歴史を紐解く
「では、何処から話そうか」
「全部最初からですよ。当たり前でしょう」
勿体ぶってそう切り出した遊緋を、巳夏がバッサリ切り捨てる。
師の強さに悠一は戦慄した。
「…お前な」
苦笑する遊緋を見ながら、巳夏は鼻を鳴らして言った。
「そもそも、貴女が僕に最初から話をしないからこんなに遠回りすることになってるんですよ」
巳夏は溜め息を吐きながらそう言った。
巳夏が地球へ行くよう通達を受けたのは、遊緋からだ。
名足悠一のルーツの捜索並びに接触を図ること。
そう言われて、巳夏は地球の日本へ降り立った。
遊緋はリオの側近なので、それ自体はそう珍しいことでもない。
問題は、巳夏がその背景を把握していないと遊緋が思っていなかったことだ。
先日その旨の苦言が、先程の十倍くらいねちねちした文体で送られてきたことを思い出す。
本当に元末っ子は可愛いげがない。
「…仕方ないだろう。お前は基本的に耳敏いからまさか知らないとは思わなかったんだよ」
巳夏の把握力はファミリーの中でもかなり高い。
というより、仕事柄、という面もあるが。
巳夏は本業の傍ら、魔素の研究とそれを活用して物を創ることも行っている。
そのせいで、様々な世界の形態に非常に詳しいのだ。
基本的に他人に興味の薄いファミリーの中で、巳夏は頭抜けた把握力を見せていた。
「まあ、意味は分かりますから僕もそれ以上は言いませんよ。知らない理由も私事ですから」
遊緋はとりあえず頷いて話を始めた。
「悠一も薄々気付いているだろうが、ドラグーンは私達の干渉を受けている。ああ。受けていた、ではなく現在進行形でな」
そうだったのか。
目を見張った悠一に、巳夏が予備知識を与えてくれる。
「ファミリーの干渉対象は二つあるんだ。著しく魔素を放出する状況にある世界の制御、そして地球への干渉阻止。前者は分かるね?暴発を防ぐため。後者は、地球はオリジナルの星だからね、他に干渉を受けられては困るんだ。その為に、ファミリーは世界へ干渉をする」
それが、世界を管理するファミリーの役割。
「異世界の人間が、地球に干渉しようとすることなんてあるんですか?」
悠一がそう訊ねると、遊緋は頷いた。
「たまにな。干渉って言っても、別に乗っ取ろうとかそういうものじゃないぞ?たまにいるんだ。魔素の暴発に巻き込まれて地球に不時着する者が。悠一は知っているだろう。地球は私達にとって非常に御しやすい世界だ。地球の人間にとっての危険がない訳ではないが、ある程度魔力を持った者ならなんとでもなる。ある意味、平和に生きたい者には魅力的な星だろう」
だから、そのまま居着いてしまおうとする者がいるらしい。
実際問題、帰れないことも上げられる。
しかし、ファミリー側からすれば、魔力持ちの人間が地球で子供を得るのは避けたい事態だ。
異世界の人間は、地球にとって言わば外来種。
種の存続や魔法の発現を避けるためにも、それは看過することが出来ないのだという。
その為魔素の暴発が起こると、ファミリーは地球を一斉捜索する。
自分の予想外の異端さに悠一は絶句した。
それだけ、警戒されていたのに悠一は生まれた。
遊緋は困ったように肩を竦めた。
「お前がなんなのかは分からん。ここ数十年は魔素の暴発も転移者もいなかった。それだけは確実だ」
遊緋は言葉を切って続ける。
「本題に入ろう。私達はドラグーンに前者…つまり、放出される魔素の量が過多であることを理由に干渉を始めた。概ね…500年前か」
そう話を切り出した遊緋の話は、悠一が何となく思い描いていたものとは随分異なっていた。
今から500年前のドラグーンは、現在の片鱗もない戦乱の真っ只中にあった。
干渉対象は人間。
その時代はまだ亜人と人の間に争いは起こっておらず、人間同士の争いにより魔素は充満、いずれ暴発が予想されていた。
そんな世界に干渉するために遊緋はやって来た。
当時ドラグーンに干渉が始まった事実は、ファミリー間においても伏せられていた。
もし、解決が不可能と判断されれば、リオによりドラグーンは解体され、新たな世界が創られる手筈になっていた為だ。
ファミリーは直接干渉することはしない。
あくまで、現地の者を誘導して自分達で解決させるのだ。
干渉を始めた当時の東大陸には、小国が大量にあった。
国同士は、互いに土地を奪い、命を奪い、食い食われていた。
皆がバラバラの言葉を話し、物を食べ、文明文化と呼ばれるものは戦の中で直ぐに散ってゆく。
無論、人らしいルールやモラルなんてものもない。
そういう時代だった。
基盤を整えるのに、200年掛かったと遊緋は言った。
直接干渉をしない。
これだけ乱れた世の中だと、中々難しい注文だ。
