崩壊
「どーすんだよ! このままじゃ割れちまうぞ!!」
「そーだそーだ! どーにかしろー!」
「あぁ神様神様ぁ……」
「どっからでも掛かって来いやぁ!!」
「死にたくねぇ。こ、こんな所で死んでたまるかよぉ……」
司会の男にあれこれ言う若者や老人、恐怖で頭がいかれたのか叫ぶ者、蹲って泣き出す者と見事なまでに大混乱。あれだけ統率されてたのにこんなに簡単に……。
「ま、待ってくれ! 今作戦をーー」
司会の男も自分に全て任され焦り始めている。俺は騒いでいる連中から出来るだけ見えないように、自分のバッグや食料、武器になりそうな包丁を集めて屋上入り口の階段に置く作業をしていた。
もしもガラスが割れたら10分くらいで1階2階は全滅するだろうし、屋上に立てこもるならそれなりに準備も必要だ。
「ちょっと、何してんの?」
「げっ」
「げっ、はないでしょ。逃げる準備?」
小声で話しかけてきたのは姉貴だった。どうやらこの空気に嫌気がさして逃げてきたらしい。ちょうどいい、姉貴にも手伝わせよう。
「そうだよ。姉貴も自分の荷物取って来て。出来るだけこっそりな」
「わかった。他のみんなにも声掛けてくる」
「あっちょ……バレたらやべぇぞ」
最後まで聞かずに姉貴は走っていってしまった。ホントは姉貴と宮元さんくらいで良いと思ってたけどこうなっては仕方がないな。残りのインスタント食品をいくつか頂戴してバッグに詰めた。念のために花火も詰める。パンパンにならない程度に詰め込んで再び階段に置きに行く。
「……な、何してるんですか?」
「!?」
振り返るとここに来た初日の夜に出会った女の子がいた。
「な、なんで食べ物入れてるんですか? ……逃げるんですか?」
「あっ、いやこれは!」
「私……うむぉっ!?」
いきなり女の子の口を何かが塞いだ。
「これ口塞いだ方が良いパターンかな?」
背後から姉貴が女の子は口を塞いだ。姉貴の後ろから坂口や宮元さんが出てくる。
「姉貴、やる前に聞けよ。別にどうせバレるだろうしさ。離してあげて」
「うぅ……なんか悪い事したかな私」
そう言って姉貴は眉を寄せると女の子を離した。
「わ、私……誰にも言いませんよ? でも私も連れて行って下さい!」
「え、でも死ぬかもよ?」
「どうせここに居ても死にます! だ、だから、とにかく逃げたいんです! 死にたくないんです!」
本音ダダ漏れだなおい。
女の子は半泣きになりながら必死に訴えてくる。こんな時大人に対応とか俺には出来ない。ので、宮元さんをガン見して助けを求めた。俺の視線に気付いた宮元さんは女の子に近寄って中腰になった。
「君、家族は?」
「……外に居ます。多分窓の辺りに」
「すまない。ここより外は危険だし君を守れるかは正直保証できない。それでも良いのかい?」
「……はい。死にたく無いんです……お願いします。死にたく無いんです」
溢れる涙を必死に制服の袖で拭う女の子に坂口がハンカチを貸す。
「名前は?」
「お、扇希美です」
「よろしくね希美ちゃん! 私は坂口史花! 史花って呼んでね」
「は、はい」
俺はこいつのフレンドリーな所は長所だと思ってたが、最近合コンとかで男ゲットしようとしてる女に似てると思い始めた。いや、想像だけども。行った事無いし。
俺達は荷物をまとめ終わりどこから脱出するか話し合いを始めた。まず候補に出たのは裏口。ガラス張りの中央部分とは違いドアは一つ、窓もあるのでそこから一気に走る。これには幾つか反対意見が出た。まず、ゾンビがドアの前に居たらそこでアウトなのだ。
二つ目は屋上。これは俺の意見だ。ロープになりそうな物を使い花火でゾンビを誘導してその隙に降りるのだ。もちろんかなり危険だ。だが特に反対意見が無いのでとりあえず試す事になった。
屋上出ると一人だけ見張りが居た。鈴木さんだった。どうやら俺達と考えていた事は同じらしく、既にロープを準備して降りようか迷っている最中だ。しかもロープはゴムの縄跳びを幾つか結んだものだ。
「あ、警察の……それに君達も」
「鈴木さんも脱出するんですか?」
「あぁ。こんなとこ早くおさらばしたいんだけどね。下にゾンビがうじゃうじゃ居るから降りにくいんだよ」
下を見てみるとゾンビが補強したガラスに集中して移動していた。もしかしたら人間を感知してるのかも知れない。それか単に目が見えているか鼻が効くのだろうか。
「あの、宮元さん。これ使えないっすかね?」
椿が宮元さんに花火を取り出して言った。
「どうするんだい?」
「役が多分2人くらい必要なんですが、花火を幾つか使ってゾンビにこちらの存在を気付かせるんです。そのまま誘導してゾンビが減った所で一気に降りるんです」
「なるほど。花火は僕がやろう。よし、早速試してみよう」
え、さっき俺が出した意見だよなそれ。
宮元さんはライターで花火に火をつけバチバチと音を立てながらゾンビに向かって叫ぶ。使ってるのは普通の棒のタイプだ。
叫ぶなら別に花火要らないんじゃないか?
