旅支度
皆で話し合った翌日、悠一はハルシオンから出るための準備を始めていた。
色々用意しながら歩く道すがら、三人仲良く雑談をしている様子を見ていて、悠一は思わずにやける。
ついこの前まで一人だったからな。
直ぐに揃えたのは武器と防具だ。
メリエルの魔法は色々出来るようで、特に武器は要らないようだったが、スピカにはレイピアのような細い剣、レグルスにはある程度伸縮が利く最長4㍍ほどまで伸びる槍を買った。
槍は性能重視したが、レイピアは完全に悠一の趣味だ。
茨が絡んだような彫刻が施されていて、柄の部分に深紅の魔水晶が填まった白銀の剣。
魔水晶には幾つかの魔法を込めておいた。
スピカの剣術は魔法と一緒に追々教えていこうと思う。
その後、四人分の防具を探す。
うん、俺実は防具持ってなかったんだよな。
何でって、身体強化すれば下手な防具よりよっぽど防御力が上がるからなんだが、それじゃあ三人が落ち着かないようなのでとりあえず揃える。
女性陣は白、悠一とレグルスは黒いお揃いの防具だ。
見た目はゴツゴツしていないが、何かの魔物の皮なのでそれなりの防御力はある。
それに更に軽量と強化の魔法を上掛けしておいた。
他に必要なのは馬車と暫くの食料だが、いざとなったら日本から持ってきた非常食が腐るほどあるので、生鮮食品をメインに購入する。
稼いだ金はそろそろ白金貨一枚ほどにまで目減りしていたが、馬車に関してはメリエルが馬代わりに森で暮らしていた頃に仲が良かったという水の精霊であるケルピーを召喚してくれたので、本体だけならそれほど掛からない。
ケルピーは精霊なだけあって人の言葉を解すので意思の疏通も確かだし、見た目は白馬なのでそれほど悪目立ちもしない。
流石人の枠を超えた存在だ。
一家に一人メリエルだな。
メリエルの有能さに改めて思う。
メリエルは天使!
うーん、メリエル絡むと本当に俺アホっぽいな。
買うつもりだった馬車は、遊緋さんが用意してくれていた。
見た目は普通の幌馬車だが、御者の席もふかふか、タイヤの安定性も抜群で、外から見えないように掛けられた布を持ち上げて中に入ると十畳くらいの部屋のようになっていた。
トイレや風呂まできちんと魔道具付きで配備されていて、その他の細々した備品も追々触れていくが贅沢なものばかりだ。
特筆すべきは、この馬車、使わない時は持ち歩けるサイズにまで縮小出来ることか。
そのまま鞄に放り込むことが可能なのだ。
至りつくせりな馬車を目の前に、悠一は顎が落ちるかと思うほど驚いた。
遊緋さんは一体何がしたいのか。
唖然とする悠一を見ながら、彼女は悪戯成功とばかりに、
「可愛い末っ子に餞別だよ」
と言って笑っていた。
うん、面映ゆいってこういうことかな。
すんごい、嬉しいけど恥ずかしいの。
餞別品にしては豪華すぎて何とも言い難いが、とても有り難いことは確かなので深々とお辞儀をしておいた。
…この人たちって何だかんだ甘やかすの好きだよなぁ。
そんな憎まれ口を心のなかで言ってみたり。
そんなこんなをしている内に準備は終わって、悠一はあることに気付く。
あ、ラウルに話すの忘れてた。
久しぶりに出向いたギルドでラウルは変わらず忙しそうにしていた。
「悠一じゃねぇか!久しぶりだな、もう出てっちまったかと思ってたよ」
嫌みでも何でもなく、ほんとにそう思ってたようにバシバシ叩かれながら悠一は反省する。
本当にごめん。
忘れてたんだよ。
いや、存在をじゃないからな。
そろそろ話さなくちゃいけないってことを忘れてたんだ。
…ラウルが良いやつ過ぎて辛い。
「悪い、準備してたんだよ」
「…やっぱりもう行くんだな」
しみじみと寂しそうにそう言うラウルに、ほんの少しだけ感傷が込み上げてくる。
世話になったからなー…。
「ああ…俺はもっと色々見ないといけないから、同じところには居られないんだ」
