自宅にて。②
窓を閉めてとりあえず防音の為にダンボールと発泡スチロールを貼り付けていると、日向野怘が降りてきた。
「……おはよ」
これまた随分眠そうな感じで、仕切りに目を擦っている。確か俺より早く寝てたはずだ。という事は六時間以上は寝ている事になる。
「まだ寝足りないのか?」
「ちげーよ。寝過ぎて頭痛い」
「あ、なるほどね」
日向野はペットボトルの水を飲むと大きな欠伸をした。ずっと立たせるのも何なので俺と宮元さんの間に座らせた。ソファーがそんなに大きくない為ちょっと狭い。
「何話してたんだ?」
「ゾンビの特性とか窓の開け閉め」
「ふーん」
ふたたび欠伸をすると日向野は「あっ」と何かに気付いたように俺に言った。
「なぁ、水道ってまだ使えるか?」
「え、使えねーよ?」
「じゃあ残りの水ってどのくらいあるんだ?」
何か嫌な予感がして急いで家にある全てのペットボトルを集める事にした。二リットルや水筒、水の入ってるもの全てをリビングに持ってくる。他の連中は起きて来ないので放っておいた。見つかる限り全てを見つけてきた時、激しい脱力感と後悔の念にかられた。
「……このままじゃ一ヶ月も持たねぇじゃんか。あぁ……クソッ。風呂場とかに水溜めとけば良かった……あぁ」
あの日から自分が何をして来たのか。何もしてない。一番肝心な一週目を俺は、段ボールと発泡スチロールで防音対策してニヤニヤしたり、双眼鏡でゾンビを観察したり、映画と比べながらちょびちょび水を飲んだりしてただけで、生き残る為に大事な事を考えてなかった。
「と、とりあえず何か良い案考えよう! 水だけじゃなくて食べ物もそんなに無かったりするし……ね?」
気まづい雰囲気を何とかしようとしたのか、坂口が立ち上がった。坂口の言う通り、食い物も全然無いのだ。人数が多いのが一番の原因なのだが、このままだと長くても一ヶ月。餓死するのに一週間とちょっとだろう。せめて水だけでも確保しなくちゃいけない。ここから川までは歩いて三十分くらいだ。しかも大通りを越えなくちゃいけない。危険すぎる。何かやってない事があるはずだ。
「……死ぬんですか? 私達」
「希美ちゃん!?」
見れば何時の間にか降りて来ていた扇希美が廊下に座り込んでいた。鼻を捩り、姉貴に借りたのだろうパジャマの袖で涙を拭う。姉貴と坂口が駆け寄り落ち着かせる。
「……もう終わりだぁ。死にたくないよぉ」
「ほらほら鼻水出てるよ。とりあえず鼻かんで」
「希美ちゃん大丈夫だよ。今すぐ死ぬ訳じゃないんだし! それにコンビニとか探せばまだ何かあるかもしれないし!」
コンビニはとっくに空だ。残ってるものといえば雑誌くらいだろう。
こんなに大事な事を忘れていたんだ。何かもっと大事な事を見落としててもおかしくない。
なんだ、何か忘れてる。
すっごい簡単な事……何だ。
なんかこう、普通に……。
ホームセンター、コンビニ、自宅、笹木の家、学校。他にあるとすればスーパーに……他に何か近所に……。
ん? ……近所に。
「隣の家ってさ、誰か居るのかな?」
「「「……」」」
みんな俺の意見に互いの顔を見合わせた。そして口を大きく開けて、
「「「それだ!!」」」
と言った。
直ぐに準備は始まった。まずは武器。室内にゾンビがいた場合に包丁二つと木刀。包丁は日向野と椿。木刀は宮元さんだ。因みに包丁を無駄にしたく無いので俺はビニール傘を使う事にした。軽いし突き刺せるし盾にもなる優れ物だ。多分。
姉貴、坂口、笹木、日向野光梨、扇はうちのベランダ、玄関で逃げ道の確保。
「てか、生きてたらどうする?」
「え、それは無いんじゃないかな? 生きてたら僕らが居るのに直ぐ気付いて、何かしらコンタクトを取ろうとすると思うんだけど」
「良かったぁ」
「何で?」
