魔力を持たない者、持ちすぎる者
彼女達の首輪は全て青かった。
身売したのか、借金を返せなかったのか。
どの道、犯罪奴隷の黒でも敗戦奴隷の赤でもないので、急いで引き渡しを考える必要はなさそうだ。
悠一も購入するまで知らなかった事だが、黒と赤の首輪の奴隷は、基本自由になることが許されない為、主を失えば速やかに再登録を行わなくてはならないと決まっている。
盗賊達に買われたのか、奪われたのか。
疑問は尽きないが、揃って虚ろな瞳をさ迷わせているのが気になった。
余程ひどい目にあっていたのだろうか。
悠一が思案していると、奴隷の内の一人が一連の騒ぎで顔を上げた。
視線がぶつかる。
「あ」
悠一は目を見開いて声を漏らした。
彼女だ。
鈍色の髪と、青い瞳。
ハルシオンでぶつかった少女がいた。
相も変わらぬ薄汚れた麻の服を着て、顔を土埃にまみれているが変わらない。
向こうも目を瞬いていた。
そして呟く。
「ハルシオンの…?」
彼女も悠一を覚えていた。
悠一は驚きながら口を開く。
「…ここにいる事情を聞いてもいい?」
「…」
彼女は無言で首を縦に振った。
悠一は、二人のやり取りを不思議そうに見ている面々に説明する。
「ハルシオンでぶつかって」
生憎と納得してくれたのはラウルだけだった。
「…普通、一度ぶつかっただけの人覚えてるかな?」
モーリスの遠慮がちな疑問に、他の皆が賛同する。
悠一は苦笑した。
確かに、一番初めに見掛けた奴隷でなければ覚えていなかっただろう。
しかしそんな発言は逆に怪しいだろうと考えて、口を噤む。
普通に生きてきて、この年まで奴隷を見掛けないなんてあり得ないことだから。
「とりあえず、彼女達を移動させよう。ここは寒いし、食べるものもないみたいだから」
特に異論はないようだった。
悠一は虚ろな表情のままの少女達をどうしようかと思い、彼女を見る。
彼女は首を振った。
盗賊に捕まって以来、ずっとこんな調子なのだという。
無理に動かさない方がいいかもしれない、と彼女は言った。
「逃げ出さないように魔道具を付けられているの」
どんなものかは分からないけれど。
そう言い、彼女達の足に付いている鎖のようなものを指し示した。
「…君は?」
彼女の足は何も付いていないように見える。
悠一が問うと、彼女は首を振った。
「私は付けられていないわ。役に立たないから、居なくなっても困らなかったんでしょうね」
こんなだもの。
そう言って無造作に襟ぐりを広げた彼女の左胸には、手術跡のような赤い傷が残っていた。
その後、エリスと満月と合流した悠一達は、根城の前に止めた馬車の近くで火に当たっていた。
春なので、早朝はそれなりに冷えるのだ。
他の少女達は仕方がないので、寒くないように毛布を渡して地下に置いてきた。
魔道具の効能がよく分からない以上、下手に触ることが危ぶまれたのだ。
仮に外せたとしても、まだ5時を回ったばかり。
対応が難しいため、仕方なく後回しにさせてもらう。
先程は、誰もいない筈の根城に人がいたことに動揺した面々だったが、落ち着いてみれば疑問は山のようにあった。
一番の疑問は、何故彼女達はエリスの探知に掛からなかったのか、ということだ。
地下に何か仕掛けがあるのか?
エリスは困ったような顔をしながら言った。
「多分、彼女達が魔力を持っていないから分からなかったんだと思いますわ」
悠一は一瞬固まって、言葉を呑み込む。
魔素と魔力は厳密には違う。
魔素は物質だが、魔力はエネルギーだ。
そうかと頷きながら、悠一の脳内では目まぐるしく巳夏とのやり取りが再生されていた。
確かに、巳夏さんは異世界に魔力を持たない人がいないなんて言わなかった。
魔素と魔力は違うものだ。
そこに思い至った悠一は、脱力しながら項垂れる。
勝手に悠一がいないと思い込んでいただけだ。
よく考えれば、いてもおかしくないだろう。
いないと思い込んでいたこと自体が不思議な程だ。
「…結構多いのか?」
魔力を意識しないと探知は出来ない悠一が、今まで気付かなかっただけで他にもいたのだろうか。
少なくとも、ここには十人の魔力を持たない少女がいる。
それほど珍しくもないものなのだろうか?
