毎日が普通の日
澄み切った青空とぽかぽかな太陽。
公園のベンチでお昼ご飯♪
だけど、とても憂鬱。
もうすぐお昼休みが終わる。
こんな気持ちのいい日に、これから17時までオフィスにカンヅメ。
そうしたら、またチクタクチクタク時計に追われながら仕事。
いえ、時計じゃなくて仕事に追われてるかしら?
それとも、時計のほうが追っかけてきてるのかも?
そんなくだらないことを考えながら首を回す。
空が見えた。
……どうでもいいくらいの青空だ。
このまま昼寝でもして、会社さぼっちゃおっかなぁ。
ふぁ~っとあくびが出た。
だめ、すごーく眠い。
もう会社に戻らないといけないのに、このベンチから離れたくない。
少しくらい、いいよね。こんなにいい天気なんだし、寝てしまっても。
私のだんだん意識が遠のいて、夢の世界に旅立っていた。
イタッ!
何かが頭に当たった衝撃で目が覚めた。
「いたた……」
痛みがする部分に手を当てると、じんじんしたけどタンコブなどにはなっていないようだった。
「ごめんなさいー!」
小学生くらいの子が謝りながら、転がっているボールを拾って去っていった。
キャッチボール中のボールがこぼれて、私に当たってしまったらしい。
「ちょっと痛かったけど、いい加減会社に戻らないとだしね。さ、行こうかな。」
ベンチを立ち上がろうと荷物をまとめ始めると、こちらに歩いてくる人影が見えた。
あのシルエットは……そう、いつも電車の中で見かけるイケメンさん(仮名)!
こんなところで出会えるなんて!驚きを隠せない。
私が座っている反対側のベンチに腰掛ると、気だるく胸ポケットからスマフォを取り出して、いじりはじめた。
ああん、やっぱりかっこいい!
クールな横顔だわ。
人があと一人座れるくらいのこの空間がいじらしい。
ああ、もっと近くに行ってお話したい。
スマフォいじって何してるのかな?
あ、こんなにみつめてたら変に思われちゃう。私もスマフォいじってよう。
えっとー、twitterにリプライがあるー。
『公園で昼寝なう』に対してゆみやんから『わかるわかる』たくぞー☆から『おまえは俺か!』
やっぱりみんなそう思ってるよね。
なんて返事返そうかなー、えっと……
スマフォの画面をぽちぽちタッチしていると、イケメンさんがベンチから立って、歩いていってしまった。
ああん、イケメンさん……
まだリプライを書き途中だったので、追いかけることもままならない。
どこの会社の人か知るチャンスだったのに。
でもリプライを書かないと悪いから。
ええと、ゆみやんには『ゆみやんも昼寝しようよ♪』でいいかな。
たくぞー☆はどうしよう。『気が合うね』とかかな。うん、これで。
さて、会社に戻ろう……
ベンチを立とうと構えると、目の前の噴水のところに派手な服装の女性とヤクザみたいな怖いおじさんが言い合いしながら寄ってきた。
正確に言うと、派手ケバ女が早足で前に進もうとするのを、ヤクザ男が腕を引っ張って引きとめながら怒鳴ってる感じ。
「お前、柏木と寝たんだろっ?!」
「だから、寝てないっていってるでしょ。」
「サブがな、お前が柏木とホテルから出て来るとこ見たんだよ!」
「サブの目が腐ってんのよ、馬鹿じゃないのっ?」
「俺はハゲだが、馬鹿じゃねええっ!」
「じゃあ、アホよ!」
「なんだとこの糞がっ!」
「痛っ!バカ力で腕ひねるんじゃないわよ、このタコ!」
派手ケバ女がシャネルの黒いハンドバッグでヤクザ男のハゲ頭をバチコーン!と叩いた。
うわぁ痛そう……。
わ、ハゲ男も応戦し始めた。
平手打ちか。これは凄い事になったわ!
こんな真昼間から喧嘩だなんて、恥ずかしいとか、世間体が気にならないのかしら?
どんどんエスカレートしてくー。
写真撮っちゃえ。うん、いい写真が撮れたわ。
派手ケバ女がヤクザ男にハイヒールで殴りかかってるとこ!
