家族と仲間②
希美ちゃんはまだ気不味そうにしていたが、下の様子も気になり私だけ部屋から出た。するとドアの横で友梨さんが体育座りで蹲っていた。
声を掛けるか迷ったが何と声を掛ければ良いのか分からず黙ってしまう。蹲っている理由はさすがの私でも分かる。弟、つまり樹の事だ。
友梨さんは既に夫を亡くしている。しかも親も亡くしている為、樹はたった一人の家族だ。心配でしょうがないのも分かる。
でも一度声を掛けようと立ち止まり、距離が距離な為向こうも気付いて私の方に目を向ける。その目は赤く充血し、口元が震えていた。
どうしよう、そう思っていると向こうから声を掛けてきた。
「……裁縫苦手なの?」
「へ?」
てっきり重い事を言われると思って身構えていたのだが、余りにも、というか意図のわからない質問に変な声を出してしまった。
「え、は、はい。苦手というより嫌いです」
「そうなんだ。私も嫌い」
そう言って視線を自分の膝に戻した友梨さんは、鼻をすすり無言になった。
「話、聞いてたんですね」
「……」
無視しているのか、喋るのが辛いのか、友梨さんの口は開かない。樹と飛鳥の事もあるし、宮元さんが多分作戦を練ってるはずだからみんなで話し合いたい。下手すれば私の命も危ないし。
どうやって切り出そうか。
「あの」
「希美ちゃん結構喋るんだね」
遮る様に友梨さんは話題を出した。視線は変えずに、でも声は大きい。多分希美ちゃんにも聞こえたんじゃないか?
「喋るというか、喋らせたというか……はい」
「何で喋らせたの?」
「えっ」
正直、話を聞いてたなら質問してこないだろうと思っていた。これに対して、私は上手く答えられない。明確な意思があった訳でもなければ、雰囲気に合わせた訳でもない。何となくだ。
何となくを自分の中で上手く誤魔化して、形にして話を進めてた。そうしたら、解決しなくちゃいけない希美ちゃん自身の問題を本人がバラしただけ。
「質問の意図がよく分からないんですけど」
「意図なんて無いよ。何となくだよ」
「私も何となくです。意図なんて無いです」
「なんで何と無く喋らせようと思ったの?」
「……」
トーンを変えずにスラスラと新たな質問をしてくる友梨さんに、更に訳が分からなくなる。何が言いたいんだこの人は。何を言わせたいんだ。
いつの間にか友梨さんは私の方を真顔で見つめていた。下から見つめられている事で自分が立ったままだと思い出し、友梨さんの隣、樹の部屋のドアの前にしゃがんだ。
意図が無いのに質問攻めにしてくるのがイライラして、私は友梨さんの目を見つめ返す。真顔で、絶対目を逸らさないで相手の目を見つめる。
「……」
「……何で喋らせたの?」
「……」
友梨さんのは同じ質問をして来たが無視して無言で見つめた。でも私の目力が足りないせいか全く表情を変えずに同じ顔で私を見ている。
限界、宮元さんヘルプ。
「……ぶっ」
何がおかしかったのか。友梨さんはにらめっこで負けた人みたいに吹き出すと一気に笑い出した。
「あっはははははは! あーおかしかっおかしかっ。うひひあははは」
「……」
イライラを通り越して殴りたい衝動に駆られたが、殴り返されそうなので止めておこう。いや、本人にしそうな雰囲気あるからこの人。
笑い終えた友梨さんは目の涙を拭くと深呼吸をした。
「やっぱり他人をおちょくるのは面白いねぇ!」
「!?」
おちょくる? は? えっ、はい?
なに? じゃあさっきまでの無駄な質問攻めって、何だったの? 待って、脳の処理が追いつかない。て事は何か? 遊ばれてたの私?