悠一の問いに戸惑ったような視線を交わす面々。
その様子を見て、口を開いたのは鈍色の少女だった。
「そんなに多くないと思うわ。ここにいる人は、魔力がないから運ばれていたようなものだもの。私は人より詳しいつもりだけれど、そう見掛けることなんてなかったわ」
透き通るような声だった。
無表情に近い彼女の瞳は、頭の良さを伺わせた。
巳夏を思い出させる凛とした蒼。
悠一の中では知性の色だ。
おずおずとモーリスが口を開いた。
「それは、君以外でっていうこと?」
彼女は首を振った。
「私が魔力を無くした理由は、多分レアケースだわ。私は元々魔力がなかった訳じゃないもの。元の魔力は寧ろ高い方だった」
魔法の研究をしていたの。
彼女の言葉を聞いて、エリスが目を見開く。
彼女がそれを見てふっと笑った。
「やっぱり貴女、貴族なのね。なら知ってるかしら?魔力は金で買えるのよ」
私は、貴族の男に魔力を奪われて総てを失ったの。
彼女は暗い目をしてそう言った。
どういうことだ?
エリスを見ると、彼女は悲しげに目を瞑っていた。
彼女は何でもないように経緯を話始める。
「私はハルシオン市街の普通の家に生まれて、昔から魔法が大好きだった。魔術書なんてとても買えなかったけれど、お休みには図書館に通って勉強するのが楽しみだったの。趣味が高じて、一人で色々な研究もやったわ。魔法の研究で食べていくのが夢だった。でもね、つい一月前にある貴族の男に私は売り飛ばされた。変な研究ばかりしている私が、両親は気味悪かったみたい。気付いたら知らないベッドの上なんだもの」
驚いたわ。
嘲笑うように彼女が吐き捨てる。
エリスがきゅっと、手を握りしめた。
エリスは彼女が言ったように、そんな実情があることを何となく知っていたのだろう。
「人間の体には魔力を造る器官があるんですって。私は売り飛ばされた先で、その臓器を失った。貴族って強い人が多いものね。魔力がないことで肩身が狭かった人が買ったらしいの。そして、用済みの私はまた奴隷商館に売り飛ばされた。ハルシオンの奴隷商館って高級なのよ。私たちみたいな、魔力なしは高くたって銀貨三枚くらいにしかならないもの。品物としては置けないから、質の落ちる商館に送ることになったみたい。その途中で盗賊に襲われたの」
魔力がなくなって良かったことって、盗賊が私の傷を見て変な気起こすの止めてくれたことかしら。
無理に笑うようにそう言った彼女の瞳に、光はなかった。
初めて見た時に、絶望を顔に浮かべていた理由が何となく分かる。
魔法が好きだという人間が、魔法を二度と使えない状況に追いやられたのだ。
無理もない。
彼女が語る内容に嘘はないだろう。
今の説明に納得がいく部分が多かった。
エリスの探知は魔力によるものだから、彼女達に魔力がないなら分からなかったのも無理はない。
それに、魔力を造る臓器というのも理解出来る。
一つ、こんな文明の遅れた世界でそんな解明が行われていることには違和感しかないが。
皆は話が進むごとに表情が暗くなり、聞くのを悠一に任せることを決めたように口を閉じていた。
それを見て苦笑しながら悠一は質問を続ける。
「それは貴族の間で、周知で行われていることなのか?」
それはないだろう、と思いながら悠一は聞いた。
領地を管理する人間がそんなことを認知しているなら、もっと治安は乱れる筈だし、何より遊緋が放っておくとは思えない。
ちまちま暗躍しているせいで、ドリュス伯爵や遊緋は噂ばかりが耳に入って肝心の現状に気付けていない可能性が高い。
案の定、彼女は首を振った。
「いいえ。そんなことするのは、上位貴族に見向きもされない小物の貴族よ。上の人間は下のそんな事情なんて知らないんじゃないかしら」
「あそこにいた子は皆同じ理由?」
「先天的に持ってない子が多いみたいね。お金がないから、役立たずから売られたって言っていたわ。皮肉な話よね。魔力なしなんて、大したお金にもならないのに。私と同じ理由を持つ人には会ったことないわ」
だからレアケースって言ったでしょ?
