しの使用人が来てくれるんだけど」
困ったように軽く眉尻を下げて謝る公爵。なんか、催促したみたいになってる? もしかして。
私は慌てて声を上げながらクッキーを手に取った。
「いや、いや! 良いんです! クッキー大好きなんですっ!」
背中でこらえ切れずに吹き出す音が……。仕事しろ! ユーリス!!
ああーーでもクッキー美味しい。流石貴族。繊細な甘さが口いっぱいいに広がる。
「良かった」
もう一枚ーーじゃ無くて。まずい。クッキーに満足して帰るところだったよ。
お茶をしに来たんではないし。
私は紅茶を喉に流し込むと静にカップを机の上に置いた。すっと姿勢を正すと公爵に視線をまっすぐ向ける。それを逸らすことなく公爵は私を見返していた。
「あのぅーー私がここに来たのは知るためです。サイ様」
「知るためーーレンズとの関係、ですか?」
「それもあるけど、どうして否定の言葉を言わないんですか? このままでは犯人にされてしまいます。私はそんなの嫌だし、レベッカ様だだって、心配してました」
ええ。それしか会話が無いくらい。王子に懇願して欲しいやらこのままでは父親に婚約破棄されるとかーー気持ちは分かるけど、分かるけ……ど。
ウザーーなんでもないです。
公爵は考えるように一拍置いた後で静に口を開く。
「ーーリアは俺が犯人でないと、どうして分かるんです? それに……君の幼馴染は死んでいいと?」
そんな事は思ってない。けれど悪い事をしたのはレンズだ。ーー今でもそんなこと信じられないけど、実際に当事者になった為に信じるしか無い。だから。
その為に公爵が捕まるなんておかしい。
私はグッと唇を噛んで顔を上げた。
「レンズはそんな事をする人ではありませんでしましたーーとても優しい明るい子供でした。だから思うことにします。別人なんだって。思うことにするんです」
そう、思うことにするんです。私は自分自身に言い聞かすようにして付け加えた。
「それに、サイ様はそんな事しないでしょう?」
どこか懇願するように言う。信じたかったんだ。何もしていないし、知らないと。
私は公爵をそんなに知っているわけではない。ついこないだ会ったばかりだし、どういう物が好きなのかも分からない。
けれど、信じたかった。
だってーー(心の中の)王子様はそんな事しないし。
それに、何処かでレンズを信じたかった。公爵とレンズは違うけれどーー似ている彼を信じたかったんだ。
「……信頼感パネェな……もし関わってーー公爵が知ってて手を貸してたらとか考えねぇの? 花畑か? 頭の中」
アホガキのユーリスに言われたくないーー。じろりと睨むとユーリスは肩をすくめてみせた。
ふと、公爵に視線を返してみれば軽く喉を鳴らしている。それがなんとなく彼らくしない気がして私は小首を傾げた。
くっ、くっ、くっ。
「サイ様?」
「……すまない。余りにもーーその男の言葉か的を射すぎていて……」
「?」
雰囲気の全てが変わった気がした。公爵は長い足を見せつけるようにして足を組むとソファの背もたれに体を預けるようにして凭れかかった。尊大に。
ええと? こんな人だっけ?
嫌な予感ーーそれをユーリスも感じたらしくカチリと鞘に手を置く音が聞こえていた。
金の髪を軽くかきあげると身なれた笑顔が何処か異質なものに変わる。
ーー違う。ぞわり、悪寒が背を駆け抜けた。
これは。
「ーーレンズ?」
ポツリつぶやく声に公爵は肯定するように目を細めた。
「愛されてるねぇーー俺」
違うから。
私はゴクリと唾を飲み込んで目の前の青年を睨みつける。そんな私の視線に怯むことなく、レンズは再び楽しそうに喉を鳴らした。
「どうして、ここに居るのよ? サイ様は?」
「心配ねぇよーー少し眠って貰ってるだけだーーあいつは必要だから」
ーー必要。その言葉の意味ににギリリと胸が傷んだ。きっと、レンズは公爵に罪を押し付けるつもりだ。
「眠ってーーって。何をしたの?」
「ーー見てみるか?」
悪戯っぽく言う姿はまるで子供のようだった。けれどその言葉に嫌な予感しか浮かばない。
行かなくちゃ。そう思ったが私の言葉はあえなく遮られた。
ぐっと乱暴に私は腕を捕まえて立たされる。
「悪いけど、ここまでだな。ーー帰る。これを無事に返さないと俺が殺されるんだわ。イケメンに。いや、マジで」
「……ちょ、ユーリス。私は!」
「俺死にたくないんだよなぁ。人生これからじゃん?」
あ、うん。まだ若いしね。ではなくて。振りほどこうとしたんだけど、力のない切なさ。
レンズはそんな私達を見てニコリと微笑む。こうして見ていると公爵となにも変わらない。
「じゃ、帰りは気をつけろよ? 荷物は重いだろうから」
荷物って。私か?
