共同生活 ①
「そろそろ文花って呼んでよぉ〜、別に照れる事ないって!」
「は? やだよ」
「友達は普通名前呼びでしょ?」
「え、そうなの?」
翌日、朝からずっとこんな感じだ。
時刻は午後11時40分。日向野達と分かれてから一週間と1日経ってしまった。
坂口の話によると、俺と分かれてから今度は全員で笹木美乃梨の家に向かったそうだが、途中ゾンビの襲撃を受けて離れ離れになってしまったらしい。知っている限り死傷者はゼロらしい。
「TVとかで何かやってないの?」
「今は大体の局が緊急放送し続けてるな。自宅に籠れとかしか言ってない。アニメでも見るのか?」
「いやいや違う違う、何か大事なニュースでもやってないかなってね」
そういって自分の頬を指で掻きながら、今度は頭を掻く。
適当にTVのチャンネルを変えたりしていると、遠くからヘリの音が聞こえてきた。俺と坂口はすぐさまベランダに出て音のする方を見る。自衛隊のヘリが3機こちらにゆっくり向かっていた。どうやら何かを放送している様だ。
「あれ、助けに来たのかな?」
「んな訳ねーだろ、たった3機くらいで来るって事は何か別の任務があるんだよ。映画とかで良くある緊急放送とか政府高官を救助しに来たとかな。あとそれからーー」
「や、やっぱり詳しいね……火鷹くん……」
軽く引かれても気にしたらダメだ。2人しかいない時に空気が悪くなるのは好ましくない。話題を変えよう。死んでまう。
「なぁ、あのヘリ何か喋ってないか?」
「でもまだ遠くてよく聞こえないよ」
ヘリは確かに何かを伝えている。段々こちらに近づいてくるにつれてその内容がはっきりしてきた。
「現在、謎の疫病により東京は完全に封鎖されました。皆さん、安全な場所を確保して待機して下さい!尚、重要な放送はヘリやラジオを使ってお届けします。皆さん、安全な場所を確保して待機して下さい」
ヘリはおそらく混乱を避けるため放送をしているのだろうが、俺には「見捨てる」としか聞こえなかった。
おそらくこの異常事態の原因がよく分からないうちは隔離政策をとるのだろう。ウィルスや疫病は隔離してしまえば根絶できる。ただ奴らがゾンビなのかただの感染者なのかで事態はかなり変わる。感染者なら餓死するのを待てばいい。殺す事も出来る。だがゾンビとなると話は違う。ゾンビは死なない。既に死んでいるからだ。なので活動停止させる必要がある。映画でよくあるパターンだと空爆や核兵器で全てを焼き払い消毒するがおそらく現実では不可能だろう。ここは日本だ。土地も大して広くは無い。
「あの襲ってくる奴らってゾンビなのかな? それとも狂犬病か何かかな?」
「良い所に気がついたな。俺も同じこと考えてた」
坂口も同じ事を考えていたとは……このままゾンビオタクに作り変えてやろうか。素質がある。
「1ヶ月経っても状況が変わらなかったら嫌でも東京から逃げないとだな」
「え? なんで?」
「お菓子以外はたぶん腐っちまうから食料がない。生き残りが自警団でも作って殺し合いでも始めたら大変だろ」
「あぁ、なるほどなるほど~。映画でよくあるアレですな?」
「わかってるじゃん! あとで日向野たちと合流しないとだな。携帯繋がるか?」
坂口に聞くのは俺があいつ等の携帯の番号を知らないからだ。当然て言えば当然だな。
「それがさぁ、何回もメールしてるんだけど出ないんだよ。電話だと混み合っててかからないし」
「チャットは?」
「あ、それはやってなかった」
最近の高校生はメールよりアプリでチャットをやる。繋がりやすいしメールより簡単だ。グループを作れば複数でチャットが出来る。
「あ、返事来た!「家を出てホームセンターに立て篭もってる」だって」
「よく繋がったな? メール駄目なのに」
「え、あぁ確かにそうだね。結構重いけど……アレじゃない? この辺りでアプリする人がもう居ないとか」
「怖い事言うなよ。てか、それならメールだって使えるんじゃないか?」
気にするべきなのか、気にしないべきなのか。よく分からないが連絡が取れて良かったという事で止めておこう。
「てかホームセンターかぁ、家を捨てたのか?」
「そうらしいよ。ゾンビの襲撃に耐えられそうにないからしばらく立て篭もるんだって」
坂口は携帯の画面をタッチしながら答える。俺はオタク知識をフルで使い、ホームセンターのデメリットを考えた。
「逆に危ないんじゃないか?」
「なんで?」
「ホームセンターなんて映画じゃ当たり前だ。だから2〜3日で生存者が押し寄せて来るだろ。それにあのゾンビだか感染者は人が集まる場所を目指すみたいだからな」
「じゃあ怘達助けないとじゃん!」
「今はまだ無理だ。情報が少な過ぎる。噛まれたら感染なんて王道パターンなら武器も必要だしな」
「あ、そっか。なら樹がゾンビになったりしたら私が殺すね!」
「ならねーよ! なんで殺す気満々なの!?」
話は纏まらなかったが今はこのままサバイバルを続ける事にしよう。まだ知らない事が多過ぎる。
外はパトカーや救急車のサイレンがどんどん少なくなり午後4時を過ぎる頃には全く聞こえなくなった。
こうなる事は予想していたが果たしてフィクションの知識だけで乗り切れるのだろうか。
俺は家の荷物をコンパクトに1つのバッグにまとめた。もちろん俺の分だ。坂口は既に荷物をまとめていたので俺の家の物を少し分けてやった。特に行く当てもないが準備しておいて損はないはずだ。
携帯が繋がるのが何よりの救いだ。最初は混雑して電話も繋がらないだろうがそのうち使う人間が減ればなんとかなるだろう。ネットも生きてる様だし、今は都心が滅びただけの様だ。
ゴロゴロしている内に夜が来てしまったが、本格的に一つ屋根の下で女の子と過ごすなんて今までの俺の人生じゃあり得なかっただろう。
「これから勉強会を始める!」
「え、なんの?」
「ゾンビ映画見まくるぞ!!」
「え、なんで……」
「良いから良いから〜」
俺は坂口を部屋にいれ戸棚にしまってあるゾンビ映画の中から今の状況に似ている物を幾つか取り出した。