いっそ、恐怖政治で威圧してやろうかと何度も思ったそうだ。
とりあえず、200年掛かって遊緋は人間を纏め上げた。
纏めたと言っても、大帝国を築いた訳ではない。
その頃のドラグーンは逆に国という概念がなくなっていた。
言葉は日本語により統率、最低限のルールを意識の隅に根付かせた。
冒険者ギルドや大陸裁判所という組織を作ったのも、この頃だという。
そして、今度は人間と亜人の間で争いが起こるようになった。
遊緋は呆れた。
ドラグーンの人間は本当に愚かだった。
彼らは、戦わずには、人から奪わずにはいられないのだ。
その性質なのか他の何かなのかは分からない。
人を纏めるのは大変だったが、そこからは更に困難だったと遊緋は言った。
亜人は種族が違う。
亜人と亜人。
人間と亜人。
どの組み合わせにおいても、垣根を超えた団結力を促すのはかなり厳しい問題だったのだ。
そんな中、一人の青年が国を作った。
現在のアルダス。
国を立ち上げたのは、遊緋の作った冒険者ギルドにおいて頭角を現した魔術師だった。
魔術師とは、術を作り使うものだ。
魔法使いのように人が作った魔法を行使する存在ではない。
彼は、革命的な魔術師だった。
「その男の名はリヒト。そこの娘が持っている日記を書いた男だ」
大人しく話を聞いていた瑠璃は、突然の指名に驚いて目を見開き、まじまじと日記を見つめる。
遊緋は話を続けた。
リヒトは冒険者に似合わない穏やかな青年だった。
当時には珍しく、冒険者として様々な生き物と関わり、魔物とすら心を通わせ、四頭のドラゴンと友人関係にあったという。
悠一はそこで目を瞬いた。
魔物と心を通わせた魔術師。
悠一はジルクのことなのだと思っていたが、遊緋の言った変わり者とはアルダスの初代皇帝のことだったらしい。
そんな彼は、戦争を憂いた。
友の憂いを知った四頭のドラゴンと共に作った国が今のアルダスなのだ。
「…なんか、思ってたのと話が違うのね」
瑠璃はそう呟いた。
悠一も同意見だった。
今のアルダスはきな臭くて、服従の魔水晶を使って奴隷を集めたり、とても褒められたことはしていないように思える。
「リヒトは優しく、強く、素晴らしい魔術師だったよ」
遊緋は惜しみない称賛を送った。
リヒトの存在を知った遊緋は、直ぐに彼と手を組んだ。
彼は、戦争に向かう熱を分散させる為に、迷宮にアーティファクトを撒き、冒険者を増やす計画を立てた。
中々話が進まない中、アルダスは人と亜人の双方の壁の役割を担っていたという。
徐々に話は進み、国は増え、150年前にはリヒトが撒いたアーティファクトが功を奏して、迷宮から出た資材でファーレンという国も作られた。
基盤が出来たと確認され、ファミリーにドラグーンへの干渉が公表された。
ジルクがドラグーンへ派遣されたのもこの頃だ。
が。
順調なのはここまでだった。
「…ファーレンは、ファミリーが干渉した訳じゃないんですか?」
聞いたのは巳夏だった。
それに、遊緋は暗い顔をして答えた。
「したさ。…リヒトが、ファーレンの人間に殺されてからな」
執務室の、空気が凍った。
「…え?」
遊緋は暗い表情のまま言った。
「100年前、色々な国が出来、リヒトの尽力で亜人との話もついて、和平条約は結ばれる筈だったんだ」
一度言葉を切り、遊緋は続ける。
「リヒトは、亜人と人間が同盟を結ぶことを本当に喜んでいた。私も漸く終わるのかと安堵していた。が、人間の一部の者は違った。奴等は、リヒトが邪魔だった」
人が亜人との戦いを諦めたのは、アルダスの壁を破ることが出来なかったからだ。
リヒトがいなければ、リヒトさえいなくなれば、ーーーー魔法で亜人を蹂躙出来る。
「そして、リヒトは殺された。が、話がそんなに簡単に済むわけはない。リヒトの友人たるドラゴン達が暴れてな。付近一帯の人間は皆殺しさ。そして、そこまできて魔素の暴発は起こった」
淡々と殺された、と言ったがそこに至るまでには色々あったのだろう。
遊緋の口ぶりから、リヒトという魔術師がとても優れた人だったことはよく分かる。
そんな人間が簡単に死に至るとは考えづらかった。
後処理で駆り出されたファミリーは多い。
地球の一斉捜索、無くなった地形の補充、そして企てた者は各国の貴族に多かった為に差し替えられ、特に首謀者が潜伏していたファーレンは徹底的な管理体制に置かれることになった。
これがファーレンが自己の文明、文化を築くことを許されず、一見恩恵を受けたように見える一因だ。
また、多くの魔法は封印された。
その事が、人間と亜人の魔法文化に大きな開きを作ることになったのだ。
本来なら、ドラグーンは解体される筈だった。
しかしリヒトの功績を讃え、ドラグーンは残されることになった。
