ある大人は遭遇した。
「では、お先に失礼します」
「おう、お疲れ」
俺は先輩である太石さんに挨拶を済ませ家に帰る支度をしていた。家に帰ったら愛する妻が夕飯を用意して待ってくれているはずだ。今のところ、この辛い仕事をするためのエネルギーは妻に貰っている。今日も早く帰らねば。
帰り道、その間も妻の事をずーっと考えながら満員電車でウキウキしていた。思えば俺はいつから妻を居て当たり前の存在だと理解したのだろうか。
新婚初日なんて緊張し過ぎて寝れなかった。その後1ヶ月くらいずっと寝れなかった。俺は昔から夢見る純情少年と言われて来た。何せ始めての彼女と結婚までしてしまったのだ。夢のまた夢が現実になった時は感動泣きしてしまったくらいだ。
思えば刑事になったのも妻に見合う男になる為だった。小さい頃からの夢だった警察官、なろうと思ってもなかなか一歩が踏み出せなかった。
そんな時妻に出会った。完全に俺の一方的な一目惚れだったがそこから何年もかけてようやく今に辿り着いたのだ。
さて、今日はどんな夕飯が俺を待っているのだろうか。
「お帰り〜!」
「ただいまー!」
はぁ、生きてるって良いなぁ〜
エプロン姿で迎えてくれた妻は先程まで料理をしていたのだろう、生まれつきのブラウンの瞳、肩より少し長い髪を後ろで束ね、濡れた手をエプロンでゴシゴシ拭いている。
今日の夕飯は生姜焼きだ。俺の健康に合わせて作ってくれる、毎日一緒にいただきますが出来るだけでも幸せだ。
だが俺にはこの幸せを維持出来る力が無かった。
◆ ◆ ◆
「行ってらっしゃい! 今日は早く帰って来てね!」
「うん、何かあるの?」
「それはお楽しみだよ〜」
「分かった。行って来ます!」
朝、いつも通り仕事に向かう。今日は何やら傷害事件が多発しているらしくかなり忙しいらしい。俺も刑事になる前、何回か扱ったが大体は喧嘩だ。
いつもの様に警視庁に向かう。今さらだがこの歳で警視庁に勤務出来たなんて自分でも信じ難い。何やら入口付近が騒がしい。早足で中に入ると、普段ではあり得ない様な光景が俺の目に飛び込んで来た。
手錠をかけられた容疑者らしき人物達が暴れ回っていた。
そこへ俺を見つけた太石さんが走って来た。
「宮元! 良い所に来た! 緊急事態だ手伝え!」
「何があったんですか!?」
「至る所で暴動が起きてるんだ!! あいつら、さっきここに押しかけて来ていきなり受け付けに噛み付いたんだよ!」
太石さんの指差す方向では手錠をかけられた者達が必死になって警察官達に噛み付こうとしていた。
「分かったらお前も手伝え!」
俺は太石さんと共に暴れている連中を押さえつけ柱などに繋いだ。鎮圧とまでは行かないが何とか事態は収集がついて来た様だ。かなり怪我人が出てしまったが上からの連絡が全く無いらしい。
怪我人を介抱していると再び悲鳴がそこかしこへ飛び交い、今度は暴動の対処をしていた警察官同士で争い始めた。
そこら中で怪我人が苦しみ出した。
「あ"ぁぁぁぁ」
「お! おいどうしたんだお前! やめろぉ‼」
全く訳が分からない。俺と太石さんから大して離れていない所で傷の手当てを受けていた者達が近くに立っていた刑事に向かって襲いかかって来たのだ。何がどうなって……
「ゲホッゲホッ……うぅ…おぉえぇ…」
「だ、大丈夫ですか!?」
俺のすぐ隣で座り込んでいた女性警官が急に咳き込んだかと思うと、うずくまって血を吐き出した。俺はとっさにしゃがみ背中を摩りながら女性に「大丈夫ですか!」と言い続けたが間も無く、動かなくなってしまった。よく見ると首から血を流していた。
「こ、これは……」
太石さんが無言で動かなくなってしまった女性警官の手首に指を置いた。
「し…死んでる……」
俺は思わす口の中に溜まっていた唾液をゴクリと飲んだ。さっきまで生きていたはずなのにたった数十秒で死んでしまったのだ。あり得ない。いくら首に重傷を負ったからといっても死ぬ程深い傷では無い。皮膚を噛みちぎられただけだ。
救急車を呼ぼうと思ったが遺体から目を逸らそうと周りを見ると、周りでも同じ事が起きていた。
「ん? う、動いた!? 宮元! 救急しゃっっっ……」
「……は?」
自分の目を疑った。
たった今死亡を確認したはずなのに、立っていた太石さんの首に噛み付いている女性警官。目はまるで全身麻酔をかけられた患者のように生気が無く、ただただ夢中で首に噛み付いていた。
「はっ!? おい離れろ!!」
我に帰った俺は女性警官を引き剥がして突き飛ばした。太石さんは口から血をブクブクと溢れさせていた。何が一体どうなっているんだ。俺にはさっぱり理解出来ず気付けば訳もわからず泣きながら弱って行く太石の首から流れる血を手で止血していた。
「やだ……死なないで下さい!!」
「はぁ…はぁ…う……ゲホッ…ゲホッ…うし……」
「……え?」
「う…しろ!」
太石さんはそう言って俺の後ろを指差した。振り返れば、先程突き飛ばした女性警官が俺に襲いかかろうとしていた。間一髪首に噛み付こうとしているのを避けて再び突き飛ばした。今度は机の角に頭をぶつけた所為か動かなくなった。
俺はすぐ太石さんの方へ振り返ったが既に目を硬く閉じ首から大量に血を流していた。
「お、太石さん……そんなぁ…」
諦め掛けたその時、太石さんの目がパチリと開いた。堪らず俺は太石さんに近寄った。
「太石さん!? 生きて…うわぁぁっ!! やめて下さい! どうし…たんで…す…か…うぅ…」
「あ"ぁぁぁぁあ!?」
俺が近寄るのを待っていたとばかりに太石さんが首に噛み付こうとして来た。しゃがみ込む体制の為噛み付かれる寸前、首に迫って来る太石さんの顔を必死に抑えていた。
俺は耐え切れず、太石さんを思い切り突き飛ばした。
「太石さん! 正気に戻ってください! 太石さん!」
そんな言葉が届くと信じて太石さんに叫び続けたが俺の知る太石さんはそこにはいなかった。再び襲いかかって来た太石さんから逃げ距離をとった。
その時、何故だか頭の中が真っ白になった。あまりにもいろいろな事が起き過ぎた所為なのか、今までの事が急にどうでも良く感じて来てしまえる不思議な感覚に襲われた。だが目の前にいる太石さんだったものに本能的に感じた。俺の直感が言った。目の前にいるこいつは敵だ。
「あ"ぁぁぁぁ!!」
「すみません」
俺は襲いかかって来る太石さんを得意な投げ技で倒した。先程の女性警官の様に起き上がって俺に再び襲いかかって来た。今度は足を掛け転ばし起き上がる前に太石さんだったものの腕と机の足を手錠で繋いだ。
周りを見渡すと既に警察官の方が少なくなっていた。上の階は一体どうなっているのだろうか。何人かは外に逃げ出し始めていた。俺も外に出て見ると今朝とは全く違う景色が広がっていた。
まずは読んでいただきありがとうございます。
毎回読んでくれてる方々もありがとうございます。
今回から一旦話が過去になります。
警察の組織とか詳しい方ではないので調べながらがんばって書いてます!
これからもよろしくお願いします。