そう苦笑する。
そう頻繁に行われていることじゃないから、余計に噂のまま真相があやふやなのだろう。
悠一は彼女達の現状を思うともっと痛い方法で盗賊を捕らえるべきだった、と思い始めていた。
それで彼女達の気が晴れる訳ではないだろうが。
盗賊に襲われた少女達。
その後の状況は想像に難くない。
彼女だけは、幸か不幸か傷のためにその対象にはならなかった。
確かに、傷が簡単に治る世界において彼女の傷跡は異常だろう。
白い肌に残る赤い引き連れた傷が痛ましかった。
「臓器の売買は誰が?」
彼女は首を振った。
「そんなことは教えてくれないわ。ただ無理矢理連れていかれて、臓器を取られて、治癒もそこそこに売られただけだもの」
それはそうかと悠一も思い直す。
ただ、調べようと思えば幾らでも調べられそうだが。
魔力がなくてバカにされていた貴族を調べれば分かるだろう。
人の口に戸は立てられないものだから。
調べられそうなら調べるか。
悠一はそう決意を固めながら礼を言った。
「色々教えてくれてありがとう。この先のことなんだけど、君達でどうするか決めてもらえないかな」
自由になりたいなら、そうしてやりたい。
そう思う。
この先も人に振り回されるのは気の毒だ。
「…どういうこと?」
彼女は首を傾げる。
「奴隷から解放されたいなら、そうすることも出来るってことなんだけど。…申し訳ないけど、俺たちは君達をどうしたらいいのか分からないから」
彼女達を救おうなんていうのは、傲慢だろう。
彼女達は十分傷付いて、そこから救うことは出来ない。
ここの価値観で言えば奴隷は物だ。
でも、だからといって無理矢理奪われて乱暴に扱われていい訳じゃない。
せめて、自分達で先を決めてもらいたい。
彼女はじっと悠一を見つめて頷いた。
「…貴方、変わってるわね。普通私達みたいな奴隷を見つけたら自分のものにするか売ってしまうものなのに。分かったわ。話してくる」
そう言って彼女は根城に入っていった。
魔力を失って絶望した少女。
俺なら、助けられるけれど。
それはやはりやめた方がいいだろう。
「ちょっといいですか?」
馬車でぼうっとしながら満月を撫でまわしていたら、いつの間にかメリエルが隣に座っていた。
「勿論」
考え事を打ち切って、メリエルに向かい合うと、珍しくメリエルは真剣な表情をしていた。
何度も言うが、けしてバカにしている訳ではない。
メリエルはいつも笑っているので、真剣な表情も希少だというだけだ。
「…悠一様は、さっきの子達が気になるんですね」
悠一は苦笑した。
「あんなの見たら誰だって気になるだろ。まあね、何がしてやれる訳でもないんだけど」
「悠一様なら、助けて上げられると思います。少なくとも、あの人だけは」
あの人、鈍色の少女か。
メリエルは鈍いのか鋭いのかよく分からない。
「…それは、俺が彼女を気にしていたから?」
メリエルは頷いた。
「それも、あります」
「メリエル…俺は一応君のこともあるから、それはなしだと思っているんだけど」
悠一は彼女が気になっている。
最初に見たときに助けてやりたいと思った。
それとは別に、彼女の佇まいに目が引き付けられた。
彼女の憂いを悠一なら払えるだろう。
そうしたら、彼女は悠一の側にいることになる。
そうするのはメリエルに不誠実だ。
メリエルを可愛いと思う。
大切にしたいと思っている。
しかし、近くに置けば悠一は彼女にメリエルに抱くのと同じようなものを向けてしまうかもしれない。
メリエルはそんな内心を知ってか知らずか、微妙な面持ちの悠一を見て淡く微笑んだ。
「悠一様。私のお話を聞いて貰えますか?」
悠一は頷き、メリエルは話始める。
「悠一様がご存知の通り、私は西大陸の浅瀬にある森の中で生まれました。ヴィーラは人の肉体を持ちますが、精霊ですから、親兄弟のようなものはありません。私は、あの頃空っぽでした」
