人は変わる
昨夜は大変だった。笹木の家にはお菓子くらいしか食える物が無い状態で、坂口と日向野光梨が奪い合いをして俺はポテトチップスのカスくらいしか食べてない。
腹はそんなに減ってないがやっぱりカスだけだと……ねぇ。
翌朝、水道がいつ止まるか分からないのでペットボトルや水筒に水を入れた。なので荷物が重い。
まずは笹木の言ったコンビニを見に行き一旦笹木家に帰る。荷物を取り後は俺の家に行く事になった。
準備も整ったので早速出発した。今回は俺、宮元さん、日向野の3人だ。坂口はてっきり着いて来るかと思ったが今回は来ない様だ。
木刀を宮元さん。バッグが俺と日向野。宮元さんの木刀はかなりヤバイ事が昨日分かった。今のところ宮元さん以外は素人なので木刀は宮元さんに任せるのがいちばん良い。
笹木の言ったとおりに道を真っ直ぐ進むと大通りが見えて来た。そこは俺も過去に何回か行った事があった人通りの多い車線4つの道だ。ファストフード店や文房具屋、コンビニが建ち並び活気づいていたと思う。
だが今は違った。
「こ、こりゃあ酷い」
「めちゃくちゃだな」
俺は言葉すら出ずただただ息を飲んだ。車は幾つも乗り捨てられ、ゴミはゴミ箱からブチまけられ衣服が散乱していた。よっぽど俺の家の周りの被害が少なかったのだろう。これが普通だ。
「あ"ぁぁぁ! あ"ぁ!」
「あ、あれ、宮元さん」
「あぁ、ここに居て」
電柱に激突し乗り捨てられた車の運転席に、車体が変形して足を挟んだゾンビがいた。距離は10mくらいだ。宮元さんは近寄ると木刀をゾンビの体に突き刺した。そしてグリグリと捻じってから木刀を引き抜く。
「あ"ぁぁぁぁ!」
「……やっぱり無駄か」
そう言うと宮元さんはゾンビの口目掛けて木刀を垂直に突き刺した。ゾンビは動かなくなり宮元さんは無表情で帰ってきた。
「さぁ、行こう。まだ他にもいるかもしれない」
「「は、はい」」
いよいよゲームの様な世界に足を踏み入れた所で笹木の言っていたコンビニを見つけた。半開きの自動ドアをこじ開け、宮元さんが先行して中に入るが中には誰もいなかった。続いて俺達も中に入った。
大通りなので中はそこそこ広い。商品の列が5列あり異臭が漂う。
人も居なければ物も無い。
ちょっと進んで宮元さんの背中にぶつかった。宮元さんは固まって動かない。目の前に何があるのかと気になって見た。だがそれを見た瞬間俺と日向野は「あっ……」と口を開けてしまった。
居たのは……
「「「あ"ぁぁ?」」」
ちょうど入り口から見えないいちばん奥の商品棚の後ろから10体ほどのゾンビがこちらに気付き近付いてきた。
「……逃げろ」
宮元さんの言葉で我に帰り日向野と共に全力で開きっ放しの自動ドアに走った。走ったは良いがゾンビの声が大通りの先から聞こえて来る。
おいおいおいおい、まさか……
「「「「「あ"ぁぁぁぁぁ」」」」」
20mほど先からざっと100体はいるだろうか、ゾンビの大群がこっちに向かって来ていた。
「宮元さん早くーーー!! あっちから大群が!!」
俺がコンビニに振り返ると宮元さんは倒したゾンビを木刀で殴り続けていた。ゾンビはもう動いていない。それなのに、何度も何度も木刀を振り下ろす。その行動は俺には理解出来なかった。
「俺に構うな!! 急いで笹木ちゃんの家に行くんだぁぁ!!」
「え、でも!」
「行けぇ!!」
目が違った。その目はもう優しさの欠片も無く、ただただ復讐を楽しむ映画の悪役の様な、殺る事の楽しさを知った殺人鬼の様な。
「ハァハァ、ハッハハハ……ククククククッ」
宮元さんは全くの別人になっていた。
「火鷹、行くぞ」
「え、でもまだ」
「良いから」
日向野は顔を横に振り俺の腕を掴み走る。日向野に掴まれ走り出したが時折後ろを振り向くと宮元さんが笑いながら木刀を振り回していた。
ゾンビの大群は宮元さんに次々と襲いかかるが映画の中のキャラの様に木刀で頭を割っていく。
荷物も大して無いのでしばらく全力で走った。後ろからゾンビは追って来ない。
息も切れてきたので歩く事にした。
「な、なぁ日向野。宮元さんちゃんと帰って来るよな?」
頭の中で現実がフィクションと被り出してこんがらがってきた。どうなるんだこれから?宮元さんが帰って来なかったらもうお終いじゃないか?
