満月
翌日、悠一達は変わらず馬車で荒野を突っ走っていた。
ドラグーンの街というのは日本とは大分違う。
一つの中心都市があり、その回りを村が囲むように形成されている。
そして街が点在している、というべきか、街と街が繋がっている道のようなものは少ない。
ここにいる者はみんな東大陸を回ったことがないため、断定は出来ないが、 この世界の旅というものは基本的に地図と方位計が頼りなようだ。
…金を出せばそれなりに便利な魔道具もあるのかもしれないが。
魔素が濃い山は迂回し、基本的に更地に近い道を選ぶ。
山を越えるのは色んな意味で面倒だ。
切り開かれてもいない道を馬車で進むのは現実的じゃないし、魔物も多い。
それでも山沿いに走っていれば魔物は現れる。
昨日とは違い、時々山から降りてくる魔物を危なげもなく狩りながら先に進む。
今までに出てきたのは、ただのウルフが四体、黒い熊が2体、黄色い兎が一体、緑色のデカイ鳥の群生と結構な数が出てきて、全部で12体だった。
ウルフは普通の狼と変わらない。
真っ黒な熊はダークベアというらしい。
特に可愛げもないので、見付けた段階でさくっとレグルスとラウルが倒した。
黄色い兎は普通の兎より小さいくらいで、姿形は兎そのものである。
見たことがない淡い黄色のふわふわした毛皮に、宝石のような紅い目をしたかなり可愛い魔物だ。
襲ってくるというより様子を見に来たような感じだったため、狩るのは止めて捕まえてみた。
静かに鼻をひくひくさせている。
なんだか殺すのは間違っているような魔物なので、鞄からブラッドタイガーから採取した魔水晶を取り出して魔力を込め、口に押し込む。
うん、こいつはうちのマスコットにしよう。
緑色の鳥はグリーンウォーグルという名前で、バタバタ飛んでいるのがめんどくさかったので、重力魔法で地に叩きつけてやった。
周りの視線が痛かったが、慣れろとしか言えない。
悪いが、お前らのご主人様はこんないい加減な魔法ばっかり使うんだって。
「悠一様、魔物はどうしましょうか?」
地に落ちたグリーンウォーグルに止めを刺しながらレグルスは悠一に訪ねる。
「んーどうしようか?」
残念ながら、この魔物達の価値が分からないのだ。
黄色い兎に至っては誰も名前すら知らない。
仕方なくハルシオンで手にいれた魔物百科を開く。
ウルフはランクもつかない魔物のようだ…ダークベアとグリーンウォーグルは共にランクDでそれぞれ毛皮と羽が売れるし、肉も美味しいようだ。
今日は熊鍋かな…。
ついで、という意味で特に期待もなく開いたページで悠一は驚愕する。
そこで鼻をひくひくさせている黄色い兎…月兎のランクがSだったのだ。
…いやいや嘘だろ?
百科事典によると、“見た目は兎だが侮るなかれ。魔法を使いこなしピラミッドの頂点に君臨する知能ある魔物”、と書かれている。
改めて月兎を見つめるが、鼻をひくつかせている以外に何か考えているような感じは見受けられない。
…こいつ月兎じゃないのかな。
「ウルフは魔水晶だけとって燃やす。ダークベアとグリーンウォーグルは剥ぎ取りして肉は食料庫に保管、この兎は俺のペットにする」
本を見ながら、そのまま読み上げる。
兎は個人的なものだが。
ハルシオンの近くだからか、詳しく記載されていてとても助かる本だ。
「分かりました」
レグルスとラウルが手慣れた様子で剥ぎ取りを始めたので、悠一もそちらを手伝おうと腰を上げる。
と、月兎らしい黄色い兎…満月でいいか。は、悠一の頭に飛び乗った。
「お前ね…まあ別にいいけど」
可愛いから許す。
頭に満月を乗っけたまま、悠一が二人に近づくと、満月は突然柔らかい光を放った。
「え?」
「ええ…?」
光と共になんだか風が吹き荒れていたようだが、それが落ち着くと、丁寧な剥ぎ取りが終わったダークベアとグリーンウォーグルが綺麗に分類分けされて一ヶ所に鎮座していた。
「満月…これお前がやったの?」
