訳ありの理由
「いやー、本当に美味しかったです…!」
「ええ、本当に」
「…」
噛み締めるようにモーリスがそういうと、エリスが同意し、フリッツが無言で頷いた。
食事をする中で分かってきた三人の性格は、極端過ぎて面白い。
基本的に大人しいが、火事場のバカ力の威力が凄まじいエリス。
極地に立たされると盗賊に襲われた後のように凛とした御嬢様に様変わりするのだが、普段のエリスは腰が低すぎるくらい低姿勢だ。
モーリスは話好き。
食事の間中色々な話を聞けて退屈しなかった代わりに、他の誰かが話す隙も殆どなかった。
対するフリッツは非常に寡黙な男だった。
何せ、ここに至るまで一言も口を開いてないというのは逆にすごい。
普段は大人しいが火が着くと止められないエリス、機関銃の如く喋り倒すモーリス、貝のように口を開かない男フリッツ。
彼らの旅はよく成り立っていたな、と悠一は若干顔を引き攣らせる。
完全な珍道中しか想像できなかった。
「いやー、悠一さんって変わってますよね?」
モーリスがそう切り出す。
変わってる奴に変わってるなんて言われたくない。
悠一は憮然とする。
様付けされる理由なんてないんだから止めてくれ、と言って応じてくれたのはモーリスだけだった。
というより、フリッツは最初から話していないのでその対象ですらないのだが。
エリスは恩人だからと譲らなかった。
うーん、普通に呼んでくれた方がありがたいんだけど…。
モーリスは士爵の三男坊で、基本的に爵位を継ぐ立場にないため、堅苦しいのは苦手なようだ。
その話をした際も、「いやー、本当にいいんですか?そういうの苦手なんで助かります!」と言って早々に態度を軟化させた。
「太っ腹通り越しておかしいレベルですよね!?助けてもらってなんですけど、僕たちみたいな助けた所で旨みのないやつなんか普通助けないですし、仮に助けたとしても肉とか果物みたいな高価な食事を分けてくれたりしないですもん」
ていうか旅路で肉とかどんだけ!と爆笑している。
楽しそうで何よりだが、内容が内容なので笑えない。
一人で賑やかな男である。
やっぱり、旅をしながらこんなに料理をしたりするのは珍しいのか。
そう思う反面、肉ってなんで高価なんだろう、と首を傾げる。
…小説だと干し肉とか食べてたような気がするけど。
肉が高価なのは、家畜を育てる者が少ないせいだ。
仮に育てても、それは食べる為ではなく、卵や乳が目的なことが多い。
美味しいと評判の魔物は、大概上位種なので、倒せる者が少なく、コンスタントには供給されないという背景があるため、肉は高級品なのだ。
たまに売られている安い肉は下位の魔物か死んだ家畜のものなので、あまり美味しいものではない。
普通の旅で口にするのは、精々簡易的なスープに乾いたパン。
ドライフルーツが付くだけで贅沢と言われるくらいなのだ。
「モーリス、貴方は少し黙って頂戴…」
明け透けなモーリスに、弱々しく苦言を呈するエリス。
しかし、悠一サイドでそれに同意した者がいた。
「だよな!?悠一って変なんだよ。まあ、そういう変な所がらしいっつーか良いとこなんだけどさ」
言わずもがな、ラウルである。
「ですよね、悠一さんって…」
同意を得て、モーリスは更にヒートアップする。
はて。
モーリスは兎も角、ラウルにそんなことを言われるような事をしただろうか。
これはあれだ。
もう誰にも止められないってやつだな。
そう思った悠一は早々に諦める。
「悠一様、いいんですか?」
「うん、もういいや。どうせ俺変らしいから。レグルスも参加したかったらしてきていいよ」
レグルスが気遣わしげに寄ってきたので、遠い目をしながら悠一はそう応える。
レグルスは困ったように、お茶を入れにいくと言って消えた。
逃げたな。
どうせ変だもーん。いいんだもーん。
子供のように半ば適当な拗ね方をしていると、メリエルとスピカが慰めにきてくれた。
「悠一様は変な所が素敵ですよ」
「ご主人様は変わっているですけど、そんな変わったご主人様に買っていただけてスピカは幸せなのですよ」
