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渡り人~異界の魔術師~  作者: 李珠
第2章 リリアス
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番外編:濡れ鴉の少年


始めて見た時から、悠一は変わった男だとラウルは思っていた。




ーーー濡れ鴉の少年ーーー




悠一との衝撃の出会いから早三日。

ラウルは悠一と薬の調合の依頼の為に、店を訪れていた。

ヒメジオンの森で一騒動あってから、ようやく供給されてきた薬草の多さに薬師達は悲鳴を上げていたのだ。


「ね、これ此方でいいの?」


何時もより幾分子供っぽい話し方で、悠一は老薬師にそう尋ねる。

何故か悠一はその老薬師にいたく気に入られ、敬語をやめて欲しいと重ねて言われた結果、こうなっているのだ。

そんな様子を横目に、ラウルはひたすらゴリゴリ薬草を刷り混ぜていた。


「ああ、そうだよ。悠一くんは覚えがいいねぇ」


嬉しそうにそう笑う老薬師に、照れ臭そうな笑みを浮かべる悠一。

端から見れば、孫が可愛くて仕方ない祖父と孫である。


お前、キャラ違うだろ。


そんなことを思うラウルは、ひたすらゴリゴリ薬草を磨り潰していた。

ラウルは魔力を込めるのが下手だ。

どのくらい下手かと言うと、魔水晶に魔力を込めるのも厳しいくらいに下手だ。

そんなこんなで、ラウルは薬の調合が出来ず、ひたすら薬草を磨り潰すという作業に全霊の力を込めていた。


「本当に助かったよ。ありがとうね」


また来ておくれ。

夕方近くなって、ノルマ以上の仕事をこなした二人は笑顔の老薬師に見送られながら店を出た。


「…お前、薬作ったことあるのか?」


そうラウルが聞くと、悠一は何でもないように答える。


「うーん、薬はないな。昔から、手先だけは器用なんだよ」


店を出た悠一は、いつも通りの素っ気ないとも取れる淡々とした調子に戻っていた。

ここ数日の間で、悠一が無愛想なのではなく、単に表情の起伏が乏しいだけだと理解しているラウルは気にも止めない。


悠一の薬の調合は見事なものだった。

ラウルはその辺には全く詳しくないが、老薬師…ヴィルシュという男の気難しさは知っている。

そんな彼に気に入られ、また来て欲しいなんて言わせたのは、恐らくこの男だけだろう。

作り方を聞いていたのも最初だけで、後半は何も言われなくても黙々と多種の薬を作り上げ、あまつさえ素晴らしい出来だと絶賛されてすらいた。

なのに悠一は、


「ヴィルシュさんやさしーし」


などと気の抜けた事を宣っているのだ。


断じて言おう。

それは、悠一にだけだ。

いつも雑用を押し付けられ、嫌みの一つ二つを言われながら仕事をこなしていたラウルは断言出来る。

あのじいさんが優しい?

あの光景はいっそ夢だったと言われた方がまだ納得出来る。


名足悠一という男は変わっている。

見たことがないタイプの容姿もそうだが、注目すべきは見た目と中身が全く噛み合わない事だろう。


まるで鴉の濡れ羽のように真っ黒な髪と瞳の少年。

ーーー年的には青年と言って差し支えない年だが、見た目が妙にあどけないので少年と言わせてもらおう。

一般人よりは鍛えていることが分かるが、冒険者を名乗るには細すぎる体躯。

変わった色の綺麗な肌。

切れ長の瞳が冷たそうで、小振りなパーツが幼さを、物憂げな雰囲気が妙な色気を助長する。

悠一は、一見風変わりで中々綺麗な少年だ。


しかし、当の悠一の中身は愛想の欠片もない、普通の男だ。


いや、普通ではないか。


結構な常識知らずで、冷たい癖にお人好し。

敬語もとりあえず使ってる感が満載で、端から人と仲良くすることは想定していない立ち居振舞いだ。


だが、そんな悠一は仕事になると一変する。


「ありがとうございました!またお越しください」


お前誰だよ。


呆けながらラウルが見つめる先には、無駄に爽やかな笑みで客を悩殺する悠一の姿があった。

悠一は仕事になると、人によって対応を使い分ける。

妙に器用な男なのだ。


いやホント、詐欺だって。


薬の調合の依頼を済ませた翌日、今日は今日でラウルは悠一と店番の依頼を受けていた。

任されたのは屋台の仕事だ。

器用な悠一が売り物を作り、ラウルが売る。

最初はそうだったのだが、もたもたしているラウルを見かねて現在は悠一が台に立っている。

この屋台は殆どいつも出ている見慣れたものだ。

にもかかわらず、今日は何時もよりやけに客足が多かった。

噂の冒険者を見たい人間と、少し噂になっている小綺麗な店番の接客が受けたい人間で半々といった所だろう。


ここ数日一緒にいて思う。

悠一は、穴がない。

初日は教会で大工作業だったが、ラウルが脚立を搬送している間に、悠一はするすると屋根に上がっていってあっという間に終わらせてしまっていたし、図書館の整理を頼まれた時も元より綺麗に仕分けて非常に感謝されていた。


お前何者だ?


