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渡り人~異界の魔術師~  作者: 李珠
第2章 リリアス
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ハルシオンの魔女


根城の最上階で大きな卵が見つかったり、スピカが大興奮したり、悠一が孵したドラゴンこと桜(♂)に何故か父親ではなく母親認定されている頃、鈍色の少女…カタリナは地下で他の少女達と話し合っていた。

ということはなく、一人策略を練っていた。


先程まで虚ろな表情を浮かべていた少女達は眠っている。

あれは盗賊に捕まった時、録な目に合わないことを想定したカタリナによる魔法なのだ。

盗賊に身を汚された、なんていうのは全くの事実無根の作り話だし、少女達は空腹以外の不調も特にない。

ここの盗賊達は羽振りが良く、奴隷を奪ったからといって虚ろに目をさ迷わせる怪しげな少女達に手を出すほどには飢えていなかったらしい。

役に立たないと知るや、死なない程度の食事しか与えられないものの地下に放られたまま今日を迎えた。


かといって、カタリナが悠一に話した内容に嘘はない。

ちょっぴり話を盛ったり、聞きづらいだろう際どいワードを織り混ぜたりして、如何にもそういう事があったかのように振る舞っただけだ。

両親に疎まれ貴族に売り払われたことも、魔力を取り上げられたことも、全て偽りない本当の事だった。

だから、その魔法を施した時も直接的にそれを行使した訳ではない。

体内に埋め込んできた、とある魔道具を使って事を成したのだ。


嘗てのカタリナは、著名な魔法研究家で、優秀な付与魔術師だった。

ハルシオンでは魔女と呼ばれ、この年にしてはかなり悠々自適に暮らしていた自信がある。

研究で食べていけるようになりたかったのは本当の事だ。

カタリナが財を築いたのは、付与魔術による収入で、研究は財を食い潰すものにしかなりえなかった。

それでも、カタリナは新しい魔法に意欲的だったし、何時か全貌を垣間見たいという欲求だけは人一倍強かったのだ。


魔力を奪われ、再度売り払われたカタリナは、付与魔術としての弟子達の手により助けられた。

しかし、最早魔術師としての価値がなかったカタリナは元の世界には帰れない。

だったら、奴隷商館で知った事実を暴いてやりたい。

そう思って、自らその門戸を再度叩き、今に至る。


カタリナが暴きたいとある事情とは、ともすればかなり厄介な事案だ。

いかにもきな臭いアルダスという大国が、何故か魔力なしという無価値扱いされてきた人間を集めているいうのだ。

昔のカタリナならこんな無謀なことはしなかっただろう。

だが、魔法に全てを打ち込んできたのにそれを無くしたカタリナの絶望は周りには計り知れないほど深かった。

半ば、死地へ赴くような思いで奴隷に戻ったのだ。

本来ならば、カタリナ達はとうにアルダスにいた筈だった。

なのに、盗賊の手により阻止され、いく先は地下牢。

カタリナは、死ぬ大義名分を失った。

しかし、失意に暮れていたカタリナはまだ終わっていなかった。

カタリナの目の前には、死にたいという思いを覆すような新しい興味対象が現れたのだ。

無表情を貫きながら、カタリナは内心で己に降ってわいた幸運に狂喜乱舞し、創造主に感謝の祈りを捧げた。


盗賊達の居城に乗り込んできて、カタリナに詰問をしてきた青年。


彼は、すごく興味深い。


魔法が使えないのは痛い。

ついさっきまでは死のことしか考えてなかったくらい痛い。

しかし、そんなことは全て吹っ飛んでいた。


奴隷になった時も、誰かに頭垂れた記憶などないが、彼の側に置いて貰って色々観察させて貰えるなら傅いても構わないと思うくらいだ。

いや、寧ろ彼の側にいられるなら何でもやりたい。

何なら子供を生んでも良い。

いや、生ませてくれ。


何せ、彼が纏う魔力は、それはもうゾクゾクするほどだったのだから。


今まで見たことがない位の馬鹿デカイ魔力だった。

魔法史上主義者のカタリナにとって、彼より魅力的な存在などこの先現れる訳もない。


(あの人に近づくにはどうしたらいいかしら)


カタリナは真剣に考える。

同情を買うための一芝居は中々上手くいったと思う。


こんな傷痕だらけの貧相な身体で誘惑?

それは不可能だ。

隣にいたプリンプリンの美少女を見ておいて、そんな勇気が出たら確実に頭が沸いているだろう。


頭の良さを売り込む?

彼がカタリナの研究に興味を持ってくれれば勝算はあるだろう。

だが、絶対ではない。


色んな案を頭に巡らせながら、カタリナは確実な手段を選ぶことを決める。

何せ、奴隷を解放してやろうなんて超が付くほどのお人好しだ。

この策ならば、確実に側に置いて貰えるだろう。

自分の案に頷く。


そして、少女達の暗示を解いた。


「あれ?カタリナさん?」


少女の一人が首を傾げながら身を起こす。

カタリナは少女達のリーダー的存在だった。

元々、彼女達は農村出身の純朴な少女達なのだ。

見た目はともあれ、中身が強烈で苛烈なカタリナに逆らうような気概のある者はない。


カタリナはにっこり微笑んで彼女達に告げる。


「良いご主人様候補を見付けたから、全力で泣き落としに行くわよ」


と。





外に出たカタリナは驚きで固まった。

青年の肩に乗っている桜色の物体。

あれは、ドラゴンだ。

様々な文献に出てくる、高潔にして高慢な生き物と言われる、神聖なドラゴンなのだ。


(ホンット規格外だわ)


ますます近くに置いてもらいたくなる。


というか、置かせるけど!!