ハルシオンは良い街だ。
治安も良くて街並みも美しい。
人も穏やかで、ドラグーンの中では間違いなく恵まれた街だろう。
だからこそ悠一はハルシオンにずっといるべきではない。
最終的にここに戻ってくるならまだしも、最初から腰を据えるのではそもそも地球から旅立った意味がないのだ。
悠一にも目的はある。
レグルスの話を聞いて、一層そうすべきだと思った。
この星の歴史が知りたい。
人がすぐ死ぬせいか、見るものの視点のせいか、ハルシオンの建国記は中身が穴だらけで理解できたものじゃなかった。
色々な場所を巡って、探っていかなくて真相にたどり着けない気がするのだ。
「…悠一はさ、こういう所にいるべき奴じゃないって思ってたよ」
そう言うラウルに悠一は首を振った。
何を言っているんだか。
「そんなの俺だけじゃないだろ。…ラウル、お前だってそうだろ」
「…何が?」
「ハルシオンにいたってBランクには上がれない。お前が、目指すものにはここじゃなれないんだって、分かっているだろう?」
「やっぱりそうだよなあ」
ラウルは困ったように笑っていた。
「ずっとさ、自分の力が足りないせいだってことにして、逃げてたのかも知れねぇ。…本当は、一人でここを出てくのが怖かった」
ラウルは自嘲するように笑っていた。
ラウルの内心に触れて、悠一もその心情には覚えがあることを思い出す。
一人が怖い。
それは、ドラグーンに旅立つ頃、悠一がよく考えていたことだ。
いきなり放り出されたならまだしも、居場所があるのに他の場所に行くには相当な葛藤がある。
このまま、ここにいてはいけないのか?
そんな迷いを断ち切ったのは巳夏だった。
甘えるな。
彼はそういって、悠一を突き放した。
いつまで甘えた子供でいる気か。
お前は此処で生きていけないから学んでいるんじゃないのか。
普段は毒づきながらも親切な巳夏の冷えた目が悠一は忘れられない。
悠一は甘い。
巳夏がそう言ったことの意味も少しずつ分かってきている。
だから、ラウルがいいやつだと、頼れるやつだと分かっているのに、一緒に行こうと言えないのも俺の甘さだと今は理解できた。
傷付きたくない。
そんな、自分の甘やかしだ。
知ってるだろう?
ラウルだって、俺を友達だって思ってくれてること。
それを、踏みにじろうとしていた。
もう、そういう自分を甘やかす甘えは捨てるって決めただろう?
いつ来るか分からない未来じゃなくて、今を大切にしなくてはいけないんだろう?
そう決めて、悠一は口を開いた。
「…ラウル」
「なんだ?」
「俺達と、一緒に行かないか?」
少しだけ、声が震えた。
最初から声を掛けることは決めていた。
しかし、それは
お前も出たら?
なんて無責任な声のかけ方を考えていたのだ。
一緒に行く気など更々なかった。
気が変わったのはレグルスのおかげだ。
レグルスはまだ知り合って間もない悠一に忠誠を誓ってくれていた。
あんなに、色々な裏切りに囲まれてきた男が、だ。
あの三人は疑心暗鬼になって凝り固まっていた悠一の心を解かしてくれた。
あの瞬間から、何となく上部だけで仲良くしていく選択肢を悠一は捨てた。
レグルス、メリエル、スピカ。
彼等の信頼を悠一は裏切りたくない。
この世界ととことん関わってやる。
そう決めたのだ。
だから、ラウルとの関係のあり方も変えることにした。
ラウルは目を見張っていた。
そして、少しだけ笑う。
「悠一、お前なにやってたんだよ…。数日見ない間に変わりやがって。…俺は、お前に信頼してもらった。…そういうことでいいのか…?」
「まあ色々ね。うん、俺はラウルを信頼している。…一緒に来てくれるか?」
ラウルはしんみりした空気を振り払うように笑った。
「当たり前だろ」
「…じゃあよろしくな」
旅立ちの準備は終わった。
明日、悠一達はハルシオンから旅立つ。




