冒険者ギルド
地図の記憶を頼りに、大通りに戻り城塞に向かって歩を進める。
北区よりのメインの大通りは高級そうな店が多く立ち並んでいて、兵士が等間隔に配備されていていた。
そして、通行人の服が一変する。
村人や南区の平民は麻のような布地の服が多かったが、通りを行き交う人達は悠一が餞別に貰った昔の貴族のような服を着ていた。
布地も独特の光沢のある重たげな布地だ。
しかし、悠一にはそれが何なのかよく分からない。
(ベルベットって言うんだったかな)
首を傾げるが、元より裁縫心は無に近いのだから分かる筈もない。
ハルシオンの街は東西南北に門があり、誰でも使用出来るのは西門と南門だけだ。
東門は領主、北門は貴族しか使用を認められないのだそうだ。
ハルシオンの街は区画整理がきっちりなされていて歩きやすい。
しかし、あまり道並みに変化がないので、通りの名が覚えにくかった。
(地図とかないかな)
西区を探せば、本屋くらいあったのかもしれない。
何にせよ、巳夏の地図はあまり大っぴらに出来ない為、普通の地図があった方が便利だ。
大通りの高級店は目に楽しい物だった。
例に漏れず、白を基調にした以外は自由な多国籍な趣の建物ばかりだが、それはそれで面白い。
入るには気後れしそうなものだが、次第に楽しくなってしまい、ちらちら中を覗いて回る。
宿、服の仕立屋、装飾品にレストランと言って差し支えない食事処。
一般人も多く使いそうな店が多く、冒険者に人気がありそうな装備品関係や薬問屋、本屋などといった店は見当たらない。
高そうではあるが、一度中に入ってみたいと思える店舗ばかりだった。
冒険者ギルドは、大通りの中程の十字路を南に折れて暫く行った所にあった。
南区よりのメイン通り沿いだ。
先に上げた装備品や薬問屋などの店も同じ通りに佇んでいる。
その通りの中程の、一際目を引く建物が冒険者ギルドだった。
失礼だが、悠一は引いた。
ギルドの建物は思いきり“和風”の屋敷だったからだ。
多国籍な建物の中でも、かなり浮いた雰囲気を放っている。
悠一は歩いていて気付いた事があった。
ドラグーンの公用語は日本語だが、識字率はあまり高くないらしい。
至るところの看板が全て平仮名で書かれていたのだ。
ちらほら漢字も見られるので、漢字自体がない訳でもないだろう。
その割りに英単語と思わしき字体も見られる。
冒険者ギルドの看板も平仮名で書かれていた。
“ぼうけんしゃぎるど”の大きな看板を掲げた、白い無垢な木肌の門。
門と建物の間には庭があり、見事な松や楓らしき木が生え、白い砂利が敷かれていた。
(…綺麗な道場っぽいんだよな)
感想はこの一言に尽きる。
同じ石でもかなり和を醸す石のタイルの床を踏みしめ、建物を見上げる。
ギルドの外見は、木造二階建ての道場だった。
広さは一般的な日本家屋の二軒分ほどで、広くもないが狭くもない。
立派な木製の重厚な扉は大きく開け放たれ、鉄製の黒いドアノブと柱をロープが結わえて止められていた。
恐る恐る中に入ると、中は打って変わって洋風な造りだった。
黒いタイル張りの床に、白い滑らかな壁紙が貼られた内壁。
カウンターは二ヶ所だ。
左側のカウンターの方が大きく、受付と思われる職員が数名カウンター越しに座っており、カウンター脇には大きなコルクボードが立て掛けられていて所狭しと紙が犇めき合っていた。
右は小さいカウンターで、受付には女性が一人座っていた。
左側が依頼の受理を行う場所で、右が各種の案内で別れているようだ。
左には「いらいうけつけ」、右には「あんない」と書かれた立て札が置いてある。
受付員は女性だけで、男性職員はカウンター裏で事務をしているようだ。
二階へ上がる階段はカウンター裏の事務室の奥にでもあるのか、こちら側からは見えない。
思ったのと違って、全体的にがらんとしているような気がする。
(…本当によく分からない造りだ)
和なのか洋なのか。
和洋折衷を取り違えたような感じの建物だ。
職員が着ているのはスーツのような服だった。