「いやね、樹が心配だったんだけど史花ちゃんの話が聞こえてね、聞いてたら史花ちゃんが余りにもキャラが可笑しくてずーっと聴いててね、とりあえず暇だしおちょくってみよっかなって」
「あなた正気ですか!? 弟がゾンビに囲まれてるのにおちょくるって、暇って!? 頭大丈夫ですか!?」
言ってしまった。思わず、本当に無意識。でも言い過ぎた気はしない。本当に頭大丈夫かこの人は?
友梨さんは首を傾けて目を瞑った。ストンと膝に顔を落とし両腕でギュッと膝を抱えると、
「ん……駄目、かな」
その声にさっきまでの元気な威勢は無く、声は震え、再び鼻をすすり始めた。友梨さんはそのまま話を続けた。
「だって……何したら良いか、分かんないんだよ。夫も無くして、親が生きてるかも分からない。今度は樹が命の危険に晒されてる。でも、助けようと外覗いたら……足がガクガク震えて。怖くて。何にも出来なくて」
友梨さんはそのまま泣き出してしまった。静かに声を押し殺して無く友梨さんに私は誤った。
「すみませんでした」
「うーんうん、謝るのは私だよ。怖いのを誤魔化すために利用して、希美ちゃんとの事をネタにして。最低だよね」
「え……いや、あの」
正直に言うと、言っちゃ悪いけど、この人面倒くさい。今までの会話を頭の中で整理して、この人に意図が無かった事も考慮すると……。
構って欲しかっただけ?
だとするとこのおかしな会話も、理解出来てきてくる。多分樹が心配で部屋から出て一人で泣いてる所に私の声が聞こえて、泣いてるのを誤魔化そうとして、私にちょっかい出したは良いけど、「頭大丈夫ですか」と言われて自分がおかしいと自覚して。
ますます何て言ってあげたら良いか分からなくなってきたぞ。どうしよう。間を開けたら気不味くなる。年齢の問題はこの際省いて接してみよう。
「友梨さん、樹が心配ですよね?」
「当たり前でしょ!?」
目を見開いて物凄い睨まれた。き……キレられても。さっき暇つぶししてたの誰ですか。
「じゃあ助ける方法を考えましょうよ。それに貴女の弟はゾンビオタクですよ?」
「……え?」
「この日の為に映画見まくってきたと言っても過言ではありません。早く宮元さんと作戦を練りましょう。あの二人もしかしたら脱出する作戦でも考えてニヤニヤしてるかも知れないですよ!」
「……え」
最後の方はちょっとおかしかったが、これ以上の言葉は私の頭じゃ思いつかない。早く下に行って宮元さんと作戦を練った方が絶対良い。ガラスが割れたら元も子もないのだ。時間が無い。
「……うん。ごめんね。なんか、本当に」
友梨さんは涙を拭うと私に頭を下げた。でも何故だろう。声のトーンと表情からして私に対して、申し訳ないとか思ってる気がする。
「と、とりあえず早く下に行きましょう」
私は美乃梨ちゃんと希美ちゃんを呼び一階に降りた。友梨さんの表情はあまり変わらず、階段を踏み外しそうになったりと危なかった。多分何にも解決出来て無い。話を聞くだけ聞いて私は宮元さんに全部任せる事にした。元々、相談事を聞いたりするのに私は慣れていないのだ。
「んむっ!?」
「え、宮もっ!?」
「っ!?」
階段を降り宮元さんに声を掛けようとした瞬間、口元を怘に凄い勢いで塞がれた。額に汗を掻き小さくセーフと言っている。
「何がセーっ!?」
「静かに!」
喋ろうとしていきなり口を塞がれた為に怘の両手に少し唾液が付いた。怘は嫌そうな顔をしながらも必死で私の口を塞ぐ。正直に息が出来ない。
宮元さんと光梨ちゃんは友梨さんと美乃梨ちゃんを取り押さえて口を塞ぎ、宮元さんが空いた左手で希美ちゃんに「シーッ」と人さし指を立てて喋るなと物凄い焦った顔で訴える。希美ちゃんは自分の両手を口に当て何が起きているのかと、宮元さんに無言で説明を求めた。
宮元さんは掠れる様な小声で答えた。
「窓の外に大群が来てる」




