彼にとって世界は変わってない
2020年、日本は高齢者社会から感染者社会へと変わっていた。
高校二年の夏休みも終わり9月下旬、外に出たくなかった俺はクーラーの効いた部屋でニュースを見ていた。いつもどおりだ。
だが21日。あの日流れたニュースを見て、俺の生活は変わった。
「現在、各地で暴動が起きています。皆さん!本日の外出は避けてください!」
もともと月曜日だったので外出はせずに家でゴロゴロしていた俺には関係の無い話だと思っていた。
あの日、どのTV局でも、『狂犬病蔓延』『謎の伝染病!?」『伝染病拡大中、ウィルス兵器か?』などと騒ぎ立て、『死者が蘇る!』『謎のウィルスにより四国、広島壊滅!?』という内容が新聞の一面を飾ったがもう遅かった。
俺の住む東京にもわずか2~3日で騒ぎが広がり、数日で近所から人が消えた。正確には安全地帯に避難した、の方が正しい。今東京から出る為の大通りは自衛隊が作ったバリケードの所為で進めなくなった車で溢れかえっている。
とりあえず、俺の家の周りはゾンビっぽいのに占領された後も電力は供給されていたため、安全の為にギリギリまで家に引きこもる事にした。非常事態宣言も発令されたが出た頃には聞いてる人なんて既にいなかったと思う。
時々外からうめき声や逃げ遅れた人の悲鳴が聞こえてきたが、俺は絶対外に出なかった。外に出たら俺が家の中に居ると、バレてゾンビが襲ってくるかもしれない。卑怯だって言われるかもしれないが、今生き残るための唯一の方法だ。だから俺は引きこもる。
俺がそうやって生き残る為に必死になっている間も、テレビ局はバリケードを作り、出来るだけ放送を続けていた。途切れ途切れに。
「東京首都は壊滅状態、WHOから、この突然の感染爆発は生物兵器によるものである可能性が高く、現段階では空気感染はしないとの発表がありました。
えー、現在東京、神奈川、愛媛、大阪、京都、奈良はレッドゾーンと呼ばれる危険地帯に指定されてるため、我々も長くはここにとどまれません。
埼玉県、群馬県、栃木県、千葉県はグリーンゾーンと呼ばれる安全地帯になっております。また、東北、北海道は感染者ゼロとの情報が入っており、政府も東北に移されました。
レッドゾーンにいる皆さんは一刻も早くグリーンゾーン、または自衛隊の駐屯基地に避難して下さい!」
「はーい」
テレビを見ながら無気力に一人返事をした。とりあえず家の鍵を全部閉め、荷物の整理を始めた。まとめる程の荷物は元々無いが、ナップサックにスマホや充電器を入れた他、包丁、ナイフなどの武器に使えそうな物をレッグバッグに入れた。こういう時、銃が手に入らないのが日本のある意味悪いところだ。
でも実際、出たところでグリーンゾーンに辿り着ける自信なんて俺には無い。どうせならこのまま家に立て籠って、騒ぎが収まるまで近くのコンビニを漁るとしよう。そうだそれが良いな。
当然だがコンビニはガラガラだった。幸い缶詰はあったので全て家に持って帰った。
そんな感じで俺のサバイバル生活はスタートした訳だが、俺は運が良いのか、ゾンビが近くにいても余り気づかれない事が多い。だから遠出してホームセンターやショッピングモールにも行けた。
ホームセンターでは武器を持った連中が独裁者面して生存者を支配していた。中がかなり広かったので簡単に侵入していろいろ盗む事に成功した。
ショッピングモールは既に誰かが立て籠もっている様だったが、入ったら出してもらえない気がしたので諦めた。
そうして立て籠もりしているうちに、1ヶ月が過ぎた。
ゾンビは多少散らばり、家の周りにあまり姿を現さなくなったが、人もいない。現在ニュースはやっておらず、ラジオで政府や自衛隊、厚生労働省の発表があるだけだ。
さすがに移動するか。ここにいても助けは来なそうだしな。いや、でも1ヶ月間安全に暮らして行けたのだから、正直移動しても危険が増えるだけであまり意味がない。どうせ助けは来ない。俺くらいしかこの辺りに生存者はいなそうだしな。