強ち冗談でもなくラウルがそう聞くと、悠一は肩を竦めながら、


「そういう教育方針の元で育ったんだ」


と答えて、会話は終了するのだ。


悠一の家の家庭指針がよく分からない。


一見、悠一は良いところのお坊っちゃんにしか見えないのだが、そんな雑用を叩き込まれている所を見ると一概にそうとも言えない気がするのだ。

彼の謎は深まるばかりだった。






そのまた翌日、近くの農村でゴブリン被害が甚大だと言うことで、ラウルはその依頼を受注し、悠一の到着を待っていた。

ふと、カウンターに設置された時計を見て、約束の時間を過ぎていることに気付く。


おかしい。


悠一はここ数日しか共に行動していないが、それでも遅刻するタイプの人間ではないことくらい分かっている。

悠一はラウルとはまた違った意味で分かりやすい人間なのだ。

変に取り繕う所がないからかもしれない。

仕事を共にしだしてから、いつも早く来ているのは悠一の方だった。


何かに巻き込まれたのか。


ラウルは受付員に言付けると、足早にギルドを出た。

生憎、宛はそう多くない。

とりあえず、悠一が仮住まいしているという宿へ向かう。


都市内にあるのだから想像はしていたが、予想以上に綺麗な建物だった。

ラウルの中で、悠一ぼんぼん説が再浮上する。

無駄に敷居が高そうな扉を開け、ラウルは気まずい思いになりながら中に入った。


宿から飛び出したラウルは、走っていた。

いかにもあの宿の主人らしい上品な女性に、悠一はとっくに宿を出たと聞いたからだ。

やっぱり何かに巻き込まれたのだ。

宛もなく走り回っていると、程近い路地を塞いでいる柄の悪い男達が目に映る。

直感だった。


「なあ、何やってんだ」


そう凄んだラウルに、怯んだ男達が逃げてゆく。

ハルシオン最高ランクの名は伊達じゃない。

ラウルを見て、真っ向から向かってくる人間はそういない。

ラウルは路地に入り込み、目を剥く。


「アンタ達、ホント飽きないよね」


あ、悠一だ。

そう思った瞬間、男の巨体が飛んできたからだ。


「うおっ?」


寸でのところで躱すと、どうやら悠一が蹴りあげたらしいことが分かる。


…こいつ、素手でも強いのかよ。


意外すぎる。

悠一の周りになぎ倒されたらしい、十数人の男が転がされているのを見てラウルは少しだけ意識が遠退いた。


「あれ、ラウル?」


今の声で気付いたらしい。


「お前なぁ…」


何時からだよ。

こんなやつらに絡まれてるの。


そう口を開こうとして、悠一に遮られる。


「ごめんな、遅刻して」


そうじゃ、ないだろ?