「いや、これ以上殺す嫌なんですよ。ゾンビ入れたら何人殺したか分からないんですけどね」
「そりゃ僕だって同じだよ」
椿と宮元さんが何やら恐ろしい会話をしている気がした。聞こえない聞こえない。
とりあえず今は目の前の問題に集中だ。この問題が今月中に改善出来なければ俺たちは死ぬしかない。
ベランダと窓から安全確認をして外に出た。念の為、ベランダが付いてる側にある家に入る事にした。うちと同じ位の大きさの二階建てで、こちら側にベランダが付いてるので、連絡が取りやすい。
「阿部さんちかぁ。樹は面識あったっけ?」
「んー、見かけても阿部さん何もして来ないから」
「私もあんまし無いんだよねぇ」
姉貴に言われて顔を思い出してみる。学校帰りに見かけたり、窓から見かけたりした事はあるけれど、話した事は全く無い。
五十後半の女性で確か旦那さんも居る。子供は見た事無いからもしかしたら、成人してるか居ないのかもしれない。
椿がドアに手を掛け、宮元さんが反対側に構える。初めて見る本格的な突入? っぽいのにどうしたら良いか分からず俺たちは道路を警戒していた。予行演習も無しに出来るわけが無い。椿が出来るオタクなだけである。多分。
ガチャリと音がして玄関が開いた。何と鍵は掛かっていなかった。宮元さんが中に入り椿も後に続く。俺は逃げ道として玄関を開けっ放しにする為に外から抑えていることにした。
道路では日向野がうちの玄関から出て来た姉貴と手を振ったりしていた。出て来たら意味無くね?
玄関では宮元さんが土足で中に入り木刀でフローリングの床をコンコンと、二回叩いた。
ガタンッ! バタバタバタバタ! っと奥で音が聞こえた。玄関から真っ直ぐ伸びる廊下の突き当たりにある居間から、ゾンビが待ってましたと言わんばかりの勢いで飛び出してきたのだ。俺や椿はそれにビビり「うをっ!?」と声を出した。
宮元さんはゾンビの口に木刀をグサリと突き刺すとそのまま壁に叩きつける。
今度は階段からバタバタとゾンビが転がり落ちて来た。宮元さんの直ぐそばまで落ちると口を大きく開けて這い寄ってきた。
「あ”ぁぁぁ」
宮元さんは最初のゾンビから木刀を抜き素早く頭に振り下ろした。バン! と床に当たる音と共にゾンビの頭に木刀はめり込んだ。やはりゾンビの骨は脆くなっているようだ。
「まずい、さすがに木刀がもう折れそうになってきた」
「「え!?」」
俺と椿は宮元さんに駆け寄り木刀の所々にビビや凹みがあるのに気付いた。
傘なんかより丈夫な木刀を失うのは痛い。どうにかならないのか。
「ちょっと乱暴に使い過ぎてたな。……せっかくだし、武器なりそうな物が無いか探してみよう」
そう言うと宮元さんは床をコンコンと木刀で叩き、もうゾンビが居ないと確認すると中に入った。それに俺、椿、日向野が続く。ここの玄関で姉貴に待機してもらい、家の玄関に笹木。二階には扇と日向野光梨が待機。
距離的にも何かあればすぐに駆け付けるか、逃げられるので多分心配はない。何かあったらそいつはアウトだし、群れでも来たら家でやり過ごすしかない。
階段に倒れているゾンビと目が合った。出来るだけ考えないようにしていたが、無理だった。
そのゾンビは紛れもなく阿部さん本人であり、おそらくもう一体は旦那さん。話した事も無いが、学校とはまた違った日常に存在していたはずの、ただ見かけるだけの人でも、死体を見ると胸が苦しくなった。その目は虚ろでもちろん死んでるが、見つめてると何時もの阿部さんが脳裏に浮かんでくる。
「樹? どうかしたか?」
後ろに居た日向野が声を掛けてくる。心配してくれているのか、「外居るか?」と言ってくれた。でも俺は何と無く断った。
「ゾンビが近くで見れると興奮すんじゃん? ついつい」
「……さっさと歩けゾンビオタク」




