核心へ迫る
思い当たった内容も重要だが、悠一には何より優先すべきものが今は別にあった。
エリスの父親だ。
彼は先程とあまり変わりない様子で気を失っていた。
一瞬、去り際のヴェルガルドに何かされたかと思い、慌てて駆け寄ったが、虫の息ではあるものの呼吸も脈もあることを確認してほっと息を吐く。
しかし、どうしたものかと悠一は眉間に皺を寄せて考えた。
ヴェルガルドはラスフルール辺境伯に掛けた傀儡の魔法を解いていかなかった。
このままでは、緩やかに魔力を失いながら死に向かうだけだ。
傀儡は眷族契約の劣化版のようなもの。
恐らく、契約者以外の魔力は受け付けない。
人らしからぬ弱り方がその証拠だった。
彼は渇いていた。
そういう者の救い方を、悠一は知らない。
こんな状態では回復魔法を掛けた所で無意味だ。
悠一は迷った挙げ句、ハルシオンに飛ぶことにした。
転移魔法も負担を掛けてしまうかもしれない。
が、他に打開策が見付からなかった。
「…俺、本当に遊緋さんに頼りっぱなしだよな」
自嘲するように呟く。
今は落ち込んでる場合じゃない。
悠一は頭を切り替えて、眷族二人と一匹にコンタクトを取った。
取り急ぎの現状報告だ。
(聞こえてる?)
(悠一さま…!)
メリエルだ。
不思議な事に、念話でも声を知っているとその人の声が頭に響く。
(親父さんは確保したってエリスに伝えてくれ。ただ、相当弱ってるから、一度ハルシオンに行ってくる)
(分かりました)
少ない言葉で大体の状況を推し量ったらしいメリエルからそう返ってきた直後、淡く光を纏った満月が悠一の頭上に現れる。
程よいたふんとした重みが頭にのしかかった。
緊張感なく、しっぽを愛らしく揺らしている。
召喚した訳ではないので、転移魔法だろう。
眷族は主の元にならそれほど苦労せずに転移することが出来るのだ。
条件が揃っている必要はあるが。
満月はどうやら手伝いにきてくれたようだ。
確かに転移魔法に酔わない満月なら、ラスフルール辺境伯の負荷を減らすようなサポートが出来るのかもしれない。
と、今度は床が淡く光り、もう一つ円陣が現れる。
「え?」
悠一は目を見張った。
床にもう一つ浮かんだ円陣に、人影が現れる。
「きゃっ…!」
人影はドサリ、と床に落ちた。
瑠璃だ。
そう言えば瑠璃を見るのは今日初めてだな、とぼんやり思う。
瑠璃はあの騒ぎにも部屋から出てこなかったからだ。
瑠璃は、初めての転移に手間取ったようで大きくよろめいて尻餅を付いたが、ぱっと起き上がると、悠一に詰め寄った。
「お願い、ご主人様。私も遊緋さんの所へ連れていって!」
え?何?
何故瑠璃が、遊緋のことを知っているのか。
戸惑う悠一に、必死に詰め寄った瑠璃の腕には、あの四頭のドラゴンの絵が書かれた日記が抱き締められていた。
優雅な昼下がり。
ここ最近、受け付け業務に入れないほど多忙を極めた遊緋は、執務室で久しぶりに珈琲を飲みながら書類を読んでいた。
そろそろ、あの末っ子の坊やはリリアスに着いたのだろうか?
