謎の卵
契約を交わした後、何となく二人でとりとめもない会話を楽しんでいたら、すごい勢いでスピカが走ってきた。
鈍色の少女が他の少女と話をしている間、悠一は根城の監視するために外にいたが、他の人達は中を捜索していたのだ。
「ご主人様!凄いのですよ!中、中に来てください!!」
「「?」」
メリエルと顔を見合わせて首を傾げる。
スピカは珍しく大興奮で、何を言っているのかちょっと理解出来ない。
「うーん、メリエル悪いけどこれ見ててくれる?」
「はい、いってらっしゃい」
ぽいっと巳夏の地図をメリエルに放った。
メリエルはきょとんとしていたが、意味が分かったらしく、笑って送り出してくれる。
契約まで交わしておいて隠し事はなしだ。
そう考えた悠一は、地図のことも含め、洗いざらいメリエルに白状していた。
主と眷族の間では念話のようなものが使える。
何かあれば、メリエルが知らせてくれるだろう。
「で、何がどうしたって?」
「見たら分かります!」
スピカに袖を引っ張られながら、悠一はマイペースに歩いていた。
改めて見ても根城は面白い作りだ。
なんと言えば良いのか分からないが…一見すると子供が家の形のブロックを積み上げて遊んだような外観をしている。
小高い坂の上に建っている上、一番高い所で10階層もあるせいで一見非常に危ない建物である。
この世界に地震はないのだろうか。
少なくとも、本当に使うなら建物の補強と回りの敷地の整備は必須だな。
悠一は階段を上がりながらそう物思いに耽る。
前を歩くスピカはひたすらご機嫌だ。
実際、手を着けたい所は今の時点でもかなりあるのだ。
馬車を無理なく通せるように坂の地面の整備をしたいし、折角余っているのに使われていない根城の後ろの敷地も開拓したい。
他にも、坂の下一帯が森のように繁っているので、幾ばくか木も伐採しなければ魔物が入ってきかねないだろう。
切った木を使って、馬小屋ならぬ魔物小屋を作るのもいいかもしれない。
何せ小高い坂の上。
背中に乗れるタイプの魔物でも欲しい所だ。
中は中で、下から上がらなければ行けない所、ある階層で橋を渡らなければ行けない所などがあるので、慣れないと行きたい所に行きつくのも一苦労だ。
これはこれで楽しいので、悠一達が慣れればいい。
ただ、中には完全に重力を無視している箇所もある。
もしかしたら、建築には何らかの魔法が使われているのかもしれないと悠一は思った。
階段をどんどん登っていきながら、各フロアの部屋を覗く。
324人もいれば、上下関係はきっちり線引きされていたのだろう。
下の階層は下っ端用だろう大部屋が並んでいて、上に行くと幹部用なのか個室に変わる。
上がるにつれて、内装もどんどん豪華なものになっていっているようだった。
部屋が多いのは嬉しい。
アルダスの奴隷がどれ程いるか分からないからだ。
それにしても、スピカは何を見つけたんだろう。
盗賊を捕らえる時に一通り見て回った筈だが、何か重要なものを見落としていたのだろうか。
悠一は首を傾げながら、スピカに袖を引かれるままに階段を上がり、橋を幾つか渡り、また階段を上がる。
辿り着いたのは、恐らくボスが使っていただろう、最上階の部屋だった。
ボスなのに一々階段を登っていたのかと思うと頭が下がるな。
…そういえば、ボスらしい奴なんかいたか?
そんなことを考えながら中に入ると、既に皆揃っていた。
どうやら悠一を待っていたようだ。
ここってこんな人入って大丈夫なんだろうか。
「ご主人様!これなのです!!」
スピカが悠一の顔面にぶつける勢いで差し出したのは、白い何かだった。
「…卵だな」
特大サイズの。
今一つ反応が悪い悠一にじれたスピカが地団駄を踏む。
止めなさい、倒壊したらどうするの。
「ご主人様!これは貴重なものなのですよ!だって、ドラゴンの卵なのですから!」
…。
なんだって?
