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渡り人~異界の魔術師~  作者: 李珠
第2章 リリアス
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裏庭の洞窟


その夜、悠一は爆睡した。

元々寝付きがいい上、昨日の徹夜が何気に堪えていたらしい。

翌日の11時、たっぷり20時間ほどの睡眠を摂って悠一は起床した。


…誰か起こしてよ。


目を擦りながらそう思う。

身を起こすと、どうやら悠一の頭の上で寝ていたらしい満月がずり下がってくる。

桜は満月に敗北したようで、少し離れた所に丸まっていた。

兎に負けるドラゴン、なんてシュールな。


皆が悠一の睡眠を尊重してくれた結果だ。

有り難いは有り難いが、申し訳ない。

誰が悪いかと言えば起きれない悠一が悪いのだが。


辺りを見回すと、見知った荷物が散乱していた。

昨日各自好きに部屋を使おうという話で落ち着いたはずだったのだが、結局皆は大部屋に雑魚寝したらしい。


何故。


そう言う悠一も、二階の大部屋の一室に転がっていたのだから、人のことは言える身分じゃない。

というより、悠一がそんなところに転がるからそんなことになったのだという事実に、悠一は全く気付いていなかった。


まだ眠そうな二匹に毛布をかけ直してやってから階下に降りると、食堂らしき所に皆が集まっていた。


「ごめん、なんか寝すぎたみたいで」


両手を合わせながら謝っていると、目の前のテーブルにコトリと皿が置かれる。

塩こしょうが振り掛けられた目玉焼きに、カラフルなサラダ、白いパン、何だか黄色いスープ、柑橘系の果物が3切れ。


おお…。


次々置かれていく美味しそうな食事に驚いていると、続いて、悠一の寝癖も霧吹きのようなものとドライヤーのような魔道具で綺麗に直してくれる。

なんだこの至れり尽くせり感。


「おはようございます、ご主人様」


半ば茫然としている悠一ににっこり微笑むのは、昨日新しく所有することになった少女の一人だった。

栗色の髪と瞳の可愛らしい16歳の少女で、名はマロン。

瑠璃から一連の嘘を聞く過程で、彼女達の得意分野も聞いている。

このマロンは、家事全般が得意だということで取り仕切るよう頼んだのだ。

皆大体家の事は得意だと言うので、建物の管理は彼女達に託すつもりでいる。

可愛らしいメイドさん達の誕生だ。

着てる服は盗賊から搾取したものだが。


…やっぱり、制服作るか。


それにしても、待遇が凄すぎて着いていけない。

彼女達は、ハルシオンの奴隷商館が高い理由を体現している。

彼女達は農家の娘なのに、仕草や物腰にそれらしき所がない。

出して恥ずかしい品では困るのでは、とレグルスが以前言っていた意味が分かる。

貴族の家で、使用人として働いても差し支えないくらいだ。


俺ごとき、そんなに甲斐甲斐しくお世話してくれなくても大丈夫なんだけどね。


彼女達は解放することは瑠璃に反対されている。

魔力なしというのは、悠一が想像する以上に当たりが厳しいようで、悠一の奴隷でいた方が危険が少なく尊重してもらえると言われてしまえばどうしようもない。

精々、彼女達の働きに見合う環境提供に尽力して返そう。

既にこの世界に置いて、あり得ない厚待遇をしている自覚は相変わらずない男だった。


「ん?」


よく見れば、メイドとレグルスとラウル、瑠璃の姿が見えない。


エリスに寝坊を重ねて詫びつつ訪ねると、メイドは悠一が頼んだように拠点の要るもの要らないものの仕分けをしていて、レグルスとラウルは手合い、瑠璃は何だか拠点を散策しているということだった。


