自覚
あの日から少しずつなにかが変わっていったように思う。例えば私は執事さんの許可制に加えて護衛付きだけど町に出かけることが出来るようになったし、ベッキーちゃんも良く遊びーー公爵の事で泣きつかれるだけだけどーーに来てくれて友達ゲットだし。
まぁ、リディは相変わらず。情報網は貸してもらえなかったけど探してはくれていると思うーー多分。
公爵は審判が下るまで謹慎処分と言う事になったんだけど、なんだか雲行きが怪しい感じ。レンズと公爵は顔が一緒。だからそれを知らない被害者は全員言うんだよね。怯えたような、憎悪を浮かべた表情で。
ーーこの人です! さっさと裁いてくださいと。
でも。更に問題なのは否定しないこと。認めることなどはしていないようだけど、否定をしないのはとてもまずい。
どう考えても彼が主犯ではない事は治安隊も分かっているだろうけど。
それでもーー。
このままでは……最高刑の死刑かーーそれとも強制労働か……。
不安は尽きずさっと血が引くのを感じたが、それに気づくことな何処かのバカが私の前にシャンパングラスを差し出した。
妙にキラキラした男ーー誰だっけ?ーーを半眼で見たあとニッコリと微笑んでから優雅にそれを受け取る私。
ええーーなぜかまた私、舞踏会に出席中(強制)です。こんなことしてる場合ではないんでけど? いや、マジで。
今すぐにでも、町に降りてーー夜だけどーーレンズを探したいし、公爵に会わなければと思う。面会禁止だけど、忍び込めばなんとかなるよね。うん。
「どうかしましたか? 正妃様」
そう言えばあのアホ王子。今日はいないみたい。来るのかどうか知らないけど、来なかった場合に備えて私が引きずり出されました。執事のおっさんに。
クソぉ。
本来なら居なくていいはずなのに……。
お前の仕事だろうが!
叫びたいけど叫ぶ相手も居ない。私は心配そうに覗き込む男に笑いかけーーと言っても今日も頭からヴェール死守なのて薄くしか見てないだろうけどーーシャンパンを喉に流し込んだ。
「……いえ。少し気分が優れなくて。ーーでも、私の事はお気になさらず」
面倒くさいので関わらないで欲しい。が、なぜか表情を強張らせると食いついてきた。
え? いや、あの?
手を握るなよ! 近いよ!!
そして誰ーーっ!?
「それは、いけません! 少し休まないと! 外の空気を吸えば、多少気分が良くなるかと思いますので参りましょう!」
引っ張らないでください。ってか、私の立場わかってるよね? 正妃だよ? 王子の嫁だよ?
既婚者(書類上は無傷)の腕を抱えて連れ回すな! 今、誰も踊ってないし目立つよ、これ。事実みんなこっち見て噂話してるし!!
きっと悪口だ! 悪口しかない!!
「いえ、私は、あの!?」
ああ。壁が離れてく。あ、あそこに給仕をしてる執事のおっさーーおじさま!
まずいものを見た。みたいに目を逸らして何処かに行ってしまったんですが……。慣れてるのか、浮気現場(違)を見たらスルーをしない! 頼むから! そんなんだからあの夫婦はああなったんだよ!
大広間から出て私はバルコニーに連れ出された。
中の熱気とは違い少し空気が肌寒い。仕方ないので息をついて手すりに腰をかける。
「ヴェールも取った方がいいでしょう。息苦しいですから」
失礼ーー。私が、止めるまもなくはらりと軽くそれは取られると目の前には青年。まぁ、イケメンではないけれど人の良さそうな顔をした青年だった。どっちかって言うと地味。洋服はお洒落でキラキラしてるけど、地味仲間だ。
「……やはり、リディ様では無いのですね」
あからさまに残念そうな顔をしないで欲しい。そりゃあの子は社交界の華だっけ? なので叶うわけないけれど。今頃妹は本を読みながらお菓子を食べてそうだ。
私は男を一瞥してから空を見上げた。
淡く半鐘の月が輝いている。
「ーー悪かったわね。私には用事などないでしょう? さっさと戻ったほうがいいわ」
「いえーー失礼を申しました。正直な所嬉しいんです。これであの人は自由になれたんだと思って」
自由?