ラウルは申し訳なさそうな悠一を見ながら、何か蟠りが胸に溜まってゆくのを感じていた。


その日のゴブリン退治で、悠一は魔法を使わなかった。

どうも、小物過ぎると却って使い勝手が悪いという。

普通に剣でゴブリンをなぎ倒していく様を見ながら、本当に規格外の奴だと思う。


悠一を最初に見た時の感想は、こいつは不味い、だった。

見たことがない造作に加え、変な男臭さがない彼は、荒くれ者の多い冒険者社会で色んな意味で食い物にされそうだと危惧させられたのだ。

実際は彼は大した魔法使いで、そんな心配なんて全くの杞憂だったが。


その日、都市外にある家に戻ったラウルは剣の手入れをしながらずっと考えていた。

俺は、どうしたいんだろう。

なんで、彼奴に頼って貰えないことがあんなに悔しかったんだろう。

勝手に首を突っ込みにいくのは、俺の専売特許だったじゃないか。


ただ、困ってなかったから言わなかったことは分かっている。

でも、ラウルは同時に思った。


こいつは、もし死にかけても誰にも助けを求めたりしない奴だ。


だって、いつも遠い目をしている。

回りに囲まれているのに一人でいる。

そして気付く。


俺は、彼奴に頼って貰いたいのか。





男の俺がこんなことを言うのはおかしいのだろうが、悠一は傍目から目を惹かれる男だった。

珍しい容姿、凍った瞳。

群れずに、一人で飛んでいる。

見た目さながら、鴉みたいな男だと思った。


悠一はお人好しだとラウルが言う。

それはお前だろ、と悠一が笑う。

子供っぽいのに変に大人びた彼の、幼くなる笑顔がラウルは好きだった。


ラウルに友人はいない。

元から頼れる人間が少なかった事に加えて、早くから仕事を始めたラウルは、同年代にとって先輩だった。

悠一は、数少ない友人だ。

だからこそ、身の内に入りたいと思う。


程なく、彼は居なくなってしまうのに。





それから数日、悠一は午前だけ仕事をして、その後は宿に籠るようになった。

絡まれる回数が激増した、と面倒くさそうに謝ってきた悠一は珍しく疲れていて、ラウルは何も言えなかった。


ふらふら歩いていると、目の前に悠一がいた。

声を掛けて、しまった、と思う。

奴隷商館の前だったからだ。

決まり悪そうな悠一を見ながら、ラウルは意外だ、と思ってすぐその思いを振り払う。

意外とこの男の中身が普通であることは分かっているじゃないか。

そこから数日、悠一には全く会わなかった。


非常に美しい奴隷を連れていた、一気に三人も買った、奴隷に高い服を与えていた、…どうやら旅の準備をしているらしい。

彼はハルシオンで非常に注目されている為、出歩いている状況は直ぐ耳に入ってくる。


行くのか。


そうだろうな、と思う。

悠一はハルシオンにいるような人間じゃない。

こんな所にいるとすれば、それは彼がこんな街を作った時だろう。


俺は、どうしたいんだろう。


迷宮に行ってみたい。

その夢に嘘はない。

しかし、今までここを出るチャンスなんて幾らでもあったことをラウルは自覚していた。

ここから一番近い、レギトの迷宮ならそれほど掛からず行くことも出来るのだから。

大都市と呼ばれる程の成長を見せる町は大体が迷宮に近い所にある。

物資が行き交いやすいので、街も成長しやすいのだ。


ハルシオンを作ったドリュス伯爵も、迷宮で名を上げた大剣使いだ。

冒険者として名を上げ、爵位を貰って街を興す。

ファーレンではよくある話だった。

何せ、建国して150年という浅い歴史しか持たず、その癖国土は一番広いのだから未開拓地は山のようにある。

自分で築いた財産を使って、自分の街を興すというのは、冒険者の最終的な夢なのだ。


ラウルは自分の街が欲しいかと聞かれるとよく分からない。

元が孤児なので、敬われるのは向いていないというか、落ち着かないのでむしろ嫌だ。

ハルシオンでトップ扱いされているのも、落ち着かないといつも思っているくらいなのだから。

本当は、2番手3番手くらいで好き勝手したいのかもしれない。

バカをやっても笑ってくれるリーダーがいて、リーダーが周りを纏めるのに協力する。

そんな関係を望んでいたのかもしれない。


寂しかったんだろうか。

ラウルは考える。

どうして今までハルシオンを出ようと決意出来なかったのか。

一人で知らぬ土地へ行くのが、寂しかったのかもしれない。





翌日、煮え切らない気持ちのまま習慣でギルドへ向かったラウルは、あれ以来見掛けなかった悠一の姿を見つける。

何となくふわふわしていた足取りがしっかり地に着いていて、見ない間に何かが変わったと思わされた。


悠一はやはりハルシオンを出るらしい。

ラウルは眩しいものを見るような気持ちになる。

寂しくなるな。

本当に、そう思う。


一瞬年甲斐もなく泣きそうになったラウルは、意外な顛末を迎えた。


ーー一緒に行かないか?


え?


まじまじと見てしまう。

一緒に?

誰が?

誰と?


俺と、お前が。


なんで、それを思い付かなかったんだろう。

悠一なら、ラウルが望むリーダーになれるじゃないか。

尤も、数日前までの悠一にそんなことを言っても意味がなかった気もするが。

勝手に変わってきた友人を、ラウルは恨めしげに見つめる。


俺には、何にも言わなかった癖に。


同時に思う。


これからは、勝手に首を突っ込んでやるから覚悟しろよ、と。


「お前、変わったな」


そう言うと悠一は決まり悪そうに笑う。

ラウルも笑い返した。

行くかって?

そんなの、決まってるだろうが。


「当たり前だろ」


お前となら、でっかい夢を見られる気がするんだよ。


そして、もう1つ思う。

ふらふら飛び回るのは、もう止めさせてやる、と。


見てて危なっかしいんだよ!

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