終わりが始まった日 ④
「痛い痛い痛いやめろぉぉぉぉぉぉ!!」
「たすけてくれぇぇぇぇぇぇ!!」
「きゃぁぁぁぁぁ!!」
正門の外は地獄だった。
出た瞬間、大量のゾンビが俺達めがけて向かってきたのだ。こんな展開ありか!?
と思っているうちに次々と餌食になっていく生徒たち。
「助けてくれぇぇぇぇっ!!」
俺達のすぐ近くでゾンビが男子生徒に噛み付いた。同じ班の奴に男子生徒は必死に助けを求めたが、返ってくる言葉は、
「よ、よるなぁ!!」
「お、お前が何とかしろよ!」
「そーよ、あんたが何とかしなさいよ!」
「そ、そんなっぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
噛み付かれた生徒は頚動脈を食いちぎられ、血が噴出し死んだ。醜い。
それを見て叫ぶ者、その場で嘔吐する者もいた。
「早く逃げるぞ!」
俺はそう言って班のみんなを元来た校庭に引き返させる。それに川口が意見する。
「なんでわざわざ校庭、戻るんだ? 学校からもあいつらが出てきてるんだぞ!」
「分かってる、だから裏門から出るんだよ!」
この高校には職員の使う裏門がある。普段生徒もあまり行かないのでゾンビもいないはずだ。
これを聞いて川口は納得し、急いで裏門に向かうことにした。裏門に出ると生徒が数人、我先にと高さ2mの鉄格子をよじ登っていた。お互いを蹴り飛ばし、土台にして上っていく様は見るに耐えないほど。
「こっちだ」
俺は静かに班のみんなを裏門の鉄格子沿いにある林へ誘導した。ここは俺が時々使う抜け道である。入学したての頃はよく何の意味も無く使っていた。
林を出るとそこから地面は無い。ここからは4mあるコンクリートの急な塀をずり落ちるしかないのだ。 これは高校の建っている位置に関係がある。この高校のすぐ後ろは坂道になっているため、自然と裏門以外はこのコンクリートの塀で高さ調節されるのだ。
この急な塀にはもちろん文句を言われまくったが、知ったことではない。俺は助かりたい。
一人ずつゆっくり降り学校の裏の道へと出る。まだゾンビはいない。
「ここからどうする?」
「私、家族みんな仕事……」
俺の言葉に真っ先に反応したのは笹木だ。それに続くように川口、日向野、坂口も口を開く。
「やばいな、俺家に母さんいるよ……」
「俺の家は心配ないな。一人暮らしみたいなもんだし。妹も今日は家に居るし」
「私の家は戸締りだけは良いからなんとかなる!」
なんか日向野と坂口はまったく焦ってないな。この場でいちばん普通なのが恐らく川口と笹木だ。俺含め残り3人は気分がハイになっている所為か、自分以外に余り考えが行かない。
あれ? 3人?
「大田と甲野は?」
4人に聞く。塀を降りようとした辺りから見ていない。
「あれ? さっきまでいたのに」
「あ、ホントだ! 樹が道案内したんだからちゃんと見ときなよ!」
日向野も坂口もどうやら知らないらしい。どこに言ったんだ?
俺と川口、日向野、坂口、笹木、大田、甲野の7人だったはずだ。一体どこで剥ぐれた?