色は濃いグレー。
女性男性関係なくパンツスーツを着用し、冒険者ギルドの紋章である剣が交差した絵柄が刻まれた襟章を身に付けている。
悠一は躊躇いなく右に進んだ。
「すみません、お訊ねしたい事があるんですが」
受付の女性は一般的に見て中々可愛らしい女性だった。
年の頃は二十代前半程。
色白で華奢な感じで、茶色のボブカットが似合っている。
赤みかかった同色の瞳がくりくりしていて一見するとリスのようだ。
たて襟の白いシルクのシャツに、濃いグレーのパンツスーツという服装と見た目の甘さがアンバランスで、彼女に独特な魅力を与えていた。
女性はにこりと笑って首を傾げた。
「何でしょうか」
悠一は、田舎から出てきて身分証を持っていないこと、ギルドに加入したい事を伝えると、彼女は改めて頭を下げる。
「はい、ギルド加入ですね。わたくし、ミレーネが承らせていただきます。身分証というのはギルドの冒険者証で兼用しますので、他に手続きをして頂く必要は御座いません。加入手続きには簡単な書類記入と年会費として500K掛かりますが、本日手続きをされていかれますか?」
見た目の子リスのような雰囲気と裏腹に、丁寧で落ち着いた感じのいい声だ。
悠一は頷いて財布から銅板五枚を取り出して彼女に手渡す。
「お預かりします。此方の紙にご記入頂けますか」
ミレーネは紙と羽ペン、インク壺を差し出した。
悠一は黙って頷き、それらを受けとる。
(…何これ?)
キャップを外してみると、インクは黒じゃなかった。
例えようがない色みだが、とりあえず光ってる。
珍しげに目を凝らす悠一に気付いたミレーネが解説した。
「フェアリーの鱗粉を溶いた特殊なインクです。魔水晶に情報を取り込むのに適しているんですよ」
フェアリーの鱗粉。
(ファンタジーだな)
そんなアイテムは初めて見た。
どうこう仕組みなんだろう。
悠一は納得して紙に眼を落とした。
魔水晶が何なのかは知らないが、話振りからして一般的なアイテムのようだ。
田舎者に擬態するにしても限度がある。
あまり聞きすぎて怪しまれると良くない。
悠一は黙々と項目を埋める。
なまえ 名足 悠一
ねんれい 19
しゅっしんち
出身地の所で躓く。
手を止めた悠一に気付いたミレーネが、分からないなら此処でいいと言うのでハルシオンと記載する。
名も無き村も多いようで、そういう時は登録場所を記すのだそうだ。
職種の所に魔術師と書き加えてミレーネに手渡すと、小さい石を渡された。
「はい。ではこの魔水晶に魔力を込めて下さい」
手渡された魔水晶は真珠くらいの小粒なものだった。
純度が高く澄んでいる。
見た目は濃紺なガラス玉のようだが、宝石のようにも見えた。
高そうだなと考えながら、それを握る。
悠一は魔力を通して、ミレーネに返した。
魔力を込めている間にチェックを終えたらしいミレーネは、名前のふりがなだけ教えて下さいと言った。
(あ、平仮名で書けば良かったのか)
ぼんやりしていたので、いつも通りに漢字で書いてしまったのだ。
なまえって平仮名で書いてあったのに。
無駄に知識があると見せびらかしたようで恥ずかしい。
ミレーネは屈んで羽ペンをインクに浸すと、名前の隣に括弧書きで悠一のふりがなを書き込んだ。
それ以上何も言うことなくミレーネが、記入した紙を魔水晶に翳して何かを呟く。
文字だけが魔水晶に吸い込まれて消えた。
「…はい。異常なく登録されました。以降はこの魔水晶が身分証となります。では、それを飲んでください」
「え?」
予想外の言葉に思わず固まる。
ミレーネも不思議そうに此方を見ていた。
魔水晶とはそもそも魔物の核にあたる部位で、魔力を取り込む能力に長けているのだそうだ。
その力を利用して魔法を魔水晶に取り込み、分析能力を付与したものが身分証である。
魔水晶の使用用途は幅広く、需要が高いのでお金と同じくらい安定した財産として数えられるという。
身分証となる魔水晶は、既に身分証としての能力を付与された加工済みの魔水晶で、大体飲み込むことで効果を発揮するものなのだそうだ。