嬉しそうに顔を綻ばせる青年とは対照的に私は顔を顰めた。なんだろう。引っ掛かりを覚えるんだけど。
「ーーそう、良かったわね」
考えるのはやめよう。
見つめるのはバルコニーから見える景色。
高い丘に建てられた城。その上この城自体高があるため眼下に広がるのは町の景色のはずだった。夜のためその殆どが黒く塗りつぶされ見えはしない。しかしながら一部淡く輝く一帯があった。まるで星のように瞬いている灯り。ーーあの辺りは恐らく歓楽街だろう。
何となく。何となくなんだけど、嫌な感じを覚えるのはなんだろう。私がこんなとろにいてアホ王子があそこで遊んでいるからな?
女の人とーー。
……。
なんか頭がぐらくらするけど、関係ないよね。うん。
ああ。早く終わらないかな? ーー大抵は夜中まで続くんだよねぇ。よく体力持つよ。老若男女。流石に子供はいないけど、笑顔でずっと。
無理。
重々しくため息ひとつ。
「ウェル様はーー今日もあそこですかね?」
「ーーでしょうね。私には関係ないわよ? ただここに来て私を開放してくれさえすればいいわ」
護衛のルジュとユーリスはもう寝てるかな? 考えながら私は落ちていたヴェールを手で弄んでいた。寝ていたら起こすのも申し訳け無いしーー。うーん。夜なんで出ることできないよね? 私が抜け出したのを受けて警備倍増してるし。
公爵邸に忍び込めるのはーー明日か……。
まだ審判の日は決まってないから時間はあるだろうけど。
早く見つけないと。ーー時間が惜しい。
「気になりますか?」
なんか、近。顔ーー近っ! 覗きこまれて思わず身を退かせた。
ーーえ?
ガクリと身体が浮遊する感覚。刹那ーー考える前にぞっと背中に悪寒が走った。
手が滑ってバルコニーから滑り落ちている私の身体。全ては一瞬の出来事。けれどそれが私にはスローモーションの用に感じられる。
声さえ出せないまま落ちていくーー目に焼き付くのは反転せる世界で……。
死ーー。
ドクン。割れるように響く心臓の音。
嫌だーー。いや。嫌だ。何が嫌なのか私には解からない。けれど、私はそれしか考えられなかった。
頭に過るのはーー。
イヤダ!
「正妃様!!」
ガクン。腕に鈍い衝撃が走って私の体はぶら下がるようにして浮いている。
強い痛み。ギシギシと骨が鳴る。自身の体重を抱えられないーーそう言うように。けれどそんな事よりも何が起こっているのか私にはよく分からない。混乱した頭のままで私はのろのろと顔を上げた。
ーーあ? え?
見えるのは私が落ちた原因の青年。彼は私の腕を掴んで必死に私をバルコニーまで引き摺りあげる。
「……あ?」
身体を抱き抱えられ、私はバルコニーに足を付けた。立っていることなんて出来なくてペタリと座り込んだ。
焦点の合わない目のまま私は青年に顔を向ける
ーー誰だっけ?
「大丈夫ですか?」
「ーー生きてる?」
ポツリと出てくる言葉に青年が優しく笑いかけ、手を握ってくれる。血の引いた私の手はまるで石のようで冷たくその手はとても温かった。
生きてる。
ドクン。ドクンーー。凍りついた心臓が戻ってくるようだった。氷が溶けるように感情が溢れ出す。
生きてーー
「リア!!」
聞き覚えのある声に私は弾けるように身体の全て、全身全霊出せる力を使い立ち上がって走っていた。
騒動に駆けつけてきた野次馬をかいくぐり、どこにいても見つけられるような銀の髪を探す。
それは半ば本能だったのかもしれない。考えることなく、もちろん躊躇するも無く手を伸ばしていた。
「ウェル!」
驚いた顔を無視するようにして抱きつくと私はすべての感情を吐き出すように泣いていた。
ーーただ泣いていた。泣きつかれて眠ってしまうまで、彼は静かに何を言うこともなく抱きしめてくれていた。
別に名も無き青年はリアを口説こうとしたわけではなく、王子を視界の端で見かけてリアの為に要らない親切(王子の嫉妬するかどうか)をしてみようとした結果です。説明少なくてすいません。