ーー重くないってば。重くないんだってば。そんな心の声をよそにユーリスが鼻を鳴らす。
「殺る気満々って嫌だなぁーーそれにこれは重くないぞ? 少し重いだけだ。胸が無いぶん軽い!」
……。
何故ドヤ顔なんだよ? 人の体重で。
……。
今すぐ人生終わればいいのに。二人共。
「そんなことより、サイ様が」
「そいうえば、それ本当に荷物になるから。遺体を運ぶのって案外大変だぜ?」
ーーへ?
ええと? うわぁ。ユーリスの目が冷たい。
てか、死体ってさらぅと言ったよね? 死体って! 死ぬこと前提ーー私っ!
「うそ?」
そうであってほしいけれど。抑揚無く聞く言葉にレンズは軽く顎を上げた。
「だったら。いいなぁ。逃げてみればいいんじゃね? 俺は別にどうとでもいいしーー死のうが死ぬまいが関係ないし」
ーー本当に、子供の頃の優しさはどこへ捨てて来たんだよ? この男は。私のことも覚えてないみたいだし。
「ただし、ここに中和剤があるんだけどなぁ?」
つまり、逃げんな。この野郎。って事ですね。それにーー中和剤ってーー毒か。何に入っているかなんて容易に想像できるけれど。
私はため息一つ。
「あれか? 意地汚く食うからか?」
なんか、私が悪いみたいになってるけど、悪いの私じゃないから。違うから。
クッキー美味しかったし。
私はユーリスになにか言いたかったけれど、それを遮るようにして、ソファに再び押し付けられるようにして座らされた。
「ーー命惜しいんで」
お前のな。ったく。そういう私も惜しいけど。なんだろう? この間から死にかけてばかりいるような?
ある意味運がいいのかなぁ?
ぼんやりと場違いなことを考えていると私の視界がぐらりと揺れた。
ーーああ。
私は小さく呟いていた。
本当に『なにか』入れたんだ。どこかで嘘かもしれない。そう思ってたけど。
「……助けてくれるんでしょうね?」
言うと奴は口端を釣り上げてみせた。けれどその顔はすぐに霞む。急激に視力が落ち、耳鳴りがするようだった。
本当にーー死ぬかも。
「幼馴染のよしみだ。別れの挨拶ぐらいはさせてやるよ」
ノイズがかかる声。それを必死に聞き分けながら私は『どっちにしても殺すんじゃん』と口の中で転がす。
声が出なかったんだ。ーーもう。身体はユーリスが支えて入るけど力が入らない。
「大丈夫ーー」
ーー別れの挨拶ならーー全てにしたいな?
リディにママ。泣くかな? この二人。ママは怒りそうだなーーどこまでいってもお金が全てだからなぁ。実際。
本当はいい子だからなぁリディ。優しくてーー随分泣かせたけど、私のために泣いてくれるかは分からない。でも、泣いて欲しくなんて無いかな。
他にもいろいろとーー。ごめんって謝りたいし……。公爵にも。
ああ。ウェルにもーー。謝らないと。癪だけど最後だし。最後だからーー。
笑って欲しいかも。
ーー。
ふと見開いてみれば、満点の星空が見えた気がした。
瞬く世界。
フワリと頰をなでる風は優しくてその星空を見上げながら歩いていた。