そう思いながら珈琲を口に含んだ瞬間、淡い光が執務室の床に現れる。
これは。
咄嗟に指一つで、光の周辺の家財を端に移動させる。
案の定。
遊緋が作ったスペースに人影が現れる。
ハルシオンのギルドの二階に直で転移してきた悠一と、遊緋も知る彼の眷族達。
遊緋は呆れたように呟いた。
「…今度は、どんな頼み事をしにきたんだ?」
「…なるほどな」
顛末を聞き終えて、遊緋は納得していた。
横目で今にも死にそうな男を見る。
…これが今代のラスフルール辺境伯か。
遊緋は憐れむような目でラスフルール辺境伯を見た。
ラスフルール辺境伯がその位を与えられた時のことを知る遊緋から見れば、この男はただの普通の男にしか見えない。
既に、貴族の弱体化が始まっているのか。
遊緋は溜め息を吐いた。
今、そんなことを言っている場合ではないな。
その話は後からでも出来るだろう。
何より、ヴェルガルドが悠一に接触したのなら、あまりまどろっこしいこともやっていられない。
そう、遊緋はヴェルガルドを知っていた。
(自分で動き出すのを待っている余裕はないな。悠一、お前にもファミリーの一員として手伝ってもらうぞ)
遊緋はもう一度大きく溜め息を吐いて、悠一に言った。
「ミナツを呼ぶ」
と。
遊緋の転移陣に巻き込まれて、半ば召喚されるような形で二度目のドラグーン来訪を果たした巳夏はえらく機嫌が悪かった。
彼の顔には、
不機嫌です。
そう書いてあるように見えるくらい、巳夏は分かりやすく腹をたてていた。
優美知的な美貌は今、剣呑に染まっている。
「遊緋さん。言いたいことは実に沢山ありますが、まあそこは一点に絞りましょう。何度言えば分かるんです?僕を貴女の魔法で浚わないで頂きたい」
冷ややかに巳夏が苦言を呈す。
まるでブリザードが背景に見えるかのような冷たさだ。
あ、巳夏さんが毒を吐くのって俺だけじゃないんだ。
その時、悠一は変な感慨に耽っていた。
「一々呼んでいたら二度手間だろう」
そんな巳夏の怒りを全く意に介した様子を見せずに、めんどくさそうに遊緋が言う。
その遊緋の言葉は恐らく巳夏にとって地雷のようなものだった。
「僕は、貴女の荒っぽくて適当な転移魔法がたまらなく嫌いなんですよ!!」
巳夏は青い顔で、吐き捨てるように言った。
そんなに酷いのか。
悠一は少しだけ青ざめる。
魔法というのは、術者の魔力操作の精密さにより精度が変わる。
悠一はしごかれただけあって、転移魔法に限って言えば、そう悪い精度ではない…はず。
遊緋は悠一と同じ、もしくはもっと魔力でごり押しするタイプのようだ。
それを示唆するように、巳夏の顔色はかなり悪かった。
一通り遊緋に愚痴を言って、嫌みったらしく薬まで服用した巳夏はそれで?と不機嫌に用件を訊ねた。
「ああ。ここの男の命を蝕んでいる魔法を解除してもらいたくてな」
あれだけ巳夏にくどくど日頃の文句を吐かれて尚、遊緋は全く気にせず用件を伝える。
恐ろしい神経の太さである。
「ああ、そういうことですか。…はい、解除しましたよ」
巳夏が一度ラスフルール辺境伯の頭上に手を翳すと、分かりやすく伯の体調はみるみるうちに改善した。
早っ。
悠一は唖然としていた。
いやいや、さくっとやりすぎじゃないですか。
何やったんだかまた全然分かんなかったんですけど!
「おう、すまなかったな」
「いいえ。とりあえず報告することもありますから」
魔水晶のことか。
遊緋は真剣な面持ちで頷いた。
一人おいてかれた悠一は所在なさげに視線をさ迷わせる。
え?なんなの。
遊緋は別室のベッドに今は穏やかな寝息を立てている伯を横たえ、戻ってきた。
家具の配置を戻し、座るように促す。
「…悠一くんは一緒に話を聞く、ということでよろしいのですね?」
ここにきて初めて悠一に目をやりながら、巳夏は遊緋にそう訊ねた。
遊緋は頷く。
「ドラグーンに来たことが偶然とは思えないほど、悠一は核心に突っ込んで行っているからな。知らないままでは却って危ないだろう」
核心?
意味がわからない。
今一つ状況が分かっていない悠一を置き去りに、話はどんどん進んで行くのだった。




