帰って来た災い
「木刀に、包丁……こんなもんだな。よし!行くぞ!」
鍵を開け玄関から飛び出す俺と宮元さん。まだ辺りは薄暗いが地平線から太陽の光が漏れて来ているのが分かる。
女子は宮元さんの判断で鍵を閉めて2階で待機、坂口が双眼鏡でこちらを見ている。携帯が繋がれば良いのだが、電波の状態が悪く、電話はおろかメールすら届きにくくなってしまった。
俺と宮元さんはコンビニの方へひたすら走った。すると段々と俺達以外の足音が聞こえて来た。足音の主は呻き声をあげながらゆっくり獲物を追っていた。
その獲物とは一週間程前に逸れた日向野兄妹だ。ふたりは20体程のゾンビに追われてコンビニの辺りをグルグル回っていた。
「日向野ーーー!! こっちだぁぁぁ!!」
「火鷹!? おい光梨! 行くぞ!」
「はぁ、はぁ、ちょっ、たんま、疲れた、はぁ……はぁ……」
日向野兄妹はどうやら走り回っていた所為でかなり疲れている様だ。俺が知ってるゾンビはノロい奴ばっかだったが、ふたりが走り回っていた理由は笹木の家から見てすぐに分かった。
だから急いで助けに来たのだ。
そう、とうとう走りまわるゾンビが現れたのだ。正確には老人が必死に走ってる様な感じだが、歩いていたら簡単に追いつかれてしまう。3体程だがその後ろにはぞろぞろとゾンビが集まっている。
「よし、火鷹くんはふたりを連れて先に行ってくれ! あの走る奴は何とかする!」
そう言って宮元さんは木刀を握りしめ前に出た。その目は完全に殺る気だった。ここに来るまでいろいろあってゾンビを憎んでいるのだろうが、完全にフラグだ。ここは止めなきゃマズイ。
「え!? 早く逃げた方が」
「駄目だ! 早いうちに殺らないと家まで追って来るかもしれない!! ほら早く!!」
「え、あ、わ、分かりました。日向野、行くぞ!」
俺は宮元さんに走るゾンビを任せて日向野兄妹と逃げた。結局宮元さんに押し切られてしまったが正しい判断だったのだろうか?
かなり距離が離れた頃、気になって後ろを振り返ると、ゾンビの攻撃を避けながら宮元さんが無双していた。さすが元警察官とでも言うべきか。あの人に会えたのは本当にラッキーだったな。
「なぁ火鷹、あの人は?」
「宮元誠也さん、警察の人だよ。何日か前に偶然会った」
「お兄ちゃん……はぁはぁはぁ……もう走れないよぁ……。吐きそッぅ……うぉえッ……」
日向野光梨は既に死にそうな顔をしていた。汗をダラダラ流し、息を荒げ顔は真っ赤になっている。
俺も何も運動してないし体力も無い方だがコレは無さ過ぎだろう。
「お前の妹、体力無さ過ぎだろ!?」
「おぶった方が早いなこりゃ」
「は? マジかよ」
そう言って日向野は本当に妹を背負って走り出した。しかもさっきより走る速度が早い。
何者だよこいつ……。
「あぁ〜〜楽々〜〜」
「そんな事言うと降ろすぞコラッ!」
「そっ、それだけは勘弁してぇー!!」
そんな会話をしているうちに笹木の家に着いた。2階では笹木が手を降っていた。玄関には坂口が待機しており俺達は急いで中に入った。
「怘に光梨ちゃん久しぶりー! あれ? 誠也さんは?」
「ゾンビ倒したら来るって言ってたからすぐ来ると思う」
「はぁ!?」
いやそんな、「何置き去りにしてんのぉ!?」みたいな反応やめて下さいよ。完全に俺が悪者扱いじゃねーかよ。
そんな坂口の反応に困っていると2階から笹木が降りて来た。
「宮元さんが来ました!」
俺達は急いでドアを開けた。すると返り血を浴びた宮元さんが息を切らして入って来た。木刀は所々凹み血がついていた。
「は、8体は殺った……。あとは何とか巻いて来たよ……はぁはぁ……ふたり共無事かい? どこも噛まれてない?」
「俺達は大丈夫です。初めまして、日向野怘です。さっきはありがとうございました」
「日向野光梨です……。さ、さっきはどもっ」
「いやいや、ふたりが無事なら良いんだよ……。はぁ、はぁ、あぁーー疲れたぁ〜。アハハハ」
みんなでリビングに入り、水を飲んだ。日向野は薄い白い長袖にジーンズを履いている。妹の方は黄色いパーカーとショートパンツ。
つかそれ部屋着のままじゃねーか?