昔は飲まないで携行していた事もあったようだが、紛失が相次ぎ、改良の結果今の形態で落ち着いた。
加工された魔水晶は体に取り込まれると身分証として掲示し、人に見せることが出来るようになる。
流した魔力に呼応して取り出しも可能。
例外は死体となった場合で、そうなれば誰でも取り出せるようになり、死んだ原因を特定するのに一役買っているのだそうだ。
ドライブレコーダーみたいだな。
「強制ではありませんから、抵抗があるならば旧来の方法でアクセサリーに加工しましょうか?」
ふんふん適当な相槌を打っていたら、ミレーネがそう言った。
「いや、大丈夫です」
少し面食らっただけなのだ。
悠一は首を振り、魔水晶を飲み下した。
「では、掲示してみて下さい」
名足悠一19歳
魔術師 ハルシオン出身
犯罪歴 なし
ランク G
掲示、と念じるとゲームのように小さなウィンドウが胸元辺りに浮かび上がった。
ミレーネの襟章と同じ冒険者ギルドに加入している証だという、剣が交差したような紋様が名前の隣にある。
「はい、問題ありませんね。以上で終了となります。何か質問はありますか?」
ここに至るまで約30分。
登録手続きが早いことに感心する。
悠一は色々思考を巡らせて、聞きたいことを思い起こした。
身分証を得たので、悠一は先程聞いた内容を反芻しながら門外の南町を歩いていた。
閑散とした小道が続いていた西と違い、熱気で溢れている。
ハルシオンの門内に家や店を構えられる人間は平民の中でも裕福な者が多いようで、門外はまた雰囲気がガラリと変わった。
金に余裕がない者や冒険者が門外へ家を構えるのだが、その中でもギルドと領外の森が近い南町、つまりこの地点が一番栄えているそうだ。
道行く人達は様々な防具を身に付けていて、腰に剣を下げていたり背に弓を担いでいた。
冒険者達だ。
既に夕方。
仕事を終えて戻ってきたのだろう。
南町は賑やかで、飲食店が立ち並んでいる。
一仕事を終えた男女達が店舗の外でどの店に入ろうか品定めをしたり、既に飲み始めて出来上がったグループが赤ら顔で談笑していた。
(賑やかだな)
南町は、きっちり区画整理がなされた門内とは違って庶民的な建物が雑然と込み合っていた。
規則性のない道並み。
そんな下町のような雰囲気が温かい所だ。
宿屋も多く、冒険者の町独特の雰囲気の店も多い。
素材の買い取りを行っている店や、素材の解体を請け負う店、門内の薬問屋とは一風違った怪しげな風体の薬品店もある。
悠一は素材の買い取りを行っている店に立ち寄り、ハルシオンに来るまでに狩った魔物を売り払った。
ゴブリンは魔水晶のみ、ウルフは毛皮と魔水晶が使える素材である。
魔水晶自体はゴブリンのものの方が質が良かった。
良いと言っても、大した違いはなくどちらも低品質だ。
ハルシオン近辺は、頻繁に兵が見回りを行う為、それほど大物の魔物はいないようだ。
それが、冒険者が南の森近くに拠点を構える理由だったりする。
南の森は領外である事から、人の手が入っておらず魔物や自然の恵みに溢れているのだ。
勿論危険を伴う事になるので、相応の実力が必要になる。
一応冒険者ギルドでランク規制は掛けているようだが、魔物狩りはDランク以上なのに対し、薬草採取はFランクから受注出来るなど、緩い制限だ。
周りの平原で訓練を積み、Dランクになれば森へ行くというのが通例のようだった。
綺麗に解体すればもう少し高く買い取ると言われたが、悠一はそのまま引き渡した。
狩ってすぐなら兎も角、今更ナイフでこれらの体内を探る気にはなれない。
この程度の魔物なら幾らいた所で敵にはならないし、解体はそれほど得意ではない事も一因だ。
ゴブリンの魔水晶が六つに、ウルフの魔水晶と毛皮が八体分。
合わせて銀貨一枚と銅板三枚、銅貨二枚の1320Kを受け取った。
この店には暫く世話にならない事だろう。
パッとボードに目を通した所、Gランクの依頼というのは街の住民のお使いのようなものが多かった。
