脱出と再開
ゾンビの声も相変わらずで心地のいい朝が懐かしい。ほんと、土日のグータラ生活に戻りたい。
今日はホームセンターから脱出し姉貴や坂口たちと合流するということになっている。顔の腫れは紫色になり痛みはもうない。代わりに切り傷が痒く膿んでしまわないように薬局の消毒液をかけて絆創膏を貼っている。
あの中年たちはあれきり何もしてくることはなくただこちらを睨みつけたりするばかり。問題を起こして追放されることを恐れているのだろう。
ここから無事に出る条件として自衛隊に救助を要請してこいという事だったが、この騒ぎが始まってから俺は自衛隊なんてヘリしか見てない。姉貴の話だと自衛隊はバリケード張って道塞いでどーのこーの。
俺達の荷物は宮元さんが大きめのエナメルバッグ。これは小さなスポーツ用品売り場にあったものだ。俺と椿が大きめのリュックサック。散乱していた物を拝借した。笹木は小さいリュックサックに地図と水を入れた。これも散乱していたものだ。
昼頃、屋上に上がり降りる準備が出来た。何人かが見送りに来ている。その中にはあの中年共も居た。こっちを睨んでいるが今は無視だ。
「合図で一気に行けよ?」
「分かりました」
屋上で司会の男がロケット花火を二発、俺たちの反対側に発射した。ゾンビ共は音に釣られて遠くに移動していく。すぐに縄跳びのロープで一人づつ下に降りた。周りのゾンビ何体かは俺たちに気付き寄って来たが、無視して全力で駐車場を元来た道に沿って走った。
「おい何をする!?」
「松田の仇だぁ!!」
その声に気付いた時には既に遅かった。俺達のすぐ後ろでロケット花火が炸裂したのだ。音は威力も音も大した事は無いが、ゾンビを引きつけるには十分過ぎる。
「走れ走れ走れ!!」
宮元さんが一番後ろにつき俺を先頭に全力で走った。近付いてくるゾンビをスルスルと交わしながら駐車場の出口、元来た道を目指した。
「きゃ!!」
「危ない!!」
後ろで笹木がゾンビに腕を掴まれた。椿が荷物の入ったバッグでゾンビの頭を殴り引っぺがす。俺は笹木の腕をすぐに確認した。幸い引っ掻かれた後も無く無傷だった。宮元さんが俺達に追いつきゾンビの頭を後ろから木刀で殴った。
「やばいやばいやばい! 走れー!!」
立ち止まった俺達の周りはあっという間にゾンビだらけになってしまい、いちいち相手をせず宮元さんが持ってるエナメルバッグを振り回してゾンビ共を五体ほど押し倒した。
ゾンビとの距離はわずか二メートル。息を切らしながら出口にたどり着いたが振り返るとゾンビの群れが俺達のすぐ近くまで来ていた。屋上では俺達に向けて花火を撃った中年がボコボコにされていた。
ホームセンターに来た時と同じ道を進んで行くと死体を幾つか発見した。どれも頭を割られていて見るも無残な状態だ。その中に知ってる顔があった。
「鈴木さん?」
鈴木さんの遺体は首に包丁が刺さっていて所々に刺し傷があった。右肩に食い千切られた様な痕がある。噛まれてゾンビになった所を誰かが殺したのだろう。
「何かあったんだ。急ごう」
宮元さんに言われ再び走り出した。少し不思議だった。みんな知り合いのはずの鈴木さんが死んでいるのにあまり気にしていないのだ。俺もだが、自然と自分さえ生きていれば良いと思い始めているのかも知れない。単に疲れてるだけかも知れないが一応心の中では手を合わせた。
後ろを振り返ると遠くにゾンビの集団が見える。まだ追って来ている様だ。
それからひたすら走り続けて学校の近くのコンビニまで辿り着いた。俺達が去った時のままだ。再び後ろを振り返った。
「もう追って来てないですね」
「みんな疲れてるだろうけど急ごう。何かあったのは間違いない」
「はぁはぁはぁ……少し歩きませんか?」