空っぽ。
あの頃のメリエルに中身はなかった。
そうメリエルは言う。
悠一は口を挟むことなく、黙って話を聞いていた。
森で生まれ、人と干渉しあうことなく生きてきたメリエルに人の心はなく、精霊らしく、生き物らしく、メリエルは淡々と自由に生きていた。
ある時森を焼かれ、平穏を崩されたメリエルは怒った。
しかし、それも人が思うような感情ではなく、自分の守るべき聖地を侵されたことに対する激情だった。
聖地を守れなかった愚かな精霊。
自分を罵りながら泣いていた時に、メリエルは捕らえられた。
逃げ出そうと思えばどうにでもなったのだろうが、聖地を無くしたメリエルにとってどうでもいいことだった。
色々な人間がメリエルに会いにきたが、メリエルは興味を欠片も持たず、ただ息をして時を過ごす。
そんなある日、メリエルに雷が落ちた。
「メリエルは、悠一様に出会いました」
「…ああ」
初めて人に興味を持った。
初めて人に興味を近づきたいと思った。
…初めて人に、必要されたいと思った。
「悠一様は優しい人だった。でも、私は貴方と一緒にいて気付いたことがあります」
悠一様は、何時も何処か寂しそうだった。
そう言われ、悠一は瞠目する。
「…それは」
俺が、君達に何も話せていないから。
呟くようにそう言った悠一の、満月を抱く力が無意識に強まった。
メリエルは首を振った。
「今の私は、悠一様の寂しい理由を聞いても分からないと思いました。…私は、空っぽだったから、悠一様に必要な言葉を上げられない」
最近のメリエルが頑張っていることは知っていた。
それは、俺の為か。
悠一は涙腺が少し弛むのを感じて、目を閉じる。
「ねえ、悠一様。寂しさを埋められる人がいるなら、求めて下さい。それは私じゃなくてもいい。…ただ、私も貴方の近くにいさせて下さい」
メリエルは泣いていた。
堪えきれなくなって、悠一の頬にも一筋の滴が伝って行く。
「…メリエル」
どうして君は、そんなに俺を思ってくれるの。
ただのバカな男なんだ。
突然降って沸いた力に踊らされて、振り回されているだけの。
…もう黙っているのは止めよう。
悠一はメリエルを抱き寄せ、耳元で囁くように声を絞り出した。
「俺は、この世界の人間じゃないんだ。それどころか、俺と同じ人なんて殆どいない」
メリエルがそろそろと手を伸ばして、悠一の頭を抱いた。
「…悠一様が寂しそうだったのは、孤独だったから?」
彼女の柔らかさに身を任せながら、悠一は小さく頷いた。
「…一人は嫌なのに、俺はいつか一人になるんだ」
そう呟いて、悠一は三年前を思い出していた。
自分の力を知り、その意味を自覚しだした頃、悠一は絶望していた。
諦めなくてはならないものの多さに、愕然としたのだ。
楽しい思い出を作った所で、彼らは瞬く間に悠一の掌からこぼれ落ちてゆく。
夢を追い掛ける意味を無くして、魔法にのめり込むようなふりをしながら、現実から逃げていた。
何時か居なくなる人達と、笑って生きていける程悠一は神経が太くなかった。
どうにもならないと割りきって、考えないようにすることにしてから、まじまじと考えたことはない。
今を楽しもう。
そう決めた悠一は何も考えないようにしていた。
考えた所で、結論なんて出ないからだ。
何時か皆いなくなって、悠一一人が取り残される日が来る。
そんな暗い想いを抱いて生きるのが嫌だったから、考えることを放棄した。
時折それを思い返して、一人苦しんでいたことがない訳ではないからメリエルの見立ては間違っていない。
悠一は人に囲まれながら、いつも寂しかった。
彼らは地球の人間より余程長く生きるだろうが、やはり悠一と同じだけの時間は生きられない。
だが昨日、事情が少し変わった。
遊緋から、眷族契約の話を聞いたからだ。
発端は満月の存在だった。
その話をすることになったのは、遊緋からしてみれば予想外だっただろう。
