強運の持ち主
遅くなりました!
あれからもう1ヶ月近く経つ。
ゾンビが現れ街をめちゃくちゃにしてから俺たちは互いの家を行き来し、最終的には食料がいちばん残っている俺の家に住む事になった。坂口と笹木の家の周りにはゾンビの群れが居ることが多かったので、二人の家には行っていない。その事については気にしていない様だ。
現在の同居人は坂口、日向野兄妹、笹木、宮元さん。結局逸れた川口は見つからず、人もいなくなった。何処かにいるのだろうが、全く見かけない。両親も家に帰って来てない。
外に出たら危険という事で最近は外出はしていない。毎日室内で過ごしている。俺は漫画や小説を読み直す。坂口も勝手に漫画を漁り笹木と駄弁る。日向野は妹と雑談。宮元さんは奥さんの写真を眺める日々。
ガスが止まりお湯が使えなくなった。水が止まってないのが唯一の救いだがいつ止まってしまうか分からない。
もうさすがに限界だ。ストレスが爆発する。
「外でも眺めるかぁ。坂口、双眼鏡どこやった? てか返せよ」
「ん? 確かー、えーっと」
そう言いながら坂口は自分の荷物の周りをゴソゴソと探し回る。
ちなみにここは俺の部屋だ。何故こいつの荷物が俺の部屋にあり何故当たり前の様に俺のベッドが占領されているかはご想像にお任せするとして、人の双眼鏡を私物化するのは酷くない? これ以上俺から何を奪う気なの? 本棚もスカスカなんだけど。
「あ、あったあった。ハイ」
「おう、さんきゅ」
外を眺めると言っても毎日同じ風景だ。ゾンビの群が時々見えたりするだけであとはゴミばかり。
本日の天気は晴れ。小さい雲がいくつか流れており眺めるにはちょうど良いのかもしれない。
東京がめちゃくちゃになっても空は変わってない。最近は異常気象のせいか結構暑い。だがそれでも眺めているだけで辛い事を忘れさせてくれそうなそんな青空が広がっていた。
父さんと母さんはどんな死に方をしたのだろうか。俺は宮元さんに出会ったから助かってるが、武器無しには限界があるだろう。姉貴はどうしているだろうか。夫と死ぬなんて事せずに二人で全力疾走してそうだ。ホントにあり得そうだから少し笑える。
「あれ、おっかしーなぁ? ……なんか姉貴に似てる人がこっちに全力疾走して来るんだけど」
双眼鏡のレンズ越しに確かに映る走る女。肩より下に伸びたブラウンの髪に170ちょっとある背丈。ジーンズに部屋着の様な黄色い生地の長袖。
見れば見るほど見覚えがある様な……。
「え? 樹の姉ってどんなん? 貸して貸して」
坂口が俺から双眼鏡を奪い取り女の方を見る。まだ俺の姉と決まった訳じゃ無いが、久しぶりに人を見た所為か、俺も坂口も少々興奮気味だ。
「ほほーう。あれが姉貴さんかぁ〜。綺麗な人だね。ん? なんかあれ追われてない?」
「は? ちょっと返せ!」
俺は坂口から双眼鏡を奪い取り女の後ろの方を確認する。ふにゃふにゃ踊る様に動く黒い影が3体。ゾンビだ。しかも走るタイプの様でかなり早い。
念のためもう一度確認の為に女の顔をよく見る。やっぱり姉貴だった。
居ても立っても居られなくなった俺は部屋を飛び出して1階へ降りた。リビングを通り過ぎると宮元さんと日向野兄妹が出てきた。
何か言っていた様だがそんな事は今の俺の耳に入らなかった。無我夢中で玄関を飛び出す。実の姉が生きていたのだ。じっとしていられるわけない。
「姉貴ーーー!!!!」
見ると姉貴は転んでしまいゾンビに今にも襲われそうになっていた。玄関からそこまでの距離はおよそ30m。とても間に合わない。それでも姉貴を呼び続けて全力で走った。
「姉貴ーーーっ!! 逃げろーーーっ!!!!」
「樹!? 良かった生きて……ダメ!! 来ないでぇぇえ!! ひっ!?」
「あ"ぁぁぁぁぁぁ!!」
ゾンビが姉貴に飛びかかる。それを蹴り飛ばし必死の抵抗をするが3体の攻撃を交わし切れるはずがない。まだ距離は15mはある。
もう駄目だと諦めてしまいそうになった。
「はッ!!」
「あ"ぁぁ!!」
だが奇跡が起きた。誰だか分からないがフードを深く被った俺と同い年くらいの少年が姉貴に飛びかかろうとしていたゾンビのうなじに包丁を深く突き刺した。包丁は貫通し喉に先端が見えている。それを捻じり思い切り引き抜くと血が噴き出た。
「1KILLっと」
少年はそう言った。1KILL、戦争ゲームやゾンビゲームで相手を殺す時に使われる言葉だ。
ゾンビ達はフードの少年に振り返り襲いかかる。だがそれを全て交わし姉貴の手を掴んでこっちに走って来た。
ちょうど宮元さんが木刀と包丁を持って来たので一緒に二人を助けに向かう。二人が玄関に着いたところで俺がゾンビを引きつけ後ろから宮元さんが一発で確実に倒して行く。
