旅立ち
次の日、クリフィーネさんや遊緋さん、ギルド関係者に一通り挨拶を済ませてハルシオンを出発した。
ラウルは突然出ることを告げたせいで、昨日は色々な所に引っ張りだこで、現在ちょっとグロッキーになっている。
とりあえず馬車の中の部屋に入らせて、鞄からベッドを引っ張り出して寝かせる。
色々言いたいことはあるんだろうが、そんな元気もないようで、ラウルは「すまん」と言って布団に潜り込んでいった。
色々考えたが、目的地はファーレンの王都にすることにした。
王都は近くに迷宮都市もある上、ファーレン随一の図書館もあるらしいので色々調べたい悠一には外せない場所だ。
因みにハルシオンから王都までは結構遠い。
具体的に言えば東北末端から九州末端まで突っ切るより遠い。
直線距離で約3,000㎞。
加えて、山や河を迂回しながら進まなくてはいけない為、かなり時間が掛かる。
ファーレンの道の整備はそれほど進んでいない。
どんなにケルピーの脚力が優れていようとも、悪路を通るのでは限界がある。
早くても王都に着くのは、一月後になるだろう。
尤も、それほど急ぐ気は全くない。
観光しながらダラダラ進むと決めているのだ。
何せ、急かされる理由はなにもない。
そんなことより、彼らをそんなに付き合わせていいのかと心配になったが、ケルピーは意外と気さくな奴等で、任せろと言ってくれた。
正直、何もない湖に飽きていたらしい。
…それでいいのか、水の精霊。
まあ、そういうことで、色々な町を経由して向かうつもりだ。
ギルドがあるなら、受注もしたいしな。
「悠一が規格外すぎて何も言えないんだが…」
昼頃、漸く復活してきたラウルはそう言って頭を振る。
悠一が、というよりはこの馬車の事だろう。
お世辞にも平坦と言えない道を突き進んでいるのに振動一つなく、中も上等な宿のような造りになっているのだから驚くのも無理はない。
「まあ、あんまり気にすんなよ。食うだろ?」
「食うけど…」
何とも納得いかない顔でラウルは首を傾げる。
砕けた悠一にも今一つ違和感を覚えているようだ。
馬車の中はかなり広い。
入ってすぐが10畳ほどのリビングで、右奥に日本のシステムキッチンと大差無い水回り。
入り口から真っ直ぐ行ったところが一部廊下のように伸びて、右にトイレ、左に広々としたバスルーム、最奥に4畳ほどの個室があってベッドと本棚、机が備え付けられていた。
バスルームには悠一が日本から持ってきた洗面用具が既に設置されている。
リビング自体はすっきりとシンプルな造りだが、拡張魔法が付与された調度品が複数あるので、収納には全く困らない。
なんというか、これがあれば正直家なんか必要ない気さえしてくる一品だ。
個室はあるものの、そこに籠ると外の状態が全く分からなくなるため、常用する予定はない。
素晴らしいシステムキッチンで腕を振るうのは、日本から持ち込んだ料理本を片手にした悠一だ。
食事の際は休憩を挟むつもりだが、現在も馬車はノンストップで走り続けている。
見張りを立てて焚き火を囲んだり、料理をしたり…旅の醍醐味を台無しにしていると言われればそれまでだが、せっかくあるなら使わないと勿体ない。
「旅ってこんなに楽なもんなのか…?」
ラウルがぼやく。
宿ごと移動しているようなものなのだから尤もなぼやきである。
訝しみながらも、深く追及してこないラウルを筆頭とした面々は正直有り難かった。
ハルシオンを出てすぐは畑地もちらほらあったのだが、今は見渡す限り荒野が広がっている。
ハルシオンはファーレンの中では尤も北に位置する街だ。
なので、大雑把に言えば南下し続ければ王都付近にはいずれ着くことになる。
完全に道なき道を走っているようだが、一応ハルシオンで手にいれた地図と方位計、それにスマホ型の地図も照らし合わせて進んでいるので、間違ってはいないはずだ。
街を出れば盗賊とかち合う…なんてお約束も想像していたのだが、この辺りはハルシオンの騎士団や冒険者も足を伸ばす範囲なのでまだいないらしい。
にしても魔物一匹とも会わないとは。
悠一も拍子抜けだ。
「楽な分にはいいだろ」
「まあなー…」
続々と昼食を完成させながら悠一が言う。
馬車が走り出してから、御者兼見張りをレグルスに任せ、スピカはメリエルに付いてもらって魔法の訓練をさせている。
魔素を利用して、とはいえ魔法自体はずっと使っていたため、自分の魔力を使うコツを掴むとスピカは呆気なく魔法を使えるようになった。
元のように自在に、とはいかないようだが、それなりに形になっている。
ついでに、前とは違う魔法も覚えさせることにした。
魔族も属性がどうという概念は同じらしく怪訝そうにしていたが、悠一の魔法を見ている内に目の色が変わる。
一生懸命勉強を始めたスピカだが、意外にも悠一の拙い説明を先に理解し、多種類の魔法を発動させたのはメリエルだった。
そんなこともあり、教えるのはメリエルに一任している。
メリエルは理解力だけでなく、人に教えるのも上手だった。
優秀な恋人を持って嬉しいよ、俺は。
そして今に至る。
お払い箱になったこともあり、悠一は鞄から料理本を引っ張り出して昼食を作り始めた。
つまり、暇だったってだけなんだけど。
ラウルは更に暇そうで、昼食を作る悠一を横目に筋トレを始めていた。
汗臭くすんなよ!