見た目は非常にクールなまま、強い決意を胸にカタリナは彼らに近付く。


絶対置いてもらうんだから。


しかし、現実は想像とは違うものだった。


「いいよ」


「え?」


物凄く緊張した感じを演出しながら、置いてもらいたいと切り出したカタリナに二つ返事でそう返ってくる。


「だから、別にいいけど。どうせ人足りてないしね。掃除とか料理出来る?」


淡々とそう返され、カタリナは固まっていた。


「は、はいっ。頑張ります!!」


顔を綻ばせながら手を合わせて喜ぶ少女達と、今一つ納得がいかないカタリナ。


(…一応涙を捻り出す準備まで万端だったんだけど…)


使うまでもなかった。

何なんだろう、この人は。

寛容なのか、馬鹿なのか。


呆けた顔のまま固まっていると、カタリナの肩に青年の手が乗る。


「ちょっと話せる?」


そう聞かれ、カタリナは顔を引き攣らせながら頷いた。






鈍色の少女が、悠一の側に置いてもらいたい、つまり奴隷として所有してもらいたいと言ってきた。

それは、願ったりかなったりだろう。

何しろ、悠一は彼女が気になっていたし、魔法を研究していたという言葉を信じるなら今までにないタイプの人間を味方に引き入れることが出来る。


他の少女に聴きたいことは特にない。

追々話していけば良いことだ。

とりあえず聞いておきたいのは、彼女の魔法の事だった。


メリエルと契約を交わした後、二人は将来的にどんな者が味方にいたらいいかと思案しあっていた。

結論は大雑把だ。


悠一が欲しいと思う者を引き込もう。


彼女は間違いなく、悠一が欲しい人材だった。

ファミリーの事を知ったメリエルは、悠一に1つだけ助言をした。

何時だって頼れるか分からない人達ならば、身内で解決出来るような人選が好ましいのではないか、と。

悠一もそれには納得だった。

ファミリーを信用していない訳ではないが、彼らは所詮創造主リオの家族だ。

悠一の有事に何時でも動いてくれると期待するのは賢明でない。

悠一も一員である自覚はあるし、今までも再三助けられてはいるが、自分の味方を作るというのは強ち間違っていないだろう。

形は違えど、似たような家族を築いているファミリーは多そうだ。

実際、巳夏にも大勢の部下がいるようだった。

悠一はそれに頷き、1つ決めていた事がある。

鈍色の少女は、味方に引き込む。

有益そうで、反応も悪くないなら眷族契約のことも考えている。

契約を交わせば、彼女は悠一の魔力を自由に使える。

研究職の味方はいて損はないだろう。

そう思って、彼女を二人きりになるべく誘ったのだった。






「君は何の魔法が得意だったの?」


悠一の質問の意図を探るように、少女はじっと悠一を見つめる。


「得意だったのは、火と土。でも全部使えたわ。今はもう出来ないけど」


彼女の本当の話し方を知っている悠一は、いきなり主扱いされることに妙な違和感を覚えて元に戻してもらった。

この子は、この方がいいような気がするのだ。


その後、やってた研究のこと、付与魔術師としての仕事、ついでに一緒にいた少女達の得意な事なども聞いていく。

話していく内に分かったのは、彼女が見た目通りの人間でないこと、魔法を本当に愛していること、研究内容が思っていたより有用なものであること、…そして、悠一に好意を抱いているらしいこと。

これは朗報だ。

若干、戸惑いもあるが。

急いではいけないと思いながらも、彼女程魔法と研究を愛している人なら大丈夫なのではないか、という思いが浮かんでくる。


「…もし、俺に君の全てをくれるなら、また魔法が使えると言ったら君はどうする?」


彼女は固まっていた。


「…それ、嘘だったら冗談にもならないわよ」


半ば涙目で彼女は悠一を睨んだ。

言って良いことと、悪いことがあるでしょう?

そんな意味を込めた目線に、悠一は顔を綻ばせた。


ああ、彼女なら大丈夫だ。


悠一は確信する。


「その代わり、捨てるものも多分多いけど」


悠一からの最後の注意換気だ。

しかし、彼女は全く躊躇わなかった。


「私は、魔法以外何も要らないわ」


「流石だね」


きっぱりと言いきる彼女に、悠一も苦笑を禁じ得ない。

そして、彼女は悠一と契約を交わした。






「…ねえ、私に新しい名前をくれない?」


彼女は魔法を試し打ちしながらそう言った。


「…名前?」


悠一が怪訝そうに問うと、彼女はこちらを見もしないで答える。


「こんなことって自分でも思うけど。生まれ変わった気分なの。それに、自分を捨てた人達が付けた名前なんて要らないわ」


彼女らしいといえば彼女らしい。


悠一は少し考えた。

彼女に相応しい名前はなんだろう。

お世辞にも悠一のネーミングセンスは凡庸の域を出ない。

そして、彼女の目を見て決めた。

知性の、蒼。


「君は、瑠璃。瑠璃にしよう」


瑠璃。

綺麗な蒼い宝石の名前。


「…ありがとう。綺麗な名前ね」


彼女は少し目を見開いて、初めて無表情を崩して微笑んだ。


その日、悠一は根城、もとい拠点と契約者二人、新たに奴隷を9人手に入れた。


「…とりあえず、昨日徹夜だったし早く寝ようか」


そんな悠一の一言で、銘々居場所を選んで早い就寝についたのだった。


…出発するにも、色々片付けないと無理だな。


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