全員落ち着いた所で坂口中心の自己紹介が始まった。
「じゃあ自己紹介いきますか! 名前と歳、学年、趣味をどーぞ! じゃあ日向野兄妹から!」
「日向野怘、17歳、高校2年生、趣味は……あれ? 俺趣味とか無いかも」
「お兄ちゃんの趣味は星空を眺める事です」
「あ、それ趣味に入るのかぁ」
これが兄妹のやり取りなのか。てか妹、兄貴の事良く見てんだな。気持ち悪い。
「星空を眺めるなんてロマンチックな趣味あったんだー! さぁ次は光梨ちゃん!」
「あっ、えっと、日向野光梨です。と、歳は14歳で、中学2年。趣味はネットと読書です」
さすが不登校なだけあるな、ちょっとコミュ症気味だ。趣味だけ聞くとただのオタクにしか聞こえないが障害があるなら仕方ないのかもしれない。それが差別になるのかはさて置き、これからは騒がしい所は近寄らない様にするべきか。
「じゃあ次は宮元さん!」
「宮元誠也です。歳は……」
俺達の時と同じ様に自己紹介を終えた宮元さんは早速ふたりに質問した。
「あのゾンビ達はどこで遭ったんだい? この辺りにはいなかったと思うんだが」
「家にゾンビが押し寄せて来たらマズイと思ったんでホームセンターに向かったんですよ。そしたら感じの悪い奴らが中の人達を脅して仕切ってたんでやめて帰ろうとしたんです。その時どこからかゾンビが押し寄せて来たんです」
「ホームセンターの中には人はどれくらいいたんだ?」
「大体30人くらいです。あと武器持ってる奴らが8人。外から見てたんで詳しくは分かりませんが」
やっぱりホームセンターに向かわなくて正解だったな。何が起こっても恐怖で支配しようとする不良は迷惑極まりない。
やっぱ我が家がいちばん!
「その後はどうしたんだい?」
「一旦家に帰りました。だけど今日の朝、ゾンビが窓を割って入ってきたんです。幸い着替えていたのですぐに逃げました。それでみんなと会ったんです」
窓を割って入って来る奴がいるのか、うちは段ボールと発泡スチロールしか使ってないからまずいな。
「なるほど〜、割って入ってきたゾンビってのは他の奴とは違うのか?」
「あの走る奴です。あいつらはなんか力が強いって言うか、突進してくるんです」
「突進?」
「はい、突進して窓を割って入ってきたんです。カーテンは閉めていたはずなんですが、何故か居場所がばれていたみたいで」
居場所……。つまりゾンビ共は俺達の場所を感知出来るって事か。やばいな。生存者が減る程ここも危なくなるな。
昼、俺達は食糧が全然足りない事に気付いた。3人分の食糧を5人で食うとなると、どんなに節約しても2週間で無くなる。
食糧を調達するべきか、家を出て何処かに避難するか、こっそり食糧持って逃げるか…………。
うーん、迷うなぁ。
「誠也さん、コンビニにはもう無いんでしたっけ?」
「大体缶詰かお菓子しか無かったと思うよ」
「そうですかぁ〜。この辺りって他にコンビニ無かったっけ? 美乃梨ちゃん分かる?」
「遠いですけど、同じコンビニがこの道を真っ直ぐ行った辺りの大通りにあります」
「いや行っても無駄だろ。大通りなら人も多いし、多分初日に全部無くなってるはずだ」
「「「……」」」
俺が言うと何でしらけるかな〜。やめてくれよ。こんな狭い空間でイジメとかされたら食糧持って逃げるぞ。
「と、とりあえず食糧もだけどさ、なんか武器欲しいよね。バットとかさ」
「坂口もちゃんと考えてるんだな、俺も同じ事考えでたわ」
「火鷹くん少し黙ろうか」
「俺なんかウザい事したぁ!?」
その後も、俺に発言権が無い話し合いが進み武器調達と食糧調達、もともと食糧の多い俺の家に隠れ家を移す事になった。
ほんと、俺この先やって行けんのかな……。