昼食が完成したので、馬車を止める。
オムライスとコンソメスープだ。
綺麗な形のオムライスを見て、皆が口々に誉めてくれる。
序盤の形が微妙なやつは既に悠一の胃の中だ。
証拠隠滅である。
手先が異常に器用な為、料理はかなり向いているようでやっていても楽しい。
この調子で、細かい魔法のコントロールも上手くいけば言うことはないのだが。
ここ数日で打ち解けた三人は、卑下することをしなくなった。
こんなものは頂けない、というやつがなくなって悠一もほっとしている。
今でも恐縮はしているようだが、卑下するのではなく、働きで返そうと決めたようだ。
「美味しいです…!」
ただのスープとオムライスなんだが、絶賛されて悪い気はしない。
この世界にケチャップがないせいで、オムライスは存在しないのだ。
物珍しそうにオムライスをつつく面々を眺める。
卵は多めに買ってきたのでふんだんに使ってある。
食材用の収納ボックスが馬車に備え付けられていため、馬車をもらったあと追加でかなり食材を増やしたのだ。
悠一には掛けられない時止めの魔法が掛かっているので、痛む心配はない。
幸いケチャップだけでなく、調味料関係はごっそり日本から持ってきていた。
この世界は食材はほぼ変わらないようなのだが、調味料関係は流石に追い付いていないらしく、これがあってこれがないの!?みたいな現象がおきている。
一例を上げると、チーズはあるのにバターはない。
ということは必然とケーキもない。
珍妙な世界である。
その内、作ってみるのも面白いだろう。
幸いその手の本は無駄に持ってきているのだ。
探せば作り方くらい見つかるだろう。
やる気は今のところないが、売ったら儲かるかもしれない。
普通、旅路の食事は質素になるものなのだろうが、食材に困っていない悠一は自重という言葉を無視する気でいる。
最初は勉強などに集中してもらいたいので悠一が作るつもりだが、その内各人の郷土料理を振る舞ってもらったら楽しいだろう。
夢は膨らむなー。
レグルスと見張りを交代して、魔法で掘った地面を硬化し、水を張った簡易池で寛ぐケルピーを眺める。
“悠一様は変わった魔法を使われるのですね”
ケルピーにそんなことを言われながら悠一は苦笑した。
この池を作る様を見ていての言葉だ。
こんな風に魔法を使うのはやはり珍しいらしい。
ケルピーの食事は意外だが肉である。
普段は生肉を食べているらしいが、オムライスを羨ましげに見ていたので、とりあえず持ってきた肉を軽く塩コショウし炙ったものを出してみる。
これが好評で、ケルピーの胃袋をガッチリ掴んだようだ。
元々態度は悪くなかったのだが、以来かなり好意的になった。
見張りの間じゅう話をしていた中で、魔物の肉も好んで食べるというので、見付けたら狩っておこうと思う。
というより、魔物の肉ってものによったら高級食材らしいね。
人も普通に食べるらしい。
知らなかった。
そして何事もなく一日目が終わる。
見張りを立てようと思ったが、ケルピーが何かあれば知らせると言ってくれたので馬車に皆引っ込んだ。
何かあれば対応出来るように、男女でエリアは仕切ったが基本雑魚寝だ。
ベッドに躓いたらアホらしいしな。
寝なくて大丈夫なのかを聞くと、ケルピーはあまり寝ないで大丈夫なものらしい。
馬車を引いてくれているのは三体なんだが、代わる代わる寝れば充分だと言われた。
精霊ってすごい。
明日にはハルシオンの自治権を出るので、何かありそうだな…。