昨日遊緋に話をしにいった時に、悠一は満月を連れていった。
以前、魔物の使役について聞いたから、報告しておこうと思ったのだ。
しかし、満月を遊緋に見せると、遊緋は珍しく驚いていた。
そして、悠一は満月と意図せず眷族契約を行っていたことを知ったのだ。
眷族契約とは、魔力を媒体に互いの命を繋ぐこと。
ファミリーは、失いたくない人とそうやって繋がって生きている。
話の中で、本来のやり方とは違うが、今回は満月の命が尽きる寸前だったことから予想外の契約が成立したらしいことが分かった。
魔物は身の内にある魔水晶に魔素を貯め、それをエネルギーに活動している。
強い魔物ほど魔水晶の質が高いのも、より充填出来るように進化した結果のようなものだという。
月兎は能力の割りに数がない。
それは、彼らの習性のせいだ。
他の魔物と違い、月兎は肉を食べない。
根っから草食の彼らは、魔素をたっぷり含んだ草を求めて移動する。
しかし草に含まれる魔素なんてたかが知れており、非常に非効率だ。
月兎の大半は魔素不足により生を閉じる。
満月も例に漏れず、死ぬ間際だったのだろうと遊緋は言った。
命が尽きかけた満月は、悠一に魔水晶越しに魔力を与えられ、意図せず悠一の魔力を貰って生きられるようになった。
これは、結論として眷族契約が完了した証らしい。
満月は、悠一から魔力の配給がなくならない限り生き続ける。
満月と悠一が、何となく意思の疎通を図れるようなったのも、これが原因のようだ。
使役と大きく違う点は、満月が自分の意思で動き回れるということ。
ただ、眷族契約には相応のリスクがある。
ほぼ自力で生きられないこと。
主を亡くして眷族は生きられない。
それを知って、一瞬希望を持った悠一は再び落胆した。
普通に生きている人とこの契約を行うのは不可能に近い。
誰が好き好んで、他人と運命を共にするというのか。
しかし、満月がいてくれるお陰で、悠一は前ほど一人じゃないと思えるようになった。
そんな話を聞いていて、メリエルは悠一を見つめた。
「悠一様、私は眷族契約に相応しくありませんか?」
「…相応しいとか相応しくないとかじゃないだろ。メリエルは今自分で生きていて、俺と契約するってことは色々捨てることと同じなんだぞ」
呆れたように言う悠一に、メリエルは首を振った。
「悠一様。私は悠一様が寂しいのが嫌なんです。私が、貴方の近くに行けたらいいのに。ずっとそう思っています。それに、私が捨てないといけないようなものなんて、多分何もないですよ」
簡単に言うけど、やっぱり止めておけば良かった、何て言われた日には立ち直れないんだが。
虚ろな顔の悠一と裏腹に、メリエルは何時もの可憐な笑みを浮かべる。
「私は、貴方と一緒に生きていきたい」
何処まで鵜呑みにしていいのかが分からない…。
悠一はメリエルを強く抱き寄せた。
「俺、すごく情けない奴だよ。一人でうじうじ悩んでるし」
「そんな悠一様も可愛いから好きです」
メリエルも抱き返しながらそう言う。
ほんとかよ。
悠一は笑った。
「…後悔してもやっぱり止めたなんて出来ないんだぞ」
メリエルが微笑んで言う。
「…悠一様、たくさん仲間を作っていきましょう。そしたらもっと寂しくないですから」
遠回しに気にしないと言うメリエルに、悠一は苦笑を返した。
「うーん…そんなに俺と契約してくれる人がいるとは思えないんだけど…」
メリエルが珍しく呆れたような顔をする。
「いますよ。今だって他にも」
「?」
怪訝な顔をしている悠一を見ながら、メリエルは笑った。
他の人には自力で頑張ってもらおう。
そう思いながら。
その後、再三の説明にもメリエルは全く動じず、結局悠一はメリエルに押しきられて契約を交わした。
…嬉しいけど、俺の方が心配してるなんて何だか解せない。
独りが、二人と一匹の家族になった瞬間だった。