あー、昨日はサボったようなものだからな。


真面目な二人を思って苦笑した。

レグルスは買ってから、ラウルは旅に出て以来、毎朝手合いと鍛練を行うのが日課になっていたのだ。

昨日出来なかった分、二人でやることにしたのだろう。


ご飯を有り難く頂いて、悠一はエリスと今後の予定を立てる。

とりあえず今日直ぐ出る気はエリスもなかったようだ。

この拠点をある程度整備して住めるようにし、まだ残っているだろう盗賊の対策を練らなければ旅に出るのは難しい。

アルダスの奴隷に、建築の技術を持っている者がいれば有り難いのだが。


そんな事を考えながら、外回りはあまり見ていなかった事を思いだし、外に出ることにする。

メリエルとスピカはメイド軍団に加勢、エリス達はリリアスに行くルートを決めるために食堂にいるという事なので、そちらの事は頼んでしまった。


他の仕事を片付けよう。


外に出て早々、悠一はレグルスに捕まった。

昨夜戻ってきた盗賊がいたから捕らえたが、どうしたらいいか、という話だった。


そんな奴いたのか。


一瞬、唖然としながら悠一は顎を掻いた。

考えれば当たり前だ。

無邪気に惰眠を貪っていた我が身が愚かしい。

レグルスが優秀で助かった。


何せ俺、寝てたし。


何でも、レグルスは種族的にそんなに寝なくても大丈なようだ。

心底羨ましい。

人間には寝なくても大丈夫なタイプと、寝ないと活動困難なタイプがいるが、悠一は確実に後者だ。

寝ないと体を壊す。


お礼を言って、ハルシオンへ送り飛ばす。

遊緋に一度で一掃するのはまず無理だろうと言われていたこともあり、対応ルートは既に確保済みだ。

後は随時カウンターに連れてきて構わないと言われていたため、その通りにする。


今日は受付にミレーネがいた。

彼女は相変わらず、旅立った悠一が何故ここにいるのかなど、悠一に対する疑問は山ほどあるのだろうが、無駄なことは一切言わずにお疲れ様です、と微笑むだけだった。

優秀な人だと思う。


新たに盗賊六人を突き出すと、思い出したように昨日の段階で査定が終わった分のお金の用意があると言われる。


遊緋さん、仕事早すぎ。


あれだけの規模だから、まあ当然なのかもしれないが、高名な盗賊団だったようで懸賞首が沢山いたようだ。

結局誰だか分からず仕舞いだが、お頭に至っては白金貨十枚、つまり日本円なら一千万円の懸賞金が掛かっていたらしい。

何をしていたのかを知りたいとは思えないが、羽振り良さそうな拠点だったことからかなり稼いでいたことは分かる。

これで、幾分安全にハルシオンを出られるだろうと非常に感謝された。

結構襲われて命を落とす商人なんかが続出していたようだ。


以前と同じように、使いにくいので出来る範囲で金貨に崩してもらう。

百万単位のお金なんて、早々使えない。


お頭が白金貨十枚、上幹部が五枚の五人、中幹部が三枚の十五人、下幹部が金貨七枚の六十人分の懸賞金が受け取れる。

ただし、彼らは賞金首なので、裁判に掛けられて直ぐ処刑されることになるということだった。

また、ただの平盗賊は一人銀貨二枚の賞金しか出ないが、処刑されることはなく犯罪奴隷として売り払われる。

その金は全て入ってくるらしい。


ギルドに旨味がないように思われるだろうが、ギルド自体が安全を計るために設置されている大陸の機関のようなものなので、損得で動くものではないようだ。


懸賞金が白金貨124枚と金貨8枚、銀貨6枚。(12,486,000クローネ)

売り払われて手に入ったお金が、白金貨2枚と金貨3枚銀貨8枚。(238,000クローネ)