あ、違うや、止め刺しに来たんだこの子達。
悠一は自棄になって、うりゃ、と二人を抱え込む。
メリエルはそのまま抱き着いてきて、スピカはあわあわしている。
変な所が素敵だというなら、それを貫いてやろうじゃねえの。
…なんかよくわからんが。
変な意思を固める悠一だった。
悠一が変だと言われる理由は、日本人故のお人好しさが原因だったりする。
この世界は弱肉強食なので、ラウルのような人間の方が稀なのだ。
それを分かっていてのラウルの発言なのだと、悠一が気付くことはなかった。
一通り悠一のおかしな偉大さ(何故か気付いたらそういうことになっていた。何故)についてモーリスとレグルスが語り終わった後、泉で洗い物を済ませ、寝るための身支度を整えた面々は改めてテーブルに付いていた。
テーブルからほどないところで、明々と薪を燃しているので明るいし寒くもない。
時刻で言えば21時頃だ。
エリス達は着替えも着替える場所もなかったため、旅を始めてからずっと着た切り雀だったらしい。
仮にも貴族な三人がよく耐えられたものだ、ということを暗に言うと仕方がないと大人な回答が返ってきた。
フリッツはラウルと殆ど体格が変わらないし、モーリスも小柄ではあるが悠一の服だとゆとりがなくて動きにくいようだったため、二人にはラウルの服を貸す。
見た目華奢なモーリスが脱ぐと意外とゴツかったのは、悠一のプライドを若干傷付けたが仕方がない。
断じて言おう。
俺がか細い訳じゃない。
エリスには体格の問題で、悠一の服かメリエルの服か、というところで、メリエルと何故かスピカにもものすごい反対にあったので、メリエルの服を何枚か貸し出した。
悠一的には自分の服の方が良かったのでは?という思いが捨てきれないのだが、二人が嫌がるなら仕方がない。
何せメリエルの服は、大半が悠一の趣味で選ばれたものなので、着心地や動きやすさは問題ないのだが旅向けの物とはとても言えないのだ。
これを機に少し機能的な服を買い足すべきだろう。
皆が席に着いたことを確認して、悠一は口を開いた。
「じゃあ、エリス。事情を話してくれ」
エリスは静かに頷いて話始めた。
「事の始まりはかなり前になります。悠一様はこの国の成り立ちをご存じでしょうか?ファーレンは王都から程近い迷宮で一財産を築き上げた王が作った国で、歴史はまだ150年ほどにしかなりません。国で爵位を持つ者の大半は、陛下と迷宮を共に戦い抜いた戦友に贈られたものなのです。ですから、爵位を持つということは、それだけで強さの象徴と言えます。ラスフルール領はファーレンの中でもかなり大きく、自分の父をこういうのもなんですが、戦闘の実力も、内政に携わる聡明さも持った人だと思っていました」
「…思っていた、つまり過去形な訳だ」
悠一が苦笑すると、後を真面目な顔をしたモーリスが引き継ぐ。
「僕たちがまだ幼い頃は本当にいい所だったんです。ラスフルール領はリリアスという都市を中心に、ラスフルール辺境伯の陪臣が他の領地を治め、取り纏めを辺境伯が行うことで回っていました。僕とフリッツがエリスに会ったのも、両親が懇意していた為というのが大きいのです。でも、最近のラスフルール領はおかしいです。僕はリリアスで騎士をやっていたので、地元のことはわかりません。けれど、リリアスに関しては最近ちょっと酷くて」
家臣の身では言いにくい内容なのだろう。
モーリスが言い詰まると、エリスが引き受ける。
盗賊に襲われた後のように、きっぱりとした御嬢様の顔だ。
「お父様は穏和な人でした。ですが、最近はどうかしてしまったとしか思えないのです。わたくしがおかしいと最初に気づいたのは、騎士を半数にまで減らしたときでした。レギトとは確かに友好関係を築いていますが、騎士を抱える理由は魔物対策でもあります。案の定、騎士が減らされたことによって、最近は何人もの魔物犠牲者が出ています。他にも、今まで認めなかったアルダスの商人の奴隷直接販売を許容したり、オークションの開催を認可したり…一番酷いのは、いきなり税を三倍に上げたことでしょうか。税の高騰によって、民の中には盗賊に身を落としたり、冒険者になって死んでしまったり、孤児の子供が増えてスリが行われたり…。…治安は酷くなる一方なのに、騎士が足りないせいで暴動は収まらないことが多くて」
