呑気な二人
お久しぶりです。
お互いに映画の語り合いをしていると、下で窓がバンバンと叩かれる音がした。声のトーンを下げて椿と共に階段をゆっくりと降りる。庭に繋がるドアにゾンビの影。ドアを叩くというよりも、目の前にある障害を体を押し付けて退かそうとしている感じだった。
窓のすぐそばまで近づき、カーテンの隅を少しだけ捲り外の様子を伺う。庭には見えるだけで、二十体以上。そのうち、窓に張り付いているのが五体。ウロウロと動き続けているのが半分、他はその場でグルグル回っていたりしているだけで、窓に張り付いているの以外こちらに気付きもしない。
外の様子を確認出来た俺と椿は、再び二階の部屋に上がり布団の上に座った。
「絶対出れないよな、アレ」
最初に口を開いたのは椿だ。胡座をかいて楽にして座っているが、天井に目を向けてぼーっとしている。その顔には先程の笑顔は無く、「やる気が失せた」とでも言いそうな、脱力した目をしていた。
「なぁ、すっごいどーでもいい事、言っていい?」
「ん? 何?」
椿は天井に向けていた顔を、胡座をかいている自分の足元に向ける。
「俺達さ、普通に靴のまんまだよな」
言われて俺も自分足を見た。
「……あ、そーいえばそうだな」
「しかもさ、靴のまんま他人の布団に座ってるというね」
「だな」
靴のまんま上がる事には確かに躊躇したが、実際は素足の方が危険な為、これが正解なのだから仕方がない。正直言うと、スクリーンの向こう側の人を真似ている様でちょっと気分が高揚している。
そんな事を思っていた俺と違い、椿は俺の返事をどう捉えたのか視線を靴から更に下に移して暗くなる。
「……ごめん。忘れて」
「え、どーでも良いことでも無いと思うよ? 家の主人殺害して、物色したりいろいろしてるわけだから。過去こんな事やらかした高校生居ないと思うよ?」
少しふざけた感じで行ってみると、椿は吹き出した。
「だな」
と、それだけ言うと椿は口を閉じる。立ち上がり窓から外の様子を伺う。それに見て俺も椿の隣に立ち外を見た。
ベランダには出ずに窓だけ開け、背伸びをして下を覗いた。庭に徘徊しているゾンビの頭が幾つも見えてゾッとした。ホームセンターと違いここには大人が居ない。子供が二人、窓ガラス一枚に守られている。それを再確認させられた気がして、一歩後ろに下がる。
姉貴も居ないし、宮元さんも居ない。学校の時みたいに囮に出来る奴も居ない。椿は戦い慣れてる感じがするが、それでもまだ子供だ。宮元さんみたいに頼れる存在かと言われると、心もとない。映画の様に銃でもあれば心強いのに。撃ち方分かんないけど。
冷や汗をかいているのに気付いて、袖で汗を拭い深呼吸をする。
身を屈めてベランダに出た。ベランダは両端がコンクリート? で、中央が鉄製の網の装飾になっていて下に居るゾンビがよく見えた。
「ぼべぉっ!?」
両肩を後ろに思いっきり引っ張られて、おかしな声が出てしまった。見れば椿が物凄い形相で俺を睨んでいる。
「おい、何やってんだよ! 気付かれたらどうすんだよ!」
「落ち着けよ。だから今確かめるんだろ?」
椿の手を払い軽く咳払いをした。
「声のトーン落せよ。ゾンビがちょっと反応してんじゃんか」
声のトーンも考えてなかった事を指摘されてなのか、ムッとした表情になる椿。
「ほら、今まではこんな機会なかったろ? だから今確かめておかないと。逃げるにも作戦の立てようがない」
「……確かに」
「だろ? 大丈夫だよ。あいつら人間程感覚鋭そうじゃないし」
言われて「んー」と唸ると、椿が心配そうにこちらを見て来たので、「大丈夫」と言って再び深呼吸。さっきの椿の声でゾンビが何体か窓を叩き始めていたが、今はまだ大丈夫だ。
