ベクトルの違い
説明文。シリアス傾向。しばらくシリアスが続くかも。
短くてゴメンナサイ。
その朝。町の外れカルディアナ公爵の別邸で大捕物があった。堂々とお天道様のもとで取引ーー人身売買ーーを行っていた馬鹿な成金や暇な貴族たちは芋づる型式で捉えられ連行されていった。いや、驚くよ? 世の中金を暇を持て余すとくだらない人間になるんだな。と初めて知ったわ。
私達の他にも囚われている娘はいたんだけど小さな娘から美少年、挙句の果てに老ーー。
変態っ!! 老ーー熟しきった女の人をどうするつもりだったんだよ介護か? ボランティアなの? あの人フラフラしてたけど!? わ、若返ったら美人だよね。たぶん。
……考えないでおこう。なにかあるんだよ。きっと。
ま、まぁ。すこし、傷付けられた人もいたようだけどーー皆無事でよかった。うん。
私は未だ公爵邸。事情聴取やら何やらでここから動けずにいた。ついこの間まで綺麗に整えられた庭だったんだろうけれど、今では見る影もなく、使用人、人質、治安隊。怪我人、医師、役人ーーと様々な人でごった返していた。
いい加減帰りたい。お腹空いたしーー。けど、帰りたくないと思うのはどう考えても怒っている人の顔がチラチラ浮かぶから。いや、私が悪いんですけどね。それでも怖いものは怖い!
でも、怒ってなくてもーー逆に悲しいのは何故だろう?
ともかく私は膝に頭を埋める。
「ケガはなかったか?」
現場でなにやら公爵と話していたはずのアホ王子に声をかけられて私は反射的に微笑んでいた。
何故か瞠目されたんですが? もういい。いちいち考えない。私は視線を庭に移す。
どうやらこの捕物劇は昨日今日、まして私が捕まってから考えられていたものではないみたい。随分前から練られ間者を送り込み調べてーー静かに進んでいたと聞いた。そのため全てが手際よく行われ、その場を取り繕おうとした金持ち達は言い訳などもちろんできず、有無を言わさず連行されていった。絶望の縁に落とされたような顔をして。
はっ!
私はそれを気持ちのいいくらい見下した笑顔で見送ってやったわ!
ザマァ! どんな罰か楽しみだね! 審判の日には傍聴に行きますので教えてほしいわ。ふふふ。
……。
でも、レンズの姿はなかったんだよねぇ。直前で逃げたみたい。それに少しだけ安堵しているのはやっぱり私の心は『人でなし』なのかもしれない。
同じ穴の狢なのかな?
今でも目に残るのは雲を追いかけてどこまでも走っていく小さな身体と嬉しそうな笑顔。とても優しかったあの子がそんな事をするはずないとどこかでまだ思っているのかもしれない。現実を見たのにーー。
馬鹿じゃないの? 私は。
考えを振り切って私はアホ王子を見上げた。相変わらずの美女っぷりに苛つく。まだしっかりと胸は残っているが鬘はもうしていないので銀色の髪がさらさらと流れている。
「ええーー特には。幸い私はひん剥かれてこのドレスと化粧をされただけですから」
王太子妃(偽)のくせに見栄えが悪い。お天道様のもとで私を見下ろしたレンズは言った。女装の男はそのままでいいのになんで私だけが悪いのか分からないが、ともかく、何にも知らない使用人に行って着替えさせたのだ。
胸のすごく開いたコバルトブルーのドレスに薄い化粧……。それでも奴は不満そうだったけど最終的には時間が無かったらしい……。
どうでもいいけど胸の生地が余ってカサカサするんですがーー!!!
ヤッパリ早く捕まってしまえ! 断罪を!!
「胸はデカくなるものだって言ったぞ? カルが」
その人工物でか?
……。
空気を読むなら違うことにしてほしい。私はじろりと王子を睨んだ。
「そんなことより。ーーサイ様は大丈夫ですか?」
「……気になんの?」
なぜか不機嫌になるーー美女。この状況で気にならないほうがおかしくないか?
意味がわからないし。
「ここはサイ様の家でしょう? それに、レンズはサイ様の名を語ってーー」
随分と長い間奴はこの仕事を繰り返していたらしい。巧妙にゆっくりと。それを公爵がーー一年前に亡くなった先代も然りーー知っていたのか私には分からない。けれど、罪に問われないはずはないだろうと思う。知っていればもちろん大罪。知らなかったといえばそれこそ罪。
……そんなことは私にだって分かる。
思わずぐっと口元を結んでいた。
一体どんな罰が待っているのだろうか? ーーあの腐れ禿親父たちより重いのだろうか? それはなんだかひどい気がするーー。
私は治安隊の制服を着込んだ公爵に目を向けた。公爵の目からは何らかの感情を読み取るのとはできない。ーーただ、淡々と処理を片っ端からしているだけだ。
「……」
なんとかならないのだろうかーー考えているとアホ王子と目が合ってしまう。整った顔は相変わらず不機嫌そうだったが、私の顔を見るとさらに眉間のシワが深くなる。
「言っとくけどーー俺にはどうともできないからな? 俺自身が法と秩序を俺自ら破る訳には行かねぇんだよ。ーーま、たとえ俺がどうにかしても、あいつ自身がそれを許さねぇだろうよ」
ため息ひとつ。そこには言いしれない無力感があるような気がした。助けたい。でも助けることができない。本人ですら望まないのだからどうしようもないーー。
私は再び公爵に目を向けると軽く私の頭に手が置かれる。
「出来ることはする。俺にとっても大切な従兄弟殿だーーまずはあの野朗を捕まえねぇとな? だから、んな顔するな」
そんな顔ーーとはどんな顔だろうか? よく分からない。けれど、見上げた王子の顔はどこか苦しげに見えるのは気のせいだろうか? 笑い顔はいつものようにキラキラしているけれど、何処か寂しい。
『そんな顔』と言うならこっちが言いたい。『そんな顔』をしないでほしいと。見ているとなんだかおかしなーー抱きしめたいような気分にかられて、私は目を意識的にそらしていた。
それにしてもーー息を付く。
そんなにも公爵が大切なのだろうな。反目しているようで、仲が良い。従兄弟だもんね。いいな。そう思い合える関係って。
私にはいないけどーー。あ、妹ーー涙が。
思わず暗い方向に突き進む思考を転換させて、私はぱっと顔をあげていた。
心がけるのは笑顔。安心をさせないと。ぐっと握りこぶしを作ってみせる。
「そうですね! 私も探します!
宣言に沈黙。そして眉間の深いシワ。あれ? 励ましたつもりなんだけど。小首を越しげで見せるが渋い顔のまま動かないので無視することに決めた。
ともかく私でもやれることはやってみたい。救えるなら、救いたい。そう思う。ただ、どうすればいいのか分からないけどーー。
リディは協力してくれるかな?
考えている私に『押しても引いてもどうしてダメなんだ?』と半ば絶望気味のつぶやきが聞こえるはずもなかった。