早くtwitterにアップしなきゃ。
『派手な女とヤクザ風の男がけんかなう!』
RTされまくりそう~~~♪
うわー、ヤクザ男鼻血でちゃった。かわいそー。
お、警官が二人が来たー。
だよね、これ以上大暴れしたらヤクザ男が死んじゃうかも。
ハイヒールって痛いもんね、うん。
お互い引き離して、警官の人が話し合うよう説得してるぅ。
どうなるのかな、署まで連れてかれたりするのかな。
さっきのつぶやきにリプライは……っと。
みっきぃ『ハイヒールは女の武器だよね、いろんな意味で(笑)』
ゆみやん『これヤバいんじゃないのー?おまわりさーん!!』
テスタロン『大惨事だーっ!』
あとは知らない人からも何人かリプ来てるなー。
テスタロンがRTしてるからかー。あの人いろんな人にフォローされてるもんなぁ。
えっとー、返事を書かないと……
みっきぃには『女に8センチヒールは必需品だよね☆』
ゆみやんには『おまわりさん来たよー。誰かが呼んだみたい』
テスタロン『見てるこっちまで焦っちゃった^^;』
ぽちぽちっと……
知らない人への返事はまあいいかな。会社に戻るぞっと。
ベチッ!
肩になにか落ちてきた。
な、今度は何よ?
「いやーっ・・・鳩のフン」
ティッシュ、ティッシュ!
お気に入りのふわゆるニットが鳩の糞に汚されるなんてっ。
もー、ついてないっ。
あーん、なんか臭うし。拭いても取りきれない。
んもー!
くやしいからtwitterにつぶやいちゃおう。
『鳩にフンされたー。お気に入りのニット台無し!』
その後もベンチを離れようとすると、幾度もハプニングが起こった。
隣に座ってきたおばあさんに話しかけられ、ずーっと孫とか鬼嫁の話を聞かされたり。
噴水の前でドラマの撮影が始まったり。(期待してたけど有名な俳優さんじゃなかった!)
その時隣に座ってきた女がコンタクトを落としたとかで、動かないで!と止められた。
ベンチの反対側に生えてるきのこが世紀の大発見だ!と騒ぎ出す白衣の集団が来たり。
そのたびにtweetしていて、リプライが来ての繰り返しだ。
おかげで、気がついたらどっぷり日が暮れていた。
もう、真っ暗な公園には誰もにはいなかった。
街頭だけが、ぼんやりと明るさを放ち、小さな虫が1~2匹集っていた。
「お腹もすいたし帰ろうかな……」
空を見た。
星がきれいだった。
そして突然たくさんの人々の声が聞こえて、視線を戻すと公園がパーティー会場のようにまばゆい光に包まれていた。
よく外国映画に出てくる移動式の遊園地のように、電飾が飾りつけられ、発電灯が人々を照らしていた。
公園の外は真っ暗で静かなのに、ここだけが夢の世界だった。
この夢の世界では、噴水を中心に舞踏会が開催されているようだ。
楽しげな音楽と歌声が流れ、バニーガール姿のおじいさんをはじめ、宝塚の男役みたいな濃いメイクでひらひらのシャツを着た人、海賊の格好をした男、テニスプレイヤー姿の女などがまるでメリーゴーランドのようにくるくる踊っている。
発電灯の青白い光で、彼らの影が伸びて地面にまで映りこみゆるゆると揺らめいていた。
みんななんだかへんてこな格好をしているので、ちょっと早めのハロウィンのパーティーでもしているのかもしれない。
もちろん踊っていない人もいる。
ブランコに乗っているギリシア時代の哲学者みたいな格好をしたひげのおじさんはポップコーンをむしゃむしゃと食べていたし、ふんわりしたピンクのドレスを着たおばあさんは砂場で泥団子を作り、恐竜の着ぐるみとぶっつけあい、とばっちりを受けたぴちぴちのボディコンを着たデブ男に怒られていた。
不思議な様子に呆気に取られているとバニーガールのおじいさんが、ダンスに誘いに来た。
「ベンチにずっと座ってては、いけないんじゃよ?」
差し出された手に触れると、体がすっとベンチから離れた。
ようやくベンチから開放されたのだ。
その時、ふわりと風が吹き、お医者さんの白衣を着た男の子が拭いたシャボン玉が空の彼方へ飛んでいった。
翌日の朝、ベンチには誰もいなく、スマフォだけが置いてあった。
今日はもうtweetは更新されないだろう。
それでも、ゆみやんにもみっきぃにもテスタロンにも普通の毎日が始まっている。