笹木はしゃがみ込み息を切らして今にも吐きそうだ。それもそのはず、ここまでほとんどノンストップで全力疾走して来たのだ。俺も頭が痛い。宮元さんはまだ走れそうだ。椿も膝に手を当て中腰になっている。
「分かったごめん。少し休憩しよう」
「あ”ぁぁ」
「やっぱり歩こう。囲まれると厄介だ」
さっきの群れとは関係ないであろゾンビが一体こちらへ向かって来る。宮元さんがゾンビを突き飛ばし転ばせた。仰向けに転んだゾンビの頭を思い切り蹴り飛ばした。するとゾンビは動かなくなった。どうやら骨が相当脆いらしい。
周りを警戒しながら出来る限りゾンビに出くわさないように進んで行くとあっという間に俺の家に着いた。家の塀にゾンビが一体もたれ掛かって動かなくなっている。誰かが始末したのだろう。
ドアを開けようとするとガチャッと音がした。鍵が掛けてある。姉貴も確か鍵を持っていたので恐らく中にいるのだろう。あえて軽く二回ノックすると二階の窓が開く音がした。
「樹……良かった無事で。その傷どうしたの?」
「後で説明するよ」
身体中にどっと疲れが出て来た。凄く怖かった。小さい頃嫌いなタイプの映画にあったのだ。鍵を開けて中に入ったら家族がゾンビ化して襲いかかってくる。だからあえてノックした。本当に良かった。やっぱり映画の様になるとは限らないらしい。
「美乃梨ちゃん無事で良かったー!!」
「なんだよ。俺達も無事何すけど」
ドアを開けた坂口が笹木に抱きついて大喜びしている。俺にも抱きついてくれたって良いじゃん。
「樹ー!!」
「痛い痛いマジ痛いっ!!」
何時の間にか二階から降りてきた姉貴に抱き着かれた。顔面を強く抱き締められたせいで痣がじんじんして痛い。抱きついてくれたのは良いし心配してくれたのも嬉しいが、めちゃくちゃ痛い。ようやく離れた姉貴に荷物を渡してリビングに上がった。すると今度は日向野が出て来た。
「無事で良かった」
「無事で良かった」
「あぁ。そっちも無事で良かった」
日向野は本当に心配してくれたらしく軽く握手をした。光梨に関しては何か兄の言葉を棒読みで反復してるだけなので、全然心配してくれなかったらしい。
「無事で良かったです。あの上がらせてもらってます」
「あ、うん。全然良いよ良いよ」
扇希美だ。服は姉貴のピンクのパーカーと黒いジャージを着ていた。そういえばこの子の存在を忘れていた。
ん? という事はいちにいさん……今九人もこの家に居るのか。どうりで狭いわけだ。
荷物を降ろして一口水を飲む。全員リビングに集まってる所で女性陣からの質問攻めにあった。全部、あの後ホームセンターで何があったかだった。
あった事をそのまま話した。脱走しようとした時見つかった事、俺と椿がボコボコにされ、椿が俺を助けようと人を殺した事、出る時に花火を使われ死にそうになった事。それを聞いて真っ先に姉貴が口を開いた。
「サイッテー。何なのそのオヤジ共、私が居たらブン殴ってやったのに。樹顔の傷大丈夫なの?」
「あぁ大丈夫だよ。てか大丈夫かなこれ。黄色くなったりしてない? なんか痒いんだけど」
「どれどれ。あー、このくらいならしばらくすれば治るね。かいたら酷くなるから気をつけな。なんだ大した事無いじゃん」
「なんだよ、めっちゃ痛かったんだぞ? もっと心配してくれても良いじゃんか」
俺の反応が幼稚で受けたのかみんな吹き出した。酷い。
「ちょっと良いかな?」
宮元さんが手を挙げた。
「外に鈴木さんの遺体があったけど何があったんだい? 家の前にも一体あったけど怪我とかしてないかい?」
少し明るかったリビングの空気は一瞬で変わった。この世界で笑えるなんて滅多に無いだろう。久しぶりに少しでも笑ったり再開を喜んだり出来たせいで、ちょっと安心していたのだ。
深呼吸してあの後の事を姉貴が話し始めた。