宮元さんが居ないと戦ってくれる人が居ない。ゾンビは好きでも、画面の中と現実は違うんだ。とりあえず、早く様子を見に行かなければ。
「な、なぁ……うぐッ!?」
「なら見に行くか? あぁ!? しっかりしろよ!!」
俺の言葉を聞いた日向野が急に俺の胸ぐらを掴んだ。なんだこの状況、なんでこんな事されてんだ俺。
「お前は一人だから良いかもしれねーけどな、俺は妹を守らなきゃ行けねーんだよ!! こんな所で死ねねーんだよ!!」
日向野は俺を地面に叩きつけた。頭をコンクリートの地面にぶつけ、一瞬視界が眩む。
「俺はな、生きたいんだよ!! 生きて今まで通り過ごしたいんだよ!! 守るものも無いお前は良いよなぁ? ひとりなら失う者も無いんだからよぉ」
一人……ひとり。
よく考えたら俺はもう肉親が生きているかも分からないんだった。守る者も居ないし守ってくれる人もいない。こいつや坂口だって、今までそんなに話した事も無かったし、友達というかただのクラスメイトだった。
あいつらの中に何と無く居たが、俺だけ浮いて居た。みんな辛い思いをして来たのに俺だけは家に引きこもってやり過ごしていた。
でも俺だって。
目の前で同級生が死ぬのを見たし、ゾンビになった連中も見た。
一人だから。一人だから悲しくも無いし、死んだって誰も悲しまない。
あれ? なんだか悲しくなって来たな。
「……言い過ぎたゴメン。ほらっ、行くぞ」
「あ、あぁ。ゴメン」
日向野が泣きそうな俺に手を出す。目が合わせられない。だけどゆっくり手を伸ばそうとした。
伸ばそうとしたが、日向野は何かに突き飛ばされて倒れた。ゾンビだ。1体が曲がり角から出てきたのに気が付かなかったのだ。
「クソッ!! 離れろ!」
「あ"ぁぁぁぁぁぁ!!」
俺は腰を抜かしていた。目の前でクラスメイトが襲われている。俺が立ち向かってもどうにもならない。逃げようとするが、力が全く入らない。
「火鷹!!」
「あ"ぁぁぁぁぁぁ!!」
俺は宮元さんみたいに強くも無いし日向野みたいに守る者も無い。
勝てるわけ……
「包丁で頭!! 火鷹頼む!! 早く早く早く早く早く早く早く!!!!」
「あ"ぁぁぁ!!」
包丁。
そうだ! 俺には映画で蓄えた知識がある! 誰にも負けないくらい、いや誰にも負けないゾンビの知識がある!!
生きる理由なんてもうどーでも良い! 痛いのが嫌なだけだ! 趣味が現実になったなら思う存分今を楽しめば良いじゃないか。
そうだよ。こんな奴の言葉にいちいち混乱してたらこの先もたない。
無理矢理自分に言い聞かせて、足腰を殴って力を入れる。立ち上がってバックを開け、中から包丁を取り出す。
「早く早く早く早く早く早く早くーー!! ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ!!」
「あ"ぁぁぁぁぁぁ!!」
俺は日向野に覆いかぶさるゾンビの横にしゃがんだ。
呻き声を挙げるゾンビはよく見ればまんまゲームのそれだった。
いっつもナイフキルしてる相手に怯えていたなんて今更馬鹿らしく思えて来た。でもやっぱり迫力は違う。
「火鷹頼む!! 頼む頼む頼む頼む死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ!!」
「あ"ぁぁぁ!!」
「……ほっ!」
ゾンビは頭に包丁が突き刺さり動かなくなった。始めて頭蓋骨をやったが思ったよりサクッと行けた。骨がボロボロになっているのか?
簡単に殺れた。
「ハァハァハァハァハァハァ、あ、ありがとう」
ゾンビをどかし起き上がる日向野に手を貸す。
「おーーい! ふたりともーー!」
「あ、宮元さん。ゾンビ共は?」
「走り回って巻いて来た。日向野君も無事だね?」
「は、はい。火鷹のおかげでなんとか」
「よし、早く帰ろうか」
「そうっすね」
「ですね」