「いやいや、おかしいだろ。なんでこんなとこにそんなものがあるんだよ。ちょっと大きいだけの卵だって」
「いいえ、ドラゴンの卵なのです!」
スピカは頭を振って断言する。
珍しいほど主張するスピカに、悠一も若干そうなのか?と思い始めた。
何せ見たことがないだけに何とも言い難い。
この世界において、ドラゴンは魔物と動物の二種類がいる。
魔物は魔素から生まれ、動物は営みから生まれるという違いがあるものの、魔物は動物に似た姿のものが実に多い。
中にはドラゴンに似た姿形のものもいるのだ。
ただし、ドラゴンに限定して言えば神聖視されているのは動物の方だけだ。
物語によく登場する彼らは、見上げるほどプライドが高いと聞く。
手懐けるのはほぼ不可能な生き物。
因みに魔物のドラゴンは狩られる定めだ。
…倒せればな。
ドラゴンとはそういう生き物なのだ。
だから盗賊と言っても手に入る入らないを別に、そんな危ないものこんな所に置くだろうかと思う。
ただのバカという可能性はあるが。
「絶対!ドラゴンの卵なのですよ!スピカは何度も見たことがあるのですから、間違いありません」
何でも、魔族とドラゴンは親密な関係があるらしい。
どちらかと言えば、魔族が下らしいが。
ドラゴンに仕えてる感じなのか?
スピカが興奮している理由はよく分かった。
人間で言えば、王子が目の前にいるような感じなんだろう。
ちょっと違う気もするけど。
王子を何度も見れるなんて、スピカは意外と上の立場にいたのだろうか。
どう思う?
そんな意味を込めて周りを見ると、皆微妙に苦笑いしていた。
「僕たちもドラゴンなんて見たことないからね」
「デカイ卵にしか見えねえ」
「スピカがそんなに言うならばそうなんでしょう」
レグルスを除いて誰も信じていないようだ。
レグルスはドラゴン云々というより、スピカを尊重しているだけのようでもあるが。
「…仮にドラゴンの卵だったとして。これ、どうするの?」
ドラゴンだろうがなかろうが、こんなにデカイ卵はお目にかかったことがない。
孵られると厄介な代物なら、いっそ捨ててしまいたい。
そんな悠一の思いと裏腹に、スピカはキラキラした目で悠一を見ていた。
…嫌な予感しかしないんだけと。
「ご主人様!この卵に魔力を込めて下さい!」
「…一応聞くけど、どうして?」
「ドラゴンの卵は、魔力を与えられて孵るのです。普通なら何十日も掛けて孵すのですが、ご主人様なら一瞬ですよ!ね?ね?」
せがむスピカは大変可愛らしいのだが、ドラゴンを孵してどうしろと言うのか。
王子が放り出されているのが忍びないのだろうか。
「…悠一様、やるなら外に出られた方がよろしいかと思います」
レグルスがそう助言をくれる。
ごめん、レグルス、そういう話は今してない。
味方がいないか見てみるが、何故か皆ちょっとだけ期待した顔をしている。
さっきまで疑ってただろ、お前ら。
「…スピカ。ドラゴンを孵してどうしたいの」
この卵がなんなのかは最早どうでもいい。
とりあえず、何とか諦めさせたい。
うっかり孵して大惨事とか笑えない。
「ドラゴンは強いですので、いい見張りになると思うのですよ!」
あ、王子じゃないんだ。
ちゃんと説明をしてもらうと、つまりこういうことらしい。
魔族の国では、魔族が魔力を進呈する代わりにドラゴンに国を守ってもらっている。
言わば共存関係にあるという。
ただし、ドラゴンを倒せるような者はいないため、実際は助け合うというよりドラゴンに助けてもらっているという形になっているらしい。
「ご主人様なら、ドラゴンだって従います」
鼻息も荒く、スピカはそう言い切った。
スピカの信頼が重い。
失敗したら普通に危ないと思うんだけど。
結論。
キラキラした目を裏切れなかった悠一は卵を抱えて、外にいた。
遠巻きに皆が見守っている。
「悠一さーん!ヤバそうだったら、骨は拾ってあげますからー!!」
遠くでモーリスが不吉なことを言って、エリスに怒られている。
皆他人事だなあ、おい。
悠一はため息を一つ吐いて卵に魔力を込め始めた。
魔水晶に込めるのとは随分違うな。
なんというか…物凄い食われてる感があるのだ。
もっと寄越せと言われてる気がして、更に魔力を込めると卵は火に包まれる。
「えっ?」
熱くはないが、思わず取り落としそうになったその瞬間、パキリ…と卵にヒビが入った。
殻を突き破って出てきたのは、白っぽい桜色の何かだった。
…くしゃくしゃでよく分からないんだが、これドラゴンなのか?
