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無自覚

「みんな聴いて欲しい。この間外から来た新入り方なんだが、みんなには秘密でやってもらってた事があるんだ」



 夜、会議をする為休憩所に全員を呼び出した。もちろんその中には俺を襲った中年共も居た。さっきからこちらを睨み付けている。



「以前から言っていた脱出の件なんだが、新入り達が一番実戦経験が多いって事で先に外に出て助けを呼んでもらおうとしたんだが、俺のミスだ。秘密にした所為で誤解を生んでしまった。申し訳ありません」



 司会の男は俺達と集まったみんなに頭を下げ謝罪した。

 これは司会の男の作戦である。ボコボコにされた後、外に先に出ている坂口達の事を上手く利用し、混乱を避ける為に秘密に助けを呼びに行かせたのは自分だと主張して謝罪する。ほとんどの人は司会の男が良い人だと信用しているので納得してくれるはずだと言うことで俺達もお願いした。中年共も大人数がそれで納得してしまえば少なくとも今夜は手を出せない。



「そして提案です。彼らによるとラジオで東京はレッドゾーンと呼ばれる危険地帯になっていると聞きました。ですが外の奴らは群れて行動しています。ここからあまり離れていない所に荒川があります。そこの土手を歩き埼玉の方まで自衛隊を呼びに行くのです。既に外に出て助けを呼びに行っている新入り達がいます。子供もいます」

「子供も行かせたのか!?」

「危険地帯って……」

「埼玉に自衛隊が居る保証があるのか!!」



 うるさくなり始めた人達に必死に頭を下げ謝罪をし、ようやく静かになった所で話は再開する。



「朝霞に自衛隊の駐屯地があります。ここからどんなに遅くても3〜4日で付ける距離です。アレに邪魔されることを考えてもたった一週間で付けるはずです。それに先月は自衛隊のヘリがまだこの辺りを飛び交ってましたしラジオによると埼玉は安全な地帯らしいです。もうこれに賭けるしかありません。ガラスが割れる前に何としても自衛隊を見つけて貰わねばなりません」



 司会の男は誰からも反論が無いのを確認し俺達に向き直り深々と頭を下げ「お願いします」と言った。作戦通りに上手く話は通ったので俺達もOKを出した。


 食料も最低限持たせてくれるし武器も貰える。

 だが責任は重くなってしまった。ここの人を騙すのに変わり無いが司会の男の条件は、自分達の為に救助を要請して欲しいという事だった。もうこのホームセンターに残された食料とガラスの状態では長くは持たない。仲間割れを起こす前に少しでも希望が無ければ纏められない。命の恩人でもあるし俺もまだ常識とか人情はある。

 ただ同時に俺をボコボコにした連中も助けなくちゃいけなくなったのが不満だった。



 割れそうなガラスはガムテープとベニヤ板を使い更に補強し、いつ割れても逃げられるように二階へ荷物の移動を始めた。食料は司会の男が制限して分けていたのでまだ1カ月は持ちそうな量である。動かなくなったエスカレーターが上り降り一つづつの為、1階の商品棚などを積み重ねバリケードを作り 全員基本的に2階で生活する事になった。もちろん俺達も手伝った。

 2階は100均や工具等があり武器には困らない。坂口達もここの物を持っているはずだ。

 1階からベッドを持ってくる訳には行かず布団だけを移動させバリケードに使えそうな物は工具で分解された。


 ここまで作業が順調に進んでいるのも司会の男への信頼が厚い証拠だ。だが俺をボコボコにした中年達は目が会うたびに舌打ちしてくる。時々背中に殺気を感じるので緊張しっぱなしだ。




「トンカチ、ホルダー、鉄のくい、絆創膏、ライター、マッチ、後は……なんだろ」


 夜になり俺は荷物の準備をしていた。一階と同じくもう電気が無いためロウソクとランタンが灯りになっている。少し暗くて不気味だが一階よりはマシだしゾンビと顔を合わせずに済む。顔の傷は鏡で確認したが青痣になっていてゾンビみたいになっていた。これ治るんかな?