エリスが悲しそうな顔をする。
悠一は盗賊をどうするか、と聞いたときのエリスの悲しげな顔を思い出した。
ひょっとしたら、エリス達が襲われた盗賊の中にはラスフルール領の元民もいたのではないだろうか。
民に恨まれてもおかしくない。
そのことに気付いての表情だったのかもしれない。
一旦言葉を切ったエリスに、モーリスが続く。
「今のラスフルール辺境伯を見ていて、陪臣貴族の中では不穏な動きが広がってきています。…実際、僕も騎士を辞めて家に戻るようにという内容の文が親から届きました」
エリスが顔を曇らせる。
と、今まで貝のように口を開かなかったフリッツがここにきて口を開く。
「今回私達が旅に出たのは、エリス御嬢様がそんな領地を憂いて陛下に直訴しにいくと決めたからです。最近は城内も雰囲気がよくなく、共に出てきたのは私とモーリスだけでしたが」
なるほど、少数でしか行動出来なかった理由がわかる。
目立った行動を避けたかった気持ちも。
「ファーレンは、小国がくっついて大国を名乗っている国です。領地と領地は遠く、今のリリアスの状況が陛下の耳に入るには相当な時間が掛かります。その頃には手遅れかもしれません。わたくしが気づいたのは半年ほど前でしたが、お父様と顔を合わせなくなったのはもう少し前でしたわ。それから色々調べてはみたのですが、出てくるのはお父様の悪い噂話ばかりで…お父様本人がわたくしと会ってくださらないため、本当に何が起こっているのかも分かっておりません。ですが、領地が荒れているのは事実ですわ。原因が分からない以上、もう直接お話しなくてはどうしようもないと思い立ったのです。ですが…わたくしはやはり世間知らずの小娘でしたわ。わたくしでは、陛下に状況を伝えにいくこともままならない…っ」
エリスははらはらと涙を溢した。
聞いていて分かるが、エリスはとても責任感が強い。
気付くのが遅れた自分と、どうすることも出来ない無力な自分が許せないのだろう。
「要するに、エリスはラスフルール領で起こっている問題を解決したいのか」
ふむ、と悠一が顎に手を充てると、エリスは弾かれたように顔を上げて首を振った。
「助けてもらった挙げ句、こんな意味の分からない問題を何とかしてほしいなんて言えませんわ!…わたくしは、一番近い町まで送って頂けたら、その先のことはまた考えますから…」
弱々しくそう言って俯くエリス。
悠一は溜め息を吐いた。
「エリス、何とか出来るか、なんて俺にも分からないんだから安請け合いはしないよ。けどさ、現実問題なんとかなると思う?エリスは領地から隣の町までも行けなかった。それにさ、王都まで行ってもどうにもならないかもしれないことは考えてる?」
エリスは項垂れる。
「俺にもラスフルール領が荒れてる理由なんてよく分からないけど、一つだけわかってることもある」
「え?」
エリスが首を傾げる。
ラウルが仕方ねえな、という顔をしているのを見ながら悠一は笑った。
のりかけた船って言うじゃないか。
「こんなめんどくさそうな問題に首を突っ込んでやろうなんて考えるの、俺たちくらい“おかしな奴”だけだろうなって」
にっと不適に笑った悠一を見ながら、ラウルが頭を掻き毟る。
何だよ、ラウルだってやる気だったじゃないか。
「まあな。言っとくけど、ちゃんとギルドは通してくれよ?」
レグルスとメリエル、スピカも笑った。
「悠一様(ご主人様)がそう仰るなら、私達は付いていくだけです」
と。
「悠一様…貴殿方は、本当にお人好し過ぎですわ…っ」
エリスはボロボロ涙を溢しながら破顔した。
モーリスが襟で目尻を拭い、フリッツが深々と頭を下げる。
それを見ながら、悠一は頷いた。
「とりあえず、調べないとなにもか分からないからな。作戦立てるところから始めようか」