辺りからゾンビの呻き声が聞こえてくる。急いで家に逃げ帰り玄関を占めた。
「い"づぎぃぃぃぃ!! あ'"い"だがっだよ"ぉぉぉぉ!!」
「ちょっと痛い痛い痛い! ギブギブ!!」
「良かった……本当に。生きてて良かった。良かっだぁぁ」
靴を脱ぐ暇も無く先に家に上がっていた姉貴に抱きつかれた。そこそこある胸で息をしようにも苦しく、首を両腕でがっしり固定され、おまけに飛びかかられた状態なので玄関で人間シャチホコになっていた。人間シャチホコってなんだ。
「リアルにこんな光景初めて見たわ」
「ですね〜、姉に抱かれる弟」
坂口と日向野妹が俺と姉貴を見て軽く引いている様な気がしたので胸元からスルリと脱出する。姉貴も気を使い離れてくれたので玄関から上がる。
リビングに集まりとりあえずみんなに姉貴を紹介する事にしよう。
「えーっと、この人が俺の姉貴です」
「水谷友梨です。弟がお世話になっております。何かやらかしてませんよね?」
「なんもしてねーよ」
姉貴とのこんなやり取りいつ以来だろう。とても懐かしい。
そんな久しぶりの兄妹のやり取りを見て宮元さんがほっこりした顔で見ている。何と無く目を逸らした。
「さっきは本当にありがとう。ねぇ君、そんな隅に居ないで顔見せてよ。ちゃんとお礼させて?」
先ほどのフードの少年が顔を下に向けながら少し礼をした。見れば所々に返り血が固まった跡がある。
「いえ……。あの……困った時は……お互い様です」
決して顔を上げず小さな声で言うと何やら付けているレッグバックをゴソゴソいじり始めた。
「あの、非常食だけど、食べますか?」
「うぉぉぉぉ!! ジャーキー!!」
少年が取り出したのはビーフジャーキーだった。真っ先に反応したのは姉貴だ。姉貴はお酒が大好きな夜遊び女だっただけあっておつまみには詳しい。ビーフジャーキーはほぼ毎日食べていたのを思い出す。
「さっきはありがとね! えいっ! …………!?」
姉貴がビーフジャーキーを受け取りに近寄ったと同時にフードを無理矢理脱がした。その瞬間、全員が言葉を失った。
白髪、赤い目、白い肌。フードを取られた少年は急いでフードを被り直ししゃがみ込んだ。まるで天敵に怯える小動物の様にガクガク震えている。
姉貴を含め一同が「やらかした」と感じた。ただ一人を除いて。
「うっひょーーーっ!! 白髪赤い目!! かっこいい!! 凄い! 凄いよ!! ちょっと触らしてもらっても、い、良いですか!?」
「え、あ、うん、良いけど」
「きゃーーーーっっっ!! 本物だーーー!! うっひょーーーっ!!」
日向野光梨だ。フードを脱がし触りまくる様子はもはや白馬を襲うマントヒヒである。そんなの見た事ないけど。
だが場の雰囲気は良くなった。さっきの怯え様から察するに髪や目の事に関して何か嫌な思いをしたのか、それともこんな状況で唯警戒していただけなのか。
姉貴が日向野光梨に毛繕いされてる少年に土下座する。
「ごめんなさい!!」
「い、いや良いですよ。こちらこそ何かすみませんでした。気にしないでください」
少年は髪を弄られながらも笑顔で姉貴に言った。そこへ坂口が割って入る。
「はい! 光梨ちゃんはそこまで! んじゃ自己紹介どうぞ!」
「椿です。椿飛鳥、一応高2です」
「同い年じゃん! よろしくね! 飛鳥くん!」
「は、はい。よろしく」
坂口と握手をして立ち上がった椿飛鳥は遠慮がちにソファーに腰を下ろす。その隣に日向野光梨が瞬時に現れる。目が椿から離れない。キラキラしてやがる。
以降、坂口が手早く全員を紹介し終えたところで気になっていた事を順に聞く事にした。
「にしてもよく生き残れたな。どこにいたんだ?」
隣のオタクを警戒しながら椿は答えた。
「家にずっと居たんだ。外が静かになってからはホームセンターとかコンビニを見て回ったりしながら今までやってきたんだ」
「やっぱり自宅が一番だよな〜」
「だよね〜」
「何変なとこで意気投合してんのアンタら」
姉貴が何か言っているな。邪魔だ。今同志と会話中なんだよ。
「食べ物ってどのくらい持ってる?」
「あと二週間分はあるよ。レトルトとお菓子。一人分だけどね」
「んー、やっぱり早いうちに食料持って移動した方が良いか。ところでさ、さっき1KILLって言ったよな?」
俺の言葉を聞き何かに気付いたのか頬を赤く染め右手で顔を覆う。「おぉ、本物だぁ!」と隣のオタクが言っていたが今の彼には聞こえていない。
「えっ、あ、いやあれは」
ほほう、やっぱりな。こいつ。
「俺はしっかり聞いていたぜ? 同志よ」
無理矢理な形だが握手をした。これから少しは楽しくなりそうな気がする。
新キャラ出ました。
後々、登場人物紹介に乗せます。




