干渉
場所は変わって地球。
巳夏は、もう慣れた小さな家にいた。
ここ最近では珍しい遊緋からの連絡が来たかと思えば、仕事を放られたのだ。
魔水晶というドラグーンにおいての生命力の結晶。
これに掛けられている呪を解明しろと手紙には書いてあった。
何故、あの人はあんなにも偉そうなのか。
巳夏は不機嫌に鼻を鳴らした。
当人はバカンスなのか知らないが、悠一と同じドラグーンで羽を伸ばしているらしい。
何をしているというのか。
悠一が旅立って三週間。
巳夏が地球に来てから、四年少しの時間が流れた。
あの頃、大学院生を名乗っていた巳夏は今では会社を経営していることになっている。
尤も嘘は吐いていない。
巳夏は確かに会社を経営していた。
運営は、完全なる人任せだが。
「巳夏さん、これ何処に置けばいいですか?」
悠一瓜二つのゴーレム、悠二だ。
変に名前を呼び間違えると対応に困るので 、専ら周りには悠ちゃんなどと呼ばれている。
先生が造っただけあって、悠二はとても優秀な奴だった。
悠一より余程役に立つ。
そんな憎まれ口を脳内に吐きながら、巳夏はテーブルを指差した。
「そこに置いておいてくれるかな」
「分かりました」
悠二は一礼して出ていった。
悠二は巳夏の経営する会社の社員だ。
社員と言っても、二人しかいないが。
望めば手足くらい幾らでも手に入るが、巳夏は人に囲まれるのが好きではなかった。
特に二人で困っているようなこともない。
巳夏が経営しているのは、平たく言えば探偵会社だ。
巳夏の能力を使えば、造作もない仕事である。
今まで、ペット探しに浮気調査、きな臭い政治がらみの案件などかなりの数をこなしてきたが、失敗は1つもない。
調べがつかないなんて、巳夏にはあり得ないことなのだ。
そう思って、ため息を漏らす。
ある一件を除けば、ね。
巳夏は未だに悠一のルーツを調べていた。
先生に次ぐ、と言われる魔力操作の腕を持つ者としての意地なのかもしれない。
実のところ、巳夏は何故こんなにこの事案に執着しているのか、自分でも分かっていなかった。
実際、悠一の父などどうでもいいのだ。
会ったこともないのだから。
「…?」
その瞬間、妙な違和感に襲われる。
知らない?
本当に?
「…僕は、何かを見落としていなかったか…?」
そして、目に入るのは遊緋から送られてきた魔水晶。
あの人は、意味もなく偉そうに指図をする人だったろうか。
いや、違うだろう。
あの人が命令してくるのは、仕事の時だけだ。
(…ならこれは、趣味で送ってきた訳じゃない?)
巳夏が誤解するのも無理はない。
遊緋は、日頃から巳夏に無理難題をぶつけてくる些か面倒な姉貴分だ。
ただ、いつもは何をしろと直接的には言ってこない。
それだけの違いだが、巳夏には一気にこの水晶が禍々しいものに見えてきていた。
実を言えば、地球に派遣されているファミリーは巳夏だけではない。
ファミリー関係者がどのくらいいるのかを正確に把握しているのなんて、初期メンバーだけだろうし、巳夏は元来興味がないものにはとことん興味を持たないため知らないが、かなりの人数がいること、そして地球に派遣されていることを知識的に知っている。
ファミリーの人間は、何故か何時だって仕事をしているものなのだ。
地球に派遣される理由は大きく三つ。
地球の文明を観察すること。
権力者となって、地球における干渉権を得ること。
そしてもう1つ。
稀に起こる、魔素暴発による転移者の監視及び送還を行うこと。
魔素は暴発すると大陸を消し飛ばす程の爆発を起こす…というのは、正確には間違っている。
魔素による暴発で引き起こされるのは転移魔法だ。
それも、全く制御されていない。
強制的かつ、乱暴な転移により、殆どの生物は命を落とす。
が、稀にいるのだ。
他の世界に不時着してしまう人間が。
そして、地球も例外ではない。
異世界の人間が地球に現れたら、双方大パニックは必須だ。
それを未然に防ぐのが、地球にいるファミリーの仕事である。
そして、ファミリーが世界に干渉する理由は二つ。
魔素の大量放出が確認された時。
もしくは、地球へ干渉しようとする人間が現れた時。
やり方はケースバイケースだが、基本的にファミリーは直接裁くことをしない。
外堀を埋め、歴史的に文化を改正する手段を取るのだ。
ファミリーの人間は1つの世界に縛られはしない。
その為、あまり存在が認知され過ぎるのは不都合なのだ。
一番最近、ファミリーが干渉した世界はドラグーンだった。
停戦までは導いた。
後は魔素の掃除だけ。
そうなのだと思っていた。
巳夏はドラグーンが干渉された時、私的に揉め事を起こしていてそれ所ではなかった。
なんとなく、また愚かな人間が魔素を大量に出したのだと思っていたのだ。
それで納得がいくくらい、ドラグーンの死亡率は高かった。
遊緋は、まだドラグーンにいる。
恋人は、仕事に行くと言っていた。
根本的に間違っていたのかもしれない。
ドラグーンが干渉を受けたのは何故か。
巳夏の推測が正しいならば、調べなくてはならないのは、地球ではなくドラグーンだ。
そこまで考えて、珍しく呆然とする。
「…もしかしてまだ、干渉は終わっていないのか…?」
巳夏は、他の仕事を投げ出して魔水晶を握り転移魔法を行使する。
向かうのは、自分の研究所だ。
巳夏が漸く気づいた頃、ジルクは迷宮の中にいた。
「ねージルク。早くお外出よーよー!」
腕を引く幼子は、ジルクと揃いの白銀髪と綺麗な桜色の瞳をしている。
あどけない容貌の彼女は、ドラゴンだ。
それも、地球にまだ魔素があった頃から生きている。
そんな彼女を見ながらジルクは苦笑した。
「待って、母さん。仕事、終わらせないと」
幼女は唇を尖らせる。
「もー。なんで妾がこんな所に来なくちゃいけないのよ。リオの我が儘、我が儘」
彼女はじたじたと土の上をのたうち回る。
ジルクは慌てて抱き起こして、困ったように彼女を撫でる。
「仕方ないだろう?…彼は、リオによく似ているから」
覚醒を、促さないといけないんだよ。
柔らかなジルクの声は空に溶けた。
彼女は頬を膨らませる。
「似ていて当然なのよ!そんなことはどうでもいいのだわ。妾はそんなことは認めないのっ」
「認めなくても、なるときはなる。リオは、誰にも止められないから」
そう諭しながらジルクは目を伏せる。
リリアスの屋敷は気に入って貰えただろうか?
あの屋敷は、遊緋から悠一がリリアスへ向かうと聞いて、遠回しに渡したものだ。
全ては、あの人とリオの為に。
あの屋敷に隠されたものに彼は気が付くだろうか。
ファミリーが何をしてきたのか理解出来るだろうか。
彼は、アルダスの闇を暴くだろうか。
そして、
「可哀想な人なんだ。助けて、あげてほしい」
ジルクは奇跡のように美しい顔を哀しげに歪め、そう呟いた。