ただ、アルダスは迷走を始めた。
予定されていた和平条約に反旗を翻し、アルダスは現在のように…つまり、勝手気ままに他国を蹂躙するようになったのだ。
そして、そんな均衡状態のまま投げ出す訳にもいかず、ファミリーの干渉は今でも終わっていない。
そこまで聞いて、悠一は思い至ったことがある。
あの黒龍だ。
「ヴェルガルドは、リヒトさんの…?」
復讐だと、彼は言っていた。
ヴェルガルドが人を、とりわけ貴族を憎んでいるのはリヒトの敵だからなのか。
遊緋は頷いた。
「恐らくな。だが、大半の王侯貴族連中はその事に関わっていない。あくまで、暴走したのは一部の人間だけだ。そんな事を言ったところで、無意味だろうが」
止める立場の人間達だ。
知らなかったでは許されない。
そう、彼らは思っているのかもしれない。
そう遊緋は言った。
「ラスフルール領はリヒトの故郷があった街で、国王のパーティメンバーの一人が治めた土地だ。そんなところにまで手を伸ばしてくるとはな…」
遊緋は苦々しげにそう言った。
悠一は、ヴェルガルドのやり方や時期に一瞬疑問を持ったが、先程の話を思い出して考えを改めた。
直接殺すより、じわじわ痛め付ける方法を選んだだけなのかもしれないし、そこに意図はないと思った方がいい。
まさか、ヴェルガルドのあの憎悪がラスフルール領や邪魔立てした悠一ではないものに向けられているように見えた、なんていうのは楽観的過ぎるだろう。
まあ、悠一に関しては嫌な気に入られ方をしたような気もするが。
「今のアルダスが、亜人に手を出しているのはどうしてなんですか?」
瑠璃がそう訪ねる。
「そう、そこで漸く今の問題になるわけだ」
今のは長いが、この先に携わるために必要な前情報ということか。
色々引っ掛かるものがないわけではないが、何せ500年もの月日だ。
悠一はとりあえず先を聞くことにした。
現在主に問題になっているのは、アルダスの現況だという。
アルダスは何故か亜人を追い立て、売り払い、そして多くのアーティファクトを買い占めている。
元は亜人と友好関係にあった筈のアルダスの行いは理解不能だそうだ。
現在、服従の魔水晶と呼ばれているものは誓約の魔水晶の前進のようなものだという。
犯罪が横行する中、犯罪者を死なせず労働力として使うために開発された。
危険度は誓約の魔水晶の比ではないため、誓約の魔水晶が完成してからは封印された筈のものだ。
「四頭のドラゴン達は、好き勝手暴れまわっていているように見えるが、彼らはアルダスを離れていない。何かあるんだろうな」
「…無理矢理止めさせられないんですか?」
悠一が思わず聞くと、遊緋は首を振った。
「お前はヴェルガルドに会っただろう。勝てると思ったか?」
悠一は思い出して、納得した。
「負けはしないけど勝てもしない、そう思いました」
「だろうな。彼らと私達がぶつかれば、ドラグーンは無くなって終わりだ」
「ですよね」
遊緋の言っていることは尤もだ。
悠一はどうしたものかと思案を始める。
「ところで、僕に回された魔水晶は何なんです?」
巳夏が聞く。
遊緋も思い出したように頷いた。
「ああ、あれか。あれも悩みの種でな。迷宮の下層にいる魔物に入れられていた魔水晶なんだ」
ざっくりし過ぎた説明に、巳夏は再度鋭利な刃を煌めかせる。
「意味が分かりませんね」
「私も分からん。発端は、迷宮の下層に変な魔物が現れるとギルドに報告が来た事だ」
そこにいたのは、使役された魔物だったのだという。
何もしなければ襲ってこない。
勝負を挑んでも、敗北を認めれば殺さない。
異様な、魔物。
「それでお前に解析を頼んだんだ。魔水晶の内容が分かれば、意図を掴めるかもしれないと思ってな」
その魔物はとりあえず捕獲して安置しているそうだ。
魔水晶を抜いた後は、誰彼構わず牙を剥くので手を焼いているらしい。
巳夏はそうですか、と頷いた。
「申し訳ないですが、解析にはもう少し時間が掛かりそうですよ」
遊緋も分かった、とだけ返した。
「私にこの日記探させた理由って何なんですか?」
唐突に瑠璃が口を開いた。
質問していいタイミングを待っていたのだ。
遊緋は頷いた。
「ああ。…知りたいことがあったら日記を開け。それが私とリヒトが最期に会った時の言葉だった。あの屋敷はリヒトが生まれ故郷に建てた別宅でな。が、日記を開きたくても屋敷に入れないんじゃどうにもならないだろう?」
それを聞いて驚いたのは悠一だ。
「え?遊緋さんでも入れないんですか?」
「ああ。あの屋敷は、認めた者しか主にしない。判断基準は知らないが」
ということは、単に魔力が多ければ主になれるという訳ではないということだ。
なんなんだ?
