我が家へ
9月22日。
俺と川口と坂口は理由は知らんが俺の家に行く準備をしていた。ちなみに生まれてこの方女の子を下の名前で呼んだことが無い俺は、相変わらず彼女を史花ではなく坂口と呼んでいた。
「やっぱり、何か武器になりそうな物を持っていった方が良いよね?」
坂口が包丁を手に取り聞いてくる。怖いからとりあえず置いて下さいよ……。
「でもいざという時あっさり殺せるか? 人殺しになるぞ?」
人なのか、死んでるっぽいからゾンビなのか。蘇ってるから生きているという事で基本的人権云々が適用されるのか。これはしっかり考える必要があるな。
「いざという時がこないように、朝早くからゆっくり安全に行くんでしょ?」
正直、朝早く家を出発する事に何の意味があるのか、甚だ疑問だ。昨日の話し合いでは朝早く行けば早く俺の家に着けるから安全だという事になっていたが、疲れが溜まらないように昼間でも良いと思う。
「良いよ。俺たちも持ってくし、正直怖くて刺すなんて無理だよ」
そう川口に言われて坂口は、「いやいや、私も使うから」と言い返した。そんなに使いたければちゃんと守って欲しいものである。俺使いたくないし。
それから食パンで軽く朝食を済ませて家を出発した。各自包丁や食事用のホーク、ナイフを日向野から借りたバックに入れ、俺を先頭に歩く。
街は昨日よりは静かで遠くからパトカーのサイレンの音が聞こえてくる。
昨日の公園まで行きそこから学校の近くにあるコンビニに向かった。誰かいるかもしれないし、水と食料の確保にも丁度いい。
「誰も中にいないのか。樹〜、外で見張りお願い出来る?」
「あ、あぁ、分かった!」
いつから下の名前で呼ぶ程、俺と川口が仲良くなったのだろう。会話だって直接はあまりしていない。それに友達でも無いのに名前で呼ばれると、何だかむず痒い。
俺が外で見張りをしている間に、2人は誰もいないコンビニで堂々と万引きを始めた。ディザスター、アポカリプス系あるあるだ。これが出来れば大抵序盤は上手くいくのだ。
周りは誰も居らずこの辺りは静かだった。感染者か何かは知らない奴らもいない様だし、落ち着ける。
なので昨日の学校で見た奴らの特徴を思い出し、ゲームで良くある対抗策を考える事にした。
まず奴らは生きている人間を襲う。これは当たり前だ。次に噛み付く。ゾンビ系の映画に良くあるパターンだ。血管が所々青く浮き出ていて目が充血している。うめき声をあげているのは苦しいのだろうか。
他に特徴があるといったら、共食いをしないくらいか。別に食べる事が目的とは限らないが殺し合わない所は、映画やゲームの世界のそれと同じだ。
殺し方は分からない。いや、正確には、『殺せるか分からない』だ。ゲームの様に頭を潰したり殴ったりしたら死ぬとかならまだ良いが、死なないとなると、完全に吹き飛ばすか燃やすかしない限り排除は難しいだろう。
だが実際俺はその時が来たら排除出来るのだろうか……
「何深刻そうな顔してんの?」
「へ? ……うわっ!? いつからいたんだよ!?」
気付けば隣に坂口が立っていた。
「今来たばっかだよ? 食べ物も飲み物もだいたい集まったし早く行こ?」
「お、おう」
重くなったバックを川口が持ち再び俺先頭で出発した。何故だか街が静かだとすごく新鮮な気分だ。
ここから俺の家まではまだ少しあるのでゆっくり進む。問題無く行けると思っていたが、横断歩道を横切ろうとした時、待ってましたとばかりに前から血だらけの奴らが4体出て来てこっちに向かって来た。
「とりあえず、遠回りしよう」
俺が2人に提案したが2人とも別の方向を向いていた。
「無理見たいだよ樹、後ろからも来やがった」
「右からも3体来てるよ、ねぇ、このままだと囲まれちゃうかも」
「おいおいマジかよ……」
三方向からまるで打ち合わせでもしていたかの様に俺達に向かって近づいてくる奴らは学校にいたアレと同じだった。映画でよくあるがこの場合誰かが囮になって2人を逃がすのが王道だ。もちろん戦うという手段もあるが、ゲームのキャラとは違いバッサバッサ殺せない。絶対躊躇する。
「ねぇヤバイよ、早くあっちに逃げよ?」
坂口が奴らのいない左側を指差す。だがあっちに逃げたらコンビニや日向野の家がある。出来るだけ避けなくちゃいけない。川口はバックから包丁を取り出し構えている。だがダメだ、手が震えてる。
まだ奴らがここに来るまで2分はある。その間に出来る事は、馬鹿な俺には1つしか思いつかなかった。
「2人は先に日向野の家に帰ってて! 俺は奴らを適当に誘導してから行くよ」
「はぁ!? 樹、正気だよね? 別に映画じゃあるまいし走れば巻けるよ」
「そうだぞ樹、それに逃げる途中で集団にでも出くわしたらどうするんだよ!?」
「大丈夫だ、映画とかゲームのと奴らが同じなら叫んだり騒いだりする奴に集まるかもしれない」
もちろん確証はない。映画やゲームはあくまでフィクションだ。現実に当てはめて考えてはいけないことは分かってる。だけどあの足の遅さなら十分逃げ切れるし、何か奴らの弱点や特性が分かるかもしれない。
何よりも、俺がカッコつけたい。
「わ、分かったよ、でも絶対死なないでね?」
「生きて帰ってこいよ……」
「あ、あのガチの死亡フラグは怖いからやめてくれよ……」
軽く挨拶を済ませ2人は俺の方を見ながら後ずさりする。俺奴らに向き直り構える。
さて、どうしたものか。5mを維持しながら奴らがある程度集まるのを待つ。
「樹ー! これーー!」
坂口が走って俺に包丁を持ってきた。俺に手渡すとすぐさま川口の元に走って行った。
「ありがとなー! 坂口ー!」
彼女の背中に向かってそう言い放つと坂口は振り返って俺に叫び返した。
「だから史花って呼べっつーの!!」
そう言って彼女は走って行った。
「さぁ、めっちゃ死亡フラグっぽくなっちゃったけど俺死なないよな……」
小走りしながら10体程を引き連れて俺は商店街へ向かった。
「おーーーい!! こっちに来やがれぇー!」
ちょくちょく叫びながら小走りした。反応が薄い。大声を出さないと気付かないらしい。だが叫んでる俺は、はたから見たらただの変人だ。
商店街に着くと様々な物が散乱していて、そこにも奴らが10体程がうろついていた。近寄ると俺に向かって来た。今のところ、特別耳が良いとかは無いらしい。どちらかと言うと悪い方なのかもしれない。
そのまま小道に入ったりしながら様子を伺って見たが、目も悪い様だ。俺を見失い、今着いて来ているのは4体だけだ。
家まではジグザグに猛ダッシュで走る事にした。もちろん俺の後ろに着いてくるモノはいなかった。
5分後、我が家に到着した。毎日と変わらないその玄関に入り中に異常が無い事を確認して俺はかなりホッとした。
両親の事は正直諦めていたので今更気にはしていなかった。学校があんな状態だったのに両親の職場が無事なはずが無い。
俺は家の中から段ボールと発泡スチロールを集めて窓を塞ぎ防音壁を作る事にした。
ここから1話につながります!