◆終わりが始まった日 ①
ピピピピッという目覚し時計の音で目が覚めた。音を消そうと腕を布団から出すと鳥肌が立って、部屋が寒い事が嫌でもわかる。
カチっと目覚しを消して頭まで深く布団を被る。寒いので中でもぞもぞと動いていると、今度はスマホのアラームが鳴った為、それを消す為にまた腕を布団から出す。スマホの画面を目の前まで持ってきてホーム画面を開くと時刻は六時二十分だった。
四時頃までネトゲをしていた所為か、全然寝れた気がしない。布団から顔を出して起き上がると、体の節々がギシギシと錆び付いた機械のように悲鳴をあげた。ベッドから降りて、軽く伸びをして部屋を出る。リビングに降りると、まだカーテンは閉まっていて、既に起きていた母さんがソファに座ってコーヒーを片手に朝のニュースを見ていた。父さんは見当たらないので既に仕事に行ったらしい。
「おはよう」
「おはよう、あんたまた朝までゲームしてたの? 酷い顔よ?」
顔を見られただけで夜更かしがばれてしまった。そんな酷い顔なのだろうかと、手のひらを広げて顔に当て軽くマッサージする。
「二時間くらいしか寝てないわ。すんごい眠い」
「学校ちゃんと行きなさいよ? もう夏休みじゃないんだから」
「へーい」
焼いた食パンとヨーグルトで朝食を済ませ、顔を洗い部屋に戻った俺はカーテンを開けた。僅かな太陽の光を浴び、授業の用意をして制服に着替える。
時計を見ると七時五分頃だったのでバッグを持って玄関に向かった。
「いってらっしゃい。あ、樹、私明日帰り遅いから」
「それ帰ってからでも良くね? んじゃ」
言って玄関を閉め学校に向かう。太陽も段々と登って来て、身体はポカポカと気持ちいのに、夜更かしの所為か目の奥が痛む。まだ夏服で半袖を着て来た為、時々吹く風で身体中に鳥肌がたった。
夏も終わりを迎え、学生は夏休みボケと戦う日々へ突入している。俺もそんな夏休みボケと戦う一人だ。ゲームで夜更かししても遅刻しない位は戦ってるつもりだ。
俺の高校は隣町なので通学は歩き。まだ歩いても十分間に合う距離なので、一歩一歩ゆっくり歩いた。
学校に着き、正門へ入り下駄箱で靴を脱いで教室へ向かう。俺の高校の上履きは中学の頃の体育館履きに似ている。おかげでローファーより楽に過ごせる。自分の机に筆記用具を置き、先生の指示に従い廊下に整列して体育館へ向かう。
「起立! まえーならえ! 直れ!」
生徒会長が号令を掛け整列する。ゲームした後の朝礼は足腰に悪い。早く終わってくれと思っても終わらないので耐えるしかないのが辛い。
校長のどうでもいい話が始まり、それを聞き終えて朝礼は終わる。腰をボキボキと鳴らし教室に戻る。
教室に戻れば担任が来るまでの間、お喋りタイムだ。
俺以外は当然の様に誰かと話しているが、クラスに友達のいない奴は、読書か寝るか窓の外を見るくらいだ。俺の席は窓側一番後ろなので当然窓の外を眺める。
この席を取るのにもかなり苦労した。席替えは基本自由で、黒板に書かれた席に名前を書くだけ。被ったらジャンケンで決める事になる。当然この席は人気があるので、俺はジャンケンで勝ちまくって手に入れたのだ。実際、冬のこの席は窓を閉めていても冷気が伝わって来て寒い為、少し後悔した。
「はい、席つけ〜。席付かないやつはサボりなぁ」
担任が入って来て出席が始まる。このクラスの担任である藤村先生は堅いが良く、一部生徒からはゴリラなどと呼ばれている。
今日は三限しかない為、帰ったら映画を見たり、ネトゲでもやろうかと考えて、ぼーっとしていると何度か先生に注意された。
学校が終わり、家に帰ると、親は既に仕事に出ていた。うちは両親共働きで俺以外に、姉がいるが今年の春、結婚して家を出た。
