リリアスへ
フレイを洞窟に帰し、拠点に戻るとハイペースで片付けは進んでいた。
如何にも男の居城という雰囲気だった建物内は、女性陣の手により飾りつけられ、上品で明るい空間に生まれ変わっている。
とりあえず使っていない部屋にも一通りの家財は配備し、魔道具の設置に取り掛かる。
改善したいのは風呂とトイレ、水回り。
加えて瑠璃が主張したのは、拠点付近の防犯だ。
瑠璃曰く、巨大な魔力タンクと言って過言でない悠一の魔力を自由に使えるというのは、研究者からすると一番嬉しい投資らしい。
今まで魔力的に不可能で机上の空論化していた魔道具の設計も実現出来るということで、拠点付近一帯に巨大な結界を張る計画を立てる。
理論だけなら出来ているようで、それほど掛からず作れるということだ。
瑠璃はここに残して、作業を進めてもらった方がいいだろう。
食堂にいたエリスに明日にも出られることを伝え、計画を練る。
モーリスによると、アルダスの奴隷商人がリリアスに店舗を構えたのは三ヶ月前、オークションが行われ出したのは四ヶ月前だという話だ。
オークションは月に二回開催され、誰でも参加できる代わりに入場料が取られる。
ハルシオン同様、レギトの迷宮が比較的近いこともあり、アルダスの奴隷だけでなく、冒険者達からもかなり珍しい品が出品されているそうだ。
探るということを忘れた訳ではないが、少しだけ楽しみだったりする。
この拠点は、ハルシオンの南西約250㎞の所にある。
エリス達が悠一達と会ったのは旅を始めて五日目、三人は箱入りらしくあまり地理地形に詳しくはなかったが、ハルシオンで購入した地図を元に聞いた話と照らし合わせて計算をする。
この世界において、貴族というのは殆ど領地を離れることがないので致し方ないことである。
大体、東に約300㎞ほど進めば着くだろう。
悠一はそう中を決める。
この世界の地図というのは、縮尺も揃っているとは言い難いし、更新されること自体が珍しい為、大幅に変わっていることもよくあるらしい。
それを思えば、馬車を引くのはケルピーに頼んだ方が良さそうだと判断する。
予想外の地形にかち合った時に、普通の馬では無理が利かないからだ。
エリス達もそれに同意する。
ケルピーでリリアスに向かうこと、好きに転移出来るように借家を利用すること、一番近いオークションに参加することなどを決め、会話は終了する。
アルダスの奴隷に関しては、一度に購入すると怪しまれるかもしれないという話になり、最終的には一芝居打つということで落ち着いた。
分けて買ってもいいのだが、実質買えるのは悠一とラウルの二人だけだ。
いっそ瑠璃とスピカを解放、とも考えたが二人が猛反対してきて思わず謝ることになるという事態が勃発。
何故。
普通自由になりたいものでは?と首を傾げながら話を再開する。
奴隷を大量に買うのが二人いたのでは却って目立つだろうということで、結局は悠一に任される運びとなった。
悠一が、あまり演技力は期待しないで貰いたいと言うと、ラウルに問題ないと一蹴された。
だから何で。
リリアスに行くのは、エリス、モーリス、フリッツ、悠一とメリエルの五人だ。
どの道後で合流するからというのもあるが、満月と桜は目立つことが目に見えていたし、瑠璃には拠点の整備を進めて貰いたい。
スピカとレグルス、ラウルには盗賊対応を頼んだ。
下手に全員連れて行って、拠点がスカスカになることは避けたかった。
そうだ、肝心のエリス達の荷物だが、まだ拠点からは見付かっていない。
というより、フレイ以外は何も見付かっていない。
多少、部屋や地下室に置いてあったものの、お宝発見!と言えそうなものは何も見付かっていなかったりする。