「キュルリィ?」
それは悠一をじっと見つめている。
うん…やり方は間違っていなかったようだが、こいつは確実にドラゴンではない。
なんというか…
「…鳥?」
しわくちゃの、鳥が悠一を見つめていた。
スピカに聞いたところ、この鳥はドラゴンで間違いないそうだ。
アグリアス種のドラゴン。
稀少種で、孵すのが困難なドラゴンだという。
成長しても精々3mくらいだが人を何十人も運べる程力が強く、先天的に聖火を操り、また涙には癒しの力が…とスピカが力説しだした辺りで悠一は遠い目になった。
不死鳥か。
復活はしないらしい。
ただ、羽毛に見えてその下が頑強な皮膚だから、傷付けるのはまず無理ということだが。
その話は置いておくことにして、うっとりしているスピカに並んでまじまじと監察する。
見た目は変わり種な鳥っぽい。
嘴はないが、桜色の羽毛が生えていて、羽も蝙蝠のような形ではなく鳥のようなのが四枚生えている。
頭にはクリスタルのような角が生えていて、目は綺麗に澄んだ金色だ。
生まれて程なくしわくちゃでなくなったそれを改めて見ると、確かに威厳のある生き物だと分かる。
ドラゴンなのか。
鱗ないのに。
予想外です。
とりあえず足まで羽毛が生えていて、もふもふしている所は可愛いと思う。
ずっと小さければいいのに。
「クルルィ?」
パタパタ翼をはためかせて、悠一の肩に着陸するドラゴン。
頭に満月、肩にはドラゴンってどうなんだろう。
「っていうか、もう飛べるのか」
野生の生き物って強い。
「ご主人様!名前を決めて上げてください!!」
スピカがそうせがむ。
「…俺が決めるの?」
「他に誰が決めるんだよ…」
ラウルにそう返され、顎を掻く。
「うーん、じゃあ桜」
悠一がそう言うと、モーリスが苦笑した。
「安直ですね…」
そう言われて、この世界の桜も悠一が知る桜と同じであるらしいことを知る。
おかしな話だ。
今までは努めて気にしないようにしていたが、日本語が使えるだけならまだしも、外来語とか、固有名詞まで変わらない訳がない。
どういうこと?
150年前にファミリーが干渉したのは、建国だけではないのかもしれない。
まあいいかと考えを中断して、ドラゴン、もとい桜をつまみ上げる。
首を傾げている様は愛らしいが、こんな無邪気な顔をしながら桜は悠一からどんどん魔力を奪っていた。
「…お前、でかくなったら俺に乗ろうとすんなよ」
潰れるから。
魔力は腐るほどあるので構わないが、このドラゴンを孵すのが難しいと言われる理由が分かった気がした。
並大抵の魔法使いなら多分もう死んでるからな。
桜は嬉しそうに肩に舞い戻る。
「本当に分かってるのか…?」
「アグリアス種を手懐けるなんて流石ご主人様なのですよ!」
スピカは喜んでいるが多分違う。
レグルスとメリエルは顔を見合わせ苦笑している。
「手懐けるというか…」
「お母さんだと思われているようですね」
うん、俺もそう思うよ。
桜は満月に蹴られながら、懸命に悠一にすりよっている。
必死に肩にしがみついている桜を見ながら、悠一はまた一つ溜め息を吐いた。