だから朝以外はだいたい俺しか家にいない。
テレビを見ながら、昼飯を食べていると面白そうなニュースがやっていたのでテレビの音量を上げた。
「次のニュースです。本日九時ごろ、男が警察官に噛み付き、頬を食いちぎり逮捕されました。男はその後、二人の警察官に噛み付き重傷を負わせ、取り押さえられました」
噛み付く、食いちぎるなんて中々ニュースで聞かない単語だったので音量を上げた。続きが気になったがそれだけで次のニュースになってしまったのでチャンネルを変えた。
「現在、ヨーロッパで感染が拡大している新型ウィルスについて専門家のーー」
昼飯を食べ終わりテレビを消した。二時間くらいしか寝てない為、食後の眠気に誘われ気付けばリビングのソファで三時間程寝てしまっていた。起き上がり部屋で着替えて予定通りネトゲをして昼間は過ごした。
夜になり親が帰って来ると、二人共、明日は帰りが遅いらしく夕飯は冷蔵庫に用意して置いてくれるらしい。
という事で夕飯はカレーだった。明日の夕飯の為に多めに作ってあるので、お代わりしてお腹いっぱいに食べた。
「ご馳走様」
部屋に戻り、何日か前にレンタルしてきた映画を観ることにした。B級映画でもゾンビ映画には製作陣の特徴がよく出る為、時期が遅くなっても借りてきてこうして観ている。部屋の電気を消してテレビの電源を付ける。床に座り、枕を腹元に持って来て抱き枕の代わりにする。映画館の様に大音量を出すと近所迷惑になってしまう為、ヘッドホンをテレビに繋いで音量を最大まで上げる。こうすると役者の息遣いまで聞こえてくるので臨場感が増すのだ。
しばらく観ていると肩を叩かれた。ヘッドホンを取ると直ぐ後ろに母さんが立っていた。それを見て然りに来たのかと思い直ぐさまヘッドホンを付けた。
「あんた、映画観るなら部屋を明るくしなさいって何度言ったら分かるの?」
「あー、うん。まぁ、一生分かんないかもしれませうぉぉっ!?」
「人の話聞いてる?」
急に音が消えて耳を包み込むクッションの感覚も消えた。冷んやりした空気が耳に当たり、鳥肌が立つ。振り返ると母さんがヘッドホンを握って呆れた顔をしていたのでキッと睨む。すると睨み返されたので面倒になる前に頭を下げた。
「母さん、明日、朝まで仕事になるかも知れないから、お父さん帰って来るまで留守番よろしくね?」
「はいはいー」
「じゃあ、おやすみ。早く寝なさいよ?」
「おやすみーっ、いやいやヘッドホン返してよ」
ヘッドホンを返してもらい、その後もう一本映画を観た後布団に入った。時刻は三時。また眠れなかった。
翌日、鏡で顔を確認すると物凄いくまが出来ていた。今日は長袖のシャツを着て登校する事にした。衣替えも近いし、先生にもそこまで煩く言われないだろう。
今日はやけにパトカーや救急車のサイレンが聞こえる。珍しい事もあるものだなと思っていると、すぐ先の交差点をパトカー三台が走っていった。気になってスマホでニュースを確認しようと画面を見ると、時間がギリギリになっていた為、学校まで走った。
学校に入り教室へ向かう。途中、先生たちが廊下を慌ただしく走り回っていた。
教室に入るとまだ半分以上の生徒が来ていなかった。居るのはざっと十五人くらいだ。あと五分程でホームルームが始まるというのにみんな窓に張り付いて外を見ている。俺も自分の席に座り窓の外を見てみた。
異様な光景が広がっていた。
至る所から煙が上がっていたのだ。歩いて来た道のすぐ近くからも煙が上がっており、空を見るとヘリコプターが何機か飛んでいた。朝からサイレンがうるさかったのはこの所為だったのか。火事にしては発生し過ぎな気もするがパトカーも見かけたし、事件や事故が重なってるのだろうか?