平原であろうと魔物を相手にするのは、少なくともFランクに上がってからになる。
ランクはGから始まり、アルファベット順とは逆にG→F→E→D→C→B→Aと上がっていく。
依頼は左カウンターのボードにある中から選ぶ。
原則的に選べるのは上下2ランクまで。
上位ランカーが下位ランクの依頼を食い潰さない為と、下位ランカーが無謀な依頼を受けて死なないための配慮だそうだ。
また、特別な理由がない限りは仕事をしない、つまり幽霊冒険者は認められず罰金対象となる。
これは、冒険者の特別な税金処理に関連するものらしい。
依頼書の依頼料は、そもそも10%天引きされた額が提示されている。
その差し引かれた10%がギルドに納められ、税金と同じ扱いを受けているのだ。
その為、冒険者は他の街を訪れる際にも入場料が掛からないというメリットがある。
その制度を乱用されないようにという配慮なのだ。
依頼をこなしたら、依頼料とポイントが付与される。
物によっては、プラスアルファで物資が受け取れるケースもあるそうだ。
薬品の調合助手などの製作依頼に多いらしい。
付与されるポイントは依頼により異なるが、ランクが上がるにつれて依頼が難しくなることから、依頼料と付与ポイントは桁が上がっていく事になる。
悠一がFランクになるには20ポイントが必要らしい。
軽くボードを見た所、Gランクの依頼は大体が銅板五枚前後の依頼料で付与ポイントが1~3ポイント。
十数件も受ければ上がるだろうと思われた。
そう言えば、ギルドは様々なものがあるそうだ。
商人ギルドや魔術師ギルド、今は少なくなったが傭兵ギルドなどがあるという。
魔術師ギルドは敷居が高く、ちょっとした魔法が使えるくらいでは加入出来ないらしい。
それでも、魔道具を安く入手出来たり、魔術書を手にいれたり出来るので、入れるなら入りたいという人が後を経たないそうだ。
ギルドは掛け持ちも可能である事、魔術師ギルドに席を置いていると一目置かれる事から、腕に自信があるならば行ってみたらどうかと勧められた。
他にも色々聞いたが、概ねこんな内容だ。
因みに、今の最高ランカーはSランクで、迷宮を中心に活動しているのだという。
この世界における迷宮というのが何なのか今一つ分からないので、おいおい情報収集する必要があるだろう。
何にせよ、何処の世界にも凄い人間はいるものだなと他人事のように思う。
広い世界だ。
見かける事もないだろう。
「此処か」
ぼんやり歩いていたら、町の中程にあるミレーネに勧められた冒険者ギルド系列の宿屋の前にいた。
とかく信頼できて安いのが売りだと聞いている。
途中泊まった宿よりは大きく、新しい感じの建物だった。
(風呂は…ないだろうな)
安いというのはそういうことだ。
そもそも昨日泊まった宿の様子からすると、風呂を設置するという概念そのものがないような様子だった。
あるとすればもっと高い宿。
現段階で、そのクラスに泊まるのは無謀だろう。
宿屋「かげつ」の部屋は三種類だった。
雑魚寝の大部屋はなく、小さい個室とパーティ用の大部屋、上等な個室。
普通に一番安い個室(食事付きで350K)を頼む。
高い部屋を頼んだら、安い宿を紹介して貰った意味がない。
自分で安定的に稼げると分かるまでは節約するべきだ。
食事時に相席だった商人に聞いた所、風呂というのは特別な魔道具が必要ならしい。
湯船に沸かした湯を溜める物もない訳ではないようだが、そんな手間を掛けるなら魔道具を買う。
風呂に入るのは、そういう思考の金持ちだけだそうだ。
話を聞く限り、魔道具自体もかなり高いのだろう。
風呂が、遠い。
食時を終え、カウンターに立ち寄った悠一は洗面器より一回り大きいくらいの桶にお湯を貰う。
これだけで10K(百円)。
桶を買って、魔法で湯を沸かした方がよさそうだ。
部屋で手拭いを湯に浸し、体を拭いながら思案する。
現段階では、風呂なんて夢のまた夢だろう。
食事の内容はこの前の宿屋よりまし、とだけ言っておこう。