「ん〜、こんな時映画なら。……あーちきしょう! 日本もっと派手なゾンビ映画作ってくれよ!! 外国のじゃ参考になんねーよ!!」

「何独り言言ってんの?」

「え? あ、椿」


 気付くと椿が俺の横に俺の分の食パンを持って立っていた。礼を言いパンを受け取ると椿は横に座り俺の広げた荷物を見て口を開いた。


「まぁ向こうの映画なら銃あるしねぇ。日本じゃ包丁とかが限界じゃない?」

「あ、あぁ。そうだな」


 正直俺は椿が恐ろしかった。中年を一人殺しておいてここに来る前と同じ様に俺と接してくる。普通人を殺したら動揺するんじゃないだろうか。なのに椿は笑顔で俺に話をしながらパンをかじっている。


「ん? どうしたの?」

「え、いや何でも!?」

「あぁ、昼間のね。ごめんね、人殺しだもんね俺」

「あ、いやそんなつもりじゃ」

「良いんだよ。それに人殺したのこれが初めてじゃないんだ」

「え?」


 椿は広げられた荷物の近くに置いてあるランタンをぼーっと見つめた。目の当たりがピクピクと動き下唇を何度も噛んでいる。俺は続きが気になって無言で待った。それに気付いたのか椿は哀しそうに笑うと口を開いた。


「騒ぎが始まった頃なんだけど、食料調達の為にコンビニ漁りに行ったんだ。うちの周りは何故か人もゾンビも居なかったから楽に行けたんだ。缶詰めとか見つけて帰り道に小さな雑貨店を覗いたんだ。そしたらさ、いきなり中から悲鳴が聞こえたから店の奥に入ったんだ。ゾンビが一体いて女の子を襲ってた。助けようとして持ってた包丁でゾンビを刺しまくったんだけど、全然効かなくて目の前で女の子の首に噛み付いて返り血がすっごい飛んだ。混乱してゾンビの首を思いっきり刺したらやっと動かなくなってすぐにその子を助けてとりあえずその場に寝かせたんだけど、首からピューって血が出ててゲホゲホ咳してたからもう駄目だって思った。そしたらさ……うっぶ」

「大丈夫か? 無理しなくても」


 椿は口に手を当て吐きそうになっていた。背中をさすると椿は「いい」と言って話を続けた。


「その子が泣きながら俺に「殺して」って頼むんだ。もう助からないからいっそ殺してって頼むんだ。人殺しなんてたくないけど、その時は殺さない方がよっぽど酷いと思ったんだ。でもどうやったら楽に死ねるかなんて分からないじゃないか。首を思いっきり切ったら叫んで……まだ生きてるんだ。だから今度は喉仏を刺した。やっと死なせられたけど、思ったんだ。これじゃ殺しても殺さなくても変わらなかったって」


「ごめん……そんな事知らずに」

 そんな事があった後に俺は椿にゾンビ映画を見せてひたすら語っていたのか。こんなにあの時の自分を殺してやりたいなんて思った事はない。最低だ。よく考えたら坂口だって学校で人が死ぬのを見てるのに俺は映画を見せたんだ。いくらフィクションでも思い出させてしまっただろう。なんて最低なんだ俺は。


「でも噛まれたんだよ? その後はお決まりだよ」

「え?」

「その場を後にしようとしたら後ろから殺した女の子が襲いかかって来たんだ。それを躱して迷わず今度は目を刺したよ。そしたら骨に触れてゴリゴリって感触がして倒れた。起き上がろうとしたから首をよこに思いっきり切り裂いたよ。そしたら死んだ。多分俺はもう普通じゃないから。だってその時は泣きもせず多分ゾンビを初めて殺して喜んでた。俺はイかれてる」

「そんな事ないだろ!! だって今まで普通だったし、それに日向野の妹とも仲良くしてたじゃん! それに姉貴を助けてくれたのは椿だろ?そんな自分を普通じゃないとか言うなよ」

「……うん。いきなりこんな話ゴメンな」

「悪いのは俺だから謝るなよ。とりあえず今は明日の準備しようぜ!」


 何でもっと気の利いたことを言えないのだろう俺は。聴いただけで事実くらいしか頭に浮かばなかった俺は話を逸らし、荷物の準備を再開した。

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