ポタッ……。
コンクリートの塀の近くに立っていた笹木の足元に一滴の血が落ちた。
「おい……その血……」
俺に言われ笹木は血が落ちてきた塀の上を見る。
「キャァァァァァァァァァァッ!!」
笹木が思わず叫んだその壁の上では、血だらけの大田が数体のゾンビに喰われていて上半身だけ塀の下に垂れ下がっていた。
甲野はそれをすぐ横で見て腰を抜かしていた。
俺達はあまりの光景に言葉が出なかった。
そんななか甲野がなんとか立ち上がり、コンクリートの塀を降り始めた。顔は青ざめ、「嘘だ、嘘だ」と独り言を言っている。
「甲野!! 上だぁ! 危ないっ!!」
いち早く正気に戻った日向野が甲野に向かって叫んだ。
だが甲野が上を見た時には既に遅かった。
甲野の真上から大田の死体と共にゾンビが3体降ってきたのだ。ぶつかる前に甲野は手を話したがまだ地面まで距離があった為、そのまま地面まで落ちてしまった。甲野が態勢を立て直す前に大田とゾンビ3体が落ちてきた。
俺達は急いで甲野に噛み付こうとするゾンビを引き離し、全速力で走って逃げた。
「ありがとなみんな、危なかったわ」
甲野が俺達に礼を言った。結局逃げると言ってもどこに逃げれば良いか分からず、学校から200m程の距離にある小さい公園に来てしまった。
「これからどうするか……」
川口が話をしようとするが全員死をまじかに見た所為か、テンションが暗い。甲野は特に暗い。普段の体育会系の熱血男子はどうしたんだ。少し元気付けてあげた方が良いのか、やっぱり。
「なぁ、甲……」
「元気だしなよ裕! あんたが元気無いとかっこ悪いよ?」
坂口に先を越された。だが、坂口に元気付られた甲野は照れながらも、ちょっとだけ元気になった。
「お、おう。そうだよな、元気出さなきゃだよな!」
甲野が元気になった事で場の雰囲気も少し良くなった。
「学校があんなんだと、どこに行っても似た様なものだろう。これからどうする?」
川口が再び話を切り出す。それに坂口が答える。
「家が近い人の所に避難!」
「確かに地元の奴、結構多いからな〜。どうだ?みんな」
確かに地元の奴でいくと俺も入り、おそらく川口や坂口、甲野も家は近いだろう。
「んじゃ一番近い怘の家に皆で行こ!」
「いや待てよ? ……何で俺の家知ってんだよ」
坂口に日向野が食いつく。
いや、ホントに何で知ってんだよ……と言いそうになる前に坂口が口を開く。
「ほら、私物知りじゃん?」
「……いやでも」
「尾行したの。そんな事よりもさ! とりあえず行こうよ!」
日向野の言葉を坂口が遮る様に口を開いた。日向野は口をポカ〜んと開けたままだ。そりゃそうだ。自分の家がクラスメイトに尾行されていたのだ。軽く引いた。
そんなこんなで日向野の家に向かうことになった訳だが、俺は何故家に帰らなかったのだろうか。人の家なんかより自分の家のほうが安心できる。流れに身を任せたといえば簡単だが、正直一人で家に帰るのが怖かったのかもしれない。こうして話し相手がいるだけでも喜ばなければ。
俺がよく知るゾンビ映画やゲームでは、大抵の場合、世界は滅びる。こんな時、一人でも話し相手がいれば大分精神的には楽だと思う。
そうやって考えているうちに日向野の家に着いていた。まだそんなに歩いてはいないはずだが……
「着いたぞ、ちょっと家の中見てくるから玄関で待っててくれ。すぐ戻る!」
そう言って日向野は玄関に靴を脱ぎ捨て家の中へと消えていった。直後、中で「きゃーーーーーっ!!」っと女の子の悲鳴が上がる。俺達は悲鳴に反応しすぐさま中へと入った。
「お兄ちゃん怖かったよぉ……」
「あー、怖かったよな、だけどまずは落ち着け。な?」
「うぅ……うん……。その人たちは?」
「同じクラスの知り合いだ。みんな良い人たちばかりだよ」
驚いたなんてもんじゃない。日向野に妹が居るのは前々から知っていたがまさかこんなに可愛いとは……
少しボサついた長い黒髪、今にも折れてしまいそうな細い足。俺が見てきたどの女の子よりも可愛いかもしれない。薄手のパーカーとショートパンツのその子は兄である日向野怘に抱きつき、泣きじゃくっていた。落ち着かせるために頭を撫でている。そうか、日向野はリアルにシスコンだったのか……
俺達はリビングに入れてもらい、これからどうするかを話し合うことにした。