再び下を覗くとゾンビがこちらを見上げて居たので、慌てて引っ込んだ。体が腐食しているせいで、終点の合わない目が余計に気持ち悪くなっていた。しかも、比喩などではなく、物凄い濁った眼をしている。その目でこちらをしっかりと見ていたのだ。
「大丈夫か!?」
「と、とりあえず、目を開いてこっち見てるから、し、視覚はちゃんとある。ちょっとタンマ」
胸の奥の方で心臓の鼓動よりも早い速度でドクンドクンと、不安と焦りが込み上げてくるのが分かる。それを堪えようとすると自然と身体が震えた。
こんな時、映画ならどうするのか。主人公達はどうやって不安を断ち切って居るのか。
駄目だ。ゾンビ映画ってそれが味だったな。
この考え方はマズイ。ゾンビの特性を考えよう。あいつらの事は良く知ってるつもりだが、実物は殺し方くらいしか知らない。確かめてみる必要がある。まずは聴覚と嗅覚だ。
「なぁ、音出せる物とかないか?」
言うと椿はレッグバックの中を見た。ガサゴソと包丁やジャーキーを取り出し中身を確認してくれた。
「ごめん無い。あ、ジャーキー食べる?」
「サンキュー。となると……ちょっと汚いやり方しか無いかぁ」
椿からジャーキーを受け取りひと齧り。うん。美味い。噛めば噛む程味が出る。
……ん? ジャーキー……あ。
「なぁ、このジャーキー使えるよな?」
「え、何に?」
「いやほら、ジャーキーにも匂いってあるじゃん? コショウっぽい匂い」
「……まさかそれで嗅覚確かめるとか?」
「正解!」
「いや、無理でしょ」
即否定されたが、試してみる価値はある。もし、視覚以外に嗅覚に頼っていたならこの周りに居座ってる理由も半分くらい分かる。
「なぁ、だったらこの袋で音立てて耳使ってるか調べた方が良くないか?」
椿がジャーキーの袋を取り出してクシャクシャと音を立てる。袋はジャーキーのサイズが一口半くらいなのもあり、少々大きめ。レッグバックにギリギリ入るくらいの大きさだ。分厚い作りで、チャックで締めれる為、手で潰したりするとそれなりに大きな音が出た。
「声で反応したのは大きい声だったからだけど、俺が調べたいのは、どの程度まで音を聞けるかとかなんだ。袋だと正直やり辛いと思う。手を加えないと音鳴らないし」
言われて椿は袋をクパクパグシャグシャと音を鳴らし始める。無視してると辞めたのでとりあえずジャーキーの事を考えよう。
下に居るゾンビに匂いを届けるには、ジャーキーを顔に近付ける必要がある。匂いを嗅ぐと、やはりコショウの匂いしか分からない。それもかなり分かりにくい。
……あれ? 無理じゃね?
「……やっぱりジャーキーは止めよう。勿体無い」
「んじゃどーする?」
「んー、無理に行動しないでじっとしてた方が良いと思う」
「理由は?」
「もし音とか匂い、目で俺たちの居場所を探ってるなら、じっとしてれば何処かに行くと思うんだ。風だってあるし匂いの心配も無いしね」
「……確かに。でも何処かに行くには興味を引く何かが無いとだろ? 死体が動いてるなんてあり得ないんだから動物みたいに動き回るとも思えないし」
椿はんむむと、唸り頭を掻く。分かってることが少ないし、じっとしてるのが一番良いのだろうが、外のゾンビが居なくなる保証はない。
ふと、ホームセンターから持ってきたバッグを思い出した。あの中には確か使えそうなものを詰め込みまくったはずだ。花火もその中に幾つか入れてたはず。
「こっちだ!! こぉぉぉぉおい!!」
外から聞いた事のある声が聞こえた。直ぐ椿とベランダに出て声のする方を見た。声の主は花火を振り回している。当然ゾンビは声の主目掛けて行進を始める。数は、この家に逃げ込んでからも増え続けていた為、五十体以上。
その大群が声の主である宮元さんに向かうにつれて、窓の前から離れていく。ガラっと窓の開く音が向かいの家から聞こえた。俺の部屋から姉貴と坂口が出てきて、両手をこっちに来いと大きく振った。