締めて、12,724,000クローネ。

日本円で一億二千七百二十四万円の収入だ。


…凄いな。


悠一は計算しながら、若干顔を引き攣らせた。

まだ探していないが、隠し財産のようなものもありそうだったし、アルダスの奴隷を買い占めるには十分過ぎる資金だろう。


金があれば使いたくなるのが人間というものだ。

悠一はまたフードを目深に被り、ハルシオンの服屋に足を伸ばした。






その日、悠一はクラシカルなメイド服を発注し、 常連となりつつあるとある店の服を買い占める勢いで物色し、食材や気になる家財なども一通り押さえて拠点に戻った。


メイド服はデザイナーの心を擽ったらしく、広めるのを認可する代わりにタダでくれるらしい。

良心的過ぎて怖い。


その後、ハルシオンの貴族の間でメイド服が爆発的に売れ、逆に悠一の元へ幾ばくかの金がなだれ込んでくるのだが、この時の悠一にそんなことを知る術はなかった。


買い物まで終えて拠点に戻ると、大分片付けが進んでいた。


盗賊が住んでいた様子を残しておくのも気分が良くない上、建物自体は悪くないのに汚くてそのまま使う気にはとてもなれなかったのだ。

一度家財関係を見直す必要もある。

その為に、拡張魔法を適当な袋に付与しメイド達に渡してあった。

物珍しげに見ていたし、瑠璃は顎が落ちる勢いで驚き食いついていたが、そのおかげで大分捗ったようだ。


悠一は皆を集めて、要るもの要らないものを分別し、要らないもので使えそうな物はハルシオンに持っていって売ることに決める。

収納には困らないが、使わないものを取っておいても仕方がない。


掃除の段階で意外な活躍を見せたのは、スピカと満月だった。


生活魔法の“洗浄”を拡大したような水魔法で、スピカが建物の汚れを一掃し、満月が温かくて穏やかな風を起こして埃と水を飛ばす。

仕上げに、補強が出来るまでの繋ぎで悠一が強化の魔法を付与した。


ここまで終わらせた所で、朝から散策に行っていたらしい瑠璃が帰ってきた。

彼女の魔力操作は素晴らしい。

尤も、悠一が許可を与えないと使えないという欠点はあるが、大体の使用許可は与えてあるため一人で散策くらい心配する必要は全くないのだ。

片手に例の拡張魔法付きの袋をぶら下げた瑠璃は、すごい勢いで悠一に突進してきた。


「ちょっとご主人様!すごいの発見したわよ!」


何だか聞き覚えのある台詞である。


「…何?」


剣幕にちょっと引きながら問うと、いいから来て!と強引に腕を引かれる。

皆は、選別し直した家財を中に運び込んでいるというので、手を引かれるまま二人で裏庭に向かった。


「ここよ」


瑠璃が指し示したのは、緩やかな坂の反対にある崖のように切り立った一角に伸びる細い坂だった。

この拠点には飛ぶか坂を上がるかしないと入ってこられないのだ。

その坂は途中で切れているため、恐らく上からしか降りれないだろう。


瑠璃に連れ立って坂を降りると、かなり大きい洞窟がぽっかりと口を開けていた。


「ほら、見て」


指差された先には生き物がいた。

何だか覚えのある展開である。


「…鳥?」


また鳥か。


そう思ったが、今度は本当に鳥だ。

かなりの大きさがあるが。


「この鳥、フレイって言うの。人を乗せて空を飛べる上、とっても賢くて大人しいから移動手段として重宝されてるわ。ただ、高いから貴族位しか普通飼っていないけれど」


瑠璃はそう説明する。

成る程、関係ない事だがお頭があの階段を一々上がっていた訳ではないらしいことが分かった。

最上階にはかなり大きいバルコニーがあったから、フレイに乗って移動していたのだろう。

そのフレイは、洞窟の中に全部で七羽いた。

生成り色、というのだったか、少し黄みかかった白い羽の鳥だ。

体長は2mくらいある。


「知ってる?人とは別に、隷属の魔法…つまり誓約の魔水晶で従えられる動物が売っている所があるの。フレイはその中でとっても人気の動物なのよ。一羽あたり、白金貨十枚は下らないわ。便利な子達だし、ご主人様ならこれくらい従えるの何の問題もないでしょ?」


白金貨十枚。

高級車並みの値段だな。

間違ってはいないのだろうが。


瑠璃は、暗に従えろと言いたいらしい。

飛べるタイプの魔物が欲しいと思っていたのだから、丁度いいと言えば丁度いい。

悠一は瑠璃に促されるままにフレイと隷属契約を結んだ。


「そう言えば、やけに膨らんでるけど中何入ってるんだ?」


最低限とは言え、拡張魔法が掛かっている袋をこんなに膨らますのはかなりの技だ。

瑠璃は楽しそうに答えた。


「折角魔法使えるようになったんだから、付与魔術師として再活動しようと思って。お金も稼げるし、家の拠点にも魔道具色々必要でしょ?他にも色々必要なものがあるし…ああ、私が材料集めて作るから何も買わなくて大丈夫よ。これはその為の材料の一部」


そう言って開けてみせた袋の中には、ぎっしりと魔水晶やら薬草やら、魔物の素材やらが詰まっていた。

瑠璃は色々な事に手を出していたらしく、薬の調合や錬金の一端まで行えると言う。


予想以上に頼もしい人材だったようだ。


彼らにここを任せてしまえば、明日にも移動出来るだろう。

とりあえずエリスにそう言ってみるかと思いながら、瑠璃とフレイに試し乗りする。


滑るように飛ぶってこういうことか…!

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