「ねぇ、あそこ……」
一人の女子が外を指差す。みんなその方向を見る。すると警察官と数人のサラリーマンが取っ組みあっていた。
「あれ、なんかやばくない?」
「おいおいマジかよ……」
「やばいやばいやばい」
俺を含めみんな驚いていた。サラリーマン達は何度突き飛ばされても起き上がって来るのだ。喧嘩か? でもよく見れば色々な所に警察官以外とも取っ組み合っている人達がいる。
暴動か? ここ最近日本で暴動が起きる様な社会問題なんてなかったと思うが。暴徒にしても、そんな怪しい組織や団体ならこの辺りを狙う理由も分からない。
「あ! あれ!?」
「え、うそ!?」
「か、噛み付きやがった……」
サラリーマン達は警察官の首に噛み付き、皮膚を引きちぎった。ここから見ても分かる程の血飛沫が上がり、何人かが悲鳴をあげた。
しかも殺してしまったサラリーマン達はその死体を食べている。
異常だった。
これじゃまるで……いや、あり得ない。ここは現実だ。フィクションとは違う。
何人かがバックを持って家に帰り出していた。それを見て俺もバックを掴む。急いで逃げなければと思った。
そんな中、校内放送が流れた。
『みなさん! 校内に不審者が侵入しました! 先生たちの指示があるまで教室に鍵を掛けて絶対に外に出ないで下さい! 職員は一階にーー』
「お、おい! みんなあれ!! 見ろよ!」
そう言った男子生徒の一人が正門を指差す。
開きっぱなしになった正門から何人かの人がゆっくり入って来てるのが見えた。しかもその服には大量の血が付いついる。警察官を殺したサラリーマンと似ていた。
手をぶらぶらと揺らして、体全体も揺らしながら歩いてくるそれは、ゲームや映画によく出てくるゾンビそっくりだった。
クラスに居た男子は慌てて教室のドアの鍵を占めた。それを見て全員の意見がふたつに割れた気がした。
「おい何閉めてんだよ!?」
「放送聞いたろ!? 鍵掛けて立て篭もるんだよ!」
早速、帰りたい組と、立て篭もる組の喧嘩が始まった。俺は鞄を背負ったまま、門から入って来た連中をていた。勢いで逃げれなかったせいか、一人で逃げる勇気なんてもうなかった。どうせ逃げるなら、沢山居た方が生き残れる確率が高そうだと思ったから、今はスマホで動画を撮っていた。もしかしたら後で事件の重要な証拠になるかも知れない。
動画を撮るのをやめた頃、近くに居る連中の会話が聞こえてきた。
「おい川口、何がどうなってんだよコレ……」
そう言ったのは、甲野裕だ。運動部で俺よりも身長が高く、結構がっしりした体型だ。
それに対して川口が答えた。
「多分あれってさ、昨日やってたニュースのやつと同じじゃないかな。火鷹、お前なら知ってるだろ?」
川口は眼鏡を掛けていて細く、整った顔をしている。茶髪眼鏡としか印象が無いが、クラスの人気者だ。
俺と話す機会なんてあまりなかったので、呼ばれてビックリしてしまった。近くに居たせいだ。
「あ、あぁ、昨日昼頃やってたニュースなら見たぞ。警察官が噛み殺されたやつだろ? 来る時もサイレン凄かったし、てかさっきそこで同じの見ちまったし」
俺の返事に「何が起こってると思う?」と言う川口。だが甲野は何の話か分からなかったのか、ボケっとしていた。
「何だそれ?」
「昨日やってたニュースだよ。見なかったのか?」
「俺、普段ニュースとか見ないからわかんねーわ」
その時、ダンダンダンっとドアを叩く音がした。さっき見た外の奴らが来たのかと、教室が静まり返った。恐る恐るドアを見る。
「おーい誰かいるかー!」
その声は隣のクラスの清水直志という男子生徒だった。
男子たちがドアの鍵を開けた。
「おぉ、良かったこっちのクラスにも人いたか」
「こっちって、もしかして誰もいないクラスとかあるのか?」
川口が聞くと清水は溜め息を吐いた。
「さっき四組に行ったら誰もいなかったよ。人が残ってるのは一組と三組だけだ」
「帰ったのか?」
甲野が言うと川口が反応した。
「んな訳あるか。多分みんな最初から来てなかったんだと思う。殺人鬼だらけだしな」
俺も同意見だった。この状況からだいたい予想はつくが、登校してきた事自体が奇跡だったのかもしれない。皆、巻き込まれて登校できずにいるのだろう。
四人で考え込んでいると、清水の後ろから三組の連中が五人来た。
「あ、あのさ、こっちに入っても良いかな。俺らこれしかいなくてさ。みんな結構不安なんだ」
「別にいいんじゃないかな? な? 火鷹?」
俺に振るなよ……。
「悪い事は無いだろ。むしろ固まってた方が安全だと思う。後で何言われようが大丈夫だろ」
「だよな、入って入って」
俺たちは三組の連中を教室に入れて鍵を閉めた。
進むスピードゆっくりになった気がする(´・ω・`)