散歩程度に町を探検したりしたが、人もゾンビもいない。動物もいつからか消えた。まさにゴーストタウンである。
自宅に1ヶ月余り引きこもり、考えていた事があった。
こんな事は人生で中々体験出来るものじゃない。ようは死ななければ良い。食料だってある。
頭がおかしくなってきているのは自分でも何となく分かっていた。今の俺はおそらく正気では無いのだろう。
そしてある日、電気が止まった。おそらく外にあるブレイカーが落ちたのだろう。つまりパソコン、ゲーム、テレビが使えなくなったのだ。暇潰し用品が消えたらおそらくさらに頭がおかしくなる。
俺の住む一軒家には太陽光発電のパネルが着いている。高校生なのに一軒家に住んでるのは、多分俺くらいだろう。
そもそも俺が一人でこんな一軒家に住んでいるのは家族に無理矢理追い出されたのが原因だ。妹の部屋が無いという理由で父方の叔父の家に住まわせてもらう事になったのだ。叔父は仕事で何ヶ月も家に帰らない人なので一人暮らしの様な感じだ。憧れの一軒家だが、素直に喜べない。しかもこんな時一人って結構暇だな。
電気を太陽光に変えるスイッチは何故か外にあるため、二階から家の周りを安全確認する。一階へ降り、静かにお気に入りのスニーカーを履いてゆっくりと、玄関のドアを開ける。外は快晴、音もなく静かだ。
外に出て玄関の横に着いている発電タンクのスイッチをONに切り替える。この時も周りの警戒を怠らないのが生きる為に必要になる。背後からいきなり襲い掛かって来る場合が何度かあった為、必ず周りを見渡す様にした。
玄関に入ろうとした時、何かに見られている気がした。サッと振り向くが何もいない。気にし過ぎたか?
玄関に入りドアを閉める。鍵を全部掛け、二階の部屋に戻り電気を着ける。電気が着く事は確認できたので、直ぐに消す。昼間電気を着けると夜まで持つか分からない。とりあえずスマホの充電だけして、ベランダから双眼鏡で辺りを見回す。このベランダは玄関の前の道路側に着いている為、周りが良く見える。
が、だーれもいない。正直、眺める事にそんなに意味は無いのだ。ただの暇潰しだ。
時計の針が二時を刺す。
夕飯の調達の時間だ。クローゼットを開け、ホームセンターで手に入れた装備を身につける為、半袖とジャージのズボンを脱ぐ。
白くて薄い長袖を着て腕にホームセンターで手に入れた黒い生地に包まれたステンレス性の籠手をはめる。見つけた時は、「何でこんなの売ってんの!?」と、一人で驚いてしまった。
ジーンズを履いて黒いパーカーを着る。最後にセットであった指ぬきグローブをして完成だ。指ぬきグローブをしているのは、滑り止めの役割りがあるのであって、カッコつけてる訳じゃない。ベッドの横にある鏡で身だしなみをチェックする。
いつ見ても変わらない、白髪黒パーカーの肌の白い男が立っている。改めて自分の顔をよく見るが、目つきもそんなに悪くはないと思う。まぁ、俺の見た目を気にする奴がもうこのあたりにはいないからいちいちチェックする必要もないんだけどな。
いつものナップサックとレッグバッグを持ち、外に出る。
雲一つない快晴なので太陽の光が眩しい。昔はこんな快晴の日に外出るなんてあり得なかった。
家の鍵を閉め、道路の方に向き直る。
「行くか、、、」
静かに呟き、俺は道路に出た。
数メートル歩いただけですでに汗だくになりかけていた。だがここで脱いだらゾンビに襲われたとき、籠手があるとはいえ噛み付かれて皮膚が食いちぎられてしまうかもしれない。パーカーなら多少伸びるので噛み付かれても、スルッと抜け出せるのだ。パーカーマジ最高!でも暑い。
もう10月だ。なのに暑い……。
テクテクとコンビニへ向かって歩いていると、途中途中に血や肉片が転がっていた。しかもまだ新しい。つい最近誰か襲われたのか? だとするとこの近くにゾンビ共がいるかもしれないな。
「だから外嫌いなんだよ……」
俺はレッグバックから長包丁を取り出し、周りを警戒しながら歩く。
出来る事なら会いたくない。そう思いながら静かに歩く。