「お! ゾンビがどんどん集まってきましたね!」
鈴木さんが縄跳びのロープを持ってはしゃぎ出す。
エアコンか何かの大きな機械にロープを結びつけ、引っ張っても切れないか確認してから下にロープを降ろした。ゾンビは全て宮元さんの方に行ってしまい、一番近くに居るのも距離がある。遂に脱出だ。
「よし、まず俺から降りる」
鈴木さんがロープを掴み降り始める。途中には縄跳びの持ち手部分があるので滑り落ちる事は無く、楽々降りられた。
下に降りた鈴木さんは周りを確認しこちらに向かってグーっと親指を立てる。
続いて姉貴、坂口、日向野兄妹が降りた。降りた面々は忍び足でホームセンターから離れる。向かってるのは、ここに来た時に来た道だ。
順場は適当なので残ってる椿達に譲ってもらい俺が降りようとしたその時、恐れていた事態が起きた。
「なんか声がすると思ったら……おいお前ら!! それは俺たちの食いもんだぞ!!」
「盗っ人ががぁ!!」
「待ちやがれこの野郎!!」
ドアを開けて中年のオヤジ二人と若い男一人が俺と椿に襲いかかってきたのだ。すかさず宮元さんが俺達の前に立ち若い男の顔を殴った。だが中年オヤジの一人が宮元さんにしがみつき、そのままゾンビがうじゃうじゃ居る下に突き落とそうとする。
もう一人の男が宮元さんの加勢に加わり宮元さんはぐんぐん押されて落ちそうになっていた。
俺は宮元さんを助ける為すぐに中年の背中に蹴りを入れた。続いて椿も蹴りを入れる。だが怯みもせず、寧ろ余計に気を立たせてしまい宮元さんから離れ俺達に標的を変えた。
「何すんだゴラァァア!!」
「ゴハッッッ!?」
視界が激しく揺れたかと思うと今度は何故か地面に強く倒れた。じんじんと顔面に痛みが。どうやら俺は殴られて倒れたみたいだ。誰かに顔面を殴られるなんて人生初だ。
「ガハッ!! うぅ……グヘッッッ!?」
椿が腹に蹴りを入れられ痛みで伏せた所を、上から背中に蹴りが。
「てめぇらよくも蹴りやがったな!? 助けてやったのにこの野郎!!」
「うがぁッ!」
今度は倒れた俺の脇腹に蹴りを入れてきた。今度ははっきりと骨なズキズキ痛みを感じる。余りの痛みに吐きそうになり口に手を当てるが、今度は顔に思いっきり蹴りが飛んできた。
「あぁぁッ!! 痛い痛い痛い痛い痛いっ!!!! うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!」
痛すぎて何が何だか分からなくなって来た。顔に手を当てるが痛みは治る筈もなく血だらけになった手で余計に頭が混乱した。
「へっ、自業自得だろーが。おい、いつまで寝てやがるしっかりしろ!」
中年が俺から離れ、伸びている若い男を起こす。
血で目が霞んでよく見えない。顔面の痛みは収まって来たが凄く熱い。腫れてきた様だ。
「二人とも!! このぉ!!」
宮元さんも必死にこちらを助けようとするが相手の中年はかなり手強い。中々こちらに向かわせてくれない。
「おい! アンタら何やってんだよ!」
ドアから別の若い男達が入って来た。男達に俺を蹴った中年が叫んだ。
「こいつら俺らの食いもん盗みやがったんだ!! お前らも加勢しろ!!」
「い、幾ら何でもやり過ぎじゃ」
「うるせぇーボケが!!」
中年が俺に再び俺の横に立ち、俺の頭に足を乗せグリグリと地面に押し付ける。手で足を引き剥がそうとするが力が入らない。中年は頭に血が上り過ぎているのか顔が真っ赤だった。
どうやら俺の顔にまた蹴りを入れるらしい。
「ヘッヘッヘ。俺を怒らせたんだからな。この野郎!! ぐへぁッッッ!?」
血で霞んでいてもはっきりと見えた。中年は倒れ、後ろにはナイフを持った椿が居た。
「……クズ」