馬や馬車本体自体が見付かっていないため、まだ隠し場所があるのかそもそも取られていないのかは謎な所だ。
その辺りの捜索も、残る面々に頼んでおいた。
長丁場になるのは確実なので、家を借りてしまえば拠点に戻るつもりだ。
拠点の充実化を図る為にも、付近の開拓は欠かせない。
悠一の大雑把な魔法もこういう時には役に立つのだ。
手に入れる奴隷の中に、そういうのが得意な人がいるといいのだが。
旅の話が終わると、今度は仲間内で各階層の改装計画を立てる。
悠一が提案したのは、各フロアにトイレを設置すること。
風呂も大浴場の他に欲しいと漏らすと、貴族じゃないんだからと呆れられるかと思ったが、瑠璃は何も言わずに了承してくれた。
外の敷地を、畑にするか庭園にするかで意見が分かれたが、結局庭園を作ることにした。
畑は森を拓いた一画で作ればいいだろう。
どの道、ケルピー達の水辺も確保しなくてはならない上、魔物も追い払わなくてはならないので、森の探索は必須なのだ。
先に住んでいたのに悪いとは思うけれど。
うちのメイド達が襲われてからじゃ遅いからな。
悠一は苦笑する。
ファーレンの良いところは、未開拓地は好きに弄っても咎められないということだ。
無論、既に街が出来ている所の敷地は買わなくてはならないが、ファーレンは未開拓地だらけな為開拓出来る人間が不足している。
そのせいか、勝手に土地を拓いても何も言われないらしい。
寧ろ、規模が大きくなれば爵位を授与されるかもしれないとエリスに言われ、まさかと笑い飛ばしたら、本気だったらしく呆れられた。
…この国の爵位、軽すぎないか。
残った敷地に、馬小屋と瑠璃の研究室、瑠璃の助言で鍛冶場の設計も考える。
本宅は、一階に訓練場と警備室を設置し、地下は宝物庫ではなく万一に備えたシェルターに改装、入り口はカモフラージュするという方針が固まった。
二階に大浴場と食堂、三階に大部屋を一つ残して小部屋に改装し、見張り台を兼ねたバルコニーの設置をする。
四階から上は客室及び個室だ。
ここまでつらつら話しておいてなんだが、今のところ予定は予定だ。
内装に手を入れられるような人材はいないし、直ぐには実行出来ない夢の話である。
大体、流石にそこまで手を加えたら飛んでいくお金も馬鹿にならない。
そう言ったら、このパーティなら殆ど自己調達出来るから買うものなんて殆どないと瑠璃に言われて動揺する。
え?本気だったの?
唖然とする悠一に背を向けて、瑠璃は黙々と魔道具を作り上げていた。
無表情だが少しだけ楽しそうだ。
その後、悠一は要らない家財や服、宝飾品を売り払って、森で少しだけ魔物を狩り、夕食の席でお土産を各人に配った。
まあ、殆ど服だけどな。
翌朝、皆に見送られて出発する。
馬車はエリス達のものだ。
流石にエリス達に魔道具だらけの馬車は見せられない。
幻影をスピカに施して貰って、ただの箱馬車に偽装した。
とりあえず家紋がなければどうにでもなる。
初日は川沿いに走っていた為、水棲の魔物が結構出た。
この川はレギトから続いてきている川の傍流らしい。
御者をフリッツに任せて、悠一はひたすら剣を振るう。
ここ最近、ラウルと剣で手合いを行うことが多かった為、以前より腕が上がった気がしなくもない。
…気のせいかな。
片っ端から倒して拠点に転送する。
前以て伝えてあるので、驚きはしないはずだ。多分。
満月と瑠璃がなんとかしてくれるだろう。
川が途切れて程なく夜営の準備をする。
一度拠点に戻ってもいいが、人に万一見られても面倒なので普通に夜営をした。
相変わらず料理はしたけどな。
メリエルと。
癒しの時間なのだ。
その間は三人を車内で休ませる。
厄介払いじゃないからな?