満月は嬉しそうに小さな尻尾をピクピクさせた。
そうらしい。
結果オーライだが、この日一番の収穫はこの満月のようだ。
剥ぎ取り名人の兎とかどんだけ。
それから暫く進むと、山沿いの道は抜けてまた荒野に出る。
男共が戦っている間、訓練をしていた二人は合間に食事を作ってくれていた。
シチューとパン、グリーンウォーグルのモモ肉のソテーだ。
うん、旨い。
小休憩を挟むために馬車を止め、ケルピー用の池を作る。
満月の活躍で、あれからも数体の魔物を仕留めて綺麗に剥ぎ取りも完了している。
満月は百科事典に載っていた通り、魔法を巧みに操って魔物を倒すことまでやってのけた。
この面子の中で一番火力があるのはこいつかもしれない。
そんな満月が使う魔法は光と風を利用したもののようだ。
この世界では身近なものが使いやすく、苦手意識があるものは使いにくいらしい。
悠一には特に苦手意識がなかったためよく分からないが。
そんな訳で、メリエルは木の魔法に特化していて、先日新たに風の魔法も修得したが、火の魔法は苦手だ。
森が焼かれたせいもあるだろう。
スピカは、闇の魔法と水の魔法が得意のようだ。
先入意識が根深いせいか、他の属性取得には至っていない。
まだ実戦レベルじゃないが、この面々で殆どの属性を網羅しているので結構助かる。
俺は何でも使える代わりに、細かい操作苦手だからなー。
仕留めた魔物は殆ど雑魚だったが、一体だけBランクの魔物がいた。
そわそわしていたラウルを尊重して彼に任せる。
ハルシオンを出るときに、良さそうな剣も見繕って渡してあったこともあり、ラウルは遅れを取ることなくその魔物…マジカルフォックスを倒した。
マジカルフォックスはその名の通り魔法を使う狐だ。
和名だと妖狐になるんじゃないだろうか?
鬼火のような炎を操る狐は結構巧みに火を操っていて、ラウルの大剣に破魔効果(正しくは魔力分解機能だけど)を遊緋さんに付与してもらっていなかったら、ちょっと危なかったかもしれない。
ここまでは順調だった旅は、昼休憩を終えて馬車が走り出してすぐに終わりを迎えた。
最初に気付いたのはケルピー達だ。
“悠一様、事情はよく分かりませんが、馬車が二台此方に向かって走ってきています”
ケルピーに言われて、悠一は巳夏からもらった地図を起動する。
五キロくらい先にかなりの速度で移動を続ける生体反応が5つあった。
これが馬車なんだろう。
その後に遅れて幾つもの生体反応がマップに表示される。
「…何かに襲われてるのか?」
よく分からないが、何かから逃げている事には変わり無さそうだ。
「どうした、悠一?」
「んーよく分からないけど、この先で何か起きてるみたいだな」
そう言いながら、悠一はこの先の指示を組み立てる。
見捨てるという選択肢は端からない。
近付いてみて、危なそうならやむ無しだが、何とか出来る範囲なら手を貸してやる方が後味の悪い思いをしなくて済むだろう。
「この辺りはどこの街とも近くねぇからな。魔物も盗賊も出てきておかしくない場所だと思うぞ」
そういいながら一緒にマップを見るラウルも助ける気満々のようだ。
気があって何よりである。
「なるほどね…じゃあ、とりあえずメリエルとスピカは待機、レグルスと満月は馬車の護衛、俺とラウルで行ってくるから」
そう指示を出す。
全員で行ってもいいが、万が一変な人達に絡まれても困るし。
満月が分かった!と言いたげに跳び跳ねる。
レグルスは不本意そうだが、頷いた。
「悠一様…分かりました、お気をつけください」
メリエルとスピカが手を振ってくるのに応えながら、悠一は風を纏う。
目立っている場合じゃないので、空を駆けるのではなく、地を駆けるための追い風だ。
「ラウル、走るよ!」
「おう、…にしても、これは、慣れねえなぁ!」
ものすごい風に煽られて、ラウルが途切れ途切れにぼやくのを聞きながら悠一は地点まで駆けた。