悠一が首を傾げる隣で、瑠璃が再度質問を重ねる。
「どうしてあんなまどろっこしい言い方をしたんですか?」
瑠璃の尤もな言及に、遊緋は苦笑いだった。
「本棚に一つだけ変なものが混じっているから持ってきてくれないか、ドラゴンの絵が付いた本を探してくれないか…色々言い方は考えたんだがな。理由は二つある。一つは日記に掛けられた魔法だな。リヒトはおかしな所がひねくれていたからな、その日記は意図して探している者には見付けられないようになっている。だから、意識させないで探させたかったんだ。もう一つは、自分達で真相に辿り着かせた方が勉強になると思ったから、かな。まあ、ヴェルガルドと接触してしまったから、そう悠長な事も言っていられなくなったが」
遊緋はそう答えた。
瑠璃はとりあえず納得したようだった。
「この文字は何なんですか?」
予想外に色々知ることになったが、そもそも瑠璃が遊緋に会いたがった理由はそれだった。
半日色々調べて分かったのだ。
この文字は瑠璃が知るこの世界のどれにも当てはまらない。
瑠璃から手渡された日記を、遊緋は懐かしげに広げて言った。
「ああ、そうか。読めないんじゃ二つ目はどの道難しかったかもしれないな。それは日本語を普及させる前の文字、失われた文明の一つだ。資料がなくても無理はないだろう。リヒトは日本語が公用語になってから生まれたが、どうもこっちの方が使い勝手がいいとぼやいていたよ」
瑠璃が紐解けない可能性を、遊緋は考えていなかったようだ。
瑠璃は苦笑する。
ハルシオンの魔女。
名前ばかり大仰だからこんなことになるのか。
直に調べたいなら辞書を貸そうか?
そういう遊緋に、瑠璃は少し考えて首を振った。
「日記はお渡しします。ただ、魔術書を読みたいので、辞書は貸してもらえませんか?」
悪用は勿論しませんから。
そう言う瑠璃に、遊緋は快く頷いた。
その日はそれでお開きになった。
巳夏は魔水晶を調べるといって早々に姿を消した。
リリアスの件については、今更遊緋が出来ることは何もないと干渉を断られた。
遊緋は遊緋で忙しいようなので、仕方ないと悠一もあっさり引いた。
意見を聞きたかっただけ、というのもある。
ただ一つ、本当に高い魔力の保持者が行方不明で悠一の危惧通りならば、リリアスから離れた街か何処かに運送されているだろうから、そちらは探ってみると言ってくれた。
あまり悠長な事は言っていられないが、気長に探す他に道はなさそうだ。
帰る直前、悠一は遊緋に思わず訊ねた。
「なんで俺なら、あの屋敷の主になれるかもしれないと思ったんですか?」
遊緋は何故か哀しげに笑った。
「さあな。なんとなく、だよ」
「…そうですか。遊緋さん、気が向いたら屋敷に遊びに来てくださいね」
人は常駐させときますから。
聞くことを諦めた悠一はそう言って、瑠璃と満月、ラスフルール辺境伯を連れてリリアスの屋敷へ戻って行った。
その背を見送った遊緋が、ぽつりと呟く。
「理由なんてない。ただ、お前はリヒトに似ているから」
なんとなく、そうなるんじゃないかと思ったんだ。
あの屋敷はリヒトが死ぬ直前に手放したものだから、死んで閉ざされた訳ではない。
遊緋は薄々思っていることがある。
アイツは、リヒトは自分の死を予感していたのではないか、と。
そしてその先のことを仲間のドラゴン達に託していったのではないか。
全ては、推論の域を出ないけれど。
「何が本当に知りたいことがあったら自分の日記を開け、だ」
ずっと、私が手に入れられない場所に置いていた癖に。
消えるような小さな声でそう呟いた遊緋は、ぎゅっと日記を抱き締めた。
まるでずっと前に無くした宝物を、その腕に取り戻したかのように。