食後には、拠点近くの森で取れた謎の果物もかじる。
何なのかは知らないが、美味しいので問題はないだろう。
近いってだけで全く食材が同じな訳がないのだ。
今更驚くことじゃない。
その夜は、ケルピーに見守られながら寝袋に入った。
二日目の御者はモーリス、得物は槍に切り換える。
武器には一通り触らせて貰っていたが、使わないと忘れるからな。
出てくるのはウルフ数頭と、何だか牛っぽい番いの魔物。
旨いのかは謎だが、殺さず拠点に送っておいた。
牛乳が摂れると嬉しい。
瑠璃に念話で伝えておく。
肝心のフィールドは、なんというかひたすら野原だった。
野原っていうか、荒野?
足場が悪くて全く進まない。
長い草にタイヤを取られているのだ。
ケルピーに申し訳ないので、馬車だけ少し浮かせて対処する。
うーん、進みが良くなった。
隣でモーリスがまたもや「悠一さんってホント変!」と爆笑していたが放っておいた。
三日目。
今日の得物はハンマーだ。
昨日かなり進んだお陰で、今日中に市街に入れそうだ。
得物を振り回していて、鍛冶場も作ることだし、ドワーフとか買えないだろうかと考える。
野原が野原らしくなり、魔物はゴブリンだけになった。
エリスが、この辺りのゴブリンなら討伐対象なので依頼扱いになるだろうと助言をくれたので、連れていくことにする。
討伐証明の部位を切り取るのがちょっと嫌だったので、撲殺してそのまま袋に放り込む。
中には魔法らしきものを打ってくる奴もいた。
ゴブリンって魔法使えるのか。
感心していると、ゴブリンメイジという変異種だとフリッツが教えてくれた。
変異種の方が高いらしい。
夕方になって、ラスフルール領に入った。
ラスフルール領は国境を任されているせいか、横っぴろなので東に進み続ければ程なくリリアスに入れる。
魔物はいなくなり…と言いたい所だが、普通にいた。
騎士団が減って追いついていないというのは本当らしい。
幸か不幸か、逃げ惑っている村人と遭遇したので、さっくり魔物を撲殺して助ける。
非常に感謝され、野菜を籠一杯にくれた。
そんなつもりじゃなかったのだが、好意は有り難く受け取りながら先に進む。
そこから大体、一時間ほど馬車を走らせると漸く門が見えてきた。
「…着いたな」
「…ああ」
悠一は思案するように押し黙るフリッツに、帽子を渡して顔を隠させ、如何にも主人らしく見えるように座席に乗り込んだ。
ハルシオンより古い印象を受けるが、同じような石畳の街だった。
荒れているというのは文字通りらしい。
門の手前から見える場所が既に汚れている。
エリスが哀しそうな顔をしてうつ向いた。
「身分証明の提示を」
門に近付くと、無愛想な門番がそう声を掛けた。
失礼だが、やはり何か起こっているようだ。
彼の目は虚ろで、意識が半ば飛んでいる。
悠一はメリエルに目配せした。
メリエルは頷き、錯乱の魔法を掛ける。
「…あれ?確認したんだったか…?」
「ええ、今しがたしたばかりじゃないですか」
悠一が愛想よくそう言うと、彼は首を傾げながら入っていいと告げる。
門番は元から怪しかったが、最初からまともに入場する気などなかった。
エリス達が万一探されているかも知れないことを思うと、身分証明の提示はするわけにいかない。
徒歩で旅をする人間は少数で、まともな馬車を持っていない以上、どの道を選んでも怪しまれるのは決まっていたことだ。
ならば、一番気に止まらないだろう手段を選ぶ。
え?置いていけばよかった?
そうかもしれないが、只でさえやきもきしている三人に悪いけど待機とは言えなかったのだ。
こうして悠一達はリリアスに足を踏み入